内田樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
十年ちょっと前に発刊された、
内田樹さん初の単著作がこの本でした。
おもに、ご自身のサイトで発表されていた
エッセイや論考などを集めたものだそうで、
内容は単純化されていない難しいままのものではありますが、
語り口が柔らかなので、念入りに読むと
ちゃんと読解できるものが多いと思います。
それでも、僕なんかは「前景化」なんてわからない言葉でしたし、
「プラグマティック」や「パセティック」なんかは、
意味を忘れてしまっていてWEB検索しました。
そういう労をいとわないで、時間をかけて読むことができる人には、
とても質の高いリターンがあるでしょう。
戦争、性、審問の語法、物語、という四部構成ですが、
なにかしら一貫しているようなものがあります。
思想や事象を咀嚼する、その借り物ではない知性が語り手です。
単純化もしません。
たぶん師匠であるフランスの思想家・エマニュエル・レヴィナスの哲学を
頻繁に引用はしますが、それは著者の血となり肉となったもので、
彼なりの深い洞察と混然一体となっていて、
彼とレヴィナスの間に段差のような、階層の差のようなものはほぼ感じられない。
だからこそ、自身の知に対してフェアな人なんだろうなという印象を
読み手は持つことになるのです。
そして、そんな印象を持った著者の本ですから、
それじゃ、その語るところを拝読しようじゃないかという気概にも
繋がるんだと思うところです。
著者によると、知というものは、自分のことをいかに疑えるかという
ところにある、というようなことだそうです。
わからないことや知らないことを隠さず、目をそらさずにいられることが
知性が高いか低いかの条件になるということです。
知識が多かろうが、知恵に富んでいようが、
前掲の条件にそわなければ、知性が高いとはいえない。
それほど、自分の弱いところや愚かなところや邪悪なところを見つめる
ことは大事ですよ、ということなんですね。
ところどころに冗談だとか、言い回しの面白さが出てきます。
そういうところも魅力の一つですが、フロイトの弟子にあたる
ラカンという構造主義の主要人物の人の書くものの
わけのわからなさを、わからないでしょ、と書いてのける素直さと、
その本当にわけのわからないような難しい引用文には苦笑してしまいました。
また、本書のタイトルと同じ題名の「ためらいの倫理学」の章が最後にありますが、
それこそ、この本のまとめ的な、カギとなる章なので、読む人は
そこは飛ばさずにいてほしいですね。
ここで言われる「ためらい」は、僕の考え方にも通じるものがあって、
僕の場合は「ゆらぎ」という言葉で表すことが多いです。
ある種の重要な判断には、ブレないことよりも、ブレブレなほうがいいんじゃないか
っていう考えですが、本書の「ためらい」、これはアルベール・カミュ論から
カミュのものとして飛び出した言葉を元にしていて、
それとほぼ同じだなと思っています。
個人的にカミュは昔『異邦人』を読んだことがありますが、
そのときは、「太陽のまぶしさ」ばかりが印象に残るという、
あまり深い読書ではなかったような気がします。
今でも、そんなものかもしれないですけどね、読解力。
まとめていえば、けっこう難しい本です。
よくわからないなぁ、とフェミニストの章の部分はとくに感じました。
それでも、本書のところどころから得られるものは、
有用であったり、なぐさめであったり、「それでよかったんだ!」っていう
気付きだったりもします。
現代思想のセントバーナードという喩えで、
著者を語る章がありますけれども、
たしかに、本書は、現代思想に遭難した人に、元気になるブランデーを
飲ませてくれるような本かもしれないです。
そうやって、ブランデーだけ飲ませて、
「あとはがんばりな」と去っていきます。
まぁ、それでいいんじゃないでしょうか。 -
Posted by ブクログ
【何故読みたいか?】
世界の情勢を知りたいから
内田樹さんの本だから
視点を変えて世界を観たいから
【ファーストインスピレーション】
読みやすい。
世界を騒がせている、イスラームのことを知りたくて読み始めたが、グローバル資本主義が目指す世界観、それに対抗するのが「食文化」という内田さんの視点に驚く。
金貨は貴金属だから、ある程度もっていると邪魔になる。は(笑)だけど、納得。紙幣は記号だからじゃまにならない。だから、増殖する。
「クロスボーダ」は国家に滅ぼされる。例)東インド会社。ならば、グローバル企業もいずれは国家に滅ぼされる運命か?
