【感想・ネタバレ】猫を棄てる 父親について語るときのレビュー

あらすじ

各紙誌で絶賛! 村上作品の原風景がここにある
村上春樹が自らのルーツを綴ったノンフィクション。中国で戦争を経験した父親の記憶を引き継いだ作家が父子の歴史と向き合う。

父の記憶、父の体験、そこから受け継いでいくもの。村上文学のルーツ。

ある夏の午後、僕は父と一緒に自転車に乗り、猫を海岸に棄てに行った。家の玄関で先回りした猫に迎えられたときは、二人で呆然とした……。

寺の次男に生まれた父は文学を愛し、家には本が溢れていた。
中国で戦争体験がある父は、毎朝小さな菩薩に向かってお経を唱えていた。
子供のころ、一緒に映画を観に行ったり、甲子園に阪神タイガースの試合を見に行ったりした。

いつからか、父との関係はすっかり疎遠になってしまった――。

村上春樹が、語られることのなかった父の経験を引き継ぎ、たどり、
自らのルーツを初めて綴った、話題の書。

イラストレーションは、台湾出身で『緑の歌―収集群風―』が話題の高妍(ガオ イェン)氏。

※この電子書籍は2020年4月に文藝春秋より刊行された単行本の文庫版を底本としています。

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Posted by ブクログ

村上春樹さん 文藝春秋2022年11月発行
絵 ガオイェンさん
亡くなった父親についての文章とどこか懐かしい絵

棄てた猫が、先回りして帰宅しているところは、思わず嬉しくなった。
心に響いたフレーズはたくさんありますが、
ひとつだけ引用します。

父の記憶、父の体験、そこから受け継いでいくもの
引き継ぎという行為、あるいは儀式の中にある。その内容がどのように不快な、目を背けたくなるようなことであれ、人はそれを自らの一部として引き受けなくてはならない。もしそうでなければ、歴史というものの意味がどこにあるのだろう?

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2025年11月20日

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ネタバレ

父の心に長いあいだ重くのしかかってきたものを-息子である僕が部分的に継承したということになるのだろう。人の心の繋がりというのはそういうものだし、また歴史というのもそういうものなのだ。その本質は〈引き継ぎ〉という行為、あるいは儀式の中にある。その内容がどのように不快な、目を背けたくなるようなことであれ、人はそれを自らの一部として引き受けなくてはならない。もしそうでなければ、歴史というものの意味がどこにあるだろう?【P63】

たとえば僕らはある夏の日、香櫨園の海岸まで一緒に自転車に乗って、一匹の縞柄の雌猫を棄てにいったのだ。そして僕らは共に、その猫にあっさりと出し抜かれてしまったのだ。何はともあれ、それはひとつの素晴らしい、そして謎めいた共有体験ではないか。そのときの海岸の海鳴りの音を、松の防風林を吹き抜ける風の香りを、僕は今でもはっきりと思い出せる。そんなひとつひとつのささやかなものごとの限りない集積が、僕という人間をこれまでにかたち作ってきたのだ。【P106】

村上春樹さんの物語で、私の物語だ。ささやかなものごとの集積。ストンと、納得できた。

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2025年06月10日

Posted by ブクログ

ネタバレ

捨てたと思ったことが戻ってくることに
それは猫だけではないことがうっすらテーマとしてある。
基本的には戦争の話だが、
いつの時代にもある「昔よりも今が良い環境で
なぜ今の若者は頑張らないんだ」という考え方もある。
一方で、経験したことのない戦争の話もあって
今と昔が繋がっていることが文字として違和感なく入ってくる構成だった。
おそらく、戦争だけではなくその時代背景も描写されていたからだと思われる。
戦争特有の被害者感があまりなく
私自身勉強になった一冊。

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2024年10月11日

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静かに心にしみる作品でした。

なんの取り柄もない、平凡で、世の中になんの役にも立たない私だけど、「広大な大地に向けて降る膨大な数の雨粒の、名もなき一滴に過ぎない」私でも、「それが集合的な何かに置き換えられられていく」ことに生きる意味があるんだ、と力づけられました。
歴史を受け継いでいくために、存在していいんだと思うだけで、ちょっと救われます。

