村上春樹のレビュー一覧
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映画『ドライブ・マイ・カー』が素晴らしくて村上春樹の原作読んだときは断然映画が好きだった
この前観たアニメ映画『めくらやなぎと眠る女』も良かったので(ねじまき鳥の鳴き声が聞ける!)、その映画の原作ではないけど『1Q84』をなんとなく読み始めた
半分くらいまで読んでみて、村上春樹の長編を映画化するのは難しいのではないかと思い始めている
とにかく現実世界と架空世界の情景描写や心理描写が映像が浮かぶくらいに精緻だから、これを映画化した場合、とんでもなく長時間の映画になると思うし、頑張って3時間くらいにまとめたら原作のスーパーダイジェスト版になってしまう(原作者は別だけど映画『国宝』でそれを強く感 -
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以前「心は孤独な狩人」を読んだ時とは大きく異なる印象のマッカラーズ。心は孤独な狩人は現代社会にも通じる閉塞感について考えさせられる一冊であった(らしい。自分の感想を見る限りではある)けれど、この何とも奇妙な物語は何かを静かに考えさせるという雰囲気は、一見、ない。訳者の村上春樹も最初に読んだ時の印象をこう語っている。
『これはいったいどういう小説なのか? いったいこの小説は何を語ろうとしているのか? この本を読み終え、多くの読者はそのような疑問と戸惑いを抱いたまま、あとに取り残されることになるかもしれない。最初に読み終えたとき、正直言って僕もそんな読者の一人だった』―『訳者あとがき』
時代が -
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ネタバレ天吾はその光の中に足を踏み入れ、ほっと一息つくことができた。
そこにはもう死者の気配はなかった。
それは生きている人々のための世界だった。
たとえ、それがどれほど不確実で不完全な代物であれ。
この一節が、読後もずっと胸の奥に残っている。
物語の中でふたりがようやくたどり着いたのは、
1Q84でも1984でもない――おそらく“第3の世界”。
完全ではないけれど、ふたりが出会うために必要だった場所。
その世界が良い場所なのかはわからない。
けれど、たぶん、どちらの世界にも留まっていたら、
天吾と青豆は巡り会えなかった。
「不完全で不確実で、それでも光のある、生きている人のための世界」。
そう -
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※性的な内容を含みます
性的な内容は苦手な人もいると思うのでレビューでは書かないようにしてるけど、村上春樹の小説はちょっと油断するとすぐそういう話が出てくるから触れないわけにいかない ^^;
谷崎潤一郎とか村上龍とか金原ひとみの文学的などろどろ性描写は全然大丈夫だし、最近だと村田沙耶香『世界99』のSF的性描写も(吐き気はしつつも)その飛び抜けた世界観は楽しめた
それなのになぜか村上春樹の性描写には一番嫌悪感を覚える
天吾が乳児のときの母親の回想シーン(何度も出てくる!)とか、少女つばさちゃんへの性虐待のシーンとか、本気で本を閉じようかと思った
たぶん、使ってる単語と、医学的なレベルで -
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青豆、天吾、二人の接点がいよいよ明らかになる。
けれども、まだ大人になってからの二人は出会わない。
物語として局面が一つ大きく進んだ感がある。
教祖が少女に対し性的暴力をふるっている。
その被害者であるつばさは、マダムに保護されたはずなのに、ホームから忽然と姿を消す。
それどころか、女性警官のあゆみまで殺害される。
青豆はマダムの依頼を受け、「最後の仕事」として、この教祖を殺すべく、整体師として教祖のもとに向かう。
―えっ?ラスボスがこんなに早く現れる?
と思ったら、どうやら彼自身も超自然的な力に操られ、放っておいてもやがて朽ちて死んでいく運命にあることが判る。
むしろ、彼の後継者を欲しが -
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中高生のときに「華麗なるギャツビー」を読んで、それから「雨の朝パリに死す」を読んで、なんとなくフィッツジェラルドという作家の醸し出す雰囲気みたいなのを背伸びしていいなぁと思おうとしているようなところがあった。
なんか人間の切なさみたいなのを絶妙に掬い上げるような感じの印象があって、それ自体がなんかすごくわかるような感じでいることがカッコいいことのように思っていた。太宰の「人間失格」を読んで、自分はこの感じわかる、と言いたいようなああいう感覚。若い時特有の。
それで今大人になって、だいぶ久しぶりにフィッツジェラルドを読んだら、わかる気がするというより、分かってしまう、という感覚だった。でも本当は -
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何も読まずに好きだの嫌いだのと村上春樹を語れないので、最初の彼の小説として『1Q84』を選んだ
ジョージ・オーウェルの小説『1984年』(1949年刊)も読んだことないけど、『1984』に出てくる独裁者ビッグ・ブラザーと対称的なリトル・ピープルという名前の集団が『1Q84』には出てくるらしい
この巻では名称が数回出てきただけでまだ謎のまま
I can’t speak about liking or disliking Haruki Murakami without reading his work, so I chose '1Q84' as my first novel -
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終わり方があまりにも潔い。
すみれはどこへ行っていたのか、どうやって行ったのか、どう帰ってきたのか等々……謎の答えは何も語られないまま終わってしまい呆然。そこも含めて、「らしさ」があって好きな終わり方でもある。
私なら問いただすであろう状況に、ただすみれを迎えに行く主人公。この2人故の信頼感が感じられてとても好き。
登場人物は「すみれ」「ミュウ」「ぼく」の3人。今までの傾向的には、The.大人の女性が好きな私でも、本作ではすみれ派。初恋に必死な女の子が全面に出ていてとても可愛い。設定的には私と同じ22歳であるけども、全体を通してどことなく幼い?少女的?な印象があった。でも(元)ヘビースモーカ