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「電灯のスイッチを切って扉を後ろ手に閉めるまでの長い時間、僕は後ろを振り向かなかった。一度も振り向かなかった」東京で友人と小さな翻訳事務所を経営する〈僕〉と、大学をやめ故郷の街で長い時間を過ごす〈鼠〉。二人は痛みを抱えながらも、それぞれの儀式で青春に別れを告げる。『風の歌を聴け』から3年後、ひとつの季節の終焉と始まりの予感。「初期三部作」第二作。
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Posted by ブクログ
再読。
5年くらい前に読んだ時は意味がわからなかったが、改めて読むと「喪失と回復」、「紐帯と疎外」をテーマにしていると感じられた。
気づいたら自分が「僕」と鼠の年齢を超えている。
自分はちゃんと痛みを乗り越えられているだろうか?然るべきタイミングで正しく傷ついて、出口に向かえていたのだろうか?
p15.物事には必ず入り口と出口がなくてはならない。
p30.ピンボールの目的は自己表現にあるのではなく、自己変革にある。エゴの拡大にではなく、縮小にある。分析にではなく、包括にある。
p172.「なあ、ジェイ、だめだよ。みんながそんな風に問わず語らずに理解し合ったって何処にもいけやしないんだ。こんなこと言いたくないんだがね……、俺はどうも余り長くそういった世界に留まりすぎたような気がするんだ」
p181.テネシー・ウィリアムズがこう書いている。過去と現在についてはこのとおり。未来については「おそらく」である、と。
しかし僕たちが歩んできた暗闇を振り返る時、そこにあるものもやはり不確かな「おそらく」でしかないように思える。僕たちがはっきりと知覚し得るものは現在という瞬間に過ぎぬわけだが、それとても僕たちの体をただすり抜けていくだけのことだ。
Posted by ブクログ
風の歌を聴けに続いて久しぶりに読んだ。
初めて読んだ当初は風の歌を聴けが衝撃的でそちらの方が好きで印象に残ったという感想だった気がするが、久々にどちらも再読した今はこちらの方がより好きだと思った。
ずっと読んでいたいと思うような世界観。
風の歌を聴けが青春の爽やかさを存分に感じられる作品であるのに対し、ピンボールは全体が物悲しい雰囲気でそれがなんとも心地よい。舞台になっている夏と秋、それぞれの季節を落とし込んだような文章。
僕のどこか冷めて達観しているけれど、双子に対して愛着とあたたかさを感じているところがよかった。素直に寂しいと言えるところも。
書き出しの一文がとても魅力的で引き込まれる。
1973年の僕と鼠、それより以前の僕、色々な場面・時間軸のシーンが織り交ぜられている点がよく、それが作品が短いながらに深みを持つ要因だと思った。
初期の村上春樹作品は特に比喩表現が多く、すべての文章が比喩を用いて語られているような印象で、それもすごく好きだった。
特に好きだったのは110ページから111ページにかけての僕と事務所の女の子が寂しさについて話すシーン。
なにが好きなのか表現したくて色々書いたけれど、結局なにがというよりこの作品の世界観と雰囲気自体がすごく好きだと思った。
春樹ワールドから遠く遠く離れて
30年以上も前、初めて読んだ80年代の十代の自分と、そのもっと前の時代1970年代…言葉で表現出来ない思いが込み上げてくる。ずっとずっと昔、ハルキストなんて言葉がなかった時代に村上春樹を読んでいた人にもう一度読んで見て欲しいと思う。
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小説・文芸
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