あらすじ
僕の考えていることが本当に正しいかどうか、わからない。でもこの場所にいる僕はそれに勝たなくてはならない。これは僕にとっての戦争なのだ。「今度はどこにも逃げないよ」と僕はクミコに言った。「僕は君を連れて帰る」僕はグラスを下に置き、毛糸の帽子を頭にかぶり、脚にはさんでいたバットを手に取った。そしてゆっくりとドアに向かった。(本文より)
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無意識下への探求イコール存在意義の探求。歴史的出来事は今を生きるわたしの中にもしっかりと根を張り存在している。自身を深く掘り下げてみたくなった。人はそれぞれの物語の中に生きている。どこまでも閉じない物語。
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村上春樹の文章は不思議なくらい読書が進む。寝る間を惜しんで、日常の隙間時間を少しでも捻出して食い入るように読んだ本に出会うのは何年ぶりだろうか。文章体や語彙が特別なわけでもないと思うのだが、とにかく切なくて、広がりを感じる文章だと思う。結果的に綿谷ノボルという存在が示した意味とはなんだったろだろうか。それは、何か大きくて機械的なものへの果てしない嫌悪感、村上春樹が近代の日本や物質主義に対して抱く率直な嫌悪感の象徴的な存在だったのではないだろうか。自分から大切な情愛を奪う、残酷で冷酷、機械的な存在としてのヴィヴァン。そこに対の存在として強調されたのが、社会の評価や合理性から離れた笠原メイ、加納クレタやマルタ、ナツメグといった女たちだったのだろうか。「遠い太鼓」を読んだ後だったから、村上春樹の中に地中海の島々が大きな存在感を持っていることを実感できた。
さすがの村上作品
自分が年をとってきて、青少年時代に読んだ感想とは違った感想を持つようになった。
あのころの紙の手触りや本の重さもよかったが、電子書籍で上下巻、3部構成など村上作品を持ち歩ける幸せ。
表紙を眺めてると、全て欲しくなってしまう
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3部までなんとか読み終えた…。
戦争の残酷さ、権力や支配の恐ろしさをまざまざと見せつけられて、途中で何度も読む手が止まってしまうほどだった。生命が軽んじられているのは時代のせいなのか、戦争のせいなのか、立場が人を変えてしまうのか…。
今自分が生きている環境が平和すぎて、言葉が出ない。いや、今の時代でもウクライナやイランの戦争や、核兵器の問題がある。人の死という点においては、最近の大地震やそれに伴う爆発事故などの災害でたくさんの人が亡くなっていて、本当に心が痛む。
本作は前情報なしで読み始めてしまったので、まさかこんな重いテーマだとは思わず…読んでいてただただ悲しかった。暴力が辛かった。人の多面性が怖かった。
とはいえ、冒頭の主人公が口笛を吹きながらスパゲティを茹でるシーンや、笠原メイや加納クレタとの空気感は好きだった。みんなが次々と井戸に潜って考え込むシーンも本当に面白かった。だけど、残酷な印象の方が勝ってしまった。
次は心が温まる本を読みたいな。
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ファンタジーでサスペンスでSFだけど根底は「魂の救済」という純文学。
「自己主張はなく人の合わせる」主人公トオルが、失踪した妻の謎を追ううちに不思議な人々と出会い覚醒していく。
人間の体の半分以上が「水」でできている。だから体内の水と、集合意識が眠る「地下水脈」は時間と空間を超え直結する。
普通はエゴのノイズで受信できないが、トオルは井戸の中で自己を見つめ、さらに事故を凌駕し「完全な空の容器」に至ることで、巨大な水脈へのアクセスを手に入た。
もう1人の空の容器シナモンPCから水脈にアクセスできるシステム管理者。彼のバックアップでトオルは井戸から壁を抜け仮想空間での死闘は『マトリックス』の世界のようだ。
敵のコアを破壊し、静かな日常へと環流するラスト。
読めば沼る!
