谷崎潤一郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
2025/11/08
p.20
やや長い間、私は唯、無数の人間の雲の中を嫌応なしに進みました。行く手を眺めると、公園は案外近い所にあるらしく、燦爛としたイルミネエションの、青や赤や黄や紫の光芒が、人々の頭に焦げつく程の低空に、炎々と燃え輝いているのです。道路の両側には、青楼とも料理屋ともつかない三階四階の楼閣が並んで、華やかな岐阜提灯を珊瑚の根掛けのように連ねたバルコニイの上を見ると、酔いしれた男女の客が狂態の限りを尽くして野獣のように暴れていました。彼らの或る者は、街上の群衆を瞰おろして、さまざまな悪罵を浴びせ、冗談を云いかけ、稀には唾を吐きかけます。彼等はいずれも外聞を忘れ羞恥を忘れて踊り戯れ、馬鹿騒ぎの揚句には、蒟蒻のようにぐだぐだになった男だの、阿修羅のように髪を乱した女だのが、露台の欄杆から人ごみの上へ真倒まに落ちて来るのです。そうして見る見る野次馬のために、顔を滅茶苦茶に搔き挘られ、衣類をずたずたに引き裂かれて、或る者は悲鳴を放ちながら、或る者は絶息して屍骸のようになりながら、水に浮かぶ藻屑の如く何処までも何処までも運ばれて行くのです。私は、自分の前へ落ちて来た一人の男が、逆立ちになって二本の脛を棒杭のように突き出したまま、止めどもなく流れて行くのを見ていました。その男の足は、四方八方から現われて来る無頼漢に手に依って、最初に先ず靴を脱がされ、次にはズボンをぼろぼろに破られ、果ては靴足袋を剝ぎ取られて、打ったり抓ったりされるのでした。それから又、酒ぶくれに太った一人の女が、ジオヴァンニ、セガンティニの「淫楽の報い」という絵の中にある人物のような形をして、胴上げにされながら、「やっしょい、やっしょい」と担がれて行くのも見物しました。
「この町の人たちは、みんな気が違っているようだ。今日は一体、お祭りでもあるのかしら。」
と、私は恋人を顧みて云いました。
「いいえ、今日ばかりではありません。この公園へ来る人は年中こんなに騒いでいるのです。始終このように酔払っているのです。この往来を歩いている人間で、正気な者はあなたと私ばかりです。」 -
Posted by ブクログ
2025/11/01
「いやいや、妄想の闇に鎖されたまろの心と、そなたの胸の中とは、雪と墨ほどに違って居る。浄玻璃のように清いそなたは、わざわざ危険を冒して、修行をするには及ばないのだ。そなたの体に間違いがあったら、それこそ麿は上人へ申し訳がないではないか。面白い所へ出掛けるのなら、そなたを捨てて行きはしない。浮世はどんなにいやらしい、物凄い土地なのか、運よく命を完うして帰って来たら、まろの迷いの夢もさめて、きっとそなたに委しい話をして聞かすことが出来るだろう。そうすればそなたは、自分で浮世を見るまでもなく、幻の意味が分るようになるのだ。だから大人しく待って居るがよい。もし上人がお尋ねになったら、山路に蹈み迷って、まろの姿を見うしなったと云って置いてくれ。」
それでも千手は、名残惜しそうに瑠璃光の傍へ寄って、長い間頬擦りをした。物心がついてから一度も離れた例ためしのない友と山とに、ちょいとでも別れるのが辛いようでもあり勇ましいようでもあった。彼の感情は、始めて戦場へ出る士卒の興奮によく似て居た。実際死ぬかも知れないと云う懸念と、功を立てゝ凱旋したらと云う希望とが、小さな胸に渦を巻いた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ日本のわびさびを言語化するとこういうことなのかなと。障子ごしの光、和紙のきめの繊細さ、黒光りする古い木材、蝋燭の火の揺らぎを写す漆器、薄暗い能の舞台と衣装で映える黄色人の肌、わずかな光さえ照り返す金屏風…とうとう羊羹の色にまで(!)美しさを見出して、うっとりするような言葉で表現していた。現代的な道具や急激な欧米化で、日本元来の生活様式が追いやられ、陰の美しさが失われることを嘆いているけど、作者自身も衛生面や利便性、費用面で葛藤があると書いていたので親しみやすかった(バチバチに「日本の古い生活様式しか許さん!」みたいな態度ではないので、現代の暮らしに慣れきっている自分たちが責められているような気持ちにならなくて良かった)
そして、この文章を裏付けるようにどの写真も素敵だった。 -
Posted by ブクログ
先に読んでた上中巻と比べて、この下巻は格段に面白かったし、怒涛の展開で一気に読んだ。
しかもここぞというタイミングで、物語が大きく動く出来事を差し込んでくるあたりはさすが谷崎という感じ。絶妙のタイミングだし、安心しきってたところにだ感想もあるだろうし、人によっては今までの流れからやっぱり!って思う人もいるはず。いずれにせよ、谷崎は物語を動かし読者を引き込む天才!
