あらすじ
あの日なら、僕はすべてを捨ててしまうことができた。仕事も家庭も金も、何もかもをあっさりと捨ててしまえた。――ジャズを流す上品なバーを経営し、妻と二人の娘に囲まれ幸せな生活を送っていた僕の前に、十二歳の頃ひそやかに心を通い合わせた同級生の女性が現れた。会うごとに僕は、謎めいた彼女に強く惹かれていってーー。日常に潜む不安と欠落、喪失そして再生を描く、心震える長編小説。
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Posted by ブクログ
過去の人に会うことは、過去の自分に会うことなのかもしれない。
島本さんは、単純に「忘れられない女性」というより、初が選ばなかったもう一つの人生や、過去への憧れそのものに見えた。
島本さんと一緒に現実を捨てることもできたはずだけど、結局は現実を捨てきれない。妻や子供、仕事、自分が現在まで積み重ねてきた人生を完全には手放せない。
要するに、現実が捨てきれない。
だから島本さんは消えた。
イズミの存在も、過去に自分が誰かを傷つけたこと、その記憶や罪悪感が現在の自分の中に残り続けることを象徴しているように感じた。
結局、人は「もし別の人生を選んでいたら」という可能性を完全に消すことはできない。でも、その可能性のために今の人生を捨てることもできない。
失ったものや選ばなかった人生を抱えながら、それでも今の人生を生きていくしかない。
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恋人だった訳でもないのに、昔心通わせた島本さんのことが忘れられない。彼女で無くてはと申し分の無い幸せを手に入れた後に気が付き、どちらを取るかの葛藤が面白かった。
知らなくてはならなかったものごとがまるでサンプル・ケースみたいに全部ぎっしりと詰め込まれていた。
これはとても大事なことだから、よく聞いて。さっきも言ったように、私には中間というものが存在しないのよ。私の中には中間的なものは存在しないし、中間的なものが存在しないところには、中間もまた存在しないの。だからあなたには私を全部取るか、それとも私を取らないか、そのどちらかしかないの。それが基本的な原則なの。
僕はその暗闇の中で、海に降る雨のことを思った。広大な海に、誰に知られることもなく密やかに降る雨のことを思った。雨は音もなく海面を叩き、それは魚たちにさえ知られることはなかった。
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村上春樹のベストかも。ノルウェイの森よりも好きだった。
不在、喪失、愛、死、性 全てを感じ、瑞々しかった
今置かれている自分の状況と近いし、結婚とかしてこんなことを思うのは悲しいなぁ
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村上春樹の作品の中で一番好きだったかもしれない。現実に落とし込める話。島本さんはそもそも存在していたのか?川に流したものの正体は?色々と考える余地のある作品だった。
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今まで読んだ村上春樹作品の中で羊をめぐる冒険に次いで好きかもしれない 文章が一番入ってきた
ジャズバー経営したくなってきた
そうせざるを得ないっていう状況になって、でもみんな幸せにはなれないみたいなのって現実でもきっとあるよねって思った
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この作品は、一般的に言われるような単純な「恋愛小説」ではないと思った。
人を好きになるとか、過去の恋人を忘れられないとか、そういう言葉だけでは説明できない、“人生の欠落”や“魂の飢え”のようなものを描いた作品だと感じた。
主人公のハジメは、家庭も仕事もあり、世間的には幸福な人生を送っている。
しかしその内側には、どうしても埋めることのできない空白が存在していた。
その感覚は、自分自身の体験と強く重なった。
一度変わってしまった心は元には戻れない。
この小説は、自分にとって単なるフィクションではなかった。
ハジメが家庭へ戻った“もう一つの人生”を見ているような感覚があった。
もし自分が別の選択をしていたら、あの物語のような人生を歩んでいたのかもしれない。
そう考えると、とても胸が痛んだ。
この作品の大きな特徴は、「何が正しかったのか」が最後まで分からないことだと思う。
イズミも島本さんも、その後どうなったのか明確には描かれない。
