村上春樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
3部完読!まずは読み切った自分に拍手を送りたい。
3部作品は、『サラバ』と『カラマーゾフの兄弟』に続き、3作品目となりました。
大作長編を読みきる自信が少しつきました。
本作、すごく不思議な話でした。
村上春樹の奇抜な想像力が存分に発揮されている作品だと思いました。
序盤から気になっていた本間さんの「水には注意しなさい」
…そういうことだったか!
クミコさん…そういう結末か…
うーん…上手く感想がまとめられない。
暴力的なシーンがたくさんあり、思わず表情が険しくなりながら読み進めていたと思います。
そんななかで、笠原メイちゃんの手紙は、なんだか癒しというか、早くメイちゃんの手紙がこないかなと待ちどおしくなっている自分がいました。
長編でありながら、世界観に一気に惹きこまれる。
良い読書体験ができました。
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Posted by ブクログ
最初は「うーん…」と思ったが、どのような展開になっていくのかがすごく気になるためか、不思議とスラスラ読めました。むしろ流れが良く、読んでいて心地良かったです。常に、なに?なんなの?と思った状態のまま。
色々な登場人物の生い立ちがこんなに深く描かれている作品を読むのは久しぶりな気がします。
なかなか面白いです。
最後の、間宮中尉の話。
壮絶過ぎて、常に自分の表情は険しくなっていたと思います。
落ちた井戸の底から、上にのぞく明かり、太陽の光を浴びた時、どれほどの希望に包まれたことだろうか。
それにしても、カツラのバイトの話は笑いました。いづれ、僕も松竹梅の「竹」くらいになってしまうのでしょうか(笑)
謎をたくさん抱えたまま、2巻へGO!
主人公の、今後の進路がどうなるかも気になります。
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Posted by ブクログ
ネタバレ『ねじまき鳥クロニクル』を読んでいると、ただ物語を追っているだけのはずなのに、心が勝手にこれまでの人生を整理し始めるような感覚に陥る。村上春樹の小説、とりわけこの作品には、読者の過去や感情を静かに掘り起こしてしまう奇妙な力があるように思う。
読み進めるうちに、物語の感想を書いているつもりが、いつの間にか自分自身の感情の記録を書いているような状態になっていた。
物語の始まりは、行方不明になった猫を探すという小さな出来事だった。しかし謎の電話、加納マルタとの出会い、そして笠原メイなど、不思議な人物が現れるにつれて、物語は少しずつ日常から外れていく。その過程で感じたのは、人は一緒に長く過ごしていても、相手のことを本当に理解しているとは限らないという感覚だった。
主人公は結婚して長い年月を共にしてきた妻クミコのことを、実はほとんど知らなかった。彼女の過去や苦しみ、そして心の奥にある闇は、主人公にとっても見えないままだった。この「近くにいるのに理解できない距離感」は、この物語の静かな恐ろしさでもあるように感じた。
第一部で特に印象に残ったのは、間宮中尉がノモハンで涸れた井戸に落とされる場面だった。井戸の底の暗闇の中で、彼は一日に数秒だけ差し込む光を見つめながら生き延びる。そしてその瞬間に「自分の人生はそこで終わった」と感じ、その後の人生を、生きているのに生きていないような感覚で過ごしてきたと語る。
その一節を読んだとき、なぜかそれが他人の話には思えなかった。大学時代や精神科病院で働いていた頃、私自身も何かに全身全霊で打ち込めるものがなく、ただ「死んでいないだけ」のような状態で日々を過ごしていた時期があったからだ。
また、加納クレタが語る「痛みを失った瞬間から生を実感できなくなった」という感覚も強く心に残った。苦しみから解放されたはずなのに、その代償として世界の手触りそのものを失ってしまう感覚。それは間宮の語る虚無とも重なり、主人公の空洞化した人生ともどこか響き合っているように思えた。
第二部では、猫が消え、クミコが消え、さらに加納クレタや笠原メイも主人公のもとから去っていく。人々が次々と主人公の世界から離れていく様子が印象的だった。そして井戸の底へ降りていく場面は、異世界へ入るというよりも、自分自身の深層心理へ潜っていく行為のように感じられた。
この作品では、主人公を取り巻く現在の物語と、ノモハンの歴史が互いに響き合っているように思える。個人の問題と歴史の暴力がどこかでつながり、井戸という場所を通して人間の深い部分へと降りていく。これはユングの言う集合的無意識の世界にも近い構造なのではないかと感じた。
第三部まで読み終えたとき、正直に言えば「結局何だったのかよくわからない」という感覚も残った。しかし振り返ってみると、この作品は明確な答えを提示する物語ではなく、むしろ自分の内側を探る旅のようなものだったのではないかと思う。
そして物語の終わりで感じたのは、主人公が確かに変わったということだった。彼は多くのものを失い、考え、向き合い、そして最終的にはクミコを許し受け入れるという行動へとたどり着く。完全に理解できないものを抱えながら、それでも関係を選ぶという姿勢は、物語の最初の「空っぽだった主人公」とは明らかに違っていた。
作中に登場する「ねじまき鳥」は、世界のネジを巻いている存在として描かれている。私はこの鳥を、世界を動かす力の象徴として感じた。同時にそれは、世界を観測する存在であり、物語を見つめている読者の立場にもどこか重なっているように思える。読者は物語を観測しているが、その観測によって物語は成立する。そう考えると、読者自身もまた物語の一部であり、世界を回すネジの一つなのかもしれない。
『ねじまき鳥クロニクル』は、不思議な物語というよりも、自分の内側を掘り下げていく読書体験だった。読み終えた今でもすべてを理解できたわけではない。それでもこの小説を読むことで、自分の人生や感情をこれまでとは違う角度から見つめ直すことができたような気がしている。