Posted by ブクログ
この巻で終了。
主人公が出会ったすべての事象が繋がったのかと言えば,ノーである。
いったい,何がどうなっているのか,もう一度読まないことには,わたしには理解できない。Audibleで野良仕事をしながら聞いている――そして時折人と会話をしたりして――ということにも,わたしの理解不足はあると思う。それにしても,難解だ。
第2巻の続き
★
父親が語ったのは、彼が所属していた部隊が、捕虜にした中国兵を処刑したときの生々しい情景である――「中国兵は、自分が殺されるとわかっていても、騒ぎもせず、恐がりもせず、ただじっと目を閉じて静かにそこに座っていた。そして斬首された。実に見上げた態度だった、と父は言った」。それは、父親が加害者のひとりとして体験した戦争の一場面、凄惨な虐殺の場面をめぐる記憶だった。
「記憶」といっても、それは彼のなかではまだ過去になっていない、むしろ永遠に過去になることのない情景であり、だからこそ父親は、息子にそれを託したのだろう。村上はそれを「トラウマの引き継ぎ」とみなして、次のように書いている。
いずれにせよその父の回想は、軍刀で人の首がはねられる残忍な光景は、言うまでもなく幼い僕の心に強烈に焼きつけられることになった。ひとつの情景として、更に言うならひとつの疑似体験として。言い換えれば、父の心に長いあいだ重くのしかかってきたものを――現代の用語を借りればトラウマを――息子である僕が部分的に継承したということになるだろう。人の心の繋がりというのはそういうものだし、また歴史というのもそういうものなのだ。その本質は〈引き継ぎ〉という行為、あるいは儀式の中にある。その内容がどのように不快な、目を背けたくなるようなことであれ、人はそれを自らの一部として引き受けなくてはならない。(村上春樹『猫を棄てる 父親について語るとき』)
このとき村上の心に焼きつけられた情景は、そのあと長い潜伏期間を経て、村上作品のなかのとりわけ鮮烈なワンシーンへとつながる水脈を形作ることになる。それが『ねじまき鳥クロニクル』に描かれた、ある軍人の戦争体験である。
より正確にいえば、村上は、戦争体験がもたらしたトラウマが継承される「儀式」をこの作品に書き込んでいる。その意味では、『ねじまき鳥クロニクル』は戦争をめぐる物語の共有を描いた作品であるといえる。
★
とまあ,そういう原体験が組み込まれた「村上らしい」作品が,本作品だという。
引用した文章は,工藤慶太著『無意識の発見』(講談社現代新書)に詳しい。
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オーディブル読書。
村上春樹を読んでみたくて。
SNSで村上春樹風にっていうのが面白くて、そんなに回りくどい表現するのかーと思って聴いてみたけど、オーディブルだったからかそんなに気にならなかった。
逆にストレートに表現する小説は分かりやすいから、これくらい分かりにくいのもなんか面白い。
最後の笠原メイの涙と井戸の中の水が繋がってて排水してるってのを他の人の考察でみたときになるほど!ってなった。
そこまで読み込めるようになりたいな!
他の春樹作品も読みたい。
Posted by ブクログ
現実と夢の境がなくなるような感覚を味わえる。
第3部の後半が特におもしろくて2部、3部よりもずっと早いペースで一気に読んでしまった。
最初はバラバラに思えたいくつかの要素が読み終わるころにはある種の繋がりになっているのがすごい。
戦時中の話はとっつきにくそうなのに、描写が卓越で逆に引き込まれるように読んでしまった。皮剥ぎのシーンなんかは本当に怖かった。父はずっと前にねじまき鳥を読んだみたいだけど、皮剥ぎボリスだけは覚えていて、たしかにあれはとても印象的だった。
他の村上春樹作品に比べて、主人公がちゃんとパートナーのことを愛しているのがよかったし珍しいなと思った。村上春樹の僕はだいたいうまく人を愛せない人が多いから、一貫して愛しているとまっすぐ言えるのは良いことだと思ったし、その愛があるからこの物語があったというかんじ。ただ色んな女の人に助けられすぎだし、2部で僕はクミコに求められているのだと言いだすところは置いてけぼりになる感じで、やれやれと思ったけど。村上春樹の僕のイメージと言えば「やれやれ」だけど、意外とどの主人公も口にする場面は少ない。ねじまき鳥の僕はよく「やれやれ」と言うのも印象的だった。
