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図書館のほの暗い館長室で、「私」は子易さんに問いかける。孤独や悲しみ、“街”や“影”について……。そんなある日、「私」の前に不思議な少年があらわれる。イエロー・サブマリンの絵のついたヨットパーカを着て、図書館のあらゆる本を読み尽くす少年。彼は自ら描いた“街”の地図を携え、影を棄てて壁の内側に入りたいと言う――二つの世界を往還する物語がふたたび動き出す。
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Posted by ブクログ
村上春樹の作品はとても読みやすく満足感があり、純文学的な雰囲気を味わえる。これは僕だけでなく多くの人も感じる村上春樹特有の読後感ではないだろうか。ノルウェーの森を読んだ時は高校生の自分には少々刺激が強過ぎたが、アラサーになってこの作品を読んで改めて村上春樹の圧倒的な力を感じさせられた。理想的な女性として17歳に出会った少女の面影を追いながら街と現実の間を行き来するように放浪する生き方は、現代社会が人間に要求する計画性、合理性、リアリズムからは正反対の姿勢であるが、多くの人が本能的に心の奥で求めている理想なのではないだろうか。これほど続きが気になる、時間を忘れて読める作品に出会ったのは久しぶりで、躊躇せずに購入して本当に良かった。
Posted by ブクログ
読み応え…!!
この物語から何かを見い出そうとしながら読み進むものの、掬い取れずにこぼれ落ちていくような歯痒さ。それでも一文一文の美しさや重くもあり軽くもあるような文体に引き込まれ、"理解度"なんて表面的なものに捉われずに突き進む気持ちよさ。そのような感覚を終始味わう読書体験であった。
とはいえ、自分なりにこの物語のテーマは?と考えてみると、「深いトラウマを抱えた人間が分裂を経て自我とシャドウを統合するプロセス」と言えるかなと思う。影をなくすというのは、過去のトラウマや心の深い部分を直視出来ず、"なかったことにする"ことかなと。影をなくすと、"記号"のような人格が残る。その人格だけでも、社会性を持って形として生きていくことは出来る。でも人と深く繋がったり感動したりすることは出来なくなってしまうのではないか。
下巻で登場するイエローサブマリンの少年は、恐らく主人公の心の深い部分を刺激し、影を思い起こさせてくれた存在なのだろう。最後のシーンが印象的で静かに感動した。
「あなたの心は空を羽ばたく鳥です。…あなたの分身が、そのあなたの勇気ある落下を、外の世界でしっかり受け止めてくれることを、心の底から信じればいいのです」
更に考えていくと、私の場合は瞬間風速的なトラウマによって壁の街を意識の中に拵えた感覚はないけれど、どちらかというとじわじわと、家庭環境や社会的なコミュニティの中で、"世間の目"のような壁に360°取り囲まれた街に住んでいる感覚はある。この物語の壁は、ディストピア要素もありながらどちらかと言えば"自分を守るため"の孤独だけど平穏で安心出来るユートピアでもある気がする。一方で私のイメージする世間の目に囲まれた街は、もっとディストピア感が強い。ジョージオーウェルの1984年のそれに近いような。
影を完全に切り離して壁に囲まれた街に身を置くプロセスは、1人の人間として統合された成熟を得るために、私にも必要なプロセスなのかもしれない等とも考えた。
※なぜ門番ではなく門衛という言葉に変わっていたのか、些末なことだけどなにか引っかかることも備忘までに記しておきたい。
Posted by ブクログ
ああああー。。めちゃめちゃ!!面白かった・・・
実は最初に書き上げたのは第一部で、そのあと寝かせているうちに「これでは終われない」と感じ二部、三部と書いたんだって(ご本人によるあとがきより)。
一部で終わるのと、三部で終わるのでは意味合いがかわるよな。。
終わり方としては、めっっっっっちゃ私この終わり方が好き。好み。めっちゃいい。良すぎる。終わった後でいろんなことや可能性をたくさん考えてしまう・・考える余地が残っているというのかな?半分はファンタジーと言えると思うけど、心理的な要素も強くて(どこからどこまでが?)その曖昧さがとって!も!いい。今までよりカフカよりもずーっと現実的ではなくなったかもしれないけど、いやこういうことでしょう!私もそう思う!そうだよね!そうだよ!って大興奮しながら読んじゃった。
それと、どうしても村上さんご本人と重ねて読もうとするからか?
なんだろう・・空気感は今までと変わらないんだけど、今までより、人間臭さがはっきり文章にされてたように思う。主人公の心の動きや心理や考えていること(もちろん自分でもはっきりとわからないこと)を、言葉にしようとしているさまが文章で書かれていて・・いい意味で「普通」になったというのかな?物語における婉曲な(すぎる)比喩とか置き換えとか象徴的エピソードとかが多すぎなくて(笑)すごくいいなと思った。
主人公が涙を流して泣いたり、人生を振り返り気づきを得たりする。はっきりと文章で書いてある、待つことについて。あとは・・出てくる女性と一度もことに及ばなかった(というか、及べなかったのだ!)、異世界に行く、のではなく、目の前で現実が(これが現実ならばということだが笑)はっきりと混ざって歪んだり、女性を誘う時「誘った」っていう描写じゃなく「もしいやじゃなかったら、うちに来ないか?」って誘いのセリフがあったり?
今までの作品と根っこの構成要素は同じであり、言っていることは、言葉も物語も違えど同じ物を含んでいるって思った。
もしかして、村上さんは、変化することが苦手だったのかな?私は成長過程で、わざと、子供のままでいようとしていた時期があった笑 今回の話は「少女がいなくなったことで心が止まっちゃった」ようでいて、実は変化を拒んでいるのは自分なのかもしれない、って気づきの話なのかも。いろんなことがあっても、止まれない、変わっていかなければならないのだと。これは自分もそうだけど、年齢を重ねたからこそ得られたものなのかもしれない。
私はどちらの僕も僕自身なんだと思ってる。
『つまり私の意志を超える、より強固な何らかの意志というのは、私の外側にあるものではなく、私自身の内にあるものだと?』
『それは私にとって何か大事なことを意味しているのだろうか?あるいはそれはものごとの大きな流れとは関わりを持たない、ささやかな脇道エピソードに過ぎないのだろうか?だいたい「ものごとの大きな流れ」なんてものが私の周りに存在するのだろうか?』
『ホルヘ・ルイス・ボルヘスが言ったように、1人の作家が一生のうちに真摯に語ることができる物語は、基本的に数が限られている。我々はその限られた数のモチーフを、手を変え品を変え、様々な形に書き換えていくだけなのだ・・と言ってしまってもいいかもしれない。』
『壁は存在しているかもしれない、と私は思う。いや、間違いなく存在しているはずだ。でもそれはどこまでも不確かな壁なのだ。』
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小説・文芸
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