村上春樹のレビュー一覧
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ネタバレ深夜から朝までを一連の時間軸で視点が切り替わりながら展開される。「私たち」という三人称的だが、自意識を持つ視点が登場する。 朝を迎えた街を俯瞰し中がら、「一人一人違った顔を持つ人間であると同時に、集合体の名もなき部分だ。ひとつの総体であるのと同時に、ただの部品だ。彼らはそのような荷犠牲を巧妙に、便宜的に使い分けながら、的確にすばやく朝の儀式をこなしていく。」と語られているのが印象的。個人的だった夜の時間から儀礼的で社会的に昼の時間への移り変わりが描写されているのだと思った。 また、「マリは闇の長い時刻をくぐり抜け、そこで出会った夜の人々と多くの言葉を交わし、今ようやく自分の場所に戻ってき
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ネタバレ村上春樹の作品にしては珍しく、人から聞いた話(つまり実話)をもとに著者が少しの脚色を加えて構築した作品。改めて、事実は小説より奇なりと思わされる。著者はこれらを個人的な書き物として机に溜め込んでいたが、これらの話が語られたがっていると感じたため、発表する運びになったのだと説明する。その感覚が伝わる程、何れの話もイキイキとしている。実話がなるべく実話のまま提示されているので、登場人物の個人的な営みが詳細に提示され、そのように感じるのかもしれない。
特に以下に引用している、過ぎ去った人生はひとつの部分を終えたということ、平凡故に仕事や結婚生活は面白い、という箇所はその人物の哲学的な部分を感じさせら -
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村上春樹の自伝的エッセイ。
一見、小説の書き方のようにも見えるのだけれど、そんなことはない。仕事への向き合い方の伝授のようにも感じられた。
誰からも好かれるようなものを作り上げるなんて、不可能であり、自分がただ好きだと思えるものを作り続けていくべきだということ。
どんな食べ物だって誰かが絶対に嫌いなわけで。どんなに美味しくても、嫌いな人はいる。その少数派の「嫌いな人」に好かれようとするよりも、今自分のことを好きだと言ってくれる人を裏切らないように生きたら良いのである。
そして、体は資本。どんなことを成し遂げる上でも、体力がないと乗り越えられない。私も毎日運動継続したい。毎日を楽しく、充実したも -
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2026.4.17(金)『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』村上春樹
(あらすじ)
多崎つくるは都内の鉄道会社に勤める36歳のサラリーマン。彼には名古屋で過ごした学生時代、4人の親友がいた。しかし大学時代のある日突然、絶縁を申し出られる。16年が経った現在、恋人の沙羅に、4人に会って原因を追及すべきだと助言される。当時何があったのか?多崎つくると彼の巡礼が始まる。
(所感)
現実と夢の狭間について伝えたい物語なのでは?と僕なりに解釈した。人は寝ている時に夢を見る。僕も夢を見る。時に、あれデジャヴ?と、現実世界で起きた体験を、どこかで体験したような気がしたり、現実なのか?夢なのか?わけが -
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手でつかもうとすると、スルスルと手の中を掻い潜っていつの間にか手にはそこにいたという実感だけが残るような物語だった。
物語は自分の内省に潜るようにできているかと思えば、社会に翻弄され生きている主人公はそれを出口の付いた犬小屋と例えた。
世界の終わりの中にする人々は、僕が失ったものかもしれないし、あるいは、世界を作ると言ううえで獲得せざるを得なかったものかもしれない。
とにかく、資本の中に自分という曖昧さを保ったまま観測者として、淡々と生き続ける主人公は社会との接点をある種見損なってしまったのかと思う。
それは、彼自身には社会と接続をするということだったのかもしれないが。
そのようにして形 -
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主人公の多崎つくるが思い人の沙羅と一緒に自分の過去の辛い記憶を振り返り、取り戻していく物語。
特に感じたのが、人とのつながり、だった。
青春時代自分のアイデンティティの確立を悩む中に、ピッタリとお互いを保管し合えた同級生4人とのつながり。灰田という大学時代のつながり。
文字通り色とりどりの人々が出てくる中でぽっかりと自分には何もないと感じている多崎つくる。
振り返る旅の中で自分の中にある虚しさを少しずつ繋がりの中で解消していく。
そんな旅路が読んでいる私自身も一緒に自分の記憶、感情を振り返るように旅している気持ちになれた。ほんのりと心に染み渡る。村上春樹の描く世界ってすごい。