村上春樹のレビュー一覧
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村上朝日堂シリーズ。今回も著者が体験したこと、思ったことを書き連ねる。新聞の勧誘をされた際、直接いらないとは言えないから、漢字があまり読めないという嘘で、勧誘を断ることができた。ただし、日本共産党発刊の「赤旗」は例外であった。赤旗の場合、漢字があまり読めない人を考慮しているのか、漫画の欄も掲載されている。その為これまでの嘘が通用しなかったという。それ以降、読めないフリはやめた。
著者村上春樹は昔から本名で執筆活動をしているが、デビューした当時は、村上龍と角川春樹由来のペンネームだと勘違いされ、また銀行や病院へ行った際、本名が原因で面倒なことに巻き込まれるなど、ペンネームを使わなかったことに後悔しているようである。
ほかにも、長年飼っていたシャム猫の話が繰り返し言及される。通常の猫がしなさそうな行動をとり、またその猫の寝言が人間の言葉を発したのではなどと、本1冊分にできるほどのネタがあるようだ。
翻訳のやり方についても語っている。原文を忠実に訳すために、一語一語丁寧に訳しているのだという。変に凝った訳し方をしてしまうと、かえって原文の魅力を損なってしまうので、なるべく自身の表現は表に出さない。ちなみに翻訳はあくまで趣味だと言っている。 -
Posted by ブクログ
新潮文庫夏の100冊で手に取った1冊。叙情性豊かな短編集です。
■蛍
ノルウェイの森の元素材となった本作。文庫本2冊分のエッセンスをギュッと纏めてくれてこちらで再読した気になります。
ラストがノルウェイの森は旅に出るストーリーだったが、こちらは蛍を放つ、と言う叙情性豊かな造りになっています(ちょっとあざといかも)。
■納屋を焼く
納屋を焼くと言う男と消え去る女性。burn the barnは分かるけど何が言いたいのかは最後までよくわからなかった(納屋を焼く=殺害のメタファーのようです)。
■踊る小人
夏目漱石の夢十夜みたいな小説。踊りの上手い小人と像工場で働く僕。夢と現実。皇帝と革命。メタファーが物凄いが、蛍に並んで感性を触られるようで本作の中では一二を争う位好き。
■めくらやなぎと眠る女
過去に関わった友人から聞いた体を蝕むめくらやなぎと耳の聞こえないいとこのお話。正直、"?"と言う感想(読み込めばまた解釈も変わるかも)。
■三つのドイツ幻想
博物館の描写はThe・村上春樹と言う感じでなかなか良かった。 -
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大学生の時には全く良さが分からなかったフィツジェラルドにあらためて出合うことにしました。
村上春樹が選ぶ10の短編と、エッセイが3編収録されています。
基本的にどの話もお金持ちの坊ちゃん、嬢ちゃんのやり取りで、感情の振り幅も行動の振り幅も「えっ?」て言うようなもので、あまり感情移入しきれない。
しかし、「冬の夢」でも「バビロンに帰る」でも出てくる喪失には共感して「あー…」ってなる。
そうして読み終わった後に、少し重い気だるさと諦念が残る。
フィツジェラルドはどこかで「人生は失っていく過程だ」みたいなことを書いているらしいけれど、そうだったら、この一編一編は一つ失って、人生を一つ進む、成熟の物語かもしれないなあ。
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著者がアメリカの生活について綴ったエッセイ本。猫好きということあって、猫の話題が多く、猫の写真もいくつか収録されている。ちなみに本人によると、外国で小説を書いたからといって、作品が変わるわけではないという。実際『ダンス・ダンス・ダンス』や『ノルウェイの森』で、どの部分をどこで書いたかを本人は覚えていないらしい。一日のスケジュールとして、午前は仕事をして、その後大学のプールで泳ぐか一時間ほど走るなどして、その後昼ごはんを食べる。午後は小説以外の仕事を進めたり、町で散歩したり、買い物をしたり、日常的な用事を片付ける。夕食後にだいたい本を読みながら音楽を聴く。こんな感じで健康的な生活を送っている。またp204、205でマリファナの吸引について書いてある。本人の経験上、マリファナはタバコより害が少なく、中毒性もないと語っている。
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注文を受けて肖像画を描くからには
発注者…つまりモデルの満足する肖像を描かなければ
話にならないのである
人間の心には光と闇の両面があって
いずれも個人を形成する重要な部分であるが
できれば闇の部分は見たくない・見せたくないと
誰しもが考えている
闇の部分を率直に描かれては
大抵の人がイヤな気持ちになってしまうし
かといって光の部分ばかり強調されたのでは
なんだか嘘っぽくなるだろう
光と闇のバランスをうまく調整することが肝要である
この話の主人公は、そこの匙加減が絶妙だった
モデルが持っているセルフイメージの
バイアスをとらえるのが、天才的に上手かったのだと思う
しかし彼は妻と別れたことで
自らのセルフイメージに疑問を持ってしまったんだ
そこから、本当の自分を探すための創作がはじまった
あらゆる人間はバイアスを通じてモノを見る
それが争いのもとになるってのは
本作品をめぐるネット炎上を見ても明らかだ
けれども今じゃ「当時」の現場を知る人なんて誰もいやしない
両論併記したあとは、ウィトゲンシュタインの箴言にならって
沈黙するしかないだろう
イデアの掟とはそういうものだ -
