あらすじ
「村上春樹」は小説家としてどう歩んで来たか――作家デビューから現在までの軌跡、長編小説の書き方や文章を書き続ける姿勢などを、著者自身が豊富な具体例とエピソードを交えて語り尽くす。文学賞について、オリジナリティーとは何か、学校について、海外で翻訳されること、河合隼雄氏との出会い……読者の心の壁に新しい窓を開け、新鮮な空気を吹き込んできた作家の稀有な一冊。
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Posted by ブクログ
自分が小説家になろう(なれる)と思った理由はよく分からないこと言って誤魔化してるのに、小説を書くためにやっていることは結構具体的に書いているのが、誠実な感じがする。小説家という領分に対してあまり縄張り意識がないらしい。
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エッセイとか村上春樹の考え方を知れば知るほど、小説の方も好きになる。まだあんまり読めてないけど。
難しい言葉を並べなくても良いし、人を感心させる表現をしなくてもいいんだ、というところが小説を書かない自分にとっても響いた。
余計な言葉は足さずに、簡潔なのに心に響く文、確かにそんな表現をできるようになりたい。
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まだ読み終えていないのだが、とても面白い。そして、私は、彼の小説をちゃんと読んだことがない。ハマる人は、ハマるのですよね。なぜだか、数ページ読んで、やめてしまったり。文体なのか、なんなのか、わからないけれど、昔読んだときは、あまり、スーッと物語に入っていけなかった。そう、思い出したが、ノルウェーの森は読んだ。とても話題になったので、ざーっと読んで、映画を見てしまった。ざーっと流し読み、飛ばし読み的に読んだので、読んだと言えないのかも。
この本を読んでから、彼の小説に対する思いがわかって、なるほどと、良い印象を受けた。彼の小説を読んでみようかなと思えた。
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村上春樹が自身の脳内現象を語っている本。日常的なことに至るまで語られていて、小説家云々よりも人間ってそういう生き方もできるんだと可能性を感じさせてくれた。
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村上春樹がどのようにして小説家を志したか、どのようにして小説を書いていいのか、どう悩みどう見切りをつけ、どう心がけているのかが明らかになっていく。過去のインタビュー集に対する回答がまとまっており、読み進める中で自分の考えも整理されていき、新しいものの見方ができるように思う。もう一度、村上さんの作品を読み直したいと思える、そんな本でした。小説家とは素晴らしい職業ですね。
Posted by ブクログ
小説家に対するイメージが良い意味でガラッと変わった。小説家は自堕落で破天荒な生活を送っている人、という偏見を持っていたが、長く小説を書き続けるにはある種の体力的な強靭さが必要というのは考えを改めさせられた。
また、本、特に小説に対する著者の熱い想いというのが存分に伝わってきた。『小説というものは、物語というものは、男女間や世代間の対立や、その他様々なステレオタイプな対立を宥め、その切先を緩和する機能を有しているものだと、僕は常々考えているからです。』もっともっと本を読んで、自分の視点を広げていきたいなと強く思った。
Posted by ブクログ
本気で小説家になりたい人のバイブルです。
公募やコンテストに参加する予定、参加する人に必須と言えます。
「天才の言葉だから凡人や、それ以下の人間には関係ない」と敬遠せずに見本としたり、実際に真似てみると執筆がしやすくなったり、捗るようなります。
村上先生が好きな人はもちろん、作品を読んだことがない人にも読んでいただきたいなと思います。
Posted by ブクログ
とても印象に残る本だった。
印象に残ったパートはたくさんある。例えば、下記のような部分だ。
【引用】
今の時点で言えるのは、僕はそれらの作品を書くにあたって惜しみなく時間をかけたし、カーヴァーの言葉を借りれば、「力の及ぶ限りにおいて最良のもの」を書くべく努力したということくらいです。どの作品をとっても「もう少し時間があればもっとうまく書けたんだけれどもね」というようなことはありません。もしうまく書けていなかったとしたら、その作品を書いた時点では僕はまだ作家としての力量が不足していた-それだけのことです。残念なことではありますが、恥ずべきことではありません。不足している力量はあとから努力して埋めることができます。しかし失われた機会を取り戻すことはできません。
