内田樹のレビュー一覧

  • 女は何を欲望するか?

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    挑発的でキャッチーなタイトルに騙されてはいけない。
    これは超高度なフェミニズム論、哲学論である。

    哲学に馴染みがない人(=俺)には敷居が高いが、
    これほど哲学を噛み砕いて書ける学者はいないと思う。
    こういう人は哲学界では本当に貴重。

    あとがきから読み始めれば
    作者のイイタイコトがつかみやすいかも。

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    「『女だから』という理由で、その社会的能力を軽んじてはならない」という主張に私は同意する。けれども、それを「社会的能力は性差に優先する」と読み替えることには同意しない。

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    この作者の価値観が
    本書の根底に流れる思想であり、
    自分のもっとも共感した部分であります。

    フェミニズム以外にも、ヘーゲル、レヴィストロース、
    フロイト、バルト、マルクスetc..
    哲学のエッセンスをギュっと凝縮。

    第二章の『エイリアン・フェミニズム』、
    「エイリアンはフェミニズム映画だ!」という論考は
    真面目に読んでも穿って読んでも楽しいです。
    俺は爆笑しました。

    哲学の楽しさを教えてくれる本。
    哲学への取っ掛かりに、いかがですかい。

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    2012年10月10日
  • 街場の読書論

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    あぁ‥かっこいい。
    『街場の文体論』も読みたい。

    私には難しいかなと探るように読み始めだけれど、とても読みやすかった。(理解したかどうかはともかく)
    知らない書名、知らない人のオンパレードだった「文芸棚」「人文棚」「ウチダ本棚」の章からとにかく楽しかった。
    そして「教育棚」「著作権棚」「表現とリテラシー」には比較的身近に感じる話題について、目から鱗な話がハッキリキッパリ書かれていた。格好良かった。
    「卒論の書き方」なんて、学生の時に読んでいたら‥!と、どうしようもないことを考えてしまう。

    一番興味深かったのは著作権についての考え方。
    そして人とともに「死ぬ」言葉のこと。
    人通りの多い場所で読んでいたのに、しばらく周りの音が聞こえなかった。
    止まった時間の中で読んだようだった。

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    2012年09月08日
  • 街場の読書論

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    「死ぬ言葉」が印象的だった。

    「人とともに生き死にする言葉」だけが語るに値し、聴くに値する言葉だということである、というのが印象的。
    個人の身体が担保するというのがいかに大切なのか、ということが心に残った。

    また「学ぶこと」も印象的。
    おのれの無知についての自覚があり、自分の師を直感でき、師を教える気にさせるというのが興味深い。

    私がフラメンコを習いたい!思ったのも、いつか読んだ内田樹さんや養老孟司さんの身体に関するエピソードの本がきっかけのような気がしている。

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    2012年08月29日
  • 「おじさん」的思考

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    初内田先生。
    普段からtwitterで拝見していたけれど、やっぱりパワフルなちょい悪おじさんでした。

    色々思った事はあるけれど、一番思ったのは一周回って「文学」読まねぇとなってことかな。

    今のところ僕のロールモデルは『ダンス・ダンス・ダンス』の主人公なわけだけれども。

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    2012年08月22日
  • 価値観再生道場 原発と祈り

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    ネタバレ

    40年間働き続けた原発に感謝を、祈りを。
    そして鎮魂の儀式を。

    どういう心持ちでいたら、暗く重いものに足を引っ張られずに済むのか。
    明るくさばさばして充実した方向へ向かえるのか。
    それがわかる一冊だと思います。

    「辺境ラジオ」で語られたことと重複してはいますが、
    何度聞いても何度読んでも、いいものはいい。

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    2012年08月09日
  • 態度が悪くてすみません ――内なる「他者」との出会い

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    タイトルで選んで手に取った次第の本。著者の語り口と題材にしているものがとても興味を引くもので面白く読めました。ブログやら取材やらで書いたものをまとめたエッセイ集みたいなもので、次々読めて重たい感じはありません。もう一回読み返すとさらにおもしろいかも。

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    2012年08月06日
  • 武道的思考

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    生きるとは変化するということである。そして変化の仕方の多様性は、そのまま「生きる力」に相関する。自己同一的であることに固執する生物は「生きる力」を失う。

    全員が満足するような解が見つからない問題については、「全員が同じ程度に不満足なあたりを『おとしどころ』にする」、全員が同じ程度痛む和解案を探すこと。

    知識としてではなく、考え方の指針を提示する、著者のエッセイ集です。

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    2012年07月31日
  • 橋本治と内田樹

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    有意義な雑談って感じですね。内田樹さんを知らなかったのですが、内田さん「私は性格悪いから」と繰り返し対談で語られてましたが、橋本治と比べるとかなり普通のおじさんに感じてしまいます。内田さんの聞き上手ぶりが冴えてる不思議な一冊だと思いました。橋本さん、借金は返せたのだろうか…(余計なお世話)。