高妍さんのイラストが父親について語るという雰囲気にぴったり合っていて、思いを深められて素敵です。

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2024年02月28日

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猫を棄てること。親から棄てられること。
表向きは子供を捨てているというわけではないが、子供の数が多かった時代に、子供を自分で育てるのではなく、養子に出すなり、奉公に出すなり、寺に預けるなりしたということはわりとよくあったことなのだろう。
村上春樹の父親もそのような経験をしている。
そして自らが棄てた猫が、自宅に戻ってきたときにそのことを思い出したのかもしれない。
村上春樹と父の関係が(確執の部分は除いて)まあまあ深く語られていて読み応えがある。徴兵された頃の話も印象深い。

自分とは関係のない他人のエピソードなんだけれども、自分が今いる世界を構成する平等な多くのできごとの中の一つとして、身近というのはちょっと違うかもしれないが、何かそのような別なんだけど同じものというような不思議な感覚になった。うまく言えない。

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2023年09月02日

Posted by ブクログ

終戦記念日前後のお盆の時期に、実家の父親の仏壇の前で読めたことで、物語により深く入り込め、物語から自分の家族や記憶を思い返しながら読むことができた。
これも読書体験なんだな

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2023年08月16日

Posted by ブクログ

私がこの本で得られたこと、あとがきにあるように、歴史が過去のものではなく、それらが自分の中にあるのだと言うことを感じられたことです。

父と共に猫を捨てにいったのに、その猫が先回りして家にいた。そんな父と僕との何気ない人生の共通の思い出が、2人の中にあり、その共通のものが、2人を作っていくという感じ。その象徴的な絵のように感じました。

小さな日々の積み重ねが、やはり自分をつくりあげ、その一つが違えば、また違う道がある。こうしたいくつもの重なりや偶然の上になりたっていることを、村上春樹さんとそのお父さんの一つの歴史の中で感じさせてもらえる本だったと個人的には想います。

高妍のイラストもこのお話の雰囲気と相まってとても素敵でした。

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2025年08月26日

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一人称単数のヤクルトスワローズ詩集の続き、みたいなのを読みたくて読んでみた。
父親との関係を赤裸々に綴った本。
確かに自分のファミリーヒストリーを辿っていくと不思議な感じ、運命やそれの連続である宇宙を感じる感覚みたいなの、わかるなー。
改めて映画バックトゥーザフューチャーってすげえなー。
こういう感覚みたいなのを、あそこまでマス向けにポップに分かりやすく落とし込んだんだもん。
エリート向けに抽象的な比喩や表現も使って説明するより、断然難しいと想う。。
リスペクト、ロバートゼメキスandスピルバーグ

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2025年06月18日

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作者として絶大な人気を誇る村上さんの幼少期はどんなものだったのかが気になり読みました

誰にでもある幼少期にある一種のエピソード、トラウマ、印象に残ってるなんともないこと。

主にはご両親のお話。猫の話。

ぎゅっと幼少期の出来事が詰まっているけど
どれも村上さんにとって忘れられないエピソードなのだろうなと思った

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2025年05月26日

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明らかになる父親の存在
 「神の子どもたちはみな踊る」でも父親との不和を描いた村上春樹だが、やうやくそのベールがまくられた。

 父親は中国へ行き、中国人捕虜が殺されるのを見た。この話を聞かされたことが「ねじまき鳥」の原点になってゐるのは、想像に難くない。
 勉強好きの父親とさうでない息子とのあひだに、必然的にみぞが生じる。絶交状態は長くつづき、死ぬまぎはに和解のやうなことをした……

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2025年05月25日

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小さい頃に父親と猫を棄てに行ったエピソードから始まり、村上春樹が調べた父親の足跡が語られている。

絶縁に近い状態にまでなった父親と、父親の死の間際に和解する際に一つの力になったのが、小さい頃のささやかな共有体験だったという話が素敵だなと思った。
どんなに拗れてしまった関係であっても、ささやかでも何か共有したものがあれば、もしかしたら修復できるのかもしれないなという希望を感じた。

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2024年11月15日

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誰にとっても、親との永遠の別れが与える衝撃は計り知れない。元気でいることが、当たり前だと思っていても、ある日突然、命のカウントダウンが始まる。失われた時間を取り戻すかのように、親に会う時間を捻出し、なんでもない会話を重ねていくにつれ、親のことを何にも知らなかった、関心を持とうとしていなかったことに気付く。