僕はそのような書き方を可能にしてくれる、自分なりの固有のシステムを、長い歳月をかけてこしらえ、僕なりに丁寧に注意深く整備し、大事に維持してきました。汚れを拭き、油を差し、錆びつかないように気を配ってきました。そしてそのことについては、一人の作家として、ささやかではありますが誇りみたいなものを感じています。個々の作品の出来映えや評価について語るよりも、むしろそういうジェネラルなシステムそのものに対して語る方が、僕としては楽しいかもしれません。具体的に語りがいがあります。
【引用終わり】
村上春樹という作家・小説家は、小説を書くにあたって、その時々で最大限の努力を尽くしてきたばかりではなく、良質な小説を書く方法論についても、自ら努力して編み出し、それを維持・改良するためにも、最大限の努力を払っているということを言っており、そして、本書を読めば、実際に村上春樹がそのような最大限の努力を、長年に渡ってストイックに、誠実に続けてきたことが、よく分かるようになっていて、そこがとても印象深く感じた。
村上春樹の小説は、作品によって好き嫌いはあるが、それでも、それらが誠実な努力の裏づけをもった作品であることを知ることが出来て、とても良かったと思う。
Posted by ブクログ
久しぶりに、村上春樹さんの本がとても読みたくなった。
若い頃に流行りに乗って?よく読んだけれど…正直なところどれもよく分からないなぁという印象だった。
今ならわかるところもあるかもしれない。
分からなかったくせに…村上春樹さんの文体はすごく読みやすくて好きだなぁと思っていて、文体の謎(自分が英語で書いたものを日本語に翻訳して体得した文体…!)が解けて、めちゃくちゃ小説を読んで確認したくなる。それだけじゃなくて、音楽を好むみたいだからそのリズム感的なものもあるのかなとも思ったけど。
自伝的エッセイなので、ハルキストの方はきっと読んでいて感動するんだろうなと思います。全体的にストイックでやっぱ天才は努力家でもあるのだなと、本人はなんでもないことのように書いているけれど、やはり素晴らしいと思いました。
Posted by ブクログ
小説家になるためには、どんなことが求められるのかを著者の体験をもとに語っていく。著者によると、小説を1つ書くこと自体は簡単とまでは言わないが、誰にでも書けるという。しかし、何十年も継続して小説を書くのは困難である。これはある種の才能が必要とされる。とはいえ先ほど述べたように、小説を書くことに何らかの制約はない。言い換えると、小説家とはどんな経歴の持ち主でも参加できるプロレスリングのようなものである。
当然の話ではあるが、小説家になる以上、できるだけ多くの本を読むことをすすめる。優れた小説、それほど優れていない小説、ろくでもない小説、どんなものでもいいので、若いうちから幅広い読書をしていくことは書くうえで重要である。加えて、自分が目にする事物、事象を子細に観察する習慣をつけることも重要である。これは周囲の人間の観察も含まれる。さまざまな人(それがたとえ苦手な人であったとしても)の外見、言動の特徴を把握することが登場人物を創り上げる際に必要とされ、現状に近い形で頭に留めておくことがのちに効く。
では実際に何かを書こうと考えたとき、何を表現すべきか。多くの人はこの段階で思い悩む。その悩みにたいして著者はこう答える。自分にとって何を求めていないのかを考えるべきだと、つまり、自分がそれをしているときに楽しい気持ちになれないものを考えて、自分にとって不要なコンテンツを捨てて、情報系統をすっきりさせていくべきだという。そうすることで、自分が表現したいこと、いわばオリジナリティのある作品を創作できるという。とはいえ、自分が創り上げた作品が今後残る保証はない。それは時の試練を受けて初めてわかることなので、こればかりは自分自身ではどうしようもない。小説家にできることは、作品ごとに全力を尽くして創作することである。
そこで、著者がこれまで長編小説を書きあげるのに、どれほどの仕事量、時間を費やしたのかを具体的に語る。著者が長編小説を書く場合、1日400字詰めの原稿を十枚書く。たとえ調子が良い状態また体調がすぐれない日でも決まって朝4時に起きて、毎日机で4~5時間執筆する。ポイントは、その日の気分、体調にかかわらず、上記の枚数を毎日書く。なぜなら著者にとって規則性を保つことが長期間の執筆を続けるのに大切だからである。このように、自分の意志でコントロールできる箇所には積極的に関与して、一定の生活リズムを保つことが著者にとって小説を描き続けられる要因なのである。
Posted by ブクログ
