村上春樹のレビュー一覧
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村上朝日堂シリーズ。
1983年から5年間のエッセイで、大部分は『ハイファッション』という雑誌での連載という。
年齢的には、34歳〜39歳とのこと。
青春は終わった、と感じたりする村上さんである。
エッセイには、それを執筆中の割と短い間に考えていることがつづられる。その新鮮さが売りでもあるのだが、
34歳から39歳の間の心理的変化は結構大きなものなんじゃないかと思う。
所々に村上さんというパーソナリティーを感じ取れる。
一冊だけ本を持って無人島に行くとしたら何を持って行く?
本なんか持って行かなくても、自分が小説を書いちゃえばいいんじゃないか(そりゃそうだ)
原稿でもなんでも、前倒しに進めてしまわないと気が済まない。せっかちゆえに生まれる、ちょっと余った時間が好き。
映画にも、ロックにも、クラシックにもとても詳しい。でも、うんちくという角度では語らない。
そして、当たり前すぎてあまり気づく人は居ないのではないかということに気づいている。
アンケートというのは不気味かつ無意味な物が多い。う〜ん、そうかも。
日本は標語が多い。これは私は怖くなった。自分が気づかなかったことに。
朝ドラの背景なんかでよく目にするアレを思い出す。知らないうちに思想統制されているのかもしれない。
「1973年のピンボール」という小説を書いた縁で、ピンボールマシーンをもらったことがある。
ちょっと古い物だったが、その単純な機械の仕組みが好きだった。
引越しの時に、欲しいと言ってくれた人に譲った。
その大きな機械が引き取られて行く様子に、老いた馬が去って行くような寂しさを感じる村上さん。
そして、若い頃の貧乏を懐古して終わる。 -
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ネタバレ【歴史は現在に生きていると気づくこと】
村上春樹さんの本では、たくさんの史実的描写が出てきて、細かい描写に感心する。過去への好奇心と想像力は、どこから来るのかなと思ったりする。
この本では、村上春樹さんの父親の経てきた過去について、一緒に猫を捨てに行った、自身の記憶にある出来事から始まり、90歳になった父親、そして母親などに聞いた、自身がまだ生きていなかった、主に戦時経験についてつづられている。
「僕がこの文章で書きたかったことのひとつは、戦争というものが一人の人間ーごく当たり前の名もなき市民だーの生き方や精神をどれほど大きく深く変えてしまえるかということだ。そしてその結果、僕がこうしてここにいる。」
東日本大震災から13年。震災を経験していない子どもたちが、この経験を語りつぐ活動をしているというニュースを見た。
私は私のとても身近にいる人の経た体験も、その体験から今に続く世界の見方も、きちんと知らないなーと思った。
「・・・歴史は過去のものではない。それは意識の内側で、あるいはまた無意識の内側で、温もりを持つ生きた血となって流れ、次の世代へと否応なく持ち運ばれていくものなのだ。そういう意味合いにおいて、ここに書かれているのは個人的な物語であると同時に、僕らの暮らす世界全体を作り上げている大きな物語の一部でもある。ごく微少な一部だが、それでもひとつのかけらであるという事実に間違いはない。」
一般的な歴史を個人的な話として知ることで、歴史が生きた現実のものになる。
歴史と現在のつながりを作って行く作業って、他者への想像力を養うことでもあるんだなーと思ったり。
社会には、それぞれの現実が混在する。隣にいるひととさえもなかなかうまくやれないことも多い。生きてきた環境や時代が違うと、考え方や世界の見方は違うのは当たり前。摩擦を起こしながら人と関わり、ときに通じ合い、ときに自分の考えについて問い直し、相手について思考をめぐらす。他者との違いへの好奇心を持ち続けること、他者に影響され、出来事に影響され、自分の考え方が変わることを許すこと、それが世界への見方を豊かにし続けたいと思ったり。 -
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以前、文庫版を古本屋で購入したのだけれど、紙が焼けていて、それでも大切に読んだ本だった。
今回、ハードカバーで復刊すると知り、当然ながら購入。嬉しい。
文庫版の自分のレビューを読むと、「カンガルー通信」を読みたくて買ったようだが。
読んでから、ずっと記憶に残っているのは「中国行きのスロウ・ボート」だ。
それも、バイトの同僚の中国人の女の子とのパートが、ずっと残り続けている。
ネタバレになるのだけど、良い雰囲気になった中国人の女の子を、家とは反対方向の電車に乗せてしまった、あの出来事は本当に偶然なんだろうか。
そう考えると、そもそも偶然って何だろうとも思うのだけど。
中国人の女の子を騙そうという明確な悪意がなかったとして。
いろんな無意識、無自覚の織りなす糸が絡まって、偶然が作り出されてはいないのだろうか。
中国人の女の子の落胆は、「考えすぎ」なものとして流してしまって良いものなのか。
未必の故意は、私たちの意識の奥深くで、しっかりと輝いているのかもしれないし。
ちょっとしたアンラッキー、と済ませてしまうことに、もしかしたら何らかの意味があるのかもしれない。
そんなことを一つ一つ疑って生きてはいないのだけれど、読むたびに、いつも、この話のエンディングの意味合いは「変わらない」ように感じる。
そんなわけで、私にとって大切な物語の一つだと言える。 -
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村上春樹は紀行文でもやはり村上春樹の文体で心を揺さぶる。
阪神大震災の二年後に自分の住んでいた街の辺りを歩いていく。
大震災の傷跡を自らの目で確かめる。小さい頃泳いだ海、空き地が変貌ぶりに違和感を覚えながら。
ノモンハンも同じだ。ノモンハンが事件でなく本物の戦争であることを証明するかのように現地を訪ねる。現地に来て、「220キロを徒歩で行軍する」ことの凄まじさに唖然とする。1時間に6キロの速さで水不足の中の行軍。だんだんイメージ出来てくる。
メキシコでは貧富の差、治安の悪さを実感し、ものを失う喪失感も味わう。
そんな中、香川のディープなうどん巡りと無人島、からす島の秘密は楽しい! -
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重い小説、難解な小説の後は村上春樹さんの脱力エッセイがおすすめ。中でも、村上ラヂオ2.3はかなり面白い。
・オムレツを作ろう
・献欲手帳
・死ぬほど退屈な会話
・とんでもない距離、ひどい道
・いちばんおいしいトマト
がお気に入り!
