内田樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ内田樹という人物を知らずに読んだ。
ビジネス本ばかり読んでいたので、すごく新鮮。
国という大きな視点で見たとき、ビジネスのロジックを
あてはめるのはあまりに短期的、局所的になってしまう
のだなと感じた。
マーケットからの退場というのは、リンダクラットンの
ワークシフトにも繋がる気がする。そこでは仕事に
押しつぶされるのではなく積極的に社会と関わる選択肢
が描かれていた
今の自分の仕事をより広く、長期に見たときに
どういった意味を持つか。考えてみたくなった
◆メモ
・普通は様子見するが、人々はその時間を蛇蝎のように忌み嫌う
・企業の長期はすごく短い。短期的な視点で判断してしまう
・国が滅びても困らない人たちが国政の舵を担っている
・日本以外でも暮らせる人に権力と財が集中、彼らにとって日本でしか暮らせない人は低賃金、高品質な労働者、汎用な欲望をもつ消費者でしかない
・「うんざり」「やれやれ」という言葉には不機嫌の裏にひそやかな安心を感じている
・スピードと効率に重きを置きすぎている
・アメリカは国家としての統合軸を失いつつある
白人が少数民族になりつつある
文化の多様ではなく、分裂に近い
・我々が手したのは働き方の自由ではなく、同一労働、最低賃金だ
・マーケットからの退場よりも自主的な撤収が増える
・本当の意味の国民経済とは「12千万人がどうやって雇用を得て、所得水準をあげ、生活の安定を享受するか」下村治
・生産性の高い人間が「おれに金と権力をあつめろ。お前らの雇用をなんとかするから」という人間は、さっさと外国に逃げ出すタイプ
・ケネディがしたのはチキンレースでブレーキを踏まなかっただけ
・欧米では「政策は謝る可能性が高い」という考えから「どうなったら大失敗になるか」というシミュレーションに時間を費やす
・カリフォルニアで地元紙がなくなると、市の行政官は徐々に給与を上げ12倍にまで引き上げた。もし住民が記者を雇っていればわかっただろう -
Posted by ブクログ
人間を人間たらしめるものは何か。朝四暮三の故事からそれを「夕方の自分も朝方の自分も同じ自分だ」と思える能力ではないかと導き出す。
過去、現在、未来、すべて自分であり過去の行いが未来を創る。それを、本当に考えているのか。現在だけを見て未来を見ていないのではないか、と政治に対して警告する。
内田樹の神戸女学院大学退官前の7つの講演録。
ある大学で「先生、現代思想を勉強するとどんないいことがあるのですか?」という質問を受けた。
学費を払ってその授業を聞くのだから、何かリターンが無くてはならないという、教育をサービスと捉えた資本主義の考え方に染まっている。
筆者は教育への資本主義の導入に警鐘を鳴らしてきた。この学生に対する答えが印象に残った。
「悪いけど、僕がこれから教える話は、君にはまだその価値が計量できないものなんだよ。喩えて言えば、君には君自身の価値判断のモノサシがある。そして、そのモノサシを持ってきて『先生がこれから話すことの価値は何センチですか?』と訊いていた。でもさ、もし僕がこれからする話が、ものの重さや時間や光度にかかわることだったら、そのモノサシじゃ計れないでしょ。世の中には、度量衡そのものを新しく手に入れなければ、何の話かわからないこともあるんだよ」
教育は未来への投資と良く言われるが、投資ではない。投資はリターンを求める。投資であってはならない。
それでも何故勉強するのかを、うまく言い表している。新しい価値を計るためのモノサシを手に入れるためなのだ。そのモノサシは、将来に役に立つか立たないかわからない。しかし、そのモノサシが無ければわからないこともある。
実学のみを教育に求めようとする今の世論は、極端に精密な一つのモノサシを作ろうとしているように思う。そのモノサシに適した価値を計るには、より精密なモノサシが優位だろう。しかし、計るべき価値は時代によって異なる。精密に作ったモノサシが、いつでも求められるとは限らない。
また、卒業間際に必修単位を落として留年しそうな学生に対して、普通なら許可されない単位を許した先生がいた。
そのことから、「評価というのはふつう過去のことについてなされますが、そうではなく、もう一度チャンスを与え未来に谷を達成するかを見る」とう教育のあり方に筆者が気づく。
過去と現在だけではなく、その人物の未来にチャンスを与えている。
人、外患なければ必ず近憂あり。
未来を見据えた生き方でありたい。 -
Posted by ブクログ
今の時代、何かを求めれば、すぐに得られるようになってきた。人々は、見返りを期待して行動しがち。
長時間ふんばることは、どういうことか。それを考えたくて読んだ本。
時代の流れが速いからこそ、今、もらえない見返りは
将来的な価値がなくなるのか。
そうではない、普遍的な学びもあるはず。
生き延びる能力=これを鍛えるのはどの時代も同じ
集団をひとつにまとめること。
敵とは、わたしの心身のパフォーマンスを低下させる要素。これを物体的な敵に限定しないひとのほうが、生き延びる確率が、あがる。
何かの因果論があって、心身パフォーマンスが低下する。
修行とは、現在していることの連関が、開示されていない。 -
Posted by ブクログ
もうすぐ子供も14歳になるので読んでみました。内田先生の話は深いので、じっくり読まないと味わえません。その分、自分の中に時折イノベーションが起きたりします。
義務教育は13歳までが良い。
中2の夏休みが節目。
「やればできる」は死語。
記憶は絶えず作り変えられる。
均質性の高い集団は怖い。
父子家庭では父親が母親化する。
叱るのは親の敗北。
等々...
自分の少年時代を思い出してみると、私は教育制度に合わないタイプだったためか、頷く事ばかりです。親として怖いのは、知っていれば何て事ないのに、知らないが故に、何を知らないかにも気づかず、悩み苦しむ事ですね。そんな意味でも、一般的な教育論に加えて、内田先生のような特異な見解を得ることは、とても意味がある事だと思います。 -
Posted by ブクログ
ソシュール、バルト、フーコー、レヴィ=ストロース、ラカン、サイードの6人の思想についての簡単な解説と、その思想をじっさいに用いて小説や映画を読み解いた本です。ソシュールの章では『不思議の国のアリス』、バルトの章では『エイリアン』、フーコーの章では『カッコーの巣の上で』、レヴィ=ストロースの章では『お早よう』、ラカンの章では『異邦人』、そしてサイードの章では『エム・バタフライ』が、それぞれ取り上げられています。
バルト、レヴィ=ストロース、ラカンの章を内田樹が担当しているのですが、その解説のこなれ具合はさすがです。もう一人の執筆者である難波江和英の文章も、けっして読みにくいということはなく、むしろコンパクトで簡明な解説になっていると思うのですが、内田の文章は本当にそれぞれの思想を自家薬籠中のものとして、見事に使いこなしているという印象です。 -
Posted by ブクログ
著者のブログで発表された文章を中心に、大学教育をめぐるエッセイを収録しています。また、著者の勤務校である神戸女学院大学での取り組みについても触れられています。
「文庫版あとがき」で著者は、本書に収録されている文章が書かれていく中でみずからの立場は変化していったと言います。当初は大学教員にあまりにもビジネス・マインドが欠如していることに批判的な立場に立っていた著者は、しだいにビジネスの枠組みで大学教員を評価することの問題点に気づいていったとのことです。
しかし、大学を取り巻く環境の厳しさをはっきりと見据えながら、時代に安易に迎合するのではなく、大学の役割を根本から考えなおそうとする著者の態度は、揺らいでいないように思います。リアルでクールな認識を貫きながら、けっしてペシミズムに陥ることのない著者の精神の強靭さが、本書全体を貫いているという気がします。 -
Posted by ブクログ
前回の関西(大阪・京都・奈良)に続いて今回は
紀伊半島熊野。
少し前に中上健二氏の小説を読んでなんとなく紀伊・
新宮のイメージができていたので(すみません
行ったことはないのです)親近感がわきました。
というくらい。熊野には一度もいったことが
ありません。読んでみて一度熊野・那智・古道
に行ってみたい。歩いてみたいと思うようになりました。読みながらGoogleMAPのStreetViewとかでみて
いるとさらに行ってみたい気がします。
特に熊野本宮の大斎原と神倉神社。花の窟神社
補陀落山神社はなんとなくひかれました。
2作目も面白かったのですが。著者たちが少し
はしゃぎすぎの感があって。ちょっとだけイタイ
感じを覚えます。