村上さんはなぜ走るのか…それは好むと好まざるとにかかわらず、必然的に走らなければならなかったから。長編小説作家にとって、深い井戸の中に入っていくように精神力と、長い年月をかけて書き続けるための体力を維持するためには、走ることしかなかった。そして、規則正しい生活を送ること、朝起きたら5、6時間ぶっ続けで書き続けること。書きたいことが湧き出てきても、何も思い浮かばなくても、毎日コツコツ400字詰め原稿用紙に10枚書く。改めて村上春樹の凄さを痛感。
春樹節というか、比喩がふんだんに使われているところや、所々でつぶやいていることなど、やはり村上春樹のことが好きだなぁと思った。
何度も何度も読み返した本であっても、パラっと開いたページに新たな発見がある。35歳を人生の折り返し地点として意識する。…私の人生の大きな喜びや、自分を律する心は、村上春樹無くしては語れない。
Posted by ブクログ
文学賞について書いている章で、芥川賞を取ることがすごいことと思い込んでいる人が多いから、村上さん賞を取れなくて残念でしたねとか来年はきっと取れますよ!とか言われるけど、村上春樹がそもそもその前提を同じくしてないので面倒くさかった、というボヤきにクスッとした
今、毎年ノーベル賞候補とか言われてるから、またボヤいてるかもww
In the chapter about literary awards, he writes about many people assume winning the Akutagawa Prize is an incredible achievement, so he has often heard things like, “I’m sorrys you didn’t get it,” or “You’ll definitely win next year!”
I laughed at his little grumble about how annoying that was, since he didn’t share that premise to begin with.
Now that people keep saying Hariki is a Nobel Prize contender every year, I can’t help but wonder if the same thing’s happening again.
Posted by ブクログ
村上春樹の小説は学生時代には何冊か呼んだことがあり、どの小説も当時はよくわからなかった。
反面、このエッセイはとてもわかりやすく、共感できるポイントが多くあった。
他人の批評や徹底的な推敲を大切にしているところが意外であった。もっと自己中心的なスタイルで書いているという先入観があったからだ。
どんな文章にも必ず改善の余地はあるという謙虚な姿勢と、フィジカルな営みとして小説を書くという忍耐強さは好感が持てた。
学生時代が終わり10年以上が経った今なら、村上春樹の小説も面白いと思えるかもしれない。『田崎つくる』が興味を引いたので、手に取ってみようかと思う。
Posted by ブクログ
村上春樹の小説を書く事に対する考えや読者のついて小説家になったきっかけなど面白いな~。やっぱり面白い人だな。こういう本を読んでいると村上春樹が好きになる。この人の本の話を読んでいると本を読みたくなるし食べ物の話は食べたくなる、
Posted by ブクログ
読み応えがありました。小説家という職業の、苦しみと喜びがよく伝わってきました。フィジカル的にも精神的にもタフさが求められる仕事なのだと思いました。また、日々の生活の中で素材となるものを観察しストックしておく、様々な技法にチャレンジするなど。熱心な読者の存在に感謝していることと同時に、業界の自分自身に対する批判、批評にはかなり卑屈さを感じられているところも窺えて、面白かったです。村上春樹さんの作品が海外でも愛されている理由も分かり、もっと彼の作品を読んでみたいと思いました。
Posted by ブクログ
7年振りに再読(25年11月末)。名言が多いが特に感じた点は①観察者としての小説家②ロジカルよりもフィジカルの2点。以下の引用箇所にも記載の通りだが、いかに著者が細かく人や事象を観察し、その断片的な記憶を蓄積しているかが分かる。それは半ば無意識的な行為であり、小説家ではない我々も日常的に行っていることではあるが、面白い/異常な行為はそれを知覚/解釈する負荷の高い作業も包含しているように感じられ、中々それらの間に共通したテーマ等を見出すのは難しい。著者は小説家としてアウトプットを出すために日常的に運動を行い、体力を維持しているとのことだが、確かにこれらのあくまで断片的なものを収集/再解釈し、それらに一本の筋を通すストーリーを紡ぐというのは、相当に体力の要ることなのだろうと思う。また、今回は「実感」「個人的な思い」等の言葉が印象的であった。ロジカルに考えれば真っ先に捨て去られてしまうような考え(自分の場合だと文系博士課程留学)であっても、そこに何かしらの実感や欲求があるのであれば、それを育てていくのも一つの手であるということ。もちろん、いばらの道であり、自分の中の種を育てていくことは必須条件となるが、その自分の中にある一種の才能?の可能性を強く信じること。どこまでも個人的な営みとはなるが、その負荷を受け入れ、フィジカルな実感を感じ続けること。ある意味では小説家の仕事とも共通する部分があるのかなと思い、励まされたような気がした。
