村上春樹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ村上春樹の小説を読んだときの感想は、内容を理解したというより、「本を読ませてもらった不思議な体験だった」というものになる。
幻想的で詩的で、そこで起きていることが何を意味するのかは、うまく説明できない。それでも文章はするすると身体の中に入ってきて、読み終えたあとには強烈な印象が残っている。
特に印象的だったのは、ミュウが語る、スイスの小さな町の観覧車での不思議な体験だ。現実にはありそうもない出来事なのに妙なリアリティがあり、この場面だけが独立した悪夢のように記憶に残った。
『スプートニクの恋人』にはラブストーリーの要素がある。しかし、恋愛について何かを説明する物語というより、孤独や喪失、触れられない相手への思いが、ひとつの長い詩になったような小説だった。
最後に、なぜすみれが戻ってきたのかはよく分からない。それでも戻ってきてよかったと思った。一方で、その帰還さえ現実ではなく、「ぼく」が見ている幻想なのではないかという感じも残る。
この本を読んで、自分自身を見つめ直したわけではない。何か教訓を得たわけでもない。酒やたばこのように、理屈より先に身体へ入り、あとに感覚を残す娯楽に近い。ただし、それは映画やドラマでは代わりにならない。小説でしか摂取できない何かを、確かに受け取ったと思う。 -
Posted by ブクログ
作家でありながら、フルマラソンを走り続けるような本格的なランナーの著者。
わたしは作家の面しか知らなかったので、こんなに本格的に走られてるとは知らず!文中でもあったけど、作家の漠然としたイメージとして、インドアでどちらかというと不健康であるというものが頭にあったので、作家兼ランナーというのは面白いなと(全然いらっしゃるのかも)
村上春樹の小説しか読んだこと無かったけど、エッセイもすごく好みだった。
走ることに対するロジカルな自論を述べられるのかと思ってたけど、かなり感覚的なもので、非ランナーの私でもすごくすんなりと頭に入ってきた。
何においても努力し継続する人は輝いているなと思います。私もなにか始めたいなあ。
村上春樹の曖昧で抽象的な感じたことを比喩を使いながら上手く曖昧なまま言葉としてまとめられているところが本当に好きです。
言葉選びと感性がとっても素敵な方だなと改めて思います。
(オーディブルにて) -
Posted by ブクログ
ファンタジーでサスペンスでSFだけど根底は「魂の救済」という純文学。
「自己主張はなく人の合わせる」主人公トオルが、失踪した妻の謎を追ううちに不思議な人々と出会い覚醒していく。
人間の体の半分以上が「水」でできている。だから体内の水と、集合意識が眠る「地下水脈」は時間と空間を超え直結する。
普通はエゴのノイズで受信できないが、トオルは井戸の中で自己を見つめ、さらに事故を凌駕し「完全な空の容器」に至ることで、巨大な水脈へのアクセスを手に入た。
もう1人の空の容器シナモンPCから水脈にアクセスできるシステム管理者。彼のバックアップでトオルは井戸から壁を抜け仮想空間での死闘は『マトリックス』の世界のようだ。
敵のコアを破壊し、静かな日常へと環流するラスト。
読めば沼る! -
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この巻で終了。
主人公が出会ったすべての事象が繋がったのかと言えば,ノーである。
いったい,何がどうなっているのか,もう一度読まないことには,わたしには理解できない。Audibleで野良仕事をしながら聞いている――そして時折人と会話をしたりして――ということにも,わたしの理解不足はあると思う。それにしても,難解だ。
第2巻の続き
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父親が語ったのは、彼が所属していた部隊が、捕虜にした中国兵を処刑したときの生々しい情景である――「中国兵は、自分が殺されるとわかっていても、騒ぎもせず、恐がりもせず、ただじっと目を閉じて静かにそこに座っていた。そして斬首された。実に見上げた態度だった、と父は言った」。それは、父親が加害者のひとりとして体験した戦争の一場面、凄惨な虐殺の場面をめぐる記憶だった。
「記憶」といっても、それは彼のなかではまだ過去になっていない、むしろ永遠に過去になることのない情景であり、だからこそ父親は、息子にそれを託したのだろう。村上はそれを「トラウマの引き継ぎ」とみなして、次のように書いている。
いずれにせよその父の回想は、軍刀で人の首がはねられる残忍な光景は、言うまでもなく幼い僕の心に強烈に焼きつけられることになった。ひとつの情景として、更に言うならひとつの疑似体験として。言い換えれば、父の心に長いあいだ重くのしかかってきたものを――現代の用語を借りればトラウマを――息子である僕が部分的に継承したということになるだろう。人の心の繋がりというのはそういうものだし、また歴史というのもそういうものなのだ。その本質は〈引き継ぎ〉という行為、あるいは儀式の中にある。その内容がどのように不快な、目を背けたくなるようなことであれ、人はそれを自らの一部として引き受けなくてはならない。(村上春樹『猫を棄てる 父親について語るとき』)
このとき村上の心に焼きつけられた情景は、そのあと長い潜伏期間を経て、村上作品のなかのとりわけ鮮烈なワンシーンへとつながる水脈を形作ることになる。それが『ねじまき鳥クロニクル』に描かれた、ある軍人の戦争体験である。
より正確にいえば、村上は、戦争体験がもたらしたトラウマが継承される「儀式」をこの作品に書き込んでいる。その意味では、『ねじまき鳥クロニクル』は戦争をめぐる物語の共有を描いた作品であるといえる。