島本さんに何があったのかも分からない。
しかし、その曖昧さこそが、人間の人生や記憶の不確かさを表しているように感じた。
特に島本さんは、単なる“昔の恋人”ではなく、ハジメが失ってしまった何か――若さ、純粋さ、可能性、あるいはもう戻れない人生そのもの――の象徴だったのではないかと思う。
読後には答えも救いも残らない。
ただ、「人は本当に愛していても、戻れなくなることがある」という現実だけが静かに残る。
その感覚が、自分にはとても苦しかった。
Posted by ブクログ
一人っ子のミステリアスな女性、島本さんと12歳の頃からその子に恋心を抱く、既婚者である主人公の物語。
久々に素晴らしい小説を読んだ。『国境の南』というのは、自分が信じた偶像の先に存在する理想郷のようなものを示していると同時に、実際にはそこが空虚でありそこを追い求めて破滅すると言うことを示唆している題名のようにも思える。
「でも僕は島本さんのそうした外見の奥に潜んでいる温かく、傷つきやすい何かを感じとることができた」
これはまさしく国境の南、を示していると思う。
『太陽の西』の説明におけるヒステリア・シベリアナは今までの自分のある部分を殺して彷徨い続けるシベリアの農民を指すが、この物語では初恋の相手を思い続ける自分を殺して妻との生活に向き合う「新しい自分」を迎える覚悟を持った物語終盤の主人公と重なる。
こうした2つの言葉が並列に語られる本作の題名は、互いが同じ事を示しているようで、物語における主人公の心の移り変わりを示しているようにも思えて秀逸。
繊細な感情表現も素敵で非常に素晴らしかった。
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水曜の朝、午前三時とかが好きならす刺さる一冊。大恋愛好きなら最後は尻すぼみかもしれない。
今の生活には満足していても満ち足りない気もするという感覚は正直すごい分かる。でもその感覚を埋めるものを他人に求めてはいけないというのが1つハジメくんが出した結論なのかなと解釈した。
でもハジメくんの気持ちもやっぱりすごく分かる。家庭を持つとどうしてもパートナーとの会話に正直刺激的なものはなくなる。概念的な答えがないようなことをしゃべるなんてことはない。それよりも明日どこ行く、何食べる、家のあれ修理しなあかんなとか現実的なことで埋め尽くされていく。そういう中で刺激的な会話ができる異性の存在ってすごく大きくて、だからこそ魅力的に思えるし、人によっては過去の関係もある人であればたらればを考えることもきっとある。それはでも結局実際にはパートナーになってない関係だから成り立つんだよねというところではある。その上でなお失うものへの葛藤、あの頃の自分なら迷わず動いてたのにそれが今はままならない感覚も勝手ながら共感した。
Posted by ブクログ
村上春樹氏のインタビュー記事を読んでいて、読み直したくなり手に取る。
学生時代に一度読んだきり、内容はすっかり忘れていた。
一人っ子の少年が、青年になり、中年になっていく物語。男の中には常にある女性が居て、孤独な時もモノを持ちすぎた時も中心には彼女がいる。
成功譚でも、成長の物語でもない話が進んでいく。
リズムよく読みやすい文体、洒落た語彙。スラスラとテンポよくページを進めていけた。
物語に没頭し、喪失、孤独、加害を感じていった。
素晴らしい読書体験だった。
Posted by ブクログ
世間一般で言うところの「不倫もの」なのだけど、当作をそれだけで括ってしまうのはあまりにも短絡的すぎる。人間は決して完全ではないし、抑え切れない思いを抱いてしまうことは誰にでも起こり得るはずだ。(自分は村上春樹自身もそうであると信じている。それでなければこれだけの描写はできないと思う)
少年と少女が大人になり再会した、幼かった当時では明確に表現できなかった気持ちをはっきりと認識した、そして苦しい思いを抱きながら全てを捨てる決意までしかけた、というストーリーを村上春樹は繊細なタッチで綴っている。リストのピアノ協奏曲とか、スター・クロスト・ラヴァーズとか、登場する楽曲からも想像力を掻き立てられる。当作は決して下世話ではない、人間の性を描き切った秀作だと思う。
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主人公は側から見れば順風満帆な生活を送っている。しかしその生活は自分の努力によるものではないと考えており、生活に満足していない。
そんな時に小学生時代に心を通わせた女性と再会して、恋に落ちる。何の不満もない妻と娘2人がいて4LDKに住んでいる生活を捨ててもいいと思うほど、恋に落ちる。