親との関係性が、夫婦、親子、仲間との人間関係と密接に関係している、と思う。
本音で、親と話せるようになった時、あらゆる悩みがするすると解決していく経験をした。

亡くなった父との思い出を言語化してみたい。
そう思った本だった。

#命のバトン #出逢いは奇跡

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2024年11月14日

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 村上春樹の家族関係、とりわけ父親(村上千秋)についていくか語る。父親は浄土宗の寺の次男として生まれた。1917年生まれで、戦時中は日中戦争に参戦した(のちに調べたところ、1年違いで南京戦に参戦しなかったが判明した)。中国人の捕虜が軍刀で斬首されたと父親は言っていたという。無抵抗状態の捕虜を処刑するのは、国際法に反する行為であったが、当時の日本軍はお構いなく実行した。本書で紹介された本によると、当時日本軍が捕虜を処刑する際、その多くは銃剣であったらしい。このように、父親は実際に戦地に行った人であったが、戦争映画を見ることにとくに抵抗はなく、村上は父親とよく一緒に映画館へ行き、アメリカの戦争映画や西部劇を見たという。

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2024年09月08日

Posted by ブクログ

ずっと気になっていた村上春樹と父との確執
もちろん彼は直接的には語らない

先日確執のあった父を亡くした
なにも変わらない
表向きは

人には伝わらない
自分の中でも理解できない
複雑な気持ち

少し代弁してくれたみたいで一人ふっと力が抜けた


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2024年08月01日

Posted by ブクログ

淡々と父のこと、父とのエピソードが語られ、そこに村上春樹氏のルーツが垣間見える。どこか新鮮で、こういう村上作品もいいなと思った。

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2024年03月24日

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ネタバレ

【歴史は現在に生きていると気づくこと】
村上春樹さんの本では、たくさんの史実的描写が出てきて、細かい描写に感心する。過去への好奇心と想像力は、どこから来るのかなと思ったりする。
この本では、村上春樹さんの父親の経てきた過去について、一緒に猫を捨てに行った、自身の記憶にある出来事から始まり、90歳になった父親、そして母親などに聞いた、自身がまだ生きていなかった、主に戦時経験についてつづられている。


「僕がこの文章で書きたかったことのひとつは、戦争というものが一人の人間ーごく当たり前の名もなき市民だーの生き方や精神をどれほど大きく深く変えてしまえるかということだ。そしてその結果、僕がこうしてここにいる。」

東日本大震災から13年。震災を経験していない子どもたちが、この経験を語りつぐ活動をしているというニュースを見た。

私は私のとても身近にいる人の経た体験も、その体験から今に続く世界の見方も、きちんと知らないなーと思った。


「・・・歴史は過去のものではない。それは意識の内側で、あるいはまた無意識の内側で、温もりを持つ生きた血となって流れ、次の世代へと否応なく持ち運ばれていくものなのだ。そういう意味合いにおいて、ここに書かれているのは個人的な物語であると同時に、僕らの暮らす世界全体を作り上げている大きな物語の一部でもある。ごく微少な一部だが、それでもひとつのかけらであるという事実に間違いはない。」


一般的な歴史を個人的な話として知ることで、歴史が生きた現実のものになる。
歴史と現在のつながりを作って行く作業って、他者への想像力を養うことでもあるんだなーと思ったり。

社会には、それぞれの現実が混在する。隣にいるひととさえもなかなかうまくやれないことも多い。生きてきた環境や時代が違うと、考え方や世界の見方は違うのは当たり前。摩擦を起こしながら人と関わり、ときに通じ合い、ときに自分の考えについて問い直し、相手について思考をめぐらす。他者との違いへの好奇心を持ち続けること、他者に影響され、出来事に影響され、自分の考え方が変わることを許すこと、それが世界への見方を豊かにし続けたいと思ったり。

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2024年03月11日

Posted by ブクログ

用事と用事の間の1時間でサクッと読めた。親子の関係が良好とは言えなかったものの、筆者の親への愛と尊敬が感じられた。私も父を亡くしているから、父との思い出を辿るきっかけとなった。思い出を文字として残すことの大切さに気付かされた。

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2023年11月08日

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いつも村上春樹さんの小説は自分の話なのに、客観的というか、別のもう1人が自分を眺めているようで、その感覚がとても好き。
こちらも同様で自分と父親の話なのに、不思議な視点で語られているように感じた。
父親の語られなかった部分を無理矢理掘り下げて語ろうとしていないところも、春樹さんと父親の関係を示しているようでした!!
猫のエピソード2つがなんとも言えない余韻をもたらしてくれました。

余談ですがイラストがとても好き!!