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とまあ,そういう原体験が組み込まれた「村上らしい」作品が,本作品だという。
引用した文章は,工藤慶太著『無意識の発見』(講談社現代新書)に詳しい。 -
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ネットに,
村上春樹が描く「戦争」の物語...気鋭の哲学者が分析する『ねじまき鳥クロニクル』
という文章が紹介されていた。工藤顕太という人の文章である(2026/07/29)。
わたしの備忘録として,ここに紹介して置く。
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村上春樹は自身の執筆プロセスにおいても、物語の共有が本質的な役割を果たすということを繰り返し語っている。
小説を書くというのは、村上によれば、自分自身のなかから物語を掘り起こす作業である。その意味では、掘り起こされた物語は村上自身のなかにある個人的物語だ。しかし、もしそれが完全に個人的なもの――「純私小説的なもの」と呼んでもよい――であったら、読者がそれに激しく心を揺さぶられることもない。
つまり、書き手が自分の心のなかを深く深く掘り進み、そこから自分を超えた集合的な性質を持つ物語を掘り起こさなければ、読者との心的交流も生じないのである。
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以下,第2巻に続く。 -
Posted by ブクログ
聴覚に障害のあるシンガーという男のもとに、街の人々が相談に訪れるというお話。
シンガーと関わる主な登場人物は、飲食店を営むビフ、シンガーの下宿先の娘ミック、黒人医師のコープランド、そして酒癖の悪い男ジェイク。
章ごとに異なる人物が主役となる構成で描かれる長篇という形式が面白かった。
みんなそれぞれに悩みを抱えていて、それをシンガーに話して聞かせるのだけど、シンガーが彼らの話をすべて理解しているわけでも、きちんと返事をするわけでもない。彼らは、否定せず静かに話を聞いてくれる存在に助けられながらも、対話によって考えを変化させることがないため、むしろ自らの思考の檻に囚われていくという感じのお話でした。
いくつかの章は短編小説として読んでもすごくきれいにまとまっていて、特にミックがパーティーを開くエピソードは、背伸びをしながらもまだ大人になりきれない様子がすごくうまく描かれていて、ものすごく好き。
かなり悲劇的な事件が多く起こる作品なのだけど、ラストも各人物の行く末を一人ずつ描いていく形だったので、一本の長篇というより、複数の中篇小説を並行して読んでいるような感覚の作品でした。 -
Posted by ブクログ
ネタバレドキドキの展開を楽しみながら最後までのめり込んで読んだ。
特に3巻以降。
読み終わってもまだよく分からない事だらけなので、これからみんなの感想や解説を読んで謎を解いていきたい。
謎1 最初のタクシー運転手
謎2 歳上のガールフレンドの『失われた』の意味。
謎3 天吾母と歳上のガールフレンドの顔が似ていた。意味。
謎4 天吾母とアダチクミの前世はどちらも絞殺されている。生まれ変わり?
謎5 ふかえりはどこに隠れていた?
反リトルピープルでありながら、リトルピープルと繋がってもいる?善悪は分けられないという事?
謎6 柳屋敷の番犬を殺したのはリトルピープル?
謎7 麻布の老婦人に教団の情報を提供していたのは誰?
謎8 つばさちゃんの行方
などなど。
天吾のキャラクターが好き。
会話のテンポとか言葉選びとか。
他の作品の主人公とも重なるけど。
青豆の知的で淡々とした喋り方や有能な雰囲気も好き。
最後の滑り台の上でのシーンがロマンチックでとってもよかった...!!
あと、タマルが完璧にプロの仕事してて、かっこいい!
牛河、天吾、青豆を自分なりに想像してChatGPTにリアル画像生成してもらって、そこも併せて楽しみました。
思ったより非現実要素が強い小説だった。
性描写がやっぱり多くて、そこはすごく嫌だ〜 -
Posted by ブクログ
判断に迷った作品。読み終えた直後は星3として可でも不可でもないというか好きな部分と嫌いな部分があるという印象だった。序盤から終盤にかけての面白さはあるのだが、最終的な着地はイマイチだったからだ。最後に大きな波が無かったと言ってもいい。
加えて、「街とその不確かな壁」と本作の「世界の終り」編は同じ舞台で話の大まかな流れは同じだったから、最終的にとる行動は分かっていて特に新鮮では無かったのである。
ただ、読み終えて少し時間を置いて冷静に振り返ると(村上春樹の作品は間を開けたらなぜか評価が変わりやすい気がする)、道中の続きに対する期待はミステリーと冒険ものに通じるワクワクさがあり、独特な職業がもたらすSF的な要素が含まれた世界観は圧巻であった。この独特な発想は創作者としての勘が冴えていて唯一無二性を備えており、一読者としては安心して続きのページを捲れる。
また、主人公は中盤に一定時間小便をしていないことに気づき、それを凄く気にするシーンがある。そんなに気にすることか?と読んでいるときは軽く受け取っていたのだが、読み終えてから思い返すと、序盤の頃の主人公がとる思考パターンとあまりそぐわないため、脳の思考パターンが無意識的に変化していることを描写しているように思える。そう考えると、気づけていなかっただけで細かな仕掛けは多分にありそうだ。要は再読する楽しさを秘めているということだ。