妻と島本さん(恋に落ちた女性)の性格、外見が入れ替わっても、主人公は恋に落ちていたと思う。主人公は状況に惹かれているのだ。順風満帆で不満はないのに、なぜか物足りないと感じる。そんなときに自分の思い通りにならない(急に長期間会えなくなる)女性が現れる。その人のことしか考えられなくなる。
私にはまだ経験はないが、今後私や身の回りでこういうことが起きても不思議ではないと思った。時が経ち、仕事や生活に慣れて、特に努力せずとも側から見たら充実した生活が送れるようになった時、私は何を求めるのだろう。またパートナーが同じような状況になった時、主人公の妻のように許せるのだろうか。
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終盤に何ページにも及ぶ性描写があり、
官能小説を読んでるのかと思った。
そこまで長い性描写は好まない。
Posted by ブクログ
村上春樹の「小説」としては、初めて読む本。
いやーまさかのタイミングで読むことになった本だった。色々とドンピシャすぎ。
文学ってのは、然るべきタイミングで出会うようにてきてるんだなぁ…
個人的なそうしたバックグラウンドは置いといて、本の内容としては、恋愛小説。
小学生のころに、一人っ子(当時は珍しかった)という共通点で強烈に惹かれ合った女子との思い出がある主人公。紆余曲折ありながらも、別の女性と結婚し、バーを営みながら幸せに生きている時に、その女の子がお店にやってくる…
というあらすじ。
シンプルなあらすじなのだけども、村上春樹のシャレたセンスの文章でグイグイ読ませる。
主人公も、女の子も、どっちも魅力的な会話をする。モテる人ってのはこうなんだろうなと思う。
(そう思わさせられる)
周りのサブキャラも皆強烈だった。特に奥さんの父親が好み。
ジャズ喫茶のオーナーとして成功していた村上春樹の人生哲学なんかも入っているような気がする作恋愛小説以外の深みも感じられた。
とにかく、シチュエーション的にぶち抜かれた小説だったし、それを抜きにしても素晴らしい小説だった。飲みやすい長さなので、村上春樹初心者にもオススメできる気がする。
素晴らしい....
素晴らしいの一言
この作品には既婚者が味わうであろう感情に"少し"の色をつけた現実的なストーリーである
ただ、その"少し" あと一歩を踏み出すか 踏みとどまるか その少しの先を見させていただきました
Posted by ブクログ
再読。
村上春樹作品は、何度読んでも新たな発見がある。目に情景が浮かぶ描写で、心が持ってかれる感覚。
ジャズバーに行きたくなる。
「ふと目をあげたとき、そこにはイズミの顔があった。」
再読 20170611
20260327再読
Posted by ブクログ
12歳から始まるがハジメが問題を抱える程の原体験があったように思えない。
一人っ子で、初恋の相手と疎遠になって、思春期特有の悩みで結果的に人を傷つけた..だけって感じ。
「あなたは何も尋ねていない」でそれだけでわかるだろ?感もある。
それはさておき、とにかく読みやすいし先が気になる。島本さんは魅力的。
色んな困る状況を積み上げて、それで最後に…一応オチもある。面白かった。他の人のレビューが見たくなる小説
Posted by ブクログ
小さい頃の経験が種として残っていて、大人になってから発芽する。自分の中に欠けている部分を渇望するように生きる。←なんかこんなテーマが読み終わって心に残った。なんとなく人間の生きるエネルギーの根源的なところに触れた感覚がある。あくまで触覚的なので言葉にするのは難しいけれど。
僕も普段何かを成し遂げたい、何かを手に入れたいと思いそれが原動力になって人生を生きている感覚があるけど、これを読むとそれって危険なことだったりもするのかなとか少し思ってしまい、少し落ち込んだ。でも読んで良かったとは思ってる。んーなかなか言葉にするのが難しいけど、とにかくよかった。これで自分の中に生みだせた感覚はいつか役に立つ気がする。なんとなく。
やっぱり村上春樹の小説は自分にとって一番スムーズに体に浸透する感覚があるなあ
Posted by ブクログ
原体験と欠落。変えられない自分と変わっていく現実。
恋愛を題材としているが、書いているのは人生における柵だと感じた。
序盤、中盤の停滞感のために評価しづらいが、終盤の恋愛にとどまらない人生の複雑な問題やそれに対する哲学は読み応えがあった。
Posted by ブクログ
太陽の南は夢の場所に見えるけど実は変わりない現実の延長。スキルや社会的地位を得た先のメタファー。
太陽の西を目指す農民は行き倒れるので、それは永遠に得ることのできない空想。日常を突発的に捨ててまで得ようとする何か。
