村上春樹のレビュー一覧
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7つのうち、最初の短編の「蛍」で、「僕」は「彼女」と中央線の電車の中で偶然に出会い、四ツ谷駅で降りる。その後、彼女は何も言わずに歩き始め、僕は、そのあとを1メートルほど離れながら歩く。四谷から飯田橋、飯田橋から神保町の交差点を経てお茶の水、さらには本郷に抜けた後で、駒込まで、僕は彼女のあとをついて歩く。そして、彼女は僕に「ここはどこなの?」と聞く。「駒込」と僕が答えると、彼女は「どうしてこんな所に来たの?」と尋ね、僕は「君が来たんだよ。僕はあとをついて来ただけさ」と答える。
グーグルマップで調べてみると、四ツ谷駅→飯田橋駅(2.1km、徒歩27分)、飯田橋駅→神保町交差点(1.2km、18分)、神保町交差点→御茶ノ水駅(950m、15分)、御茶ノ水駅→駒込駅(ここはほぼ直線、4.3km、62分)となり、合計で8.5km、122分となる。全く休まずに、口もきかずに、それだけの距離と時間を歩きとおし、「どうしてこんな所に来たの?」と僕に質問してしまう。
彼女は、彼の高校時代の友人のガールフレンドだったのだが、彼の友人は、どういう理由か分からないまま自殺してしまう。それから久しぶりに彼女と僕は偶然会うのだが、僕から見て彼女はやせてしまっていて、そして、上記の通り、普通ではない。
その後、彼女と僕は時々デートを重ねる。そして、クリスマスの夜に結ばれるが、彼女はそのまま僕の前から姿を消してしまう。その後に来た手紙には、彼女は「療養所」に入っているという内容が書かれている。
僕の友達の自殺により、彼女は心に深い傷を負い、まだ癒えてはいない、というよりも、異常をきたしている。デートを重ねるが、彼女は僕と一緒にいても、僕のことを見てはいない。「彼女の求めているのは僕の温もりではなく、誰かの温もりだった。」そのように、僕は感じながらも彼女と会い続ける。そして、結ばれた直後に、彼女は姿を消す。
とても哀しい物語だと思う。なぜ、このようなことが起こるのかということには、小説の中では一切触れられていない。ただ、そのように時は過ぎていくのである。
小説の最後に、僕は、別の友人からもらった瓶に入った蛍を屋上で逃してやる。蛍は飛んでいき、弱い光を放つが、彼にはその光をつかまえる術はない。 -
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村上:ほくは夢というのもぜんぜん見ないのですが
河合:それは小説を書いておられるからですよ。谷川俊太郎さんも言っておられました、ほとんど見ないって。そりゃあたりまえだ、あなた詩を書いているもんって、ぼくは言ったんです。
村上:夢を見ないものなのですか、別の形で出していると。
河合:やっぱり見にくいでしょうね。とくに「ねじまき鳥クロニクル」のような物語を書かれているときは、もう現実生活と物語を書くことが完全にバラレルにあるのでしょうからね。だから、見る必要がないのだと思います。書いておられるうえにもう無理に夢なんか見たりしていたら大変ですよ。
創造力が必要な職業の人とは逆に、きつい現実社会にいる職業の人も夢をみない(覚えていない)らしい。中間の、われわれみたいのが夢をみるんだな。 -
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またしてもどこまでもキザなハードボイルド小説。
私立探偵フィリップ・マーロウのシリーズ。
刑務所から出所したばかりのムース・マロイが
かつての恋人ヴェルマを探してロスのバーを訪れる。
しかしバーは黒人専用店に変わっており、
情報が得られず逆上したマロイは店主を殺害して逃亡。
偶然現場に居合わせ、事件に巻き込まれたマーロウは
警察の依頼でヴェルマの行方を追うことに。
それと同時に舞い込んでくる翡翠のネックレスを巡る謎の依頼。
複雑な人間関係と謎が絡み合う、そんなストーリー。
『ロング・グッドバイ』とはまた違った渋さ。
だが勿論のこと、そのキャラクター性と物語の内容は
今回もコッテリと味が濃い。一筋縄ではいかないのだ。
個人的には村上春樹の翻訳がけっこう自分好みであることに驚いた。
恐らくこの村上春樹の翻訳がハードボイルドさを増しているのは明らか。
今回もマーロウの冷静な観察力と皮肉な語り口に酔いしれることとなった。 -
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戦争を繰り返す人類の揶揄絵本
以下、公式の説明
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なぜ人間は戦争を繰り返すのか?
わたしたちは戦争のない未来をつくることができるのか?