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2023年03月02日

Posted by ブクログ

自分の父親について語る、というのはどうしてこうも気恥ずかしく、抵抗感があるのだろう、と村上春樹自身もそんなようなことを言っている。
これまで語ったことのない亡くなった父親についての物語、ということで、センチメンタルで情緒的な文章かと思いきや、いつもの通りのドライな村上春樹調。感傷的に流れず、あくまで自身の文体は崩さない。


僕は別に作家でもなんでもないが、父親との関係というものには、たしかに一筋縄ではいかないものを感じる。映画監督のスピルバーグだって、父性的な要素を自分の映画にあまり取り入れないことで有名だ。

印象に残った文章を一つ。
「おそらく僕らはみんな、それぞれの世代の空気を吸い込み、その固有の重力を背負って生きていくしかないのだろう。そしてその枠組みの傾向の中で成長していくしかないのだろう。良い悪いではなく、それが自然の成り立ちなのだ。」

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2023年02月21日

Posted by ブクログ

どんな人間も、平凡な親から生まれてきた、平凡な人間である。幼少時代にその親によって育てられたのならば、思いをどんな形でありながらも、受け継いでしまう。それがいいことであれ、悪いことであれ。

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2025年05月09日

Posted by ブクログ

ネタバレ

村上春樹の父親のことをまとめた自叙伝ならぬ父叙伝?で、戦争の時代を生きた父親のことを、その息子である村上春樹が、あやふやな記憶とたくさんの文献から整理したもの、、という(どちらかというと)村上春樹にしては味気ない印象を受けた。

個人的には、村上春樹の本に対して自分は、彼の考えたこととか感性に触れる、ということを求めているのだな、と再確認できた。
ちょっと毛色の違うものを、、と思って手に取ってみたが、いささかばかり事実の整理という側面が強く、途中からは流し読みになってしまった。
(そのために書いた、と著者自身が言っている本なのだから、それを承知で読み始めた自分が悪いのだけれど)

いちばん印象に残ったのは、やはり最後の締めのところでの文章だった。

「...我々は、広大な大地に向けて降る膨大な雨粒の、名もなき一滴に過ぎない。固有ではあるけれど、交換可能な一滴だ。しかしその一滴の雨水には、一滴の雨水なりの思いがある。一滴の雨水の歴史があり、それを受け継いでいくという一滴の雨水の責務がある。我々はそれを忘れてはならないだろう。たとえそれがどこかにあっさりと吸い込まれ、個体としての輪郭を失い、集合的な何かに置き換えられて消えていくのだとしても。いや、むしろこう言うべきなのだろう。それが集合的な何かに置き換えられていくからこそ、と。」
なんでもない自分が、なんでもない平々凡々な人生を生き切ることの意味を、ここに見出せる気がしている。

記憶というのはとても曖昧であやふやなもの、、というのを、最近、読んだ本や自分の経験からひしひしと感じていた。
この本の中でも、そんな場面がいくつかあった。まとまった言葉や文章になっていれば、なんとなく確かなもののように感じるが、実際にはさまざまな文献を辿って、整理して、そこで初めて記憶という形になるものだと読んでみて思った。

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2025年04月13日

Posted by ブクログ

村上春樹さんが、お父様が亡くなったことをきっかけに、自分の父親について、そして村上さんとの関係性について、時代背景である戦争について、実際に書きはじめてみることで考えを深めていったエッセイです。台湾出身の高妍さんが担当された表紙と挿絵は、なんだかぼんやりとした思索を静かに呼ぶような絵でした。

村上千秋さんという人が春樹さんのお父様で、京都のお寺・安養寺の次男として誕生します。安養寺の住職が村上さんの祖父ですが、もともとは農家の子だったのが、修行僧として各寺で修業を積み、秀でたところがあったらしく住職として安養寺を引き受けることになったようです。

