無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで200万冊以上配信中!
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
カポーティが紡いだ文章はそれがこの世に顕現したこと自体に畏怖を感じるレベルであり間違いなく唯一無二の作家なのだが、雰囲気先行すぎて内容が今ひとつ頭に残らないことも多い。
その点この「草の竪琴」はプロットが非常にわかりやすく、それでいて文章の魔術的な魅力は他に劣らないため、これが個人的にカポーティの一番好きな作品である。
文章を読んでいてその恐ろしい完成度の高さに打ちのめされた体験は思い出す限りでは夏目漱石の「門」の二人が恋に落ちる場面が真っ先に思い浮かぶが、この草の竪琴いちばんの見せ場である雨の降る森のシーンは、久々にこの打ちのめされる感覚を味わった。あまりに文章が上手すぎる。この美しさをぜひ原著で読めるようになりたいと思えるほど素晴らしい。
過去のエッセイやあとがきを読む限り村上春樹はフィッツジェラルド、カポーティをそれぞれ別の方向性で特別視しており、さらにチャンドラーやドストエフスキーなども重要な作家だと捉えていると、個人的に認識しているが、彼自身の文章を読むとやはりフィッツジェラルドやチャンドラーよりはカポーティの方が親和性を感じる。あとがきに書かれている「カポーティショック」はおそらくクリエイターとして成功できるだけの審美眼を備えたあらゆる創作家が一度は経験しているであろう類の苦悩であり、あの村上春樹がそれを感じるほどの作家であるというだけでカポーティの凄さは十分に伝わる。
「夜の文体」の短編3本は、同い年である安部公房の著作に近いものを感じる。不気味で美しい、繊細なガラス細工のような作品。安部公房はもっと重厚でガラス細工というより彫刻のイメージではあるが。
Posted by ブクログ
春樹さん、これは 好きすぎました!
カポーティ+春樹さん+山本容子さん= 私たちの大好物 ノスタルジックでイノセントな世界・・
母を失って、父が病んでしまってたぶん、育児放棄…されたコリンは
11歳の時に父の従姉妹、
ヴェリーナとドリーのタルボ姉妹のところに預けられた。
妹のヴェリーナは言わば南部の田舎町の実業家
姉のドリーはあまりにも純粋無垢がゆえに、町の人たちからは知恵遅れのように思われている。
コリンはドリーにまるで恋してるかのように惹かれている。(彼女は多分60歳くらい)ドリーの唯一分かり合える友だちのキャサリンは、両親の時代に雇われた黒人の子どもで、ずっとドリーたちと暮らしてきた。
ドリーとキャサリンと薬草とツリーハウス。そこに巻き込まれてゆく南部の田舎町の人たちとコリン。
ドリーが素敵すぎて、まったくお伽噺のようでした。。
春樹さんにとって、カポーティという作家はきわめて大きな意味を持つ存在で
この『草の竪琴』は「特別な輝きを放っている。」と、あとがきにあります。
春樹さんの訳で読めて良かった……
ほかに
『最後のドアを閉めろ』
『ミリアム』
『夜の樹』
と、3つの短編も入っています。
帯にあるように、『最後のドアを閉めろ』は『風の歌を聴け』のタイトルにインスパイアされた作品。
MONKEY vol.30に寄稿しています。
その時のあとがきにもあります。
柴田先生が聞き手のインタビュー
「カポーティは
僕にとってもとても大事な作家」でも
『草の竪琴』に触れていて
カポーティをまたすべて読み返したくなります。
読み終えて数日たちますが
いつでもあのツリーハウスに戻れそう……
Posted by ブクログ
2010年に新潮文庫出読んで以来の再読(村上春樹訳)。最近村上春樹訳の小説がアタリが多く、折角なので読んでみることに。また、昔読むきっかけになったアニメ映画『秒速5センチメートル』(以下、単に『秒速』という。)の実写映画を観たことも、『草の竪琴』を思い出すきっかけになった。
【表題作】
初読の頃は主人公たちを脅かす存在に非難の気持ちを抱きながら読んだものだけど、今回はなんというか、もっとフラットな気持ちで、まさにおとぎ話を読むように味わった。
「あるいは我々の誰にも、居場所なんてものはないのかもしれない。ただし我々は、それがどこかにあることを知っている。それがもし見つかったとしたら、そしてほんのひとときでもいいからそこに暮らせたとしたら、そのことを至福と見なしていいんじゃないかな。」 (p.63)
読み方が変わったのは単純に歳を重ねたからであって、こうした変化は自分に限ったことではないのだろう。成長なのか経年劣化なのか、それは分からない。
いい小説だよな。読んで良かった。
