村上春樹のレビュー一覧
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こんな旅行がしたいと思った。
ガイドブックで提示されたモデルコースじゃなくて、自分が興味のあるものを、自分の足で探すような。ネットで調べるんじゃなくて、現地の人の声を情報源とするような。
でも、一筋縄ではいかなさそうだ。
たぶん、わたしにとってはなんてことない景色でも、春樹さんが見れば、意味を持つ素敵なものに変わるんだろう。そういう目と心を、わたしは鍛える必要がありそう。
この国はこれが有名で最近このお店が人気で云々、、そういう膨大な情報たちに晒している頭をいったん真っさらにして、旅行して、果たして、わたしはなにを感じるだろう?
“だって、その何かを探すために、これからラオスまで行こう -
Posted by ブクログ
日本の生活に日本の文壇に?疲れ切ってしまった村上春樹さんがヨーロッパに移住する。根無し草の生活は、旅人のようでもあり、逃亡者のようでもある。
ローマ、アテネ、スペッツェス島、ミコノス、シシリー、ヘルシンキ、ロンドン、トスカーナ、ザルツブルク。
彼に安住の地はない。でも、相変わらずユーモアにあふれている。シシリーのオペラやヘルシンキのモーツァルト等クラシックコンサートの話やジョギング事情が面白い。クリスマス前、物を乞う人たちや、ローマの縦列駐車をしげしげと観察する村上春樹さんが可笑しい。縦列駐車が上手い人には、オペラのアリアのように拍手喝采するのもおもしろい。トスカーナはやはりいいところなのかあ -
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すらすらと楽しく読めた。
村上さんの熱心な読者であり自身も作家である川上さんの問いは、情熱的・具体的・切実でありながら楽しそうだ。質問と回答というより、二人がかりで一つの答えを求めて分け入っていくような。
村上さんのファンとしてはこういうものを読むことには少々躊躇いもあったが(個人対個人の体験でなくなってしまうような気がして)、普段は一人で好きなように見ている美術館を、学芸員さんと一緒に巡るような……自分を遥かに上回るオタク(失敬)の話を聞く楽しさもあった。
心に残ったフレーズは「信用取引」、「悪しき物語/開かれた・善き物語」。
「騎士団長殺し」を読み返したくなった。免色さんってやっぱり -
Posted by ブクログ
ネタバレ雨田具彦の介護施設からの流れで、騎士団長殺しの絵の登場人物がオールスターキャストで出てくる。イデア、メタファー、時間、空間。
騎士団長は自分のことをイデアだと言い、顔ながは自分のことをメタファーだと言う。
顔ながはさらに、生身の人間がメタファー通路に入るのは危険だ。順路を間違えると、とんでもないところに行き着くことになる。奥の暗闇に潜み、とびっきりやくざで危険な生き物である、二重メタファーがあちこちに潜んでいる。と言う。
有と無の間には川が流れていて、顔のない男の船に乗らないと渡れない。
イデアを理解するというのは顔のない男の肖像画を描くようなものだと理解すればいいのか?それがイデアを -
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誰にとっても、親との永遠の別れが与える衝撃は計り知れない。元気でいることが、当たり前だと思っていても、ある日突然、命のカウントダウンが始まる。失われた時間を取り戻すかのように、親に会う時間を捻出し、なんでもない会話を重ねていくにつれ、親のことを何にも知らなかった、関心を持とうとしていなかったことに気付く。
親との関係性が、夫婦、親子、仲間との人間関係と密接に関係している、と思う。
本音で、親と話せるようになった時、あらゆる悩みがするすると解決していく経験をした。
亡くなった父との思い出を言語化してみたい。
そう思った本だった。
#命のバトン #出逢いは奇跡 -
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☆3.5 隠された父親の存在
奇妙な始まりかたをするのは『羊をめぐる冒険』から相変らず。文体リズムがあるので読み進められる。
非日常が醍醐味なので、こんな女子高生、ゐない。といってもしょうがないが、まあ言っておく。そこが通俗を取り入れた語りだ。
かつらの松竹梅の話は、ああ、安西水丸との例の工場見学のエッセーからだなとわかる。
肝腎のノモンハン事件を描いた語りはひきつけられる。
ここがこの作品の核心部分なのだが、フロイドふうに言へば、父親の存在が隠れてゐる。とでもなるのだらう。
『猫を棄てる』(文春文庫)で明言されたとほり、村上春樹の父親は住職である。そして中国に従軍し、中国人を -
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著者がアメリカに滞在していた頃に書いたエッセイ本。アメリカで過ごしたときに出くわした体験を主に綴っているが、なかでも興味深いのは、著者の小説を書くまでの過程に触れた「ロールキャベツを遠く離れて」と日本のエリートに言及した「ヒエラルキーの風景」の2つである。前者では、著者は学校で習ったことよりも、店を開いて肉体労働をした時期のほうがより多くのことを学べたと語る。また大学生のころ、何かを書きたいと思いつつも、何をどういう風に書けばいいのかわからなかったといい、そこから著者は書けないときは無理に書かなくていいという結論を出す。自分というものを確立するための時間、経験が小説を書くに至るまでに必要なこ