村上春樹のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
青春小説だと思います。
やるせない悲しみや逃げられない辛さに直面した鼠と主人公、二人を描いています。
彼女に何も伝えず苦しみ抜いて街を出る鼠。何も生み出さないピンボールに多くの時間を費やした主人公。
二人が具体的に何に苦しみ、悲しでいたのかは書かれません。おそらくそんな必要はないのでしょう。
ただ美しい情景描写、印象的な会話、いくつかの感情表現が話を綴ります。
ーこの土地には雪こそほとんど降らなかったが、そのかわりにおそろしく冷たい雨が降った。雨は土地に踏み入り、土地を湿っぽい冷やかさで被った。そして地底を甘味のある地下水で満たしたー
ー時折、幾つかの小さな感情の波が思いだしたように彼 -
Posted by ブクログ
⬛︎気楽なのにちゃんと沁みる小話たち
前回『村上ラジオ』の1冊目を読んでとても面白かったので、2冊目も購入。
なお村上春樹の小説は未読で、遠い昔に『ノルウェイの森』を途中で挫折したままです。
冒頭のまえがきにある
「ぼくのエッセイは「ビール会社が作るウーロン茶」みたいなものだと考えています」
という表現。
「そのウーロン茶が好きなのよ……」としっくりきました。
なぜ村上さんの「ウーロン茶」が好きなのか考えてみると、文体の温度感がとにかく心地よいからなのだと思います。
ハッとさせられる価値観や考え方が肩肘張らない自然体の文章で綴られ、そこにクスッと笑えるおふざけが差し込まれる。
「真面目 -
Posted by ブクログ
迷わずにfive stars
短い小説ではあるが、付箋だらけになった。
ノルウェイの森と鼠三部作の関連性ははっきり言及されていないと思うが、先に読んだノルウェイの森の直子と本作品の直子がどうしても重なってしまう。直子と井戸について同時に言及されているので、尚更そう感じる。
倉庫の中での「スペースシップ」との再会と別れは、語り手が手放せずにいた直子の死や過ぎ去った過去(人、街、文化)に別れを告げたことを象徴するのではないか。
そしてその別れと共に、語り手の時間は少し動き出したような気がした。
けれどそれは成長というよりは、生きている限り、時間は進み、同じ場所に留まることはできないということな -
Posted by ブクログ
ネタバレいろいろな人の視点、考えや気持ちが伝わってきつつも、すべてつくる視点であり全部が語られてない点、こっちに考える余地があるところが面白かった。
暗く黒い海を渡れるか。差し出されている手に気づけるか。
つくるには見えないクロとシロの関係性。シロがクロに求めていたこと。クロがシロがいてできたことと、できなかったこと。
アオの覚悟・決断とその道。アカの孤独。
(たぶんあの年上の女は既婚者だと思う・・!のは自分だけ?笑)
10代の自分が読んだらどんな解釈を持っただろうか。
30を超えたらまた読みたい。
感想を話し合えたこともいい時間だった。思い出の一冊。 -
Posted by ブクログ
読書によってこんな体験ができるのか…。
私は、フカエリやその他の強制性交を天皇制を軸とした侵略戦争による日本人としての傷みと捉えて読んだ。そういった傷みを見つめることが、新しい通路を開く。「声を聞く」なんて玉音放送みたいじゃないか。
しかし、この作品はそのような歴史的視点の導入だけで安易に読み解かれるものではない。核心的な部分はここだ。
「心という作用が、時間をどれほど相対的なものに変えてしまえるかを、その光の下で天吾はあらためて痛感する。」
時間は乗り越えられる。心という作用によって。
ここに文学作品の必要性と人間が持ちうる資質への言及がある。苦しみを乗り越える資質を、私 -
Posted by ブクログ
最近は対談集をよく読んでいる。この本もその流れで買った。村上春樹と河合隼雄。小説界と心理学界の大御所対談。やはり面白く、読むたびに自分のなかで立ち上がる何かがある。
「深く病んでいる人は世界の病いを病んでいる」という言葉が印象的だった。
