村上春樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
1ヶ月半ほどかけて読み終えました1Q84!!
6冊のまとめた感想をこちらに載せます。
私をQの世界へと連れて行ってくれてありがとう。
あまりにも長いので、一言で感想がまとめられない。が、
良い小説は、心に残って離れない一節があって、そしてそれがその本の主題なんだと思っています。
そういう本に出会える機会は本当に貴重で、今まで読んだ本でも“面白かった”とは別なので、数えるほどしかありません。
1Q84は「人は誰かを愛することによって、そして誰かから愛されることによって、それらの行為を通して自分自身を愛する方法を知るのです。僕の言っていることはわかりますか?誰かを愛することのできないものに、自分を正しく愛することなんかできません。」だと思いました。
春樹の主人公は毎回、何故か一定の女性に好かれて、人妻やらなんやらと肉体関係だけ持つ、恋ができない男の人。魅力的で、思慮深い主人公(ある一定の女性が好きになるのも納得)だけど、それはいつも孤独の象徴としてて描かれています。
今回は、そんな主人公の中でも割と貪欲に愛情を求めて、真っ直ぐに孤独への寂しさが表現されていたように思います。(長編なので彼らを理解する材料が多かったのかもしれないけど)
孤独やその空虚は、時に魅力的だけど、毎回こういう小説がハッピーエンドにならないように、“それ”を埋められるものはこの世界にはないのかもしれません。
そんな中で、1Q84は孤独な2人の主人公(男女)が、その孤独と空虚が生み出した責任に追われながらも、その果てしなく冷たい闇から抜け出す物語で、春樹には珍しく希望の物語でした。
ある時は静寂に耳を澄ませ、深淵を覗き、冷たい月をみているよな物語ですが、少しずつ、少しずつ、その希望へ近づいていく様がとっても面白い。
そして、静寂に耳を澄ませる感覚を本から味わえる、素敵な時間でした。
「見かけにだまされないように。現実というのは常にひとつです。」
私がいつかQの世界(猫の街)に迷い込んだ時、帰って来れるような現実を見つけ出せる人生にしたいです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ母と娘の確執と和解を、異世界や動物を通して描く村上春樹のうまさ。
現実の人間関係にそのまま置き換えるのではなく、世界線をずらし、さまざまな動物を登場させることで、言葉だけでは表現しきれない感情や関係性を描いていく。『1Q84』にも通じる村上ワールドだけれど、こういう表現が本当にうまいと思う。
家族だからといって、すべてを理解し合えるわけではない。近しい関係だからこそ傷つくこともあるし、過去に起きたことが、簡単になかったことになるわけでもない。
それでも、過去を抱えたまま、相手との関係や自分自身と向き合っていくことはできるのかもしれない。
過去を理解することは、過去に戻ることではない。過去をなかったことにするのでも、すべてを許すことでもなく、今の自分がそれをどう受け止め、これからをどう生きていくかということなのだと思う。
自分自身の家族や過去との向き合い方にも重なるものがあり、物語を読みながら、自分がこれまで考えてきたことを改めて思った。
現実とは違う世界を描きながら、人間の感情や関係性の本質に触れてくる。そこが村上春樹の作品に惹かれる理由のひとつなのだと思う。 -
Posted by ブクログ
近年の作品の中だと、騎士団長殺しと同じくらい好きな作品だと思った。(2017年が果たして近年かという疑問はあるにせよ)
私の好きな『かえるくん、東京を救う』と類似性のあるストーリーだからかもしれない。
村上春樹作品は最近は特に、女性差別や性的搾取描写が批判されていて確かにその点は否めないと思う。
だが、今回の主人公の夏帆は1人の人間として存在しており、巻き込まれる形ではあるが自分の世界を大切にして生きている。
ルッキズム批判的文脈も見られたし、上記の意見だけで読まない判断をする読者は残念だと思う。
ただ、女性が母親の不貞を知り(それが真実かどうか分からずとも)、その様子をイメージするのは違和感があった。今回の作品で性的な描写は不必要に思えた。
だからこそ、性的描写が忌避されている作家なのだろうけど。
そもそも私は小説に関しては女性も男性もリアリティを求めていない気がするし、主人公の男性と無意味にセックスする女性キャラクターにも何も感想が浮かばない。そういう作風なのだなと思うだけだ。
最近思ったのは、最近の若い読者の心情を理解してますよと言いたいような男性の薄っぺらい文章や、解像度の低い妻や娘の描写がわざとらしい男性作家が多いという事。
(東野圭吾とかも面白いと思うけど、女性の望まない妊娠設定多いよね、とか)
男が女を描けないのはもう事実でしかないし、その作家の描く女性キャラクターがストンと入ってくるか、ストーリーや文章のノイズになっていないかが全てだと思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ過去を考えることは、現在を考え、未来を考えることにつながっている。
つくるは、過去に突然仲間から排除された理由を知らないまま、自分の存在そのものに疑いを持ち続けてきた。過去の空白を埋めようとする彼の巡礼は、自分自身を取り戻すためのものだったのだと思う。
ただ、シロの死の真相も、サラとの未来も、明確な答えは与えられない。シロは自ら命を絶ったのではないか。つくるが経験したことのどこまでが現実で、どこからが夢や妄想なのか。そんなふうに考えながら読んだ。
それでも、過去のすべてを解明できなければ未来に進めないわけではない。サラがつくるを選ぶのかはわからないけれど、つくる自身は彼女と生きたいという気持ちを伝え、未来へ踏み出そうとしている。
過去を振り返ることは、必ずしも過去に囚われることではない。過去を理解することで現在の自分が見えてきて、これからどう生きたいかを考えられる。過去の出来事そのものは変えられなくても、それを理解する自分は変わっていく。
過去・現在・未来はつながっている。だからこそ、過去の答えがすべて見つからなくても、人は未来を選んでいけるのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
2025年刊、村上春樹訳。
「訳者あとがき」には、十代の頃、カポーティの短篇を英文で読み、その文章の素晴らしさに挫かれた(自分なんて、とてもこれほどの小説を書けっこない)とある。でも、なんとか30歳で小説が書けるようになった。その最初の小説のタイトルは、カポーティの作品中のフレーズからインスパイアされた『風の歌を聴け』。
確かに、カポーティの文章は、難しい単語を使わず、構文もシンプル、すっと入っていける。だから、もとの文体の雰囲気を保ったまま日本語にするのは、かなりの難題。村上春樹が『草の竪琴』でどう悪戦苦闘しているか。新潮文庫の大澤薫訳を読んでいるこちらとしては、どうしてもそういう読み方をしてしまう(ちょっと作品負けしている気もする)。
『草の竪琴』は自伝的要素の強い小説。幼ななじみハーパー・リー(『アラバマ物語』の作者)と一緒に遊んだツリーハウスも登場する。しかし、伯母さんのドリー、どう読んでも30代なんだけどな。