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    2012年07月31日
  • 価値観再生道場 原発と祈り

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    私も東日本大震災で人生観が変わってしまった一人ですが……
    何だか人間のイヤな部分ばかり目についてしまってショックだったんですよ〜。

    原発反対派の話を聞くにつけ、『原発建てないと間に合わない様な世の中にしたのは誰なの!?』って思っていたんです。

    しかし、『原発と祈り』のくだりを読んで、自分の持っていた違和感が薄れてきました。祈りの気持ちを持つという視点はいいですね。

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    2012年07月17日
  • こんな日本でよかったね 構造主義的日本論

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    働かないことが「労働」である根拠として、他人が存在する不快に耐えることを「貨幣」としているという洞察がしっくりきた。ゆとり世代の自分にも経済的価値観の一つとして体内に流れていることは間違いない。

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    2012年07月16日
  • はじめたばかりの浄土真宗

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    あの世からこの世、彼岸と此岸、hereとthere、これら遠く離れたところを行き来して、物事を見つめようというのが宗教性なんですな、と理解。客観視の究極の形か。

    また、善業を積み重ねることで浄土にいけるという考え方は子供的な浄土観であり、人間中心主義に過ぎないというのが、なるほどー。念仏をたくさん唱えて善業ポイントを稼げば天国にいける権利を得られる、つまり自分の力でなんとかできるのだと考えることこそが甘い、そもそも人間の考える善悪の判断など移り変わるもので、あなたの善悪判断基準は、こことは違うあの世や彼岸で通じるという保証など何もない、だから「他力本願」なのだというのが親鸞なのかなと思った。

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    2012年06月30日
  • 街場のメディア論

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    ネタバレ

    テレビ、出版、新聞、音楽…。
    そういったマスメディアが衰退していっている昨今、
    その意味をときあかしていくのが本書です。

    大学のメディア論の講義をまとめたものなので、
    語りかける感じで進んでいきます。

    第一回の「キャリア教育」では、
    これこそ、メディアの世界で生きていこうとしている大学生を対象に、
    まず、その前段階である、仕事というもの、適性というもの、の説明から入ります。
    仕事が適性に合っていない、自分の能力がここでは発揮できないというようなことで
    仕事を変えていくのは間違っている、仕事とはそういうものではないと著者は述べます。
    そしてびしっと彼なりの答えと理路を教えてくれます。

    そんな感じで、著者はメディアについて深く考えて、
    かつ時間をかけて頭の中で熟成したものをある程度咀嚼して
    述べてくれているのが本書です。

    医療問題や教育問題の原因もメディアにあるだとか、
    そういった、「え、どうして?」と思うところでその理由を正々堂々とストライクゾーンに放ってくれる。

    メディアと聴いて連想するものは、僕を含む凡人にはすごく狭い範囲のものでしょうから、
    本書の内容をタイトルだけから推測するのは難しいものだと思いましたので、
    キーワードをいくつか書いて、そこからこの本の中身を想像してもらうことにします。

    メディア、キャリア教育、医療問題、教育問題、クレーマー、正義、著作権などなど。

    最後の方で、書架の話になるのですけれど、
    そこでの内田さんの書架に対する自分自身の心理や、
    書架を見せた相手の心理の説明を読むと、
    けっこう人間全般というものを業が深いものだととらえているフシがありました。
    内田さんの周囲にそういう人が多いだけの気がしないでもないのです。
    大体、本を読まずして人ではないなんて、きっと酔っ払ったらいいそうにも感じましたから。
    僕の周囲なんて、本を読まない人だらけです。
    そういう人の方が断然多い。
    世界の違いがいろいろあるだろうに、
    僕の住んでいるような世界は切り捨てられているなぁと少しく残念に思いました。

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    2025年06月18日
  • 「おじさん」的思考

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    初めての内田樹さんの本。
    大人、とは。他にも、教育のこととか色々なことにも触れていて興味深かったです。この本に収まっている文章は2000年前後に書かれたものなのですが、今でも当てはまることが多いと思います。

    ただ、カタカナ(どういえばいいのでしょうか。外国語の言葉をその音で表す)が多すぎると私は思いました。それがちょっと苦手です。

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    2012年06月19日
  • はじめたばかりの浄土真宗

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    実に刺激的で面白い。身を乗り出したくなるような話題が次々登場するので、一気に読んでしまった。