3部は特に好きな表現がたくさんあった。
「まるでセロリの筋をいっぱい集めてそのままどんぶりに入れた料理を見るような目つきで」
はわざわざ読み上げて父と母に伝えたほどお気に入り。
笠原メイの最後の手紙の涙の描写もすごく好きだった。17歳の女の子が裸で月の光の下で涙を流していたら、たとえどんなことだって起こっちゃう。本当にそうだよ。
綿谷ノボルが犯したことは、皮剥ぎボリスが行った皮剥ぎのように残虐的で人を生きたまま苦しめるような行為なのだろうと思った。それは彼女たちの何かを損ない、目には見えなくても深く残る傷となった。彼が犯したことについての直接的な説明はないけれど、性被害のことを思い出さないわけにはいかなかった。
山本も間宮中尉も同じように生きたまま何かを失い苦しめられた。
そしてそのような残虐的な行為を平気で行える人種(そのようにくくるのは暴力的だけどあえて)というのは確実にいて、その人たちはこの小説で描写されていたようにとてもしぶといし、だからこそ息の根を止めないといけないというのはそうなのかもしれないと思った。
生きたまま苦しいというのは本当に苦しい。
クミコはこれからどんなふうに生きるのかな。
208号室で会ったクミコの喋り方は笠原メイみたいだなと思った。最後に僕は笠原メイが守られるように祈るけれど、もし笠原メイがクミコでもあるなら希望託したような終わりであるように感じた。
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3部完読!まずは読み切った自分に拍手を送りたい。
3部作品は、『サラバ』と『カラマーゾフの兄弟』に続き、3作品目となりました。
大作長編を読みきる自信が少しつきました。
本作、すごく不思議な話でした。
村上春樹の奇抜な想像力が存分に発揮されている作品だと思いました。
序盤から気になっていた本間さんの「水には注意しなさい」
…そういうことだったか!
クミコさん…そういう結末か…
うーん…上手く感想がまとめられない。
暴力的なシーンがたくさんあり、思わず表情が険しくなりながら読み進めていたと思います。
そんななかで、笠原メイちゃんの手紙は、なんだか癒しというか、早くメイちゃんの手紙がこないかなと待ちどおしくなっている自分がいました。
長編でありながら、世界観に一気に惹きこまれる。
良い読書体験ができました。
Posted by ブクログ
先がわからず、読み難い場面も多くあったけれど、終わりへ向かっていくにつれこの物語の面白さに夢中になっていった。
たくさんの視点から、たくさんの物語を感じることができるのも、全て繋がっているのも、深さを感じた。
Posted by ブクログ
『ねじまき鳥クロニクル』を読んでいると、ただ物語を追っているだけのはずなのに、心が勝手にこれまでの人生を整理し始めるような感覚に陥る。村上春樹の小説、とりわけこの作品には、読者の過去や感情を静かに掘り起こしてしまう奇妙な力があるように思う。
読み進めるうちに、物語の感想を書いているつもりが、いつの間にか自分自身の感情の記録を書いているような状態になっていた。
物語の始まりは、行方不明になった猫を探すという小さな出来事だった。しかし謎の電話、加納マルタとの出会い、そして笠原メイなど、不思議な人物が現れるにつれて、物語は少しずつ日常から外れていく。その過程で感じたのは、人は一緒に長く過ごしていても、相手のことを本当に理解しているとは限らないという感覚だった。
主人公は結婚して長い年月を共にしてきた妻クミコのことを、実はほとんど知らなかった。彼女の過去や苦しみ、そして心の奥にある闇は、主人公にとっても見えないままだった。この「近くにいるのに理解できない距離感」は、この物語の静かな恐ろしさでもあるように感じた。