毎回本当に雪子がかわいそう。幸子も貞之助も優しすぎるゆえにお気の毒。でも妙子の奔放さも嫌いではない。
登場人物全てに好感が持てるのが救い。
そして下巻は完全にホラー化、そしてまさかのバッドエンド、、なのか?!
私的には幸子夫婦みたいになってほしい。
往復書簡が多数出てくるけれど、男性女性日本人、海外の人たち、どの手紙をとっても谷崎の人物を映し出す筆致は素晴らしいの一言。
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Posted by ブクログ
ネタバレえ〜〜〜〜〜〜〜ん、読み終わってしまいました涙、、、めちゃくちゃ面白かった、、全然読む手を止められず、そしてこのMakioka Sistersの行く末をまだまだ読んでいられるという気持ち。。似たような本とか読みたい、、ロス!!!
何が好きだったかって、色々な要素があるんだけど、蒔岡姉妹(と言いつつ、下の3人がメインだけど)のお嬢さん育ちな暮らしぶりとか、お着物や習い事の様子を見るだけで華やかで楽しいし、船場言葉も柔らかくて素敵だし、なんやかんやで仲良し姉妹・時々緊張感、のやり取りも目を離せないし、なんだかんだ全員の気持ちがそれぞれわかるからキャラクターとしても魅力的で、姉妹全員好きだなとなるわけです。あと悦子も可愛かった。男性キャラだと、貞之助が一番出ずっぱりで印象深いし、常識人感あって安心していました。笑
妙子こと、こいさん、最後の方は彼女の描写が減ってしまったので、どんな心中だったのかと思うのだけど、結構言動共に理解できるところもあった。
啓坊のばあやから、実は、、って聞かされた時はもちろん衝撃だったんだけれど、ダメ男とはわかりつつ肉体関係もある幼馴染兼古馴染みな相手とはそう簡単に切れられない気もするし、尚且つお金が絡んできたらさらに離れられないのもわかる。周りから見たら「ひどい!」なのかもしれないけど、妙子からしたら、いやいや自分だってこんな形で尽くしてきたんだから当然の対価である、と思っている可能性もあるだろうなと勝手に想像して、最終手段で?妊娠したのも、周りの心痛を考えれば身勝手と詰られても仕方ないけど、でもやっぱり相談できなかったんだろうとか思い出すと、同情してしまう。。板倉が死んだのだってショックだったろうし。。結局最後、死産というのも可哀想だった。
妙子が赤痢にかかって、啓坊の家から出たいと言った時に、「こいさんは昨夜板倉の亡霊に魘されてから、啓坊の家で臥ていることを気にしているのではあるまいか」(p227)や、「その蝋色に透き徹った、なまかしい迄に美しい顔を視詰めていると、板倉だの奥畑だのの恨みが取り憑いているようにも思て、…」(p.429)などを見ると、自然と夕顔や葵やらを思い出した。
あとは一番最後、雪子が下痢したままです!で終わった一文も、えここで終わり?こんな終わり方?というのも夢浮橋のような雰囲気があって、直前に源氏を訳していたというのに引っ張られすぎかもしれないが、そんなことを思っていた。
以下、好きだったところ
…通路の反対側の席に後ろ向きに掛けていた陸軍士官が、シューベルトのセレナーデを唄い出した。…唄ってしまうと、一層羞しそうにさし俯向いていたが、暫くしてから、又シューベルトの「野薔薇」を唄い出した。(p.56-7)
シューベルトのセレナーデってどうせSwan song(Schwanengesang)でしょと思いつつ、日本語歌詞こんな感じなのか!と聞いてみたりした。そのあと野薔薇が登場するのも、なんというか時代感もあって、すごく好きだったな。
というか音楽の話はここだけな気がする?
音楽に関連して好きだった表現
…白露が消えるように死んで行く母の、いかにもしずかな、雑念のない顔を見ると、恐いことも忘れられて、すうっとした、洗い浄められたような感情に惹き入れられた。それは悲しみには違いなかったが、一つの美しいものが地上から去って行くのを惜しむような、云わば個人的関係を離れた、一方に音楽的な快さを伴う悲しみであった。…(p.81)
そういえばこの音楽の話を聞くことになったお見合いでの蛍狩において、
…あの小川のほとりではあれらの魂が一と晩じゅう音もなく明滅し、数限りもなく飛び交うているのだと思おうと、云いようもない浪漫的な心地に誘い込まれるのであった。何か、自分の魂があくがれ出して、あの蛍の群に交って、水野麺を高く低く、揺られて行くような、…(p.35)というところは、和泉式部の「物思へば沢の蛍も我が身よりあくがれ出づる魂かとぞ見る」を引いているのだろうし、気づかない表現いっぱいあるんだろうなと思ったりした。
隣人の外国人たちが帰国し、時々の規制や戦争関連の話も差し込まれ、徐々に日本全体に立ちこめる暗雲が増す感じがあって緊張感があったし、雪子の縁談も最後ああいう形で御牧とまとまってよかったが、彼女の体調崩しがマリッジブルーとも、結婚したところで訪れる本格的な戦時下での暮らしを思うと幸先が良くない感じも不穏だった。
他に好きだったところでいうと、上流階級の生活が垣間見えるところ!関西という土地もあって全然肌感ないところも多かったけど、飲食店の名前とかわかったらかっこいいし、そういうところに電話をひょいっとして予約を取るのもかっこいい、、、笑。現存のお店がどれだけあるのかはわからないけど、残ってるお店で堪能ツアーしてみたいなあ
…柿伝あたりの仕出しであろうと、京都の食味のことに委しい幸子は推した(p.403)
…別に御木本で真珠入りの鼈甲のブローチ兼用のクリップを買って…(p.337) ーミキモトって御木本!!