特に印象に残った箇所は以下
・自分のオリジナルの文体なり語法なりを見つけ出すためには、まず出発点として「自分に何かを加算していく」よりはむしろ、「自分から何かをマイナスしていく」という作業が必要とされるみたいです(p.107-108)
・多くの場合、僕が進んで記憶に留めるのは、ある事実の(ある人物の、ある事象の)興味深いいくつかの細部です。全体をそっくりそのまま記憶するのはむずかしいから(というか、記憶したところでたぶんすぐに忘れてしまうから)、そこにある個別の具体的なディテールをいくつか抜き出し、それを思い出しやすいかたちで頭に保管しておくように心がけます(p.125)
・ジェームズ・ジョイスは「イマジネーションとは記憶のことだ」と実に簡潔に言い切っています。そしてそのとおりだろうと僕も思います。ジェームズ・ジョイスは実に正しい。イマジネーションというのはまさに、脈絡を欠いた断片的な記憶のコンビネーションのことなのです。あるいは語義的に矛盾した表現に聞こえるかもしれませんが、「有効に組み合わされた脈絡のない記憶」は、それ自体の直感を持ち、予見性を持つようになります。そしてそれこそが正しい物語の動力となるべきものです(p.128)
・人の営みというのは、一見してどんなにつまらないものに見えようと、そういう興味深いものをあとから自然に生み出していくものなのです。そこでいちばん大事なことは、繰り返すようですが、「健全な野心を失わない」ということです。それがキーポイントです(p.140)
・自分の「実感」を何よりも信じましょう。たとえまわりがなんと言おうと、そんなことは関係ありません。書き手にとっても、また読み手にとっても、「実感」にまさる基準はどこにもありません(p.175)
・僕は思うのですが、人は本来、誰かに頼まれて小説を書くわけではありません。「小説を書きたい」という強い個人的な思いがあるからこそ、そういう内なる力をひしひしと感じるからこそ、それなりに苦労してがんばって小説を書くのです(p.181)
・僕が言いたいのは、ある意味においては、小説家は小説を創作しているのと同時に、小説によって自らをある部分、創作されているのだということです(p.259)
・全員を喜ばせようとしたって、そんなことは現実的に不可能ですし、こっちが空回りして消耗するだけです。それなら開き直って、自分がいちばん楽しめることを、自分が「こうしたい」と思うことを、自分がやりたいようにやっていればいいわけです(中略)もちろん自分が楽しめれば、結果的にそれが芸術作品として優れているということにはなりません。言うまでもなく、そこには峻烈な自己相対化作業が必要とされます。最低限の支持者を獲得することも、プロとしての必須条件になります(p.278-279)
・日本という土壌から、その固い枠組みから逃れたくて、いわば「国外流出者」として外国にやってきたのに、その結果、元ある土壌との関係性に戻っていかざるを得ないわけですから(p.324)
・そのフロンティアがうまく有効に切り拓けるかどうか、それは僕にもわかりません。しかし繰り返すようですが、何かしらの旗印を目標として掲げられるというのは素晴らしいことです。たとえ何歳になろうが、たとえどんなところにいようが(p.325)
Posted by ブクログ
多分、小説家を目指す人達が手に取る本だと思いますが、ネタは脳内キャビネットから取り出したものを使って書くとか、まるでジョンレノンがメロディと歌詞が天から降ってくる…的な天才が語る話だな、と思いました
ちなみに毎日10km走って、5〜6時間机に向かって書く、というようなマッチョ?なのですね
また、昔からの読者は今更なのでしょうけど若い時から洋書を原書で読み漁っていて翻訳の仕事をするなどアメリカの出版界ともその頃から繋がりがあって現在があるようです。そして、書くにあたってどんな企画でどんな内容にするかなども、かなり当初から自由に書かれていたということなので、小説家志望の方達にはあまり参考にならないと思いましたがどうでしょうか
村上春樹さんファンの方たちが、仕事ぶりも深く知りたいという意味ではよく内情が理解できる本だと思います
Posted by ブクログ
うん、読んで良かった!
