村上春樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
この作品は、一般的に言われるような単純な「恋愛小説」ではないと思った。
人を好きになるとか、過去の恋人を忘れられないとか、そういう言葉だけでは説明できない、“人生の欠落”や“魂の飢え”のようなものを描いた作品だと感じた。
主人公のハジメは、家庭も仕事もあり、世間的には幸福な人生を送っている。
しかしその内側には、どうしても埋めることのできない空白が存在していた。
その感覚は、自分自身の体験と強く重なった。
一度変わってしまった心は元には戻れない。
この小説は、自分にとって単なるフィクションではなかった。
ハジメが家庭へ戻った“もう一つの人生”を見ているような感覚があった。
もし自分が別の選択 -
Posted by ブクログ
冒頭の「自己とは何か(あるいはおいしい牡蠣フライの食べ方)」が東京にある某私立高校の今年の入試問題に出た、というので読んでみた。村上春樹の文章は一見平易だが、中身は難しい。小説は、比喩の構築物であり、大人でも知識が浅いと意味を連想できない。村上自身が書いた小説論は、中3に歯が立つだろうか。以下、私自身の意訳も含めた本文の解釈だ。
小説家は、自分とは何かという問いかけに対し、多くを観察して仮説を積み上げ物語化する職業だ。その問いかけへの最終的な答えは読者に委ねている。
そもそも、何を書いたとしても、自分自身との関係を自動的に記録してしまうのが書くという行為だ。だから、何でも書けばいいのだ。それ -
Posted by ブクログ
下巻も、世界の終わりとハードボイルドワンダーランドが交互に章立てされている。
僕は、老人とチェスを刺しながら、ただただ運命として死んで行くこと、影を失い、自分の過去と思い出を犠牲に、影のない完璧な世界に行くことに疑問を抱く。攻殻機動隊、MATRIXでも描かれている、人間のユートピア的な状態。しかし、そこに少しずつ違和感を覚えていく僕の心が、壁の外に向かい始める。
僕と私が交錯するポイント、この2つの物語が収束して行く場所を求めて、物語は進んでいく。一つひとつの物語があるのだけれど、それぞれに終わり方を作っていくように、進んでいく感じ。とどまって、あえて日常の何気無いことが、ものすごく特別なこと -
Posted by ブクログ
このタイトルを見たときに、一体なんだろうこの話は?だった。村上春樹という、大好きな作家の長編、ゆっくり読んでいったのを覚えている。久しぶりに手にとったのは、舞台、世界の終わりとハードボイルドワンダーランドがシンガポールで公演されるからで、藤原竜也が「私」を演じる。僕と私、2人の主人公が、どのように結びつくのか、この世界をつなぐブリッジがなんなのか、そして私とは一体だれで、僕は何者なのか。
夢を読む僕は、影を失い、葛藤する。影を捨て、過去の記憶を外して仕舞えば、完璧な世界に住める。この壁に囲まれた世界では、すべてが完璧だった。
一方で、計算司として、シャッフリングという技術をもつ、暗号化やコード -
Posted by ブクログ
一人っ子のミステリアスな女性、島本さんと12歳の頃からその子に恋心を抱く、既婚者である主人公の物語。
久々に素晴らしい小説を読んだ。『国境の南』というのは、自分が信じた偶像の先に存在する理想郷のようなものを示していると同時に、実際にはそこが空虚でありそこを追い求めて破滅すると言うことを示唆している題名のようにも思える。
「でも僕は島本さんのそうした外見の奥に潜んでいる温かく、傷つきやすい何かを感じとることができた」
これはまさしく国境の南、を示していると思う。
『太陽の西』の説明におけるヒステリア・シベリアナは今までの自分のある部分を殺して彷徨い続けるシベリアの農民を指すが、この物語で -
Posted by ブクログ
小説家を目指す知性ある女性すみれと、すみれを好きになってしまった主人公、そしてすみれが恋心を抱いてしまったアセクシャルな女性、ミュウという三つ巴の関係性。互いが互いに思うことが混濁し、やがて夢との境界がわからなくなる。そんな小説。
意外と読むのに時間がかかってしまって、感想を書くために本を見返すことになりました。
題名の「スプートニク」は、ソ連が打ち上げた人工衛星の事を示している。スプートニクの恋人とは、結婚式でビートニクと誤用したエピソードから名付けられたミュウのあだ名である。物語序盤では上記の意味合いしか説明されない為ただの語感の話かと思っていたけれど、そもそもスプートニクの和訳は「旅