Posted by ブクログ
大学生の頃に読んで、とても好きだった記憶があり、読み直し。がっつりと中年(とはいえ、私よりだいぶ年下)の恋愛の話でした。数年に一度くらいは村上春樹ワールドに触れるのも心地よい。
Posted by ブクログ
なかなかに酷いことをする主人公だった。終盤、それが彼自身の欠落というパーソナリティであることが自身の口から述べられるのだけれども、周囲の人物からしたら本当にたまったもんじゃない。彼のいう吸引力をお互いに感じているであろう有紀子は彼の過ちとその欠落を踏まえても許すことができたけれどもイズミはそうではなかった。彼女は主人公のことを好きだったかもしれないけれど吸引力は感じていなかったのかもしれない。そしてその後は、傷をいやすような出来事や人物に出会えず、死を内包して生きているのだろう。島本さんですら、ボーリング場の廃墟では死を瞳にのぞかせていた。
死について述べる場面は村上春樹の筆力?を強く感じた。主人公に肉薄した死の恐怖を村上流に描写していた。
今作のテーマは死なのだろうか。どうやらイズミとの再会の後、主人公には変化が訪れた。内面の何かが死んで新たな彼のペルソナが作り上げられようとしているっぽい。有紀子も主人公を許す会話の中で、彼女のうちでなにかが死んで失われてしまったことを伝える。それはおそらく自殺を図ったあの時なのだろう。彼女は無い面だけでなく肉体も死に近づいた。
ラストシーン、海に降る雨のことを考える主人公のもとに、誰かがやってきて手を添える。どうして「誰か」なのだろう。娘たちは起こさなければならない存在として描写されているからここでの誰かは有紀子としか思えない。島本さんは主人公の前から完全に姿を消した。それは間違いのないことだろうに。有紀子との関係を新たに作り上げることを決意した主人公の前に有紀子が姿を見せるのはここが初めてだからだろうか。主人公は有紀子と初めて出会うのであって、まだ有紀子のことを知らないから。と考えたら割と合点がいった。
Posted by ブクログ
ハジメは変わろうとしつつあったけど、どこまでも中途半端。仕事も、家族も。
中途半端に関わった結果、全ての女性を深く傷つけた。
でもそれを非難できるほど、人間ができてるひとはいるのかな。
自分も「そのきっかけ」がないだけで、本質的なところはハジメと変わらないんじゃないか。
Posted by ブクログ
テーマで言うと、恋愛における孤独や、自死、浮気・不倫について深く考えさせられる物語だった。
思春期特有のむず痒い心情だったり、恋愛に揺れ動く描写が大胆に描かれていた。
作中では、資本主義社会に対する問いかけのようなものも感じた。
主人公が結婚して、子宝にも恵まれ、安定した生活を手にする。
ただ、果たしてその幸福はどこから転がってきたのか。
主人公はひたすら悩み、もがく。
自分の目的のためには手段を選ばず、周囲の人間に傲慢な態度を取る。
そして、過去の自分の行為を振り返って、内省する。
後半は、足にハンデを持つ元恋人、島本さんに対する過去の恋心に揺さぶられる。
徐々に離れてしまった彼女の空白の期間に、一体何があったのか?
どうして、一度も働いたことがないのに高級感のあるものばかり身につけているのか?
読者も深く考えさせられるし、全ては描かない。
みなさんどうぞ考えてください、と村上春樹に言われているような気がする。
結局、側から見るとあらゆるものを手に入れたように見えても、それが全てではないのだなと思った。
飽き足りない欲望を追いかけても、残るのは空虚さだけだ。
現在の
長編お伽噺とは違う現実的でちょっとだけ
お伽噺も含まれる小説でした。
そんな中でも、素敵でエッチな春樹節が
随所に散りばめられて相変わらずの雰囲気。
残り香程度のモヤモヤ感と、きちんと伏線回収
されて読みやすかったです。
ホントの禿げたかと禿げわしの違いを検索して
スッキリしました。
真実
主人公の生き様が自分のライフプロセスと合わせて読め、前半の疾走感も凄くあっと言う間だった。真実はいったい何なのか、何が正しいのか非常に不思議な気持ちにもなった。彼らの続きが知りたくなる終わり方だった。村上春樹さんの作品を初めて読んだが、素晴らしさが少し分かつた。
Posted by ブクログ
この小説は『ねじまき鳥クロニクル』を執筆し、第1稿を推敲する際に削った部分が元になり、そこに更に加筆する形で書かれているのだとwikiに記載あり。なるほど、ねじまき鳥よりは国境の南のほうがわたしには分かりやすい。ねじまき鳥を一読して全てを理解するには無理がある。分かった気にさせるには、ほどほどな分量である国境の南がわたしは好きだ。
