村上春樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
映画「ドライブマイカー」が好きだと話したら、原作を貸してもらったので久々の村上春樹。
感想としては、どのお話も綺麗で魅力的な文だなと思う一方やっぱりまどろっこしくて難しい。笑
「ドライブ・マイ・カー」はまずこの短編を3時間の大作に仕上げ、見た後も深く考えたくなる余韻残る映画にした映画監督にも改めて感銘受けたし
本は本で短いのに、文章が濃くて読み応えあって、それなのに白黒決してはっきりさせない文調のTHE春樹節を久々浴びて楽しかった。
そして、当作の中の「シェエラザード」も映画のエッセンスになってたので映画を見た上でこの本読むと解釈深まってより楽しい。
この本は「女のいない男たち」をテーマにした短編集となってるが、共通して男の人達が惹かれているのは性に奔放で何を考えてるか分かりきる事のできないミステリアスな女性ばかり。
春樹にとって女性とはずっとそうなのであろう。
そういった男女の相容れない様子が多く描写されている中、
女の私も本書の内容で共感した事は、恋愛って失った後受け入れ難いくらい辛い思いをすることもあるけど"何もない日"はそれはそれで素っ気ないからやっぱ人生において必要な営みだなと。
意外と"独立器官“が面白かったな。
人を愛さず遊んでばかりだった男が最終的には恋の病で死んでく。
それでも何もない人生より良かったんではないかな。 -
Posted by ブクログ
ネタバレガチで面白くなってきたな。
まさかの牛河パートが登場、初登場時のイメージもそのまま、やはり気持ち悪い。
こいつの優れた勘が、天吾と青豆の関連、そこに誤解はあるにせよ、に狙いを定める。
牛河は「さきがけ」の依頼で青豆の捜索を頼まれる。
(かつて天吾に声をかけたのも、実は「さきがけ」の依頼によるものだった)
この牛河の、地道ではあるが確実な方法は理系の私はの心を非常に揺さぶるものではありますね。最高に気持ち悪いがどこか感心してしまうこの感じ。
青豆は「さきがけ」からの逃亡生活中、気味の悪いNHKの集金人に執拗な嫌がらせを受ける。(天吾のアパートにも同様の集金人が同じことをしていた)
さらに、身に覚えはないものの、感覚的に妊娠していることに気づく。
不思議ですが、おそらくふかえりが媒介となって天吾の精子を青豆の中にぶち込んだんでしょうね。
天吾は猫の街から帰ってくる。この猫の街の部分が物語にどのように関わってくるかはまるでわからない。これから明かされるのだろうか。
そこで、久しぶりに会う天吾から衝撃の話をされる。
「誘拐されていたんだ」、と。
ここでこの巻は終わりました。
リアルか忙しくいいペースで読めなかった5巻、読み終わったら読み終わったで最高に気になる引きをする5巻。
おれは一体どうすればいい。
これが1Q84年ということか。 -
Posted by ブクログ
鈴をアトリエに持ち帰り、恐る恐るいたが、鈴が再び鳴り出す事はなくなった。ある時、台所へ5
分程席を外したところ、スツールが移動していた。
移動したスツールに座ると、
更に、ハッキリと声が聞こえる。
「免色さんにあってここにない物を見つければいいんじゃないのかい」
絵になにが足りないかは明確だった。白髪だ。
そして絵は完成した。
絵は完成したが、なにか引っ掛かる物を抱えている。
そんななか、アトリエから鈴の音がまた聞こえるようになった。そして、あの絵でみた60cm程の騎士団長
がソファに座っていた。
免色に完成した事を伝え、渡したところ、完成を祝して免色家でお食事をしようとなった。
騎士団長の話をしたところ、騎士団長も是非と。
騎士団長は、自分以外には見えないし、食事もできないが。
免色家でのディナーを頂き、テラスで双眼鏡を紹介される。軍事用の特殊な物だ。
免色は、ある物を除く為にこの家を買ったと異常な報告を受ける。
ある物とは、未婚の免色だが、元彼女が自分の娘を産み落としている事を確証しており、その娘を監視しているのだ。
異常な行動だとは思いつつも、免色は更なる要求をしてくる(まぁ多額の報奨金、豪華なディナーを考えれば当然か)
・自分の娘と思われる秋川まりえの肖像画を描いて欲しい
・デッサン中にフラッと免色が顔を出したい
の2点の要求だった。とても回りくどく免色自体が、秋川まりえとの直接接触したい訳でもなさそうだ。
2日ほど考えたあげく、要望に応えることにした。
日曜日に秋川まりえと叔母が家に来くる事になった。
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Posted by ブクログ
村上春樹節がよく出た言い回しの文章で、少々くどい事もあるけれど、すらすら読み進めることができた。
音楽や風景の描写がギリシャでの主人公の焦りや矛盾する心情を美しく映し出していたと思う。
ノルウェイの森と似ていて、好きな女性の喪失が描かれている。
全体のテーマとしては現実の自分と空想の中の自分の対比。空想の中の自分と比べて、現実の自分の居場所や立場が分からなくなってしまうという物語。
最後にすみれと電話ボックスから話す場面があるけれど、それが現実での出来事なのか、主人公ただの空想なのか、結局その後に出会うことができたのか、何も分からないまま物語が終わる。その後の物語は読者に委ねられる辺りも凄く良かった。
好きな場面が2つ。
①「どれだけ眺めまわしても、わたしはたしかにわたし自身なんだけれど、なにかいつもとは違うと感じるのです。でも「いつも」がどんなだったか思い出せない。ーリアルな脱構築的な錯覚にとりつかれています。」
→言っていることは凄く難しいが何故か共感できる。私は修学旅行中のホテルやどこか遠くに行った時の夜に今自分が見ているのは本当に現実なのかという感覚に襲われることがある。状況は全く違うけれど、それと似た感覚なのかなと思った。
②「もし人間が平等じゃないとしたら、あなたはだいたいどのへんに位置しているんですか?」
→先生vsスーパーマーケットの警備員
散々言われた後の最高の皮肉がかっこいい。
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Posted by ブクログ
女にいなくなられた男たちと、彼らに纏わる女たちの話。
女は突然現れ、突然去っていく。女の登場とともに新たな世界が生まれ、その女の消失とともに世界が失われていく。そして男は孤独になる。
男女差として語るのは乱暴かもしれないが、男は恋愛を生活そのものに結び付けて捉え、女は恋愛を人生の一部として切り分けて捉えているように感じた。だから女性は恋愛に一喜一憂しながらも、仕事や生活をある程度継続できる。一方で男は、恋愛の状態が仕事や私生活にまで露骨に影響してしまうことがある。
もっとも、男の生活をそこまで侵食するのは、誰に対してでもではない。月並みだが、“一生に一度”のような相手に出会った時だけだと思う。渡会の言葉ではないが、色恋をそれなりに経験してきた人間ですら、その相手に出会った時の抗体は持っていない。一撃必殺の猛毒とも言えるかもしれない。
猛毒だと分かっていながら自ら口にし、気付いた時には手遅れになっている。いや、むしろその毒に侵されることすら望み、自ら渦中に留まり続けて破滅へ向かっていくのだろう。その苦しみさえ愛おしく感じてしまうのだ。
逆に、自分に強制的に蓋をしてしまえば、何か大事なものを置き忘れたような、木野さんのような状態に陥るのかもしれない。
この短編集を読んで思ったのは、結局、人は傷付く可能性を引き受けないと、本当に大切なものには触れられないということ。
とはいえ、現実的な教訓として言えるのは、「遊び相手はさておき、本命には去られない努力をしろ」という、ライフハックかもしれない。