    ・「尊師は空を飛ぶんです」と言うオウム信者の若者に対してどう応ずるのがいいのか。

    ・「創世記」の「イサク奉献」は何を意味するのか。

    ・この世の成り立ちについて「何も知らない。わからない」という自覚がニヒリズムに結びつかないためには何が必要か。

    ・「オカルト」と科学の境界線とは何か。

    もちろん、これらについて述べられていることがぜーんぶわかった!というわけではない。最後の対談でお二人がおっしゃっているように十年くらいかけて繰り返し読んでいきたい。

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    2012年06月15日
  • いきなりはじめる仏教入門

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    合気道の道場で神棚を拝み、大学では賛美歌を歌い、いずれ菩提寺で戒名をいただく「シンクレティスト」内田先生と、浄土真宗の僧侶である釈先生による、丁々発止の往復書簡。いやあ面白かった。

    宗教的な態度とは「世界と存在を超えるもの」に対する謙虚な構えであるという内田先生の言葉に、まずはうんうんと納得する。

    「喩えて言えば、『どういうルールで行われているのかわからないゲームに、気がついたらもうプレイヤーとして参加していた』というのが人間の立ち位置だと思います。
     このときに、『私には分からないけれどもこのゲームを始めたものがあり、そうである以上、このゲームにはルールがあるはずだ』というふうに推論する人間の思考の趨向性を私は『宗教性』と呼びたいと思います。」

    そして、釈先生が引用した西行の歌 「何ごとの おわしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる」 についてこう述べる。

    「この歌には宗教性の二つの条件が書かれています。
     ひとつは『なにごとのおわしますか』を『知らない』という人間の側の知的節度が表明されていること。
     その『私を超えるもの』に対する『絶対的なビハインド』が『かたじけなさ』という実に含意のある言葉で表現されていることです。」

    これはいわゆる制度宗教への痛烈な批判である。

    「日本人が制度宗教を苦手とするのは、その根本に『これがワンアンドオンリーの完全なる宗教儀礼であって、これだけやっとけばもうザッツオーライ』という考え方そのもののうちに『神への不敬』を感知するからではないかと思います。」

    うーん、まさにそうだ。内田先生の論は相変わらず説得力がある。しかし、これにこたえて(その制度宗教の僧侶である)釈先生が述べていることに、またまたうーんと唸ってしまった。

    釈先生は、内田先生が語っているのは、謙虚なたしなみとしての宗教であり、宗教性が日常にうまく発揮されていると認める。

    「このような賢者の宗教性は、自己の欲求を投影する『宗教へのおねだり』がいかに反宗教的であるかを浮かび上がらせます。
     宗教とは『思い通りいかない=苦』であるこの世界を、自己自身を目覚めさせていくことによって受け止めていく体系ではないでしょうか」

    おお!と思ったのはこの先である。

    「謙虚なたしなみの宗教性は『常態時の宗教性』です。…つまり、平穏な日常を感謝する宗教性です。
     そして、もう一面、宗教性には『タタリのメカニズム』というやつがあります。こちらは『非常態時の宗教性』。『タタリ』というといかにも怪しげですが(笑)、要するに『危機状況』・『限界状況』であるというレトリックです。」
    「謙虚なたしなみの宗教性は、常態時において最も多くの人が共有できることは間違いないでしょう。
     しかし、一本の道筋をたどり、態度を明確にし、エートスを形成して、はじめて開ける宗教性があることも間違いないと思います」
    「『ワンアンドオンリーでザッツオーライ』は、やはり独善への躓きをはらんでいます。逆に『なんでもやっちゃう』のも、既述のような相反する緊張関係が平板化してしまい、宗教的パトスが旺盛な人や実存的不安を抱えた人の『魂の叫び』に応えるものではなさそうです」

    な~るほど。釈先生の解説すべてがわかったわけではないけれど、ここの部分には目を開かせられる思いだった。たとえ入門的なものでも、仏教に関する書物を読むのはちょっと億劫だが、こういう形なら読みやすくてよくわかる。早速続きを読もう。

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    2012年06月13日
  • 村上春樹にご用心

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    ところどころ難しい表現があるも、おおむね理解。
    村上春樹の作品は好きで読むけれど、理解できているかどうかは不安だった。けど、村上春樹の文章を読むと、荒らされてぐちゃぐちゃだった部屋(気持ち)が、だんだんと整理され、家具やら何やらがあるべき場所に戻っていく感じ(うまくいえないけど)が実感としてあった。
    この本を読んで、今までの自分の村上春樹の読み方はアリと言えばアリなんだなと思えた。

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    2012年06月04日
  • はじめたばかりの浄土真宗

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     これ実は単行本で別の名前ででていて、あとがきに内田さんが注意しているのに、また、文庫本で買ってしまった。