あとは言葉遣いがもちろん引き続き素敵だし、イントネーション想像し切れてないところがあると思うと、悔しいですけど笑、悦子の口調はどういうニュアンスなのか気になった。
…こいちゃん今夜は泊って行きなさい、と悦子が云い出し…(p.294)
「姉ちゃん、東京へ行って来なさい」と、悦子が大人めいた口調で云った。(p.325)
それにしてもこれで谷崎、東京生まれ・育ちなのかいいいっていうのが面白かった笑。てっきり関西の人かと思っていたけど、よくよく詳しいなあ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ上巻は雪子の見合い話が中心であったが、本巻では妙子周りの人間関係であった。カバー裏に、雪子の縁談を早く取りまとめねば、というような言葉があったので、焦燥感に駆られた蒔岡家の奔走が描かれると思いきや、そちらはほとんど進展せず肩透かしをくらった。ただ、妙子と雪子の利害上の対立が浮き彫りになった。当人たちは仲睦まじく接しており感情的な対立は見られないが、板倉の死により一つ悩みの種は消えたものの、利害上の対立は根本的には解決していない。この危うさを下巻でどう着地させるのか楽しみである。
中巻を読み終えて改めて思うのは、この小説は幸子の心の動きにこそ真髄がある。雪子や妙子は物語の中心でありながら、常に我々は幸子の眼を通して細雪の世界を見ている。上巻から変わらず、幸子の苦労は絶えない。自身の流産から完全に立ち直れない中、二人の妹と本家の意向をまとめるのにまさに東奔西走する、その細やかな気遣いに心打たれる。幸子の心理描写は精緻かつ著者の愛情に満ちているようにも感じる。幸子の幸せを切に願う。
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Posted by ブクログ
ネタバレ新潮文庫のカバー裏に盛大にネタバレが書いてあって、ここまで読んできたのになんてことをしてくれんねん!と少しだけ怒ってたんだけど、そのこいさんの子は結局死んでしまうし、雪子ちゃんも結婚決まったけどお腹ピーピーになって、だ、大丈夫かな…ってなるまさかのドタバタエンディングだった。この先もこの姉妹には色んなことが起きる暮らしが続いていくんだろうな〜っていうのが想像できて、はい、とにかく雪子ちゃんは結婚できてめでたしめでたし。の感じじゃないのが逆にリアルで個人的には良かったけど、こういう最後を望まない人もいそうだなとは思った。賛否が分かれそうというか。
それにしても、谷崎潤一郎の作品は痴人の愛とこの細雪しか読んだことがないけれど、いつも物語に引き込まれて、早く続きが読みたい!ってなる。細雪に関しては気になりすぎて夢にまで登場人物が出てくるくらいだった。個人的に苦手な長編をここまで早く読み進めることが出来たのも、谷崎潤一郎の物語の作り込みがうまさがそうさせたんだろうなと思う。 -
Posted by ブクログ
陰翳礼讃
著:谷崎 潤一郎
出版社:KADOKAWA
角川ソフィア文庫 L 203 1
戦後間もない時期に書かれた随筆、日本人であることを意識させられるような内容である
木と和紙によって和らいだ夜の灯りを、谷崎潤一郎は、陰翳と表現しています。
あゝ、日本人は、いつからか、そのような陰翳のある世界から、乾ききった、ゼロ・イチの世界に迷い込んだのか。
気になったのは、以下です。
われわれは西洋紙に対すると、単なる実用品という以外に何の感じも起こらないけれど、唐紙や和紙の肌理を見ると、そこに一種の温かみを感じ、心が落ち着くようになる
日本の漆器の美しさは、そういうぼんやりした薄明りの中においてこそ、始めてほんとうに発揮される
美というものは、常に生活の実際から発達するもので、暗い部屋に住むことを余儀なくされたわれわれの先祖は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やげては美の目的に添うように陰翳を利用するに至った
われわれ東洋人は何でもないところに陰翳を生じせしめて、美を創造をするのである
美は物体にあるのではなく、物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にあると考える
他
「客ぎらい」はおもしろかった
「厠のいろいろ」は直接的で、ちょっとNG
「旅のいろいろ」は、有名な観光地にいくよりも、風光明媚な田舎ですごしたほうがいいというものです。
目次
陰翳礼讃
現代口語文の欠点について
懶惰の説
客ぎらい
ねこ
半袖ものがたり
廁のいろいろ
旅のいろいろ
注解
ISBN:9784044094713
判型:文庫
ページ数:190ページ
定価:480円(本体)
2014年09月25日初版発行
2020年09月15日7版発行
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