僕は読む作家を血筋で選ぶことはないので(多くの人もそうだと思います)、作家と言えば全般的に、無から生まれた有に近いようなイメージで受け止めているところがありまして(もちろんそうではない方もいらっしゃいますが)、本書のように村上春樹さんのルーツが具体化していくと、また違った世界が開けたかのような、宙ぶらりんだと思っていたものが地面に根を張っていたことに気付かされたような現実的な感覚を覚えました。やっぱり過去ってあるんだ、という至極当たり前なことを知らしめられた驚きみたいなものでしょうか。

さて。やっぱり千秋さんは徴兵されているんです。それも3度も。戦争から生き残ることも数奇な運命を辿ってのことでしょうし、運命の気まぐれのように通常よりもずっと短い期間で除隊されることも、のちに生まれる子孫のことを考えれば、紙一重みたいな運命の揺れを感じます。春樹さん自身、次のように書いています。

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そしてこうした文章を書けば書くほど、それを読み返せば読み返すほど、自分自身が透明になっていくような、不思議な感覚に襲われることになる。手を宙にかざしてみると、向こう側が微かに透けて見えるような気がしてくるほどだ。(p107)
__________

自分が誕生したというその出来事は、ほんとうに偶然であって、ちょっとした加減でそれは実現していないもののような、吹けば飛ぶような「事実」であると感じられる。これは、村上春樹さんだけの話ではなく、万人がすべてそうですよね。微妙で繊細な、1mmほどの運の加減で、僕らはそれぞれ、幸か不幸かこの世界に誕生している。そういった大きな運命観を感じさせられる箇所でした。



それでは、再び引用をふたつほどして終わります。

__________

いずれにせよその父の回想は、軍刀で人の首がはねられる残忍な光景は、言うまでもなく幼い僕の心に強烈に焼き付けられることになった。ひとつの情景として、更に言うならひとつの疑似体験として。言い換えれば、父の心に長いあいだ重くのしかかってきたものを――現代の用語を借りればトラウマを――息子である僕が部分的に継承したということになるだろう。人の心の繋がりというのはそういうものだし、また歴史というのもそういうものなのだ。その本質は<引き継ぎ>という行為、あるいは儀式の中にある。その内容がどのように不快な、目を背けたくなるようなことであれ、人はそれを自らの一部として引き受けなくてはならない。もしそうでなければ、歴史というものの意味がどこにあるだろう?(p62-63)
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→ここで言われていることを家族の間でいえば、「世代間連鎖」にあたるでしょうし、歴史という大きなものにも当てはまることとしては「連続性」にあたるでしょう。これらは、ある意味でフラクタル的(全体と部分がおなじ形になる)なのだな、というイメージが上記の引用から浮かぶと思います。なんであれ、人の営み上、負の要素も正の要素も、引き継いで僕たちは生きています。たとえば「世代間連鎖」の暴力なんかは、それを止めるのがとても難しい。でもきっと、<引き継ぎ>にはその度合いがあると思うのです。どこまで深く受容して引き継げるか、自覚的であることができるか、そういった姿勢が、<引き継ぎ>によって自らが侵食されコントロールを失う状態に陥らないためにはやったほうがいいのだろうな、と僕は考えていたりします。




__________

父の頭が実際にどれくらい良かったか、僕にはわからない。そのときもわからなかったし、今でもわからない。というか、そういうものごとにとくに関心もない。たぶん僕のような職業の人間にとって、人の頭が良いか悪いかというのは、さして大事な問題ではないからだろう。そこでは頭の良さよりはむしろ、心の自由な動き、勘の鋭さのようなものの方が重用される。だから、「頭の良し悪し」といった価値基準の軸で人を測ることは――少なくとも僕の場合――ほとんどない。(p68)
__________

→お父様は京大の大学院までいって、家庭の事情で中退されたそうです。それはさておき、ここで春樹さんがどういう価値判断をする人かが見えています。たしかに、小説を書くのに心の自由な動きがままならなかったら、説明だらけの小説になってしまいそうな気がします。勘の鋭さのようなものも、ストーリーの要となるものがどこにあるのか、それがそれまでに書いた中で後につながる要素としてもう書かれていることに気付くことができるか、みたいなことはあると思います。それとは別に、頭の良し悪しで人を判断しないという職業的性質が、他者を見る目として柔らかな目となって機能すると思えるのですが、それって、人をモノ扱いせずちゃんと人間扱いする目でしょうから、こういったところはみんなが養えるように学校教育に組み込めばいいのに、なんて考えたりしました。創作の授業をやったらどうか、ということです。