第一部で特に印象に残ったのは、間宮中尉がノモハンで涸れた井戸に落とされる場面だった。井戸の底の暗闇の中で、彼は一日に数秒だけ差し込む光を見つめながら生き延びる。そしてその瞬間に「自分の人生はそこで終わった」と感じ、その後の人生を、生きているのに生きていないような感覚で過ごしてきたと語る。
その一節を読んだとき、なぜかそれが他人の話には思えなかった。大学時代や精神科病院で働いていた頃、私自身も何かに全身全霊で打ち込めるものがなく、ただ「死んでいないだけ」のような状態で日々を過ごしていた時期があったからだ。
また、加納クレタが語る「痛みを失った瞬間から生を実感できなくなった」という感覚も強く心に残った。苦しみから解放されたはずなのに、その代償として世界の手触りそのものを失ってしまう感覚。それは間宮の語る虚無とも重なり、主人公の空洞化した人生ともどこか響き合っているように思えた。
第二部では、猫が消え、クミコが消え、さらに加納クレタや笠原メイも主人公のもとから去っていく。人々が次々と主人公の世界から離れていく様子が印象的だった。そして井戸の底へ降りていく場面は、異世界へ入るというよりも、自分自身の深層心理へ潜っていく行為のように感じられた。
この作品では、主人公を取り巻く現在の物語と、ノモハンの歴史が互いに響き合っているように思える。個人の問題と歴史の暴力がどこかでつながり、井戸という場所を通して人間の深い部分へと降りていく。これはユングの言う集合的無意識の世界にも近い構造なのではないかと感じた。
第三部まで読み終えたとき、正直に言えば「結局何だったのかよくわからない」という感覚も残った。しかし振り返ってみると、この作品は明確な答えを提示する物語ではなく、むしろ自分の内側を探る旅のようなものだったのではないかと思う。
そして物語の終わりで感じたのは、主人公が確かに変わったということだった。彼は多くのものを失い、考え、向き合い、そして最終的にはクミコを許し受け入れるという行動へとたどり着く。完全に理解できないものを抱えながら、それでも関係を選ぶという姿勢は、物語の最初の「空っぽだった主人公」とは明らかに違っていた。
作中に登場する「ねじまき鳥」は、世界のネジを巻いている存在として描かれている。私はこの鳥を、世界を動かす力の象徴として感じた。同時にそれは、世界を観測する存在であり、物語を見つめている読者の立場にもどこか重なっているように思える。読者は物語を観測しているが、その観測によって物語は成立する。そう考えると、読者自身もまた物語の一部であり、世界を回すネジの一つなのかもしれない。
『ねじまき鳥クロニクル』は、不思議な物語というよりも、自分の内側を掘り下げていく読書体験だった。読み終えた今でもすべてを理解できたわけではない。それでもこの小説を読むことで、自分の人生や感情をこれまでとは違う角度から見つめ直すことができたような気がしている。
Posted by ブクログ
笠原メイの手紙。少年の夢と現実。週刊誌。ナツメグ。そして岡田くん。
視点が増えて多面的になり、飽きずにどんどん読める。
ナツメグもシナモンもいいキャラ。
509ページもあり、かつ改行少なくて文字びっしりだけど、退屈に感じることは全くなかった。
さらに、まさかの牛河。嬉しすぎる。牛河の独り言のような長話が好きすぎる。
牛河だけじゃなく、随所で1Q84を彷彿とさせられた。
井戸。影。月。暗闇。カティサーク。
春樹さんこのあたり好きですね。
Posted by ブクログ
飼い猫の失踪をきっかけに、主人公はさまざまなものを失い、また得ていく。
やたら井戸に潜りたがるところが、『騎士団長殺し』の主人公と重なる。井戸が他世界と繋がっている所も。村上氏は井戸や穴に何かこだわりがあるのだろうか。ちなみに本作の私の推しは笠原メイ。唯一の癒しキャラです。全体的に暗めな作品だけれども、彼女だけはいつもマイペースに生きているように見えてなんだか可愛らしい。
長編ということもあり全て読むのにかなり時間がかかった。結局ねじまき鳥は、人生を狂わせる象徴ということなのだろうか。
