村上春樹のレビュー一覧
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再読。
雑誌『anan』に毎週一年間にわたって連載されたエッセイ。
村上春樹さんの小説は何冊か読んだことがあるが、小説とのギャップが激しくて、あまりのゆるさに驚かされた。小説と違ってリラックスして気楽に読めるところがいい。
大橋歩さんの版画も村上さんの文章に合っていてステキ。
個人的には、童謡『赤い靴』の歌詞について書いた話、チンドン屋の演奏するビートルズの『オブラディ・オブラダ』にはサビの部分がなかった話、たった1時間のフライトの間に次から次へと集中が妨げられた話、コロッケとの蜜月の話、ゴルフをやらず走ることが好きな理由、体重計の話が面白かった。
心に残った言葉
何が正しくて、何が正しくないというような押しつけがましいことも、なるべく書かないようにしようと。だってある人にとって正しいことが、別の人にとって正しくないこともあるし、あるときに正しいことが、別のときには正しくないことだってあるわけだから。 -
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最後の表題作「一人称単数」のパンチがすごかった。やはり村上春樹は「他者」の描き方がすぐれている。まったくの部外者でなく、逆に全くの身内でない他者。心当たりはないのに、邪顕に出来ない。それでいて自分に意味を持つ他者。
同じことは「クリーム」にもいえる。ピアノの演奏会に招いた女の子。公園でまっすぐに告げるおじいさん。他者。
「石のまくらに」。なぜ、まくらが漢字ではなく、ひらがななの?短歌の中の言葉だから?五感と語感?
「品川猿の告白」。この本全体に回想、記憶がテーマ。猿に背中を流してもらい、猿とサシでビールを飲む。昔話のような雰囲気。なにがおきても受け入れられる。我慢できない猿。名前を盗む。7人+1名?また、品川に戻っている?暴力的な手段(力尽くで放逐)で群馬に?犯罪矯正への寓意? -
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若い頃何度も読み返し、手元にあったのはボロボロになっていた。
何度目かの大々的な断捨離で「もう不要だ」と手放したものの、痛烈に呼ばれたので本屋さんで新品を購入。
読むたびに、違う感触を得るのがとても面白いところ。
今回は、とても痛い所をキリで突かれた。
度々論争になる、村上春樹
「分かる派」対「分からない派」問題。
彼の文章は、読む者の無意識を刺激して、日常生活では使われていないある種の回路を発動させる仕掛けになっていると思う。
なので、因果関係が明快なエンターテイメントとして読むと「分からない」。
ツルツル滑る、眠くなる。
ここではない、どこかへタッチさせてくれる寓話として読むと「分かる」。
というより「深く、強烈に入ってしまう」。
優劣の問題ではなく、単に性質の違い。
その装置として、個人的には
『ねじまき鳥クロニクル』が最恐だと思う。
これは断捨離網を軽々潜り抜けて、本棚にじっと座っている。
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凄く面白い短編集だった。
今まで、蛍その他短編集、パン屋再襲撃、女のいない男たちを読んだが、パン屋再襲撃の次に好きな短編集となった。
内容としては相手の奥行きを測り損ねてしまう、正確には覗き込もうとするがその輪郭は当事者にしか掴めないということを多面的に述べていた短編集だと思う。
タイトルにもなっている、中国行きのスローボートや午後の最後の芝生、土の中の彼女の小さな犬など、初期の村上春樹が持つ物語を曖昧に操作する力が上手く働いた作品が多かったと思う。
輪郭が曖昧で、道が川のようにスルスルとしており、それこそ風の歌を聴けのように全体の空気感とファクター、小物でニュアンスを操作しているものが多かったように思える。
それでいて、併せ持ったポップさと現代にも通じる感性、空気感それらがとても心地よい。
最後の話、しりつたんていは子供向けに書かれた小説なのであろう(巻末より)が、それもとても面白い話だった。
結局は、相手を想像して、努力をするがそれがフロイトだか、想像力だかそんな適当なもののお陰で何となく浮かび上がり何となく消えていくのだ、我々はきっとそうやって人と結びついて、孤独に生きているだと思う。
主人公は、庭や動物園、そこに住む人を言い当てて想像することができる。しかし、それは大変疲れてそれでいてそこに立ち入ったとしても何も感じることも匂いを嗅ぐこともできないのだ。
我々人間にはきっとそれぞれみんながそんなスペースを抱えているのだろう。 -
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村上春樹さんの作品、私は好きだなあと思う。(まだカフカしか読み切ってないけど)
このあと青豆と天吾の運命が重なるようにストーリーが進んでいくんだろうけど、警察銃撃事件のこととかNHK のこととか断片情報万歳でこっからっていうこのミステリー感?が私はめちゃくちゃ好きです。
割と一章ごとくらいに頭が疲れてしまうので一気読みはできないけど、先が楽しみすぎて最後まで読み切ってしまいそうな予感がしてる。
青豆とあゆみの会話は卑猥よりむしろ上品に聞こえるまであるし、殺人を犯せる青豆も自死してしまった環もどこかおかしいんだろうけど、すごく共感してしまう部分もあったりする。
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ネタバレ色々伏線もあって、一度では解釈が難しい内容でした。
主人公である肖像画家と秋川まりえ
2人にしか見えない世界が見えることで、負の連鎖を断ち切る『輪を閉じる』迄の試練を各々に課されます。
そのプロセスが余りにも表現だけの世界のようにストーリーの展開が遅く感じられましたが、
人として完璧と思える免色さんには、大きな欠点が見えてきました。
時折出てくる謎のスバルフォレスターの男も主人公の別の顔として登場しているではと思い至りました。
なぜなら主人公は、肖像画家として描く前にモチーフと会話を通してじっくり向き合う時間を必要とし、本質を捉え作品にして行くからです。
最後に秋川まりえが、苦手としていた免色さんについて、負の感情が年齢とともに消えて行く心境変化、主人公が離婚したと思っていたユズと概念の変化(自身の変化)により、復縁する結末も印象的でした。
補足するならば、
主人公の心の傷となっている妹『小径』コミチに対して、
新たに誕生した子どもの名前が『室』ムロ…
騎士団長殺しの絵画や歴史の闇を葬るのではなく、受容して生きて行くというメッセージの締めくくりになっているようでした。 -
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ネタバレ面白くてページをめくる手が止まらなかった。
青豆の話 - 一見は高身長のスラッとしたバリバリキャリアウーマン。しかし本当はお金持ちや悪人の首に細い針を刺して殺す人。これを知ってるのはとあるおばあちゃんとその手下だけ。最後東京のバーで女の子と知り合い、おじさんたちと飲んだがその後…?