第二次世界大戦開戦直前に描かれた、今を生きるわたしたちに託された平和への切実な願い。世界で読み継がれてきたロングセラーを、村上春樹の新訳で復刊。
【内容紹介】
第十二次世界大戦が起きた世界。文明は破壊され、町も都市も、森も林も消え去った。残された人間たちは、ただそのへんに座りこむだけの存在になってしまった。ある日、ひとりの若い娘がたまたま世界に残った最後の花を見つけます。その花をひとりの若い男と一緒に育てはじめます。すると……。
【ニューヨーク・タイムズ紙絶賛!】
「戦争に関する作品のなかで、最もシリアスで、最も皮肉とユーモアを感じる一冊である」
【村上春樹氏による訳者あとがきも収録】
世界では今でも、この現在も、残酷な血なまぐさい戦争が続いています。いっこうに収まる気配はありません。それはあとになったら、当事者の将軍たちでさえ「何のための戦争だったかもう思い出せない」ような戦争であるかもしれません。そんな中で「世界で最後の花」を守るために、多くの人が力を合わせています。この本も、そんなひとつの力になるといいのですが。(「訳者あとがき」より抜粋)
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何で人は戦争をするのかと言えば、何らかの資源の奪い合いというのが本質なのだろうな
だから、人口が適切で人々の生活が充分に満たされていれば戦争は起こらないのかもしれないけど
そんな夢みたいな世界が実現するわけがない
SFのディストピアみたいな、人類が完全にコントロールされたものなら成立するかもしれないけどね
ただ、人類は戦争そのもので滅亡することはない
核兵器がどれだけあっても、それでも生き残る人はいるだろうし
そして生き残った人達やその子孫の生活圏が重なれば、いずれ資源の競合が起きて戦争になってしまうと
絵空事ではあるけど、「世界で最後の花」を皆で大事に育てられればいいのになぁと思う -
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▼マーロウもののなかでも、「とにかく美女にもてまくる」要素満載ですね。ただ、チャンドラーさんが素敵なのは、ただたんにモテるというよりは、
・好感を持たれるけれど。
・基本、利用されまくり、騙されまくり、場合によっては殺されかかる。
・なんだけど、マーロウさんはぶつぶつ言いながらも大まか受け入れていく。
・それでもって、男女のカラダのコトには実はまったくもって及びません。キスがせいぜい。というか、<会話とキス>にこそロマンがある(笑)。
▼原りょうさんを再読したいなと思ったことから、
<マーロウ全部順番に再読して、原りょうさんも順番に再読しようプロジェクト>
が、発動。道半ばです。愉しい。
オモシロかった。相変わらず。
▼あらすじ、と言うことで言うと、翻訳の村上春樹さんも言っているとおり、かなり複雑で分かりにくい。その上、よーく読んでいくと、何か所か破綻している(笑)。
なので、「どういう物語だったのか」ということの、特にミステリの謎解き説得性みたいなものは、チャンドラーの長編はほぼどうでもいいんですが(笑)。
志ん生の落語みたいなもので、多少間違おうがどうだろうが、「節回し」とか「声」とか「言い方」が愉しい。
でも一応備忘しておくと。
・田舎町から田舎臭い垢ぬけない美女が「兄がこの町で行方不明。探してくれ」と依頼。
・探しているうちに次々に死体に遭遇。どうやら組織暴力と薬物からみの事件っぽい。
・そこにハリウッドの芸能界、美人女優も絡んでくる。
~~~以下、キモのネタバレ~~~
●確か、依頼人の女性の<姉>が実は美人女優。隠しているけれど。
●依頼の<兄>は芸能界=暴力団的深みに落剝して、殺されていた。
●そもそも依頼人の<妹=リトル・シスター>も、けっこう悪者で、金のためだったし、なんならほぼ兄を見殺しというか殺しの片棒に近い感じだった。
●マーロウは複雑な真相を最後に暴いて、確か、女優のプライバシーを守り抜いた気がする。 -
Posted by ブクログ
作者が人から語ってもらった話をもとに作られた短編集。「話してもらいたがっている」といわれるそれらの作集にはさまざまな人々の生き方や考え方が描写される。個人的に好きな話はプールサイド。私自身も水泳をやっていた経験があるのもあり、自分の人生の折り返し点を定めるという考え方はとても共感を得た。後5メートルを何回分、そんな気持ちで泳いだこともたくさんある中で、自分の人生を水泳に見立てるととりあえず今の時期を必死にもがくことの大切さや、もがきを繰り返すといつか振り返った時に道が後ろに見える、折り返しを定めることでもう一度奮起したり、終わりに向かってどのように生きるかを計画したり、できそうな気がする。
私は今三十代前半、一度折り返し点をどこかに定めても良いと思った。 -
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春樹さんが、ボストン近郊のケンブリッジに住んでいた1993年夏からの二年間にわたる滞在期。連載されていたのはほぼ30年前となるけれど、いま読んでもあまり時代を感じさせないのは春樹さんのライフスタイルゆえなのかも。
安西水丸さんの絵日記風イラストと、奥さま撮影のスナップ写真がいっぱいなのもうれしい。地元の猫ちゃんたちかわいいな〜。
滞在中は地元ランナーとしてボストン・マラソンに出場したり、家の前の芝生で"ことおよびリス"を発見したり、中華料理アレルギー(!)なのに中国に旅行したり、通信販売にハマって「猫の喜ぶビデオ」を注文したり、年末には車が盗まれて困り果て、遅々としてすすまない修理や保険の手続きに辟易したり。
春樹さんのユーモラスで愛嬌のある文章で日常を覗かせてもらえ、くすくす笑って肩の力を抜きながら読める楽しい一冊です。アヒル・オン・ナ・ヒル。
とくに意識したわけではないそうだが、『うずまき猫のみつけかた』というタイトルなだけあって、ふれあってきた猫ちゃんのエピソードもいっぱいです。
春樹さんが猫の気持ちを想像するときの感性というか、「こんなふうに思ってるのでは」という予想の解像度がすごく好き。
ファンにはおなじみの茶色の虎猫・ピーターは、独身時代に住んでいた三鷹のアパートの近くで拾って、結婚のおりには新居(陽子夫人のご実家。布団屋さん)にも連れていったが……と続くのだけど、春樹さんとピーターの関係が微笑ましくて、ちょっとさみしいけれども愛おしかった。
あとがき。「『うずまき猫』はうまくみつかりましたでしょうか?」とあるけれど、うずまき猫って結局なんだったんだろう?