村上春樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
【2024年141冊目】
1995年3月20日、東京の地下鉄で起きた無差別テロ、地下鉄サリン事件。作家村上春樹がその被害者や関係者総勢62名に対してインタビューを行った生きた記録である。あの日、東京の"アンダーグラウンド"で、一体何が起こったのか。迫真の一冊。
きっと★いくつとかで評価をつけるべきではないのだろうと思いつつ、少しでも高評価であることで、手に取る人が増えると良いなと思って★5にしました。
文庫本にして777頁、しかも多くの頁は2段組という恐ろしい文量の一作です。読み進めるのにかなり時間がかかりました。一気読みはとてもできなかった。
本著が書かれた時よりも -
Posted by ブクログ
ネタバレ本当に1と2、3と4、5と6で雰囲気も一気に変わる。けど話は確実に前に進んで、物語も終盤に入ったこともわかる。
牛河がここにきて追いかけてくる事で物語に一気に緊迫感が生まれて面白い。
牛河は特別に凄い能力を持っているわけでもない。そこも良かった、良い存在ではないだろうけど、執念深い刑事のよう。
青豆自身が今、空気さなぎになろうとしている。そしてあのNHKの集金人は一体…
展開なんて全く読めないけど、着々と物語は進んでいる。そしてそれをしっかり楽しめている事は自分でも理解できている。
遂に物語も次で最後。1Q84年の最後を見届けよう
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Posted by ブクログ
ネタバレここで物語を少し自分用に整理します。
つまり今この世界はリトルリピープルいう概念が運営する1q84という世界で、限りなく現実に近い別の場所。ふかえりは青豆の殺そうとしているリーダーの娘だった。
天吾の物語を語るの凄いなと思っていたけど、あれも一種の能力だった。ふかえりはそれに気づいて天吾と一緒に物語を書いた(正確には改訂を許可した)ということは、1Q84年世界を天吾は書き換えることができるのかもしれない。
この話はある種の時空を超えた天吾と青豆が出逢う話。それが1Q84年。逆に1984年なら出会うことはなく、小学生の思い出のまま2人は出会うことのない世界を歩むはずだったのだろう。
青豆 -
Posted by ブクログ
ネタバレ少しずつ青豆と天吾の世界が交わってきましたね。
環の話は少しエグかったですね。ちょっと泣いてしまいました。
天吾の言ってた母親が宗教の女の子って青豆だったということ、いづれ繋がるとは思っていましたが、ここで一つ繋がりました。
天吾もなかなか苦労してるよなぁ。けど、その分行動力もあるし、実際自分でお父さんから権利を勝ち取ったのはすごいです。自分の経験的にそんな事一回も言えなかったです。
流石に集金の様な事はなかったけど、やめてほしい事をやめてと言えるほど強い子供じゃなかったですね。
青豆って凄いハードボイルドだと思うんですよ。亡き友の為に復讐し、酒を飲み、欲を満たし、仕事をこなす。そして男 -
Posted by ブクログ
不朽の名作、傑作である。
さすがと言うべきか、村上春樹の訳も素晴らしい。
映画の『ティファニーで朝食を』とは切り離して読んでほしいと村上春樹は言うが、それはかなり難しい。どうしても、あの可憐なオードリー・ヘップバーンを思い浮かべてしまう。
とはいえ、原作をはじめて読んだが、映画とは少しストーリーが異なる。映画ほど綺麗事で片づいていない。厳しく、つらい現実の要素もだいぶ含まれている。
それでもやっぱり、ホリーの自由奔放、天真爛漫な性格、生き方は魅力的だ。
その前提として、ホリーの類まれな容姿の美しさがあるようには思うが…。
もしホリーの器量が人並み以下だったら、物語は成立しないだろう。ティファニ -
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ネタバレ【自己治癒的な作業】
1995年11月に、村上春樹さんが京都にいる河合隼雄さんのところへ行き、対談されたときのお話。
書きおこしに加えて、それぞれのコメントの追記があり、より話の内容への理解を深められる形になっていました。
阪神淡路大震災とオウム真理教の地下鉄サリン事件があった年。
そして村上春樹さんは、
1994年に『ねじまき鳥クロニクル』の第1部、第2部を出し、
1995年にはアメリカから帰国後に、8月第3部を出されたところでした。
この作品を取り巻く思考が、河合先生とのお話の中で続けられていて、
とても興味深く、
私は昔に一度読んだのですが、
まったくの無知でしたので、
この対談を -
Posted by ブクログ
本読みならば一度は読んでおかなくてはいけないと思った中の1冊。
翻訳小説を読むのは何十年ぶりだし、翻訳を担当した村上さんの作品はエッセイしか読んだことがないし、なんと言っても分厚いし・・・という不安要素はあったのだが、フタを開けてみれば、元は外国語で書かれていたという不自然さがどこにもない。
村上氏がアメリカに滞在している時のことを書いたエッセイを読んでいたせいだろうか。氏の描くアメリカの風景に馴染みがあるような気がして読みやすかった。分厚いけど。
マーロウは、パンドラの箱を開けたばかりか、最後に残っていた「希望」まで引きずり出して吊し上げてしまうような、依頼された仕事はやらずに、余計なこと -
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「自己との切実なまでの対面」
本著は『めくらやなぎと眠る女』を除き、かの有名な『ねじまき鳥クロニクル』の後と、『ダンス・ダンス・ダンス』『TVピープル』の後に書かれた短編集である。
執筆された時期は作品毎に微妙に異なる。
だが読後に私が感じたのは、いずれの作品にも一貫として「自己との徹底的な対面がある」ということだ。
我々は自己との対面を避ける。特に内面的な事柄に関してだ。
背負った業や、現在進行系で抱えているものから目を背け、一時的な逃避に走る。
それは自己防衛に成りうると同時に、自身に重い枷を掛けることにもなる。
時には逃げることも良いだろう。臭いものには蓋をして、それを意識の外側 -
Posted by ブクログ
ネタバレ短編でとても読みやすかった!
特に「彼女の街と、彼女の緬羊」が気に入った。
北海道の友人を訪ねる。友人も自分もお互い結婚しており、北海道と東京で別々の人生を歩んでしまっている。会話も弾まなかった。ホテルに泊まり、ビールとスモーク・サーモン・サンドウィッチをつまむ優雅で気楽な時間を過ごすが、どうしようもない退屈感に満ちている。テレビに映る田舎町の広報の女性は垢抜けないが、地味な暮らしへの誠実さがある。自分はそんな彼女に会いたいような気もするが、結局はその街になんか寄らずに東京に帰るのだと考える。
人生への強い倦怠を感じる、好みの短編だった。
一人前の大人になったが、昔の友人とも心が通わなくな