天吾の話 - 天吾は、ふかえりの書いた新人賞の小説に深く感動し、上司のアイデアでふかえりと協力して芥川賞を狙うことになった。しかしふかえりは本当はディスレクシアで、実際のところ彼女が口頭で話したことを血の繋がっていない姉に書いてもらっていた。ふかえりの両親はとある封鎖された所に何年もいるらしく、連絡がつかない。なにかに巻き込まれている可能性が高い。 -
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ネタバレずっと不思議な読み心地だった。
文章自体はかなり男性っぽいというか、めちゃくちゃわかりやすい論理的で即物的な文。一文一文は淡々としてるからこそ頭に入ってくる感じ。
でも情景描写や比喩になると急に遠回しで柔らかい。
月、雲、空気、いろんな夜、あの滑り台のある公園や人の孤独。そういうものの描き方がすごく繊細で、女性が書いたみたいな優雅さがある。冷たくないんだよね。独特の色気がずっと漂ってる。
そのおかげで世界観の見せ方がほんと絶妙。
最初ずっと「え、これ何?」ってなるのに、全部を説明しすぎない。なんか謎のオブラートに包まれたまま話が進む。でも読んでるうちに、バラバラだった違和感がだんだん繋がって、「あー、そういうことか」って自分の中で合致していくのが気持ちいい。
ハッピーエンドに胸がつまり、どんな世界だったとしても3人なら!!って究極の愛!!
長く長く濃い夢を見て帰ってきたみたいな感覚が残るお話だった。
ただやっぱり、性描写はもっと少なくてよし。
村上春樹さん、すごすぎた( ºѳº ) -
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風の歌を聴けに続いて久しぶりに読んだ。
初めて読んだ当初は風の歌を聴けが衝撃的でそちらの方が好きで印象に残ったという感想だった気がするが、久々にどちらも再読した今はこちらの方がより好きだと思った。
ずっと読んでいたいと思うような世界観。
風の歌を聴けが青春の爽やかさを存分に感じられる作品であるのに対し、ピンボールは全体が物悲しい雰囲気でそれがなんとも心地よい。舞台になっている夏と秋、それぞれの季節を落とし込んだような文章。
僕のどこか冷めて達観しているけれど、双子に対して愛着とあたたかさを感じているところがよかった。素直に寂しいと言えるところも。
書き出しの一文がとても魅力的で引き込まれる。
1973年の僕と鼠、それより以前の僕、色々な場面・時間軸のシーンが織り交ぜられている点がよく、それが作品が短いながらに深みを持つ要因だと思った。
初期の村上春樹作品は特に比喩表現が多く、すべての文章が比喩を用いて語られているような印象で、それもすごく好きだった。
特に好きだったのは110ページから111ページにかけての僕と事務所の女の子が寂しさについて話すシーン。
なにが好きなのか表現したくて色々書いたけれど、結局なにがというよりこの作品の世界観と雰囲気自体がすごく好きだと思った。 -
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13歳の主人公ジョエルが、生き別れた父に会いに南部のヌーン・シティーに行き、父の屋敷で、父の後妻のエイミーやそのいとこのランドルフ、女中のズーと暮らす中で、病気で寝たきりの父に本を読んであげたり、不可解な大人たちに振り回されながら日々を送る。
蠱惑的な場面の描写はいかにもカポーティらしい。
仲良くなったアイダベルと釣りに行く場面は、自然の美しさと思春期の二人の世界に引き込まれるように読んだ。
ジョエルが、破滅的な人生を送る大人たちを顧みつつも、少年時代からの一歩を踏み出そうとするラストが良い。
アメリカ南部の暮らしのどこか気だるげな感じ、マッカラーズの小説に通じる所があって、私は好きです。