Posted by ブクログ
雨が降る日。雨音は思考をそこに止める。雨粒は何事をも停滞させてしまう。仕方がない。
今日は何もしたくないなと思って本を読んだ。以前のようには、ままならない思いとか、べつに気取っているわけではないけれど、ページをめくる指先ひとつを見てみても、そこに介在する意識、無意識の狭間のような、掴みどころのない感じ。わかりやすい感情とか、伝わりやすい思いとか、ときに面倒で、重くてしようがない。
“初恋”の、記憶をこえた“幻影”だなんて都合がよくて、それを自覚しているから悩みは尽きないだなんて。たとえば混雑する駅の構内や、波のように人々が行き交う横断歩道とか、よくも誰とも衝突せずに皆は器用にやり過ごすものだと、ぼくなんか、半ば呆れているけれど、想いの強さや深刻さ、まるで“幻影”を目の当たりにしているみたいな気分がするし、それらの“衝突”を避けるべく、あるいは、それが“幻影”なら、あえて衝突させてみたり。人混みでの“やり過ごしかた”と似ているような気もするし。きっと、皆は上手くやり過ごせてる、やり過ごさざるを得ない、ということかもしれません。
「最後の恋と決めた。それを初恋と呼ぶ」
adieuは『ダリア』という曲で、そう歌う。
幾度か重ねた末の“最後の恋”が“初恋”だなんて。そう。きっと、めぐりめぐった恋だからこそ“初恋”だったと気づくんだ。
初めての恋を大切にしまい込む。そんな気持ちは理解できるけれど、思い出したくない“初恋”があり得ることだって、同じく理解できる。それが“恋”だと自覚がなくても、最後を意識したことで、想うことができる“初恋”だって、きっとあると信じたい。
それだけに“初恋”って深くて、重いもの、なのかな。執着せざるを得ないほど手離せないものなのかな。ぼく自身なら、どうだろう。覚えているかな、初恋なんて。無自覚のまま忘れてしまったものか、それとも忘れようとして、うまい具合に忘れたものか。どちらにしても、さて、ぼくは覚えていないのです。
後々振り返り、あれを“初恋”にしておこう、そんな“初恋”の記憶もあったような、なかったような。忘れてしまったのなら、それはそれでつまらないものですね。
兎にも角にも男性の、“その”時点での“振り返り”。そう。そこで振り返ってしまうから、男性ってダメなのよね。女性は、さっぱりとケリをつけてしまうのに。
結局、いまの場所から動けない、踏ん切りがつかない。いわゆる男性の“業”ということなのでしょうか。こんな“オチ”でいいのかな。
Posted by ブクログ
安定した収入があって、家や車もあり、妻や子もいて、義実家との関係も良好で、全てが揃った人生を送っていると一般的には言えるが、本人としてはどこか物足りなさがあって、その穴を埋められるような存在が島本さんという過去の憧れ・夢。
イズミとの一件はあんまりだったが、それは再会した島本さんとの関係然り、始という人間の一貫性を感じる。
著者の具体的な人生と結構リンクしているようだが、飲食店の経営が読んでいて羨ましい笑
彼女は僕の前から消えてしまった。彼女はそこにいたが、今では消えてしまった。そこには中間というものは存在しない。中間的なものが存在しないところには、中間というものもまた存在しない。国境の南にはたぶんは存在するかもしれない。でも大腸の西にはたぶんは存在しないのだ。p273
Posted by ブクログ
村上春樹さんは元々苦手だったのですが、同じく苦手と言っていた人が面白かったと勧めてくれたので。
バカな男の悪行をとても美化して表現された作品。実際にこういう人がいたら毛嫌いしてしまうような自己愛に溢れた男の話。でも、心の動きの描写や表現が素晴らしく綺麗。結末が気になってちょっと切なくもなり、思ったより読み応えがあって面白かったです。
Posted by ブクログ
◯はやく泉のこと言えよ!どんだけ焦らすんだよ。
・・・けけけ・・結局言わねーのかよ(笑)なんでワザワザ青山のバーに来てまで思わせぶりなこと言いに来たのかよ(笑)
◯幻想とか妄想の世界の話がなくて読みやすかった。
◯家族と出かけたり、一緒に出掛けてご飯食べたりすることが家族として普通のことなのかと驚いた。
Posted by ブクログ
価値のない、ろくでもない人間の話。恋って人が持ち得る感情を遥かに凌駕して支配してしまうんだな。美しくもありとても恐ろしいものであることを再確認させられた。
主人公は静かな孤独の中にいて、その深さは誰も分からない
Posted by ブクログ
前半、主人公が過去を振り返る形式で書かれている部分は読むのが少しきつかった。ユーモアがあまり無いのと、主人公に作者の顔がちらつくのが辛い。後半は面白かった。