     なんか、宗教の本に惹かれるところに自分の弱さや疲れが感じされるが、あまり自分を責めないでおこう。

     内田さんが浄土真宗のお坊さんである釈さんんにいろいろ厳しい質問をして、釈さんが答えるという手紙文のやりとり形式。

     内田さんの最後の「釈先生の話をきいていると、本当に日本の仏教っていいなあって気がしてきます。宗教がもたらす美徳があるとしたら、その最大のものは寛容だと思うんですよ。」(p163)

     これにつきるな。自分の宗教の中での寛容さだけでなく、その外、他の宗教や無宗教的な人への寛容さが感じられるのが一番いいと思う。

     まあ、勝手な僕の理解の仕方ですが。

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    2012年06月03日
  • 「おじさん」的思考

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    「おじさん」という単語から俗世間のおやじの愚痴みたいなのを無意識の内に想像していたが、人生の先輩と言う意味での「おじさん」でした.さすが内田樹.

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    2012年05月27日
  • 街場のアメリカ論

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    (以下引用)
    このような条項が入っているのは独立戦争のときにアメリカには正規軍が整備されていなかったことが理由にあります。国家的独立を守るためには市民全員が武装しなければ間に合わないという状況的要請があって、市民の武装はむしろ国家の側から懇請されたのです。その結果、アメリカでは二億二千二百万の銃が民間に存在し、毎年二万人が銃で殺されるという銃大国になっていますが、それはまた別の話です。(P.156)

    訴訟に至らないまでも、大学にクレームをつけてくる親の数は年々急増しています。これは大学人としての言い分ですが、それほどに大学の教育サービスの質が落ちたとは思いません。むしろ、トラブルが起きた時に、自分の責任はなかったことにして、声高に「責任者出てこい!」と怒鳴る人々が急増しているという印象を私は持っています。それは別に日本人が怒りっぽくなったとか、幼児的になったという単純な事実ではなく、そのようにふるまうことこそ「政治的に正しい」のであるという歪んだ思想がしだいしだいに私たちの社会にも浸透してきたことの効果ではないかと思われるのです。((P.258)

    いくさに敗れた国民の選ぶべき基本的なマインドセットは「臥薪嘗胆・捲土重来」です。古来そう決まっている。そのようなマインドセットを維持している限り、現実にそれほど軍事的・外交的に圧倒されていても、敗戦国民は戦勝国を「まっすぐ見つめる」ことができる。目をそらしたり、耳をふさいだり、記憶を改竄したりする必要がない。そのようなリアリズムの上にのみ「敵との歴史的和解」という「方便」も構想される。誇りある一国民国家として、対等の立場で敵国との「次の戦い」を放棄するという宣言に署名することができる。僕たち日本人にできないのはこのことです。アメリカに負けたときに、日本人は「次は勝つぞ」ということを国民的合意にすべきだった。それがどれだけ非現実的な夢想であっても、日本人同士の心の中では、そのことを確認しておくべきだった。そう思います。けれでも、あまりに徹底的に負けたために、戦争末期の指導層があまりにも無能だったため、「誇りある敗戦国民」という立場をとることさえできなかった。「次の戦争でアメリカに勝つにはどうしたらいいか」という問いの立て採用しなかった。(P.272)

    アメリカが没落し、西太平洋から撤退した後の日本は、このままでは「主人のいない従者」「本国のない属国」「宗主国のない植民地」になる可能性が高い。これは考えうる最悪の国のありようの1つです。そうならないためにも、改めてアメリカについて考えること、より厳密にはアメリカについて考えるときに日本人はどのような知性が不調になるのかについて考えることが要請されているとぼくは思います。(P.274)

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    2012年05月26日
  • 嘘みたいな本当の話 [日本版]ナショナル・ストーリー・プロジェクト

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    日本人の「嘘みたいな本当の話」を集めることで、日本とは何かを見出そうとした、日本版ナショナル・ストーリープロジェクト。
    収録されているそれぞれのストーリーももちろん面白いのだけれども、それ以上に内田樹氏の解説と、最後の批評的対談が面白い。

    ポール・オースターのナショナル・ストーリー・プロジェクトでは、その人独自の社会・文化的背景を持つ個人が、それぞれのストーリーの中から浮かび上がってきたのに対し、本書の中で紹介されている日本人たちのストーリーは、ほとんど同じ形式を持ち、他の人にも共感してもらえること=「あるある!」と共感を持って読んでもらえるようなストーリー。
    このことは、本書に収録されている対談の中でも語られている。

    自分自身のストーリーを語ろうとしたときに、なぜ、みんなが共感できるような、同じようなストーリーを語ろうとしてしまうのか。このテーマは、日本人というものを考える際にとても興味深いと思う。授業でも紹介してみたい。

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    2012年05月21日