谷崎潤一郎のレビュー一覧
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あらすじ
1936年(昭和11年)秋から1941年(昭和16年)
春までの大阪の旧家を舞台に、4姉妹の日常生活の悲喜こもごもを綴った作品。阪神間モダニズム時代の阪神間の生活文化を描いた作品としても知られ、全編の会話が船場言葉で書かれている。上流の大阪人の生活を描き絢爛でありながら、それゆえに第二次世界大戦前の崩壊寸前の滅びの美を内包し、挽歌的な切なさをも醸し出している。作品の主な舞台は職住分離が進んだため住居のある阪神間(職場は船場)であるが、大阪(船場)文化の崩壊過程を描いている。
感想
没落商家の四姉妹、ある人からフランス語で発行された本をよんで描写が良かったと言われ日本語版を読んでみた。時代背景が違いすぎるが今も昔も
姉妹は変わらないかなって思う。 -
Posted by ブクログ
インテリアや照明に携わる職業の方々に幅広く読まれている本書。日本家屋についてだけではなく、すぐれた日本人論としても読める珠玉の一冊。
日本人が好む美しさとは、省略の美であるということ。空白を持って画面を構成する日本画もそうであるし、無駄な言葉や描写のない小津安二郎、北野武の映画も実に日本的な美と言える。宮崎駿さんが「アニメーションは三歩あるいて十歩あるいたように見せなければ意味がない」というような主旨のことを何処かて語っておられたが、それも日本の美なんだなあと強く思った。また、世界で評価されているのはまさにそれら省略の美そのものなのだ。
その点では若者の流行言葉の略語なども日本独自の文化なのだと思う。一から十まで説明過剰というのは西欧文化なのだろう。しかし、現在の日本では行き届いたサービスや過剰な説明などが多くなり、かなり文化は変化してきている。もちろん外国文化を取り入れることで快適になり、発展するのはうれしいことだ。一概に善し悪しを言えることではないが…。比較文化論としても興味深い内容だった。もっと谷崎を読んでみたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ四女の妙子の出番が多い巻でした。
妙子は奥畑という「船場の坊」と駆け落ちしようとしたことがありますが、今度は阪神間に記録的な水害が起こり、川の氾濫で今にも溺れ死にそうなところに駆けつけてくれた、板倉という丁稚上がりの写真家と恋仲になります。
そして妙子は今までやっていた人形作りをやめて、洋裁の道に進み、洋行してあちらで手に職をつけたいと望むようになります。
幸子らは反対して、欧州の動乱により洋行は中止になります。
そして、板倉は耳の病気が元で細菌が体に回り、片脚を切断され、しばらくして亡くなってしまいます。
神戸の鮨屋の「与兵」に幸子、夫の貞之助、雪子、妙子で食事にいく場面の新鮮なお鮨のネタの描写がなんともいえず美味しそうでした。
コロナが収束したら、久しぶりに回る方のお鮨でもいいから食べに行きたいと思いました。
この小説は、こういった上流中流階級の家族のやることの描写を楽しむ小説でもあるのだなと思いました。
今まで読んだ小説の中でも文章の美しさが大変際立っていると思いました。
下巻に続く。 -
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知人にすすめられて。ずっと読みたいと思っていたものの、長らく積読になっていたので消化できて良い機会だった。
句読点のすくない文章は読みにくいなんてことは全く無く、無駄が削ぎ落とされていて張り詰めた高揚感をもたらしてくれた。
盲目の鵙屋琴(春琴)と、彼女に献身的に仕える温井佐助。
二人の主従関係は周囲の人間の理解からは遥か手の届かないところにあって、でもその倒錯した愛はたまらないほど耽美でため息がもれる。ただ二人だけのための二人きりですべてが満たされ完結する世界。
わりに私も己の観念のみで人を愛せるタイプなので、春琴の身に起きた悲劇を追うように全盲となってからの佐助の胸中は痛切に感じた。
こんなふうに愛されてみたい。でもきっと重いんだろうけど。 -
Posted by ブクログ