(p406 ねじまき鳥の声を聞いた者は避けがたい破滅へ向かう)
色々と読み返したら発見できる箇所が多いだろうと思う。
Posted by ブクログ
村上春樹の小説は4作品目だが、一番抽象的でかつ面白く感じた。最後の一冊は駆け抜けるように話が進んでいき、村上春樹らしい表現でストーリーが進んでいきおもしろかったです
Posted by ブクログ
圧巻のラストでした。
トオルとクミコは再会することができるのか、夢の中で繰り広げられる物語が刻々と暗闇をより深い闇に誘われる。
最後は少し難しい展開かなと実感しました。
新キャラクターの赤坂ナツメグ、シナモン親子も
キャラが際立って、とても印象に残りました。
Posted by ブクログ
難しい内容の小説でした。
虚構と現実、夢と現実、、の世界を巡る、というストーリー展開で、なかなか掴みづらい感じでした。
でも村上春樹らしい哲学的な文章で引き込まれました。
村上春樹さんはやっぱり、好きな作家さんです。
Posted by ブクログ
物語の紡ぎ方が非常に上手。小さな欠点は吹き飛んでしまう。他作品でも出てくる「穴の中」は、井戸とホテルの廊下が示している。久々の再読ですが、暴力的な場面が多いのには新たな驚きがあった。細かい部分は全然覚えていないので、新鮮に楽しめました。
日中戦争がこんなに深く描写されていたことに、驚きがありました。
Posted by ブクログ
第1部の最初の一行で、主人公は台所でスパゲティをゆでていました。「泥棒かささぎ」の序曲を口笛で吹きながら。
第3部を読み終えるまでは、これほど壮大なスケールの物語だとは予想していませんでした。主人公の岡田トオルはこれといった特徴もなく、国境を超えないし、戦地に赴くこともないし、物理的な移動距離はさほどないのですが、夢と現実、生と死の世界をさまよいます。クロニクル(年代記)とタイトルにあるように、過去の時代についても描かれ、戦争の残酷さ、理不尽さは読むのが辛くなりました。
戦時下、中国大陸にいた獣医は、思います。「世界というのは、回転扉みたいにただそこをくるくるとまわるだけのものではないのだろうか」と。
大きな喪失を体感した時は、すべての世界が閉じ、回転扉の別の仕切りの中に移動させられたような、まったく別の世界に放り出されたような気持ちになるのかもしれません。
でも、連続性がないはずの世界は、後の世代の岡田トオルに結び付き、輪のようにつながっているのです。
岡田トオルは、枯れ井戸の底の暗闇の中で、精神の深層世界を探ります。生死の境界へとさまよう旅は、痛く、苦しく、恐ろしくもありましたが、読書でなければ知ることのできない(現実にはしたくない)体験でした。
Posted by ブクログ
全体的を通して、間宮中尉の話とメイちゃんの考察が特に印象に残りました。
このシリーズを読んでいた1ヶ月、ずっと暗い気持ちでした。それだけ世界観に引き込まれていたということだと思います。
Posted by ブクログ
緊張感あり圧倒的な読書体験でした。
折に触れて戦争の場面が出てくると、歴史の上に立っていることに気づく。複雑で難解さは、何かを理解したというより、考えはじめたというような読後感。
Posted by ブクログ
オーディブルで。3巻は長かった。
著者らしい性的な話を含んだ抽象的な不思議な話は、
騎士団長殺しに似ている。
登場人物は、変な人しか出てこない。
でも、笠原メイは賢い。
Posted by ブクログ
☆4.5くらい。
妻がいなくなるという、村上春樹的なおきまりから物語が動き始める。
主人公とその周りの再生を描く中で、主人公がちゃんと闘っているのがいい。絶望しすぎていない。
人との出会いが救いになっているのかもしれない。
それぞれが抱えている地獄が、すさまじい。
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⭐️4.5
笠原メイの手紙が好き。私もあんな手紙書きたい。
物語に展開がバタバタっとあったからか、3が一番面白かった。笠原メイが、ミドリちゃんポジで、クミコが直子ポジかな〜とか思った。生と死で!