村上春樹も普通の人間だ。
ただ才能が溢れるところでちゃんと溢れ、世に還元してくれただけの、私と同じ人間だった。
自分の気持ちというか、したいことに対して純粋にまっすぐに生きる、その姿勢はとても参考になった。なんだか自分が人生を自ら難しくしているような気がした。それに気づけた。
この本から何かを得てやるんだという気持ちで読んだわけじゃない。村上春樹の本は何冊か読んだ程度で、小説家が自分が小説家であるというとことについて書いたものを読んだことがなかったから手に取っただけだが、心に留まるような考え方、フワッと心が軽くなる考え方がいくつかあった。こういうときに「ああ、読んでよかったな」となる。本を読んで毎回できる体験じゃないので嬉しい。
Posted by ブクログ
改めて読んでフリーランスとして生きていく上での規律性の重要性と言うものを痛感させられるし、一方で冷静な状態で読むとシンプルに天才の話だな、と言うふうに一見片付けられてしまう部分もある。とは言えだからといってこれは自分に当てはめられないとむげにしてしまうのはすごくもったいない。春樹さんがこの本の中で書かれているように体力はもすごく重要だし、仕事をすることと同じ位重要度を上げて取り組むことが長い人生を息切れせずに、自分のやりたいことをやりたいようにやっていくことにつながるのだと思わされる。いつ読んでも名著。
Posted by ブクログ
2025年45冊目。満足度★★★★☆
日本が世界に誇る現役の小説家・村上春樹の本書はエッセイ
自らの創作活動等をテーマにしている
小説家だから、当たり前なのかもしれないが、様々なことについて多面的な視点で考え、それを豊富な語彙で表現
流石だと思った
Posted by ブクログ
私は小説家になりたいと思ったことは無いけれど、本業でも副業でもあるいは趣味でも、小説家になってみたい人にとっては希望の本になると思う。
学校の話だけものすごく共感してしまった。私にとっては半世紀以上年上の人なのに笑
Posted by ブクログ
村上作品はこのようにして創られているのかととても面白く読み進めた。個人的には、ドカベンの作者が「まさかあそこでドカベンがホームランを打つとは思わなかった」と語っていたのと同じ感覚を村上春樹さんが小説内の人物から得ていることが特に興味深かった。
Posted by ブクログ
村上Radioの声で読んでいた。何故、村上春樹はこんなに英語が出来るのか?という疑問を話していたことがこの本を手に取ったきっかけ。216ページあたりからバッチリ答えが載っていた。皆んなが真似できる訳ではないけど、軸のブレなさが本当にかっこいい。悩んだり迷った時に村上春樹ならどう考えるか想像してみたら割と答えが見つかりそうな気がする。
Posted by ブクログ
村上春樹の考え方は謙虚なのに、行動に狂気が混じっていて最高。そんな人の考えを知る機会なんてなかなかないから読書はいいんだよ。
身の回りの違和感を観察し、自分の無意識に深く降りていって、内的に発生する感情を言葉にする。そうして生まれるキャラクターは勝手に物語を作り上げる。小説を書くのって孤独で自由で救いがある行為なんだろう。
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この人のエッセイは、もともと内省的な作家なのがさらに内省的になりしかもこのような自分のことを説明するエッセイなので、ものすごく内省的である。自分はそれが嫌いではない。とくに疲れているとき静かな気持ちになりたいときにこの本を読むと安らぐ感じがする。なんというか他人のことや世間のことはおいておいて自分の価値観や好みを深く掘り下げて生きていく平和で調和の取れた安定した世界がそこにある。