なお、先述のとおり、そもそもこの小説に出会ったのは、『秒速』のヒロインがエンディングの途中に一瞬この小説を読んでいる描写があったからだ。(新海誠の他の映画では、主人公がサリンジャーの『ライ麦』(村上春樹訳)を読んでたりもする)
この小説を『秒速』のヒロインが読んでいた意味…
彼女の大切な恋が、人知れず奏でられる風が草を揺らす音のように、毎日の生活の中で意識せずとも、静かに響いていることを示しているのかな。とか、ちょっと気持ち悪いことを考えた。
また、訳者である村上春樹について。彼は様々なところで自身にカポーティが与えた影響について言及しているところ、私はその辺の感受性がないのか読解力がないのか、カポーティが自分の中で特別な作家という訳ではない。ただ、この小説からは、村上春樹のハードボイルドではない側面の源流をみた気がする。
丁寧な優しさ?小説的な優しさ?とでも呼んだら良いだろうか。優しさという言葉には、例えば親切であるとか相手を良くしてあげるだとか、そういった行為も含まれるのだが、この小説で描かれる優しさは、なんというか位相が異なる感じが伝わってくる。『海辺のカフカ』とか『IQ84』とか、それこそ『風の歌を聴け』とか、あの辺りの小説を読んだ時、もっといえば村上春樹を読んだ時に感じるもののエッセンスが含まれている気がした。
【最後のドアを閉めろ、ミリアム、夜の樹】
表題作とは打って変わって、とんでもなく不気味な小説群。正直にいえば「夜の樹」は自分にはイマイチぴんと来なかったが、前二者は最早ホラーといった感じで空恐ろしい。特に、その恐怖の原因が自分の中にある可能性が留保されており、澱のように自分の中に残ってしまう。
あまりにも表題作と違って驚いたけど、これはこれで面白い。
Posted by ブクログ
表題作と3つの短編 表題作は映画化もされている
秋の景色や自然描写がとにかく抜群に美しい
秋風となびく草が旋律を奏で、
まるで物語を語り、記憶しているかのような
『草の竪琴』というタイトルも素晴らしい
姉妹が幾星霜を経てたどり着いた結末
その過程でとても重要な場所となったのが、
アウトサイダーたちが集うツリーハウス
そこで語り明かした日々や記憶は
主人公の成長を支え、
その物語は読み手にまで優しく届いて、
自分の人生を肯定して歩む
背中を押してくれるようにすら感じられた
最後に村上春樹によるあとがきも載っていて
カポーティへの憧れや、この作品への思いも
語られてて、それも楽しめた
秋に読みたい特別な一冊となった
【装丁について】
舞台となるツリーハウスと、
深く色づく秋の情景が描かれ、
カポーティの美しい自然描写に合うような
紅葉の優しい色彩がとても美しい装丁
佇むビロードの帽子が、
物語の記憶を呼び覚ます
英語タイトルのゴールドの箔押しや、
「村上春樹訳」のさりげない表記も、
この本を優美に彩っている
Posted by ブクログ
語られる物語は歔欷でもなければ希望を持つとかそういった類いのものでもない。他の作品からも分かるように全部がそうとは違うけど、カポーティは隠鬱な書き手だった。ひとりで悩んでしまう様子や人間の愚かな部分を描かれていく。しかし彼のイノセンスと呼ばれる無垢な人物は際立って味がいい
草の竪琴
5人が打ち明ける秘密の数々がイノセンスで、それを共有することで絆という深みが生まれてきている、また一方で人の深さを打ち明けることは負担にもなりうると捕捉される。そこに更にカポーティによる美しい表現が加わり酔えた。終盤、ドリーがラジオでフットボールを聴くシーンがある判事がルールを教える、それを拒むのだ。知る楽しみも知らない愉しみも大切にするドリーらしい「選択」をするのがよかった
最後のドアを閉めろ
ウィルターはいろいろあってアンナと巡り合う、彼は自分の愚かさを知った上での相談をするが物事は見かけ通りなんてことは何一つないのだと言われる
経験は円環。周り回って自分に襲いかかる物語
ミリアム
夫人と不思議な少女ミリアムと会う。彼女は存在しない存在のように描かれ、夫人を付き纏うように幻覚を見ているかのように描かれていた
夜の樹
大学生ケイが電車で変な夫婦に会う。物語は孤独の中 不安を誘っていく
好きなフレーズ引用
妻は私の腕の中で死んだ。最後に私は尋ねた。君は幸福か アイリーン?僕は君を幸福にできただろうか?幸福 幸福 幸福というのが彼女の最後の言葉だった。何とでもとれる。彼女の答えが果たしてイエスだったのか それともただの質問の反復だったのか 私には知るべくもない。もし私に彼女という人間がわかっていたなら その答えは自ずと理解できるはずだ。
しかし夢を見ない人間とは 汗もかかない人間のようなものだ。そういう人間はどんどん毒を内側に溜め込んでいくことになるのさ
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