内田樹のレビュー一覧
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実家にいると、家族から話しかけられたりして
どうも没入する読書は難しい。
だもんで、章がぷつぷつ切れているエッセイが
読みたくなる。これもそんな一冊。
個人的には「読書論」の本って大好きで、
ほかにも齋藤孝さんや三谷宏治さん、
佐藤優さんや奥野宣之さん、原尻淳一さんの
「読書論(読書術)」を読んできました。
この手の本の評価基準は、読後にどれだけ
また本が読みたくなるかなんですけど、
そう意味では三谷さんの『戦略読書』と
この本は別格の面白さ。
はじめの方に書いてある、
クリエイティブ・ライティングの話は、
前に読んだときよりも、この正月に読んだときの方が
なんだか胸に来るものがあった。
『街場の文体論』の補助本として読むと、
面白い発見がありそう。 -
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ネタバレ読書途中。20人の講師による。一人90分の講演会の収録である。一気に読めるはずもなく、じわじわと読んだ。
姜尚中の講演のなかで、夏目漱石が奥さんをなぐっていたエピソードがあった。ノイローゼであったらしい。私は夏目漱石になれないけど、夏目漱石よりましだなと少し思った。考えかたとしてまちがっているのかな?どんな偉い人もほんとうにいろいろな苦しみにもがいていきているのだと思い直した。
20名全て役に立つわけでないが、中には、気に入る人もいるかもしれないとのことだろうか?3.11後の話など考えさせられたり。光触媒の話は興味を覚えた。文学、美術に関心を持った。宇宙論や素粒子の話は、わからないので、もういいとの気持ちであった。こんな講演会を聞けるのは、エリートの家の子供だからいいなとひがみたくなるが、本として出版されているので、誰でも接する機会があるのだと思い直す。マスターキートンにあった、「勉強はどこでもできる。便所でも」を思い出す。 -
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訳すということは、普段、ただ文法通りに当てはめていくといった直訳から始まる。
けれど、人が書いたものである以上、その人が抱いたイメージをどう「解釈」するか。
また、その解釈をどの言葉を選んで表現するかという所に、訳者と作者の憑依なくしては得られないものがある。ように思う。
そう考えると、池澤夏樹が、この三人に憑依を頼んだことがまず、面白いではないか。
特に私が触れることの多い、高橋源一郎と内田樹に至っては、こりゃあ買わないと、と思わせるグッドチョイス。
日本古典三大随筆が、一つの巻に揃って、尚且つ面白い憑依が見られるなんて、お買い得すぎます。
青色大好き清少納言は、自分の自慢話を隠しきれない女性と評されているけれど、そうかなぁ。
この時代において日記ではなく、これほど詳細に身の回りを描き、またその感情を温めていた女性を愛おしく思う。
内田樹の『徒然草』は、テンポが良い。
それが兼好法師のシンプルさにつきづきしい読み心地に仕上げてくれている。
人から離れきれなかった兼好法師の愛着を見る人もいるが、それでも平安期の男女の想いとはまた違った、つれなさ?をこの文章からは感じる。
高橋源一郎の『方丈記』は、どう読まれるか。
一口では異色。だけど、鴨長明の偏屈さがそこにあるような気がして、楽しい。
一体、どれほどの人が方丈の庵を作っていたのか。
この人だけのことだったのか。
けれど、心身共にストイックな生活において、鴨長明が思い及ぶ世界は広大無辺である。
古典に学ぶ思いは必要である。
けれど、古典を楽しむことが出来ると尚素敵だ。
この時に、こんな人がいたんだな、と身近に感じさせる憑依の達人たちの一冊。
面白かった。 -
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今回の聖地巡礼はキリシタン。
長崎・京都・茨木・高槻。
最近、遠藤周作の『沈黙』がスコセッシ―監督で映画化
されるそうで、予告編を見ましたが、本を読んだときの
想いがよみがえってきて、震える感じがしました。
本を読んだ時も、なんと説明していいのかわからない
特殊な感情を持った覚えがあります。
その”沈黙”の聖地である長崎の外海や、26聖人殉教の地。
原爆。浦上天主堂。大浦天主堂と信徒発見(信徒告白)の地。
茨木の隠れキリシタンの里。フランシスコザビエルの
有名な絵(教科書に載っているやつ)が茨木から
出てきたことを初めてしりました。昔茨木に住んでいた
時はそういうことをあまり知らずにいたのですが。
うまく書けませんが、宗教はやはり人間であること、その
存在意義(レゾンデトール)なのであろうと思います。 -
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高校生が文章を読むに当たり、基本的な考え方をあたえてくれる、良本。