序盤は、文字間隔や背景の色などで読みにくいのが気になった。
でもこの文章も装丁の内であって、文章だけちゃんと読みたい人は普通の小説を読めば良い訳だから、と自分に言い聞かせながらページをめくっていく内に、マツオヒロミさんの絵にすっかり魅了されてしまった。
これは絵本の域を超えていると思う。漫画、小説、映画など、一つの作品を味わうのに色々なジャンルがあるけれど、まだ名前のない新たなジャンルを体験しているのではないかという気がした。
お話の方はすごく谷崎らしいのだけれど、今まで主人公を谷崎の顔で想像してしまっていたのがこのイラストに挿し変わるだけで、こんなに世界が変わるのか、と思ってしまった。
素晴らしいコラボで両者の魅力を再認識させられた。 -
Posted by ブクログ
この話の始まりは、色好みの平中こと兵衛佐平定文の色ごとからなる。
時の左大臣は、政敵菅原道真を追い落とした藤原時平(通称しへい)。時平は年老いた叔父国経の若く美貌の北の方に目を付け、自分のものにしようとしていた。かの北の方は、かつて平中も国経の目を盗み忍んだ相手だ。
時平は、国経を持ち上げ追い込み、ついには「我が宝」と呼ぶその北の方を堂々と連れ去ってしまう。
その様子を平中は苦々しく思っていた。平中は色を好むが、相手につれなくされれば燃え上がり、泣き真似が読まれていたり相手の汚物を手に入れようなどとユーモラスかつ粋な恋の駆け引きを楽しむ。そんな彼にとって、見せつけるようにしてその妻を奪うというのは美意識に反したのだ、しかも相手は自分のかつての恋人で、さらに自分の艶話が時平を焚き付けたとあってはなおさらだ。
しかし名うての色事師平中は、時平の目を盗み北の方との文通を続ける。それは北の方と国経との間の男児、後の少将滋幹の腕に手紙を書き付けて北の方と文通をするというやり方だった。
やがて成長した滋幹は、父ではない男の妻となった母の元へ通うことは叶わなくなる。平中の恋も終わる。
だが滋幹にとって母の面影は増すばかりだった。
母への妄執を断ち切ろうとしつつもそれができずに衰えてゆく父を見て、そして父違いの弟を遠くから密かに親しみを感じて、それでも母に会うことはなく四十年の日々が過ぎた。
ある時滋幹は、尼庵の近くに佇む尼僧の姿を認める。
それこそ母だったのだ。幼い頃から母の面影を求め続けた滋幹は、ただただ老いた母の膝下にすがるのだった。
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古典文学で出てくる人々を数々の資料から再構築したお話。
古典文学では菅原道真の祟りで死んだとされる藤原時平をはじめとするその一族たちの政治的手腕を書き、平中の懲りない色事をユーモラスかつ真摯に書き、美しい妻に去られた老人の諦めきれない諦めの心境を書く。
そして、幼い頃から大人の色恋沙汰に振り回され、中年になってもただ母を慕う滋幹の心境を掘り下げ掘り下げてゆく。
貴族たちの恋愛や政治駆け引きは華やかさとおかし味があり、北の方に去られた国経が妻を忘れようと美女の死骸や骸骨に触れてそれでも断ち切れない様相は人の業の深さがある。
谷崎潤一郎の美意識は、汚いもの、おかしいものと表裏一体なのでしょうか。流れるような筆捌きです。
人間模様の織りなす王朝絵巻。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ谷崎潤一郎のフェティシズムをテーマにした短編集。
時には残酷に時にはマゾになる登場人物たちが魅力的。
この作品を読んでいるとサドとマゾは表裏一体なのだなと思わせられる。
そして、女性の体の「そんなところまでみているのか」と逆に感心させられてしまうほどの執拗な描写は谷崎のこだわりを感じさせられる。
やらしいのにやらしく感じさせないのが素晴らしい。
特に、「富美子の足」などは足の描写だけでよく、こんなにもページをさけたな!と思えるほど
谷崎が足フェチを炸裂させている。
登場する女性たちもみんな無自覚小悪魔といった感じで「ふーん、なるほど谷崎はこんなタイプが好きなのか」
とニヤリとしながら読んだ。
一言でフェチって言っても、そんな浅い世界じゃないんだぞ!と
谷崎にえんえんと語られているような錯覚に陥ってしまうそんな作品。 -
Posