村上春樹のレビュー一覧
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ネタバレ・首都高でヘックラー&コッホによる自殺を図ろうとした青豆を呼び止めたのは、青豆に聴こえた遠くから自身の名前を呼ぶあの声は空気さなぎの中の10歳の青豆に名前を呼ぶ天吾の声だったのかと気づいたとき、本当に素敵だと思った。これ以上ない伏線回収でかつこれ以上美しい愛がそこにはあると思った。登場人物である2人が気づいていないだけで、そこには既に愛はあるのだと思う。
・天吾が猫の町に行く前、天吾も青豆も高円寺の街でお互いを想い続けるシーンは、個人的にミスチルの「君が好き」を挿入歌にしたいと思った。この小説の主題歌がヤナーチェックのシンフォニエッタだとしたら挿入歌は君が好きで間違いないと思う。
・青豆って雅美だったんだ。なんかわりと納得。実写やるなら長澤まさみにやってほしい。
・牛河は青豆も天吾もそして自分自身も、「無条件で自分を受け入れ、抱きしめてくれるような何かを求めていた」と推測するがこれには深く共感した。私もそれを求めているから。
P.S.とにかく牛河の存在感が強い一編だったとも思う。
牛河はもうお腹いっぱい。 -
Posted by ブクログ
あくまでここまで読んだ自分なりの解釈です。
この物語は、"僕(=トオル)が恩寵の光を得るための修行記録"の物語なのでは無いか。
つまりは、間宮中尉がノモンハンの井戸で獲得出来なかったものの総称としての恩寵です。
僕らは力を手にすると途端に居丈高になったり強権的になったりしてしまう。ではそうならない方法は何か?それはつまり"やれやれ"でやり過ごす事だ。卵の側に立つ事だ。でも、敢えてデタッチメントからコミットメント(バットを持って戦う)に向かわなければいけない時があるのだ。
その時に我々に恩寵の光が差し出されるのだ。
加納クレタをシャーマンのように扱うくだりも、綿谷昇が絡んで来る時の新しい村上春樹の地平も良いと思います。 -
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ネタバレ・予想。リーダーはリトル・ピープルに促され豹変した深田保で、最初に犯された10歳の少女はふかえり?
・あゆみは「いかにも開けっぴろげな見かけの部分は演技的なもので、根本は柔らかく傷付きやすい感受性を持っている」タイプらしいが、青豆の「私はもっとあの子を受け入れてあげるべきだった。あの子の気持ちを受け止め、しっかりと抱きしめてやるべきだった。それこそがあの子の求めているものだった。」「無条件に受け入れられ、抱きしめてもらうこと。とにかく安心させてもらうこと。」という後悔は本当に的を射ていて、私もあゆみと似たような性格だからこそ本当にそれが必要なのだと共感できた。
私もそれが喉から手が出るほど欲しい。欲しくてたまらない。
・天吾にとっての安田恭子(年上のガールフレンド)=青豆にとってのあゆみかな。
青豆と天吾、お願いだから早く出会って。あなた達はお互いに想いあっている。そのことに早く気づいて、という気持ちでいっぱいになった。
そしてさきがけのリーダーと青豆、療養所の天吾の父と天吾が2人きりで対話するシーンはどの場面よりも強烈で強い存在感を残していた。
とくにさきがけの秘密を語るシーンはあまりにカルトとしての解像度が高すぎて鳥肌が立つほどだった。
とにかく続きが気になる。 -
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中国行きのスロウ・ボート
2025.08.09
主人公が出会う3人の中国人。彼らはみな淡々と語り、どこか寂しく感じるようなふるまいをしている。ゆっくり読まないと気付かないようなさりげない空気感で描写していた。物語の最後には居場所のない中国人と自分を重ね合わせ、現状から抜け出して居場所を求めたいという気持ちがうかがえるものの、逃げようというよりは受け入れざるを得ないような仕方のない状況にあることを表現。「スロウ・ボート」によって示し、なんともいえない状況に陥っている様子が感じられる。
居場所のなさがこんなにも淡々とした虚しい世界を生み出してしまうのかと怖くなった。同じ境遇の中国人たちと自分で新たな居場所をつくったら少しは良い方向へ向かいそう。 -
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時々、悪い夢を見ます。
どんなに探しても大切なものが見つからないとか、道に迷って目的地にどうしても辿り着かないとかです。このような夢は、心理的に「模索中」「停滞感」「不安感」を抱えている可能性が高いらしいです。この小説は、そんなわたしの心のうちと重なるようなきがしました。でも、重さや暗さは感じませんでした。
ロッシーニの『泥棒かささぎ』の序曲を主人公の岡田亨(オカダトオル)が口笛で吹きながらスパゲティーをゆでているときに、知らない女の声で電話がかかってくるという書き出しから物語に引き込まれました。そして、ねじでも巻くようにギイイイッと鳴く鳥を、主人公とその妻は「ねじまき鳥」と呼び、ねじまき鳥がねじを巻く静かな世界がユニークに描かれています。姿を見た者はいないけれど、毎朝、木の上で世界のねじを巻くのがねじまき鳥です。
印象的だったのは、主人公と16歳の少女が人生について語る場面です。
少女は言います。「人生ってみんなどこかしら暗いところに閉じ込められて、食べるものや飲むものを取り上げられて、だんだんゆっくり死んでいくものじゃないかしら」
主人公は、ペシミスティックな考え方だと笑います。すると少女は、ペシミスティックじゃない世の中の大人はみんな馬鹿だと返します。
わたしはペシミスティックじゃない馬鹿な大人ではありますが、この本の終盤のノモンハン戦争の長い話を読みながら、ゆっくりと時間をかけて少しずつ死んでいく生の怖さと不思議さが頭の中を巡りました。
第2部「予言する鳥編」も楽しみです。 -
Posted by ブクログ
うん、読んで良かった!
村上春樹も普通の人間だ。
ただ才能が溢れるところでちゃんと溢れ、世に還元してくれただけの、私と同じ人間だった。
自分の気持ちというか、したいことに対して純粋にまっすぐに生きる、その姿勢はとても参考になった。なんだか自分が人生を自ら難しくしているような気がした。それに気づけた。
この本から何かを得てやるんだという気持ちで読んだわけじゃない。村上春樹の本は何冊か読んだ程度で、小説家が自分が小説家であるというとことについて書いたものを読んだことがなかったから手に取っただけだが、心に留まるような考え方、フワッと心が軽くなる考え方がいくつかあった。こういうときに「ああ、読んでよかったな」となる。本を読んで毎回できる体験じゃないので嬉しい。
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初カポーティ。映画でも有名な表題作はまだ観ていません。どうやら原作と映画はまた違う雰囲気のようです。ヘップバーンが演じたホリー・ゴライトリーがどのような人物に仕上がっているかはわかりませんが、本書のホリーはとにかく天真爛漫。誰もが振り向く美貌さと誰にも縛られない奔放さに小説の枠を超えて人々は魅了されるのでしょう。そんな彼女はどこかへ旅立ち、残された人々は彼女の記憶や痕跡を寂しく思いつつもただ楽しむ。そんな余韻すら魅力的な小説でした。
他に収録されている「花盛りの家」「ダイヤモンドのギター」「クリスマスの思い出」も余韻が素敵な小説ばかり。心にすっと入ってくる良作でした。