平川克美「人口減少社会について根源的に考えてみる」ではグラフの見方とともに、当たり前のようにように言われている言説について批判的な見方を示唆する。
仲野徹「科学者の考え方-生命科学からの私見」ではパラダイムシフト、疑う、シンプルに考えるなど科学を発展させている考えが書かれている。
白井聡「消費社会とは何か-『お買い物』の論理を超えて」ではボードリヤールの考えを援用し、いわゆる「消費」的な感覚が政治や教育にも適用させようとする現在の社会のゆがみと弊害を述べる。
山崎雅弘「『国を愛する』ってなんだろう」では、政治的無関心が生む危険と愛国の意味の多義性について分かりやすく述べている。 -
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知人のおすすめ。
冲方丁の「はなとゆめ」を読んだら、枕草子が読みたくなった。
酒井順子ぴったりだなぁ。違和感なく読める。
なんだか、ブログみたいですね。長さも内容もまちまちで。面白い。
わかる!とか、言うねぇ、とか、にやにやしてしまう。
教養。
方丈記は、あとがきにもあったように自分たちの時代の言葉になっているのですごくわかりやすいし、それによって書かれた時代に読んだ人たちと同じような体験ができているのかなと思った。
当時こういう発想や行動は、センセーショナルで、変人扱いされたんじゃなかろうか。
横文字が出てくるような、一見ぶっとんだ訳が面白い。
それにしても鴨長明さん、苦労人だったのですね…だからこそのこの文章なのだなぁ。
徒然草は、渋いな〜という印象。
あと、枕草子ぽい、と思ったら解説でも直系の子孫と書かれていてですよねってなるなど。こうやって3作続けて読めたのがよかった。
作品の個性を感じられるのは現代語訳してくれたからこそだよなぁ。
物に触れると心が発動するとか、世の中を変えないと盗人はなくならないとか、現代にも通じるところあり、おじいちゃんの説教みたいな感じで反発したくなるところありで、面白く読みました。 -
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本のタイトルにあるように、日本に今後戦後80年は
くるのかという議題で、現政権を中心に批判する
下記の講義集
内田樹氏ー比較敗戦論
東浩紀-本と新聞と大学は生き残れるか
木村草太-集団的自衛権問題とはなんだったのか
山室信一-戦後が戦前に転じるとき
上野千鶴子-戦後日本の下半身
河村小百合-この国の財政・経済のこれから
姜尚中-総括講演
このなかでも、山室信一氏、上野千鶴子氏、河村小百合氏の
3本がとても興味を引きました。
どれも、日本が破綻し、または戦争の道に進むのでは
ないかという潜在的な恐れを感じる内容です。
支持率は高いですが、本当に今の政権でいいのでしょうか?
他人事ではないような気がします。英国や米国、韓国、
日本と反知性主義的というのか、そういうものが蔓延して、
そのうえに乗っかっている知性的でない治世者に将来を
奪われていくことになるような暗い気持ちになってきます。
そうではないかもしれませんが、そうならないためにも
これらのことを、警告として受け止めて
自分の判断基軸の一つとして認識することに意味が
あるのではないかと思います。 -
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【読書メモ】
p185
・何のために勉強するのですか?
自分の頭で考え、自分の言葉で自分の意見を言う。ただそのためだけに勉強するのです。山本義隆
p190
・同じことを、違った側面から考える視点を与えてもらうためにディスカッションをするのです。当たり前のことですが、自分は自分の考えに染まりきっています。そこへ、違う刺激を与えてもらって、自分の考えを方向転換させたり、バージョンアップさせたりすることが重要なのです。
p103
・科学がグローバルである最大の理由は、真実をあつかうからということです。
…科学的な視点は予測できない社会を生きるうえでの全員にとってマストなものの見方なのかもしれない。情緒的に考えたとしても、それを相手に理解できる自分の言葉で伝えて、ブラッシュアップしていかなきゃいけない。誰かが先に答えを用意してくれている時代でないのであれば、自分の考え、意思を言語化して、まず自分を納得させることができなければ、何も頼りにするものがなくなってしまうから。自分を納得させるために、何故自分がそう考え、思ったのか、その前に何が頭に浮かんだのかを自分自身に伝えなければならない。
科学的なものの見方とは、パラダイムが人間の思考をいかに制限・固定・維持しているかを理解したうえで①まず疑う、②データに基づいて具体的に説明する③合理的に考える④いっしょに考えてグロ−バルに展開してくという流れ。
・消費社会について
…資本主義がすすみ、消費社会が到来した。最初は「必要だから」何かを求めていたものが、今では「これを持っていると周りから羨望の眼差しを向けられるから」といった“意味”に価値が置かれている。だって、物が溢れる時代に、物をほしがり続けてもらわないと資本主義は回らないのだから。
しかし、そうした消費社会の高度化が人間精神の在り方に異常を来していると筆者は述べる。「お買い物」の論理を、その論理が当てはまらないもにまで当てはめようとしているからだ。
選挙の投票や教育はその良い例。
投票は、投票したい候補者がいないし行っても無駄、という合理的な考えで処理されることがあるが、その危険性はでかい。あなたがほしがるものをお膳立てしてくれるわけではない。あなたが何もしなかった行為そのものが、結局はあなたとあなた以外の人にふりかかることになる。だから、「もっともマシ」だと思う人に投票することが求められる。
また、教育はお金を払えばすぐに分かりやすい商品価値が返されるものではない。つまり、商品として捉えるならば出来損ない。さらに教育が商品とみなされたが、教育は不可能になる。学ぶ主体が「消費者である」と自己認識している限り、最低限の支出で最大限の有用性を得ようとしている限り、教育は死ぬ。お客様→学ぶ主体
・「愛国心」について
…そもそも「国」をどう捉えるかは3種類ある
①外国的に「独立国」として承認されている国家の領土
②その領土内に住む国民を特定の政府が統治する国家体制
③政府に統治される側の、一人一人の国民の命と生活環境
時代的背景によって、上記の優先順位は前後する。
第二次世界大戦で、ドイツ軍に攻め入れられたフランスは、わずか6週間で降伏を宣言した。③市民の命を最優先にし、①領土の半分を失い、③ドイツ寄りの中立の立場をとることになった。
一方、太平洋戦争中の日本は、軍人や市民の命が犠牲になったとして、早く負けを認めて戦争をお渡せようという空気は起きなかった。なぜなら②天皇とその天皇が統治する国家体制が何よりの崇高なものであったわけで、③はそれを支えるために存在していると解釈されていたから。
日本で「愛国心」というと、この戦時中のイメージが先行されてしまうきらいがある。なぜなら、平和な時代の③を優先する愛国心(いわゆる新バージョンの愛国心)の概念ができあがっていないから。
反戦運動をする人に対して「裏切り者」や「売国奴」などど軽々しく言うひとにとっての愛国心は、②と③を最優先にさせたもので、指導者が決めた物事について疑いをかけずに従順に突き進んでくれる都合の良い存在。いわゆる「馬鹿」なのだけれど、そんな存在を刺激するには近隣諸国に敵をつくって、危機を煽れば良い。そういったかれらにとっての愛国心は、本当は国を破滅に導くとも知らずに、彼らはついてくるから。
「もしかしたら、自分の国の指導者は間違った判断をするかもしれない」と考える市民、そして命を最優先に考える市民にとっての「愛国心」は上の人たちとは違うことを理解しておく必要がある。
自国の黒歴史、つまり、戦争のために命を落とした人たちの死が無駄であったか、そうでなかったかは軽々しく結論付けられないが、それを決めるのは現在と将来の私達の行動にかかっている。
P281
ブレーズ・パスカル「われわれは絶望が見えないようにするために、何か目をさえぎるものを前方においた後、安心して絶望のほうへ走っている」(パンセ) -
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誰の思想でも年月の経過による変遷があるのは当然で、それはわかってはいる。しかし、門外漢がマルクスの思想を理解しようとすると、どうしても様々な時代に展開された考え方をひっくるめて「これがマルクスの思想です」と言えるようなものを求めてしまい、結局よくわからなくなってしまう。その点、この本はマルクスの著作を年代順にとっつきやすく紹介していてくれるので、ありがたい。石川の強烈なマルクス愛にややひきそうになるが、そこに挟まれる内田の文章がよい箸休めとなって、最後までおもしろく読める。ちなみに、高校生が読めるような本にした、とのことだが、普通の高校生には無理な気がする。
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態度が悪くてすみません
内田樹15作目(?)
相変わらずの内田本を読むと何か安心する。高校時代尊敬していた英語の教師の言葉であるが「初心者と玄人は気を付けるところが同じ、どちらも基礎を気を付ける」という言葉を、内田樹の文章を読むと思い出す。衒学的な本ばかり読んでいると忘れてしまうような、基礎的なことが繰り返されているこの本は、構造主義の話が多めだったが、十分に楽しめる。
この本でも、本が読むという話があるが、まさしく大学生にならんとするときに手に取った「寝ながら学べる構造主義」が、僕を内田本の読める主体に変形させ、師とは、学びとはどういうことなのかを教えてくれた。
この本はと言えば、排毒というストーリー、秩序の話、などなど、構造主義が基盤になった話が多い。今・ここ・私を自明としないという一貫した姿勢があり、書評集にもそのような批評の仕方がされている。自然でもなんでも、自分ではどうにもならないものを想定する謙虚さが、この思想の根幹にあることがわかる。翻訳の話も面白い。