村上春樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
謎が深まっていきますねぇ。
青豆と天吾のパートだと青豆の方がいい感じに気味悪くていい感じに謎だね。
今回青豆パートはほとんど女の性欲の話かと思いきやじわじわじわじわ進んでいきましたね。
天吾パートではようやく『空気さなぎ』を完成させて、これがまためちゃくちゃ売れちゃうんです。
その中で青豆と天吾の関係性がだんだんわかってきて、いつか出会うんだろうなぁと思わせる。
ただまぁどこでどんな風にどういう展開で出会うんかは全く想像つかんな今じゃあ。
セックス好きすぎねあと登場人物。やり系描写多くて人間ってこうなんだよって言われてるような気分になってくる。小松の言葉を借りるなら「逆説的なおかしみ」はあるね。「シリアスな笑い」ってか。
青豆の過去がじわじわ明かされてきて、天吾の過去との共通点が明らかになってきている。
うーん興味深い、もっと読みたくなる。。
この世界はフィクション要素あるっぽいんだよなーそこが妙にリアル。
登場人物がみんな落ち着きあるところもじわる。 -
Posted by ブクログ
飼い猫の失踪をきっかけに、主人公はさまざまなものを失い、また得ていく。
やたら井戸に潜りたがるところが、『騎士団長殺し』の主人公と重なる。井戸が他世界と繋がっている所も。村上氏は井戸や穴に何かこだわりがあるのだろうか。ちなみに本作の私の推しは笠原メイ。唯一の癒しキャラです。全体的に暗めな作品だけれども、彼女だけはいつもマイペースに生きているように見えてなんだか可愛らしい。
長編ということもあり全て読むのにかなり時間がかかった。結局ねじまき鳥は、人生を狂わせる象徴ということなのだろうか。
(p406 ねじまき鳥の声を聞いた者は避けがたい破滅へ向かう)
色々と読み返したら発見できる箇所が多いだろうと思う。 -
Posted by ブクログ
第二部を読み終えて強く印象に残ったのは、
出来事が起きることよりも、
むしろ「次々と人が去っていく」ことだった。
猫が消え、
妻がいなくなり、
加納クレタが離れ、
笠原メイもまた距離を取る。
主人公の周囲は何かで満たされていくのではなく、
静かに空白によって形作られていく。
それは劇的な別れではなく、
説明のつかない形で
関係そのものが剥がれていく感覚だった。
世界との接続が、
一つずつ抜かれていくような印象が残る。
第一部で感じられた「空洞」は、
第二部ではより明確に、
外界とのつながりの喪失として現れていた。
その流れの中で、
井戸というモチーフが持つ意味が
より深く立ち上がってきたように思う。
井戸の底へ降りる行為は、
一見すると異世界や夢の世界へ向かう入口のように見える。
しかし実際に起きているのは、
外の世界への移動ではなく、
自分自身の深層へと降りていくことだった。
横に進むのでも、
上へ向かうのでもなく、
ただ「下へ降りる」。
それは、
社会的な自分や他者との関係から切り離され、
より根源的な自己へ近づいていく動きと重なっている。
周囲の人々が去っていくことと、
井戸へ降りていくイメージは、
互いに無関係ではないように感じられた。
外界との接点が失われていくほど、
人は内側へと向かわざるを得ない。
井戸は逃避の装置ではなく、
必然的に訪れる下降の象徴として現れている。
第二部は、
何かを得る物語ではなく、
むしろ喪失によって世界が静かに変質していく過程を描いていた。
その中で井戸は、
異世界への通路ではなく、
自己の深層へと通じる入口として機能している。
読み終えたときに残ったのは、
出来事の印象ではなく、
外界から切り離されながら
内側へと降りていく感覚そのものだった。 -
Posted by ブクログ
有名だけどあらすじ含めて何も知らない古典は読んでおきたい、と思って手に取った。翻訳が村上春樹というのも読んでみたくなった理由のひとつ。映画も一切観たことはないのだけれど、オードリー・ヘップバーンの写真だけは流石に観たことがあるので、そのイメージが離れずに困った。(原作者のイメージとも翻訳者のイメージとも全然ちがう、との評価を、先にあとがきで読んでいたので。)
主人公ホリー・ゴライトリーの奔放さにはあっけに取られた。あれだけ好き勝手やっても、助けてくれる男たちに事欠かないのがすごい。
一番かっこいいシーンは、ホリーが捕まった後、自分を結果的に連絡係として使っていた麻薬王兼囚人のサリー・トマトを、いいやつと弁護するところ。
一番悲しいシーンは、出国前に逃した猫を思い直してもう一度探し出そうとするところ。
ホリーがその後どうなったのか、は直接は書かれておらず、冒頭の木彫の件で間接的に示唆されるのみ。最後まで謎のまま終わる方が美しい、ということだろう。