特に、村上春樹さんが学生時代、北陸を徒歩旅行した時に、農家の方がトマトをくれた話が心に残る。
能登半島の善意が沁みてくる。
太田幸司さんが決勝戦で18回を一人で投げきり、それでも0対0で決着がつかなかったあの夏の出来事だ。
春樹さんの話を読んでいると、走りたくなる。
そして
シューベルトの「アルペジオール・ソナタ」を聴きながらオムレツつくりたくなる。 -
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小説の村上春樹もいいけどエッセイの村上春樹はさらにいい。
クスッと笑えるエッセイに、今週の村上というおまけ付き。
今週の疲れがどどっと出て、テレビの画面を見て思い切り受け身で過ごそうと思ったけど、この本読んでたら疲れが抜けていった!
あまりにも可笑しくて、ばかばかしくて、脱力感。
本人曰く、ビール会社が作るウーロン茶。
これがまた味わい深い。
実際のオリンピック、ドイツとパキスタンのホッケーの試合を観て純粋にスポーツの醍醐味を味わったり、メジャーリーグの試合を観戦し、Aロッドの一挙手一投足を観察したり、毎度のことながら視点が面白い。ヒノマルの数とか結果とかに無縁な観戦姿勢が村上流。
最後は真面目に決めてた。
「小説も音楽も、心の痛みや悲しみを、深いところで誰かと担い合える。」
まさにその通りだと思う。
小説て音楽に救われている。 -
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河合隼雄と村上春樹がアメリカで行った対談の記録。河合隼雄はユング派だけあってホーリズム的な傾向が強いのだけれど、村上春樹は作家だけあって言語的に理解していこうとする。とはいえ村上春樹もすべて言語に依存して把握しようとする人でもなく言語や精神を支える身体感覚を大切にする人なので、河合隼雄とは波長があって会話が弾んでいる感じが伝わる。
対談のタイミングが『ねじまき鳥クロニクル』の発表直後だけあって、ねじまき鳥の話が多い。また湾岸戦争やオウム事件との時代的な近さも感じる。ねじまき鳥で暴力や歴史というものが前面に出てきており、その理由を村上春樹は河合隼雄との対話の中で見い出そうとしているようにもみえる。
短いけれど読み応えのある対談集だと思う。 -
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村上春樹さんの音楽の知識はすごいのだけれど、小澤征爾さんとの会話が本当に楽しい。それは日常が垣間見れるからではないかと思う。そう感じたのは、村上さんの家に小澤さんが遊びに来るシーンだ。村上さんが冷蔵庫から冷えたビールを何種類か出す。小澤さんはその中から懐かしいなあと言って一番安い外国製のビールを選ぶ。
「これこれ、これがうまいんだよ。貧乏をした時によく飲んだなあ」と言いながらグビグビと飲むその姿が目の前に見えてなんだかとても美味しそうに思えた。
音楽祭で若手の音楽家へのお二人の会話もクラシック音楽は素人に近い私でも音楽が聞こえてくるようで楽しかった。 -
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ネタバレ予想以上に川上未映子が突っ込んだインタビューをしていて、かなり読み応えがあった。
あの村上春樹が、作品や過去に受けたインタビューで答えた内容との矛盾?を川上から指摘され、ややたじろぐ様な場面もあり、読んでいる方がハラハラ。それでも飄々と村上節でかわしていく?様子はさすがだなと。だけど終始和やかな雰囲気で、2人の信頼関係がこちらまで伝わってきて、作家として人間としてリスペクトし合っているのがめちゃくちゃ伝わってくる。
さすがというか、とにかくインタビューの内容が濃い。かなり勉強になりました。
家に例えると、その人の普段の生活や考えてることを1階とすると、日本の近代文学は地下一階を扱っていて、村上春樹は地下二階を書こうとしているという話。
リアリズムをリアリズムの文体で書くことを試みたノルウェイの森、テーマやストーリーよりも文体が先であること、物語というフィクションは過去から現在、未来に至るまで一番強いポリティカルであり得るのではないか、ここに書き出したらキリがないくらいの興味深い話が繰り広げられて。
ほんまに?!何この人本気なん?!と川上未映子と一緒に村上春樹の井戸に入って何が見えたのか、私は入ってみて本当に良かったです。
さてさて、来年は村上春樹をしっかり読んでみようか!