イスラーム教だから、特殊な教義があるわけじゃない。ごく当たり前のことを示している。が、結局は人間が歪曲してしまう。
時間を置いて再読してみようと思う。 -
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ネタバレチェック項目6箇所。サービスを標準化したほうがいいと思っている経営者が多いし、客も判で押したようなサービスを求めるでしょ、でもさ、何だかよくわかんない状況になった時に「どうしましょう?」て訊いた時に、「わかりました、私が何とかします」って即答できるのが、本当のホスピタリティじゃないかな。彼らはミニマムを訊いてくるわけですよ、一番少ない学習努力で単位や卒業証書を手に入れた学生が一番スマートな学生だと思われている。集団をバインドするのは弱者なんだよ、なのに、うっかりさんとか、ドジであるとか、仕事の能率が悪いとか、不器用であるとか、なんだか抜けているとか、そういう人を切り捨てて、効率良くいこうって考えの人も今は多くいますよね、そうなってくると、仕事に対して丁寧すぎる人も能率が悪いとみなされて、切られることがある、悪いことじゃないのに。天職とか適職のことを英語で「コーリング」って言うんだけどもさ、コーリングって、「呼ばれること」なんだよ、「こっちに来てくださーい」って、向こうが呼んでる、才能って、その呼び声が小さな声であってもちゃんと聞き取れる能力のことじゃないかな。「即戦力」という考えを企業が持つのは危険なんです、だって即戦力が欲しいというのは「育成するコストを負担したくないから、もう完成した既製品持ってこい」ってことなんだから、自分のところでは人を育てる気がないし、自分のところでは人が育たないということがわかっているから「即戦力を求めて」いるんだよ、人間を消耗品だと思っている、なるべくスペックの高い資材を安い値段で買いたいと言っているだけ。働くことは国民の権利であり、義務であるというのは言葉を換えてみると、まともな大人になることは国民の権利であり義務であるということです、僕たちには「まともな大人」になる権利がある、「まともな大人」であるという社会的認知を受けていることは、あきらかに権利だからです。
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内田樹を活字で読んだのは初めてかもしれない。精神科医の春日武彦との対談(というか、春日のあとがきに書かれているように「話に花を咲かせた」、あるいは内田という独特の思想を持った患者を春日が医療面接している、というのが適切か)。話のテーマは色々と移り変わるが、普段から自分がぼんやりと抱いていた思いが言語化されていて「あーそういうことか」と納得する場面が多かった。特によかった節を挙げると、『中腰で待ってみよう』『自ら「変人」の不シールドを張る』『ことばの力は身体感覚を変える』『身体は賢い』、そしてタイトルにもなっている『健全な肉体に狂気は宿る』。
今はどうやっても結論が出ない問題を、明日死ぬかもしれない自分が、今すぐになんとかする必要はなくて、出来る範囲のことをやりつつ変化に対応できる状態で待と、意外となんとかなる。そして、こうなってほしい、と思うことは、具体的にイメージすれば必ず実現の方向に近づく、というあたりは、そのとおりだなぁ、と思った。
もっと読んでみたいお二方である。 -
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ネタバレ子どもに教育を与えるのは、子ども個人の生活を向上させるためではなく、すべての世代を含めた集団維持のため、という理論に納得。
──学びというのは自分の手持ちの価値観では考量できぬもののうちに踏み入ることです。具体的な知識や技術を学ぶことではなくて「自分にはそれが何を意味するかわからないもの」に敬意と好奇心をもって接近する作法を学ぶことです。──
内田と釈の講義録だが、第二部の釈は鈴木大拙に関する概説という感じで、内田ほど独特の考察がない。しかし、グループホームの運営など社会活動家としては評価できる、学者肌でない。釈は対談を見るに、内田にあまり強烈なつっこみをしないので相性がいいのだろうな、と思った。 -
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デトックスに読みました。
「家庭における父親の居場所」というものに、とても納得してしまいました。
システム的に、父親の居場所と言うものはない。
でも、家庭で自ら機能することを放棄している父親を30年以上見続けていると、
それでいいのかと、
私はどうにかできないのかと、
とても苦しくなります。
父親は、嫌いです。
でも、父親を、不憫に思っています。
どうにかしたいと、
だって、どうにかできる方法を見つけなきゃ、
私が前に進めないからです。
でもそのためには、
父が変わろうとしてくれなければ、
もう私には打つ手立てがありません。
人に変わることを願うことほど、
傲慢な考え方はありません。
どうしたら、いいんですか?
わたしはずっとこのまま、
一人なんでしょうか。
自分の一人を、父親のせいにしているかのようなこの
悪しき循環を、断ち切りたくて、断ち切りたくて。
ほんとうに、困ってしまっているのです。 -
Posted by ブクログ
なかなか読んでいて難しい論述である。
それでも、難しすぎるわけでもなく、興味深く読みました。身の周りで起きていることをもっと注意深く、感じ、分析し、考えていくことが大事だよなと改めて思いました。
・ネット社会での誹謗、中傷、言葉の暴力がいわば呪いと化して人を蝕んでいる社会構造
・お金を回すことで経済が潤う。回すためには贈与の精神を強化する
・お祭りや宗教儀式は、単なる習慣でなく、それゆえに「恐れ」を身近に感じ、忘れないためのシステムとしての役割を果たしている
どっかの雑誌の連載エッセイがベースになっており、テーマは散漫な印象、言い換えればバラエティに富んだ話題で楽しいとも言えますが。 -
Posted by ブクログ
内田樹のためらいの倫理学を読みました。
内田樹の初期の評論集でした。
最近読んでいる内田樹の評論では主張がわかりやすく書かれていますが、この本の内容は初期のホームページに書かれていた内容と言うことでレヴィナスやラカンの論文も引用された堅い内容となっています。
なぜ私は戦争について語らないか、なぜ私は性について語らないか、なぜ私は審問の方法で語らないか、それではいかに物語るのか-ためらいの倫理学、という4つの章に分けて書かれています。
自分は被害者であるから他の人を審問する権利がある、という主張に対してどのように対応すべきか、という議論が面白いと思いました。