岡田トオルは、奥さんを愛していた、少なくとも取り戻すために必死だった。でも、愛の物語でいえば、「1Q84」の魅力の方が勝る。なんか、ねじまきの方は、こじんまりしたダサい必死さがあって、その良さはあったなぁと思います。その件については、もうちょっとよく考えてみます。あとは、軍隊関係の描写が多かったのも印象的。ナツメグとシナモンのネーミングも好きやったよ。
Posted by ブクログ
本当によく分からなかった。石田衣良さんの考察で「デッドライン」のオマージュというのを聞いて少し納得した。皮を剥ぐ描写やバットで人を殴る描写がひたすらグロかった。
笠原メイとハゲを数えるアルバイトをするシーンは本当に笑った。
Posted by ブクログ
【2026年9冊目】
クロニクルは終わりに向かって走り始めた。これはぼくの、あるいは声を失った少年の、はたまた一人の獣医師の、もしくはやり遂げられなかった中尉、または手紙を書き続ける少女の記録だ。妻を取り戻すため、痣を抱えたぼくが目指す終着点とは――ねじまき鳥クロニクル第三部完結編。
また、ナチュラルに井戸に入り込むやんって思ったんですけど、井戸って、イド、つまり「無意識の領域で本能的な欲求や衝動を司る部分」とかけてるんでしょうね、これは気づかない私が鈍かったです。とはいえ、あまりにもナチュラルに井戸の底で座り込むものだから、この先の人生で井戸の底で過ごすのが趣味の人に巡り合っても、「村上春樹の作品みたいですね」と驚かずに済んでしまいそうです。
第三部は、視点がぼく以外の多岐に渡り、結構混沌とはしてましたが、最後まで読み切るとなんとなく、繋がってたんだな感があって不思議でした。ちょっとずつ伏線を回収しているというか。もちろん、村上春樹の作品の特徴として全部が全部はっきりと書かれているわけではないんですけど。それが味のひとつと言えるのかもしれない。
今作は他の作品に比べて、登場人物にちゃんと名前が割り当てられていていいですね。一番好きなのは「サワラ」ですけど。可愛すぎる、私もネコを飼ったら名付けたい。
村上春樹を味わうにはとても良い作品だとも思いますし、同時に「これ、村上春樹の作品だっけ?」と混乱させる要素もあるので良いなと思いました。ちょびっと玄人向けな気がしないでもないですが、私は好きな作品でした。
Posted by ブクログ
以前、100分で名著で取り上げられていたので読んでみた。
村上春樹を読み慣れていないので、どういう感想を持ったらよいのかわからないような不思議な物語。
登場人物の中で唯一理解できたのは、笠原メイだったが、それは一番マトモだったから?
Posted by ブクログ
第1部と第3部とでは、まるで別の話のような展開でした。
後半の方が村上ワールドっぽかったかな。
この話は2度目に読むと多分、違った感想が出そう。
いくつかのアナザーストーリーが順に進行して行くけど、繋がりがよく分からずに読み進めていると「?」ってなる。
ストーリーについては、結局明確にはクミコさんのことがハッキリしないまま。
笠原メイさんも少しかわいそうだったかな。
もうちょっと優しくしてあげてもよかったと思った。
そういう世界線のストーリーの展開も見てみたかったなあ。
結局、タイトルにもなってる「ねじまき鳥」とは何のために存在したのだろう。
そもそもの設定も含め、ハッキリしない(ハッキリさせない)展開でした。
読み手の感じ方でストーリーの解釈もその数だけありそうな、そんな物語でした。
Posted by ブクログ
笠原メイの存在が物語の面白さを引き出していると感じた。主人公を中心に、多くの登場人物の関わり合いにワクワクさせられたし、繋がりという観点からそれぞれの心の空虚とそれを満たそうとする関わり合いに良さを感じた
Posted by ブクログ
ぼくはクミコを無事、綿谷ノボルの観念の世界から救出することに成功する。首吊り屋敷の古井戸の底がその世界の入り口なのだが、途中この古井戸を手に入れるためにナツメグとシナモンに協力して霊媒師のような仕事をする。ぼくは古井戸で不思議な力を手にするのだった。
お話のところどころに、ぼくが出会う人々を通しての戦争体験とリンクしている場面が描かれる。古井戸は間宮中尉の戦争体験であったり、ぼくが手にするバットはナツメグの父親が目にする中国人の撲殺場面で使用するバットだったりする。綿谷ノボルの伯父は満州で戦争を経験して帰国するのだが、彼の不思議な力はいったいなんだったのか、最後まで詳細はなぞのままで話しは終わる。