というところでした。100ページちょっとの分量の、淡々とした短いエッセイです。でも、村上春樹さんの作品をたくさん読んできましたから、知らずにできあがっている心の中の「村上さん領域」を埋めるパーツがひとつ手に入ったような感触のある読書体験になりました。こうやって最後になってからやっといいますが、「猫を棄てる」エピソードが、些細な微笑ましさを含んでいて、それが小さなちいさな救いになっていると思いました。

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2024年12月28日

Posted by ブクログ

[こんな人におすすめ]
*村上春樹さんの本は難しくてよくわからないと思っている人
 村上春樹さんの作品と思って身構える必要はありません。彼が父親の人生をたどりながら自分自身のルーツを探っていく過程は、私たちが多かれ少なかれ持っている感情と重なる部分があります。村上春樹さんの作品を遠巻きに見ていた人こそ、彼を身近に感じ、親しみを持つ可能性が高いです。

[こんな人は次の機会に]
*村上春樹さんの小説が大好きな人
 推しのことをすべて知っておきたい人にはぴったりな本ですが、小説の文体や表現方法が好きな人には物足りない可能性があります。

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2024年07月31日

Posted by ブクログ

自分の人生は様々な偶然の産物、何が起きるかわからない。父との思い出を軸に、人生の有り様を考えさせられるエッセイ

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2024年05月08日

Posted by ブクログ

猫のはなしは最初の入り口で、疎遠になったお父さんのことに思いを馳せるエッセイ。
村上春樹ほどの小説家でも、お父さんとの会話は少なく、何年も疎遠になるのが意外で、なんとなく親近感があった。

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2024年02月26日

Posted by ブクログ

自分の人生って、長い歴史の中の、ほんの短い時間なんだって実感する。
私も自分の親の親や、その親(戦争の時代を生きた人)に起きたことを知りたいなと思っているけど、なかなか難しいだろうな。

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2024年02月07日

Posted by ブクログ

ネタバレ

村上春樹の父親についての話。どうも現実の話ように思えなかったが、後書を読んで本当なのだと実感した。
「降りることは、上がることよりずっとむずかしい」この言葉は人生そのものを表していると思う。
一度足を滑らすと、止まることなく駆け落ちていくのは登ることとは全く怖さが違ってくる。
戦争が人々の生き方を大きく変えたと言うことは、当時を生きた人間全てに言えることだ。私の曽祖父も同じ時代に戦死している。家系の面影が残る遺影は、喋ったこともないし会ったこともないのになぜか親近感が湧く。
曽祖父が戦死していなければ私は生まれなかったのかもしれないと思うととても不思議な気持ちになる。

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2024年01月30日

Posted by ブクログ

隙間時間で読ませて頂いた。
お父様について語る息子。この作品で何を思うわけでは正直なかったが、独特な表現、感性とでも言うべきか、難しいことは考えずに読んで、あゝそうかで良いのかなと。文学の評価云々をすべき本ではない。

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2023年12月03日

Posted by ブクログ

Audibleで聴いたため、詳細忘れぎみ。
自分自身も一人っ子で父親と関係が上手くいっていないため、自分に重ねて読んだ。
父親との確執、ドロドロとした汚いところは書かないのが、村上春樹だなぁと思う。
村上春樹が好きなのは、人の嫌な部分は書かず、本の中にだけ理想郷が存在する感じがするところ。
いつか父が亡くなったら、今度は紙で読みたい。

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2023年09月10日

Posted by ブクログ

ネタバレ

一言感想【まだ私が知らない時代にふれる】

内容としては、タイトルの通り、村上春樹さんの父親について書かれたエッセイ。
父が経験した戦争についての話題がメインに置かれているので、話としては少し難しく感じましたが、そこはさすが村上春樹さんの文章、という感じで読むことが出来ました。
一人の人生(半生?)を追っていくことで、その時代がどんな時代だったのかを部分的に、より近い感覚でふれることができました。

歴史とは過去のものではない…その中の個人の重さ…記憶を文章にしていくことには、透明になるような感覚がある…そんな表現の仕方が、とても村上春樹さんらしく感じたし、こんな私でも受け入れやすい文体で、素敵だと思いました。

また、高妍さんのイラストが、どこか寂しさがありつつ、可愛らしく素敵でした。

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2023年07月08日

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