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ネタバレジャケデザインの素晴らしさから、ジャズの話をするという観点を捻った作品。自ら、「DSMのデザインしたレコードジャケットを手に取って眺めているだけでなんだか人生で少しばかり得をしたような気がしてくるのだ」と。好きなジャケットを眺めて、心を映す鏡のように見ている。そんな瞬間はレコード好きにはあるんだと思う。実際、自分も好きなジャケット、キースジャレットとかビルエバンスのジャケを見えるようにして置いているから。
エッセーのようで、でもレコード評のようで、村上さんはきっとクラッシックな、トラディショナルな演奏が好きなんだろうと思う。随所に見られるコメントが、そういうふうに感じさせてくれる。まるで、対話しているかのように。特に、というものはないんだけれど、ディキシーランドジャズの、「音楽環境は今みたいに演奏する人とそれを聴く人とにはっきりと分断されてはいなかったのかもしれない。」こんな表現をカバージャケットからできる人は村上さんを置いて他にいないだろう。美しいジャズの音色のような、言葉の束を味わう。 -
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1980年代、週刊朝日に連載されたエッセイを収録。現代と異なり、郊外では昼間に男が一人でぶらぶらしていると、周囲から白い目で見られる、銀行員に自身の職業は自由業や文筆家だと言ってもなかなか伝わらなかったなど、80年代の日本社会の雰囲気を感じられる。また映画鑑賞についても語る。B・C級映画は名作映画と違って良い点を自分で努力して探さなければ時間を無駄にしてしまうので、緊張感をもって鑑賞しなければならない。しかしそれがかえって記憶に残りやすいのだという。さらに読書の時間が減ったことについても興味深いことを語る。この時代から読書時間の減少について問題となっていたが、村上春樹は単に読書以外の活動に時間、お金、エネルギーを費やしているのではと推測する。この内容から、この問題は今日に始まった話ではないことがわかる。
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ネタバレ小説ではなく、聞いたままの話を文章にうつしかえたものの集まり。(作中ではスケッチと表現)。
確かに、何かの示唆だとかテーマ性を持っているだとかいうお話達ではない、だけど面白い。
ただ、下記の文章は刺さりました。
『自己表現が精神の解放に寄与するという考えは迷信であり、好意的に言うとしても神話である。少なくとも文章による自己表現は誰の精神をも解放しない』
『自己表現は精神を細分化するだけであり、それはどこにも到達しない。もし何かに到達したような気分になったとすれば、それは錯覚である。人は書かずにいられないから書くのだ。』
お気に入りは、
ある女性の母が、ドイツで半ズボン(レーダーホーゼン)を買う際に離婚を決意するに至った『レーダーホーゼン』
画廊の女性オーナーが、かつて一番衝撃を受けた絵について話す『タクシーに乗った男』
『今は亡き王女のための』も淡いエッチな感じと喪失感が程よい。
ラストの『ハンティング•ナイフ』が一番わからなかった… -
Posted by ブクログ
猜疑心の強い読者なら
当然抱くであろう2つの疑惑がある
①妻を寝取ったのは親友の雨田政彦ではないか?
➁免色渉はただのロリコン爺じゃないのか?
もちろん主人公はそんなこと少しも考えなかった
それはお人好しだからというばかりではない
肖像画の制作を生業とする主人公には
人間の本質を見抜くことについて強い自信があるからだ
そんな自分が疑いを感じない以上
彼らの態度に嘘は存在しないのである
傲慢と言えなくもないが
そのような鈍感さを保てなければ
人間関係なんてやっていけないのだろう
そんな彼の前に「イデア」と名乗る騎士団長が現れたのは
夜中うるさい鈴の音の発生源を探り当ててのことだった
イデア、すなわち「本質」である -
Posted by ブクログ
全777ページと膨大ではあるが、インタビューをまとめたものなので読みやすく、サクサク読むことができる。千代田線でばら撒かれたサリンの掃除をして亡くなってしまった方だったり、ほぼ植物状態だった女性などは衝撃だった。
また、症状が出てくるのが遅く、なんとか同僚らと出会うことを期待してバス停まで行き女性社員と会うも事件のことは知らず貧血か何かだと思われていたが、偶然にも地下鉄事件を知っている男性社員が通りかかり、救急車を呼ぼうにも手が回らないということでタクシーで病院へ行き、事なきを得たという話が、その偶然通りかかり男性視点と、助けられた男性視点があって印象的だった。p397〜418
全編通して読んでみると、今も後遺症に悩まされて仕事もままならず苦痛を訴える人もいる一方で、運悪くサリン事件に巻き込まれて入院までしたし夜間の標識が見えずらくなったなどあるが、当事者というより経験者といった形でそれほど重く受け止めていない人もおり、もちろん同じ被害者としても事件当時に立っていた/座っていた場所やその後の行動などで差は大きいが、こうゆうところがやはり色んな人間の話を聞く面白いところだと思った。
いずれも、汗や涙が出てきて、吐き出すのが苦しい感じで呼吸が荒くなる。1番印象的なのが視界が暗くなるということ。全く見えないわけではなく、電気がずっと消えているようだ、と結構な人が言っていて、実に不思議な症状だと思った。
たまたまそのタイミングでその場所にいたばかりに被害に遭い、非常に理不尽ではあるが、日常と死の狭間の狭さを感じた。
それぞれどうゆう人間なのかの説明として、どんな仕事をしていて、どこら辺に住んでいて、そこから通勤時間はこのくらいで、サリン事件の日はこうゆう予定があって居合わせたんですよ〜というような語りがあり、サリン事件とは別にして、色んな職業人の通勤事情なども知れて面白かった。