病むということは、その人が病んでいる、というよりも、世界や社会、時代の病いをその人が引き受けている、というニュアンスで書かれており、なるほど確かにそうかもしれないと唸らされた。
私はこれまで社会と個人を分けたものとして考えていたかもしれないが、それは渾然一体としているのかもしれない。
----------
このレビューを書いている現在、衆議院選挙が行 -
Posted by ブクログ
私事ではございますが、投稿が500冊となりました。
これからも日々、本のある生活を過ごしていきたいと思います。
自分の三大欲求は「食欲・睡眠欲・性欲」ではなく、「本欲・筋トレ欲・コーヒー欲」ですが、コロナのせいでその一角が崩れてしまいました。筋トレです。
幽遊白書でいうと雷禅です。
コロナのせいで完全に弱りました。
その中で、猛烈にランクを上げてきたのがウィスキーです。
もうウィスキー愛が止まりません。
著書に書かれているウィスキーは一通り飲みましたが、飲んだだけでアイルランドやスコットランドに行ったような気持ちになりました。
ただ、個人的 -
Posted by ブクログ
ランナーとしての村上春樹のメモワール。
元競技者であり、同じくひとりのランナーでもある立場から読んだ。深く同意するポイント、春樹はこんなことを考えるんだと新鮮に感じられるポイント、いろんな発見があった。
特に2、4、6章は定期的に読み返したいものです。
p90の景山氏の「村上さん、ほんとにマジでコースを全部走るんですね」という発言が、春樹の小説であまりで出てこない表現だったので新鮮だった。まあ、メモワールだから当然なんだろうけど…
以外、印象に残った箇所を引用。
p61. 学校というのは入って、何かを身につけ、そして出ていくところなのだ。
→とある善き期間とは心地よいものであるが、その -
Posted by ブクログ
BOOK3 前編ではほとんどストーリーが進まずこの最終巻も特に何も起こらず終わるのでは...?と思いながら読みはじめたが、いい意味で予想を裏切られた。
完全には回収されない伏線のようなものが結構あったが、それもいいかも。リトル・ピープルはなんだったんだろう。最後に階段を上った後の世界はまた別の世界なのだろうか。安達クミは天吾の母親の生まれ変わりなのか。
ところどころにあった別の人物のパートで同じものを描いているところが表していたものは何か。読んでいる時は色々思うことがあったが忘れてしまった。またメモしながら読み返したい。
天吾の父親が NHK 集金人をしていたのが「いちばん上手にできるこ -
Posted by ブクログ
ネタバレ走ることを本格的に始めたのは、
専業小説家となった時、『羊をめぐる冒険』を書き終えたとき、33歳。
つまり、村上春樹さんにとって、書くことと走ることが一体化している。
書き方は走り方に例えられ、走ることを通して自らの生き方を深めていっている、そんな一端を知ることができました。
身体、というか肉体、というか、
思考を深めることと身体的経験が一体化していることを、
とても意識的に自らを実験場としてその過程を書き記している記録みたいな部分もあり、
ある程度そんな感じはするけれど、ここまで突き詰めることはないから、
検証結果の精密度が高いというか、信憑性が高いというか、
何だかよく分からな -
Posted by ブクログ
本当に好き。ページを捲る手が止まらない。
色んなことが繋がってくる。全てが伏線に思える。「物語の中にいったん拳銃が登場したら、それはどこかで発射されなくてはならないの。」
BOOK2 の前編でも思ったが、何のために生きるのか、みたいなことが様々な人物を通して語られている。タマルが旧友の話をしながら「言葉ではうまく説明はつかないが意味を持つ風景。俺たちはその何かにうまく説明をつけるために生きていると思われる節がある。」と言っていた部分とか。
BOOK2からBOOK3の発売までは1年あいているらしい。その時代に戻りたい。まだBOOK3が存在していないところでゆっくりと最初から読み直したい。