Posted by ブクログ
村上春樹の文句言ひ
再読。
個人的な体験を隠蔽してきた村上春樹、かれの文句が拝める点でいい本ではある。芥川賞、いやそもそもどんな賞でもどうでもいいんだとか、なんとか。言ってゐる。
学生運動を支持してゐたが、殺人が起きて幻滅した、ともある。
「オリジナリティーについて」は、私も同様に、やはり創作するうへでは基礎的なかんがへになってゐる。
村上春樹の(ほんの一部の)正体を摑むうへでは読んだほうがいいだらう。読まなくてもいいけれど。
Posted by ブクログ
この本のいくつかの村上氏の私見を理解することで、小説の読み方がより深くなると思う。
特に、最近読んだセンスと哲学に語られてた部分と重なる点がいくつかあり興味深い。
以下印象に残ったところ。
小説を書くというのは鈍臭い作業である。自分のテーマをたとえばを繰り返しメタファーとして記していく極めて非効率な作業。
人生をできるだけ苦労しろと言うつもりはない。でも、何かしらの苦境にいることできつい思いをしているのなら、今はまあ大変でしょうが、先になって実るかもしれませんのと言いたい。
小説を書いているとき、文章を書いているというよりは音楽を演奏している感覚があった。その感覚を今でも大事にしており、頭ではなく体感で文章を書く。
自分のオリジナリティを見つけ出すには、加算ではなくマイナスしていく作業が必要。選択肢が多すぎる現代で不必要なものを減らし、情報系統をスッキリさせる。単純に、それをしているとき楽しく思えるか?といつ単純な問い。
小説家になりたいなら、まず本をたくさん読む。その次に自分が目にする事象を仔細に観察する。物事の意味や価値を求めるのではなく、その素材として注意深く見つめて、そのまま脳内にインプットする。
小説家は小説を創作していると同時に、小説によって自らのある部分を創作されている。
Posted by ブクログ
以前単行本で読んだものの文庫版。
読み返すのいつぶりだろう?その後もたくさん彼のエッセイを読んできたので新しさは感じなかったのですが、その分彼自身と彼の作品がもつ一貫した強固なものが再確認できました。
だれになにを言われようが、という信念。書きたくて書いている。小説家というのはほんとうにそういう職業だと思う。頼まれて書いてるわけじゃないのだ。自分の中にふつふつと湧いたものを、わざわざペンをにぎりしめ物語にしてやろうだなんてちょっと途方もない。
物語をつくるというのは「たとえば」をえんえんと繰り返す作業だ。限りのないパラフレーズの連鎖。
そういうことを好き好んでできる人たちだけが生き残っている世界。
p76 文学賞は特定の作品に脚光をあてることはできるけれど、その作品に生命を吹き込むことまではできません。
p126 頭の中にいろんなことをそのまま放り込んでおくと、消えるべきものは消え、残るべきものは残ります。僕はそういう記憶の自然淘汰みたいなものを好むわけです。
p128 イマジネーションというのはまさに、脈絡を欠いた断片的な記憶のコンビネーションのことなのです。あるいは語義的に矛盾した表現に聞こえるかもしれませんが、「有効に組み合わされた脈絡のない記憶」は、それ自体の直感を持ち、予見性を持つようになります。そしてそれこそが正しい物語の動力となるべきものです。
小説家的直感はやはり読書を通して培われるものだと思った。
私も今はとにかく本をたくさん読んでたくさんの物語と言葉を自分の身体に通過させよう。
そうして、潮が満ちれば必ずわかる。リングにようこそ。