村上春樹のレビュー一覧
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第二部になってようやくこの物語の大筋、トオルのすべきこと(?)がわかって来た。居なくなったクミコを“連れ戻すこと”。待ってても絶対帰ってこないし、クミコの手紙は事情を説明してるようで核心は隠している。
物語がどんどん進んで来たぞーと思ったら、新しい人物•新しい要素•新しい謎がどんどん追加されて、もうこの物語がどこにどう着地するのか全く検討がつかないよ!!
間宮中尉からの手紙、ノモンハンでの出来事は違う作品を読んでるのかってくらいその時代その場所に引き込まれた。急に戦争の話??!と思ったけど、まあこれも後々関係があるんだろうなあ。と思ってたら井戸!!
何!どういうこと!全くわからない、けど -
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心理学フィールドにいる私にとって河合隼雄の存在感は大きく、言わずもがな現代における村上春樹の影響も大きいわけで、この本が1998年に出版されたということに気づけなかった。
スマホも、(少なくとも今のような)インターネットも無い時代で、コロナの経験も持ち合わせていない。対談の中で掘り下げられる生き方は、今のそれとは大きく違う。そして何より大きな違いは、当時の「臨床心理士」、心の専門家の社会の中での位置付けかもしれない。人のあり方を、心や行動に還元せずに全体として、あたかも唯一の答えがあるかのように語り得る専門家が、この時代には存在していたのだろう。
時代を超えて読みに耐える普遍性を携えた一冊 -
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「村上ラヂオ」のシリーズは3冊出ている。
2「おおきなかぶ、むずかしいアボカド」
3「サラダ好きのライオン」
なんと、2と3は9年ほど前に読んでいる。しかもこれが初・村上エッセイで、その発想力にいたく感動していた。
「村上春樹って、超ベストセラー作家だけど、私には理解できないかもしれないな」と、ずっと思い続けて何年だろう、「サラダ好きのライオン」を読んで、あら?面白い発想の人なんだ?!
と、村上エッセイのファンになったのである。
その後買っておいた本書を今読む。
2000年頃にアンアンに連載されていたものらしい。
アンアンの読者が、このエッセイを毎回どんなふうに読んでいたのかに興味はある。
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Posted by ブクログ
「人はときとして、抱え込んだ悲しみやつらさを音楽に付着させ、自分自身がその重みでばらばらになってしまうのを防ごうとする。音楽にはそういう実用の機能がそなわっている。」
I really resonate with this part. I believe music, memory, and emotions are deeply connected. To keep my mental health in check, I sometimes listen to songs I used to play during better times. -
Posted by ブクログ
この作品は、1990年1月の発行。これの前の短編集が「パン屋再襲撃」で1986年の発行なので、少し間が空いている。ただ、村上春樹は、初期の頃には短編集を頻繁に発表していたが、「パン屋再襲撃」以降は、その頻度ははっきりと落ちている。この「TVピープル」の次は、1996年の「レキシントンの幽霊」。そこからの短編集は、2000年の「神の子どもたちはみな踊る」、2005年の「東京奇譚集」、2014年の「女のいない男たち」、2020年の「一人称単数」となる。また、長編発表とのタイミングで言えば、本作の前は、1988年の「ダンス・ダンス・ダンス」、後が1992年の「国境の東、太陽の西」、また、1994年に