村上春樹のレビュー一覧
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ネタバレ1人でクスクス笑いながら読んだ本。
内容がどれも軽くて、重い話がなかったからスラスラ読めた。すごく面白かった。
「かなり問題がある」は、デビュー作「風の歌を聴け」がどのような気持ちで作られたのかが書かれていた。前にも球場で空を飛ぶボールを見ていると突然小説を書こうと思ったと言うのを見たのだが、やはり小説というのは突発的に書こうと思うものなのだろうか。
村上春樹の本は好き嫌いが分かれるし、ひどい言葉を言う人もいるがそう言う人は一度この「村上ラヂオ」を読んでほしいと思った。きっと村上春樹に対する思いが変わるはずだ。
「円周率おじさん」はおもしろすぎて、静かな図書室で一人で肩を震わせる変な人になって -
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ネタバレおもしろい!
初めて村上春樹のエッセイを読んだがこんなに面白いとは思わなかった。普段の小説からは考えられないシュールさやゆるさ、だけど文章はしっかりと村上春樹のものでとても新鮮だった。1つの話が2ページで終わるのも良かった。あっさりしていて、テンポ良く進めていけるのも好きだった。
安西水丸さんの絵がなかなか可愛らしくて、想像が捗った。
つけで本を買う話は、子供がツケ払いをすることが可能な町が存在すること自体が面白かった。今じゃ考えられないことであるからこそ、日本っていいなあと思う。
「千倉における朝食のあり方」を読んで、千倉に興味が湧いた。これを読むまで千倉の存在すら知らなかったが、肉屋がほと -
購入済み
コラム集なので、短くて読み易い
紙の本も持っていますが、「老眼」で小さい字を読むのがつらいので、電子書籍を購入しました。執筆当時とは時代も価値観も大きく変わりましたが、読んでいてちょっぴり笑えたり、少し考えさせられたりする点は変わらないなと感じました。でも、日刊アルバイトニュースを覚えている人って、どの位いるんだろう?今はスマホでバイト探しだものね。
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ネタバレ第2部上では、秋川家、免色、雨田具彦の過去がだんだんと明かされ始めた。
なかでも印象に残っているシーンは大きく2つ。
1つ目は「私」が秋川まりえをモデルに肖像画を描くシーン。
「何かを与えると同時に何かを受け取る。」まりえを描くことを通して、『肖像画を描くという行為=限られた時間に限られた場所でしか起こらない生命の交流』なのだと気づく。
第1部までの「私」は、『肖像画を描く行為=モデルの内部に埋もれていたイメージの発掘』と捉えていた。ギバーとテイカーではないが、画家→モデルという一方通行の関係から、画家←モデルへと相互的な繋がりを感じた...?
穴に関しても、第1部では肖像画同様の解釈で『内 -
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村上春樹著「辺境・近境」の旅に同行したカメラマン松村映三による旅の写真集。
写真週刊誌のカメラマン、いわゆるパパラッチをしていたが、ある日その仕事の内容に耐えられなくなり、退職。
独立して、村上春樹の旅に何度も同行している。
村上が松村の腕を信頼してのことなのだそうだ。
「文章には文章のパーソナリティーがあり、写真には写真のパーソナリティーがある。それぞれに独自の視線があり、独自の文法がある。それにもかかわらず、それらがお互いにははじき合わず、あるいはまたもたれ合いもしないことを、僕としては嬉しく思う。
もちろん相性というものはあるだろう。でもそこでは、映三君の鉈が切り出す薪のまっ -
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オードリー・ヘップバーンがホリー役を演じる映画の方は観たことがなかったが、確かに彼女は小説版のホリーのような汚さやふしだらさ、危うさが感じられる人ではない。もしいつか映画をリメイクする際はホリー役をマーゴット・ロビーに演じて欲しいと思うのは私だけでしょうか(マーゴット・ロビー好きの一意見)。
この話は映画版『ティファニーで朝食を』でイメージされるような綺麗なストーリーではない。が、確かに名作であったと思う。イギリス文学とはなんとなく異なり、主人公やホリー、ジョー・ベルなど、様々な登場人物のその時々の感情が読み取りやすいものだったように感じる。
ホリー・ゴライトリーというこんなにも危 -
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ハルキ氏の短編集で一番、好き・・というか身近にとらえられる。
と言えども、彼の洞察力のかけらもない私には、回転木馬の様にデッドヒートをする感覚はない。
ぼんやり文字を追って、五感のアンテナに澱が引っかかっていて・・時を経てリフレインされるようなニュアンスが好きっていうべきかな。
ドビュッシーは若い頃も今も、そうそう好みではない。
しかし欧州のピアニストのいくばくか、彼の楽曲にほれ込んでいるという。イタリア・ベルガモの景色の叙情感が彼のイマジネーションを掻き立てたと聞いたことがあるが・・そんなこんながこの短編集を読んでいると脳の片隅にジュワッと浮上してきた。
亡き王女のためのパヴァーヌとい -
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猫を棄てること。親から棄てられること。
表向きは子供を捨てているというわけではないが、子供の数が多かった時代に、子供を自分で育てるのではなく、養子に出すなり、奉公に出すなり、寺に預けるなりしたということはわりとよくあったことなのだろう。
村上春樹の父親もそのような経験をしている。
そして自らが棄てた猫が、自宅に戻ってきたときにそのことを思い出したのかもしれない。
村上春樹と父の関係が(確執の部分は除いて)まあまあ深く語られていて読み応えがある。徴兵された頃の話も印象深い。
自分とは関係のない他人のエピソードなんだけれども、自分が今いる世界を構成する平等な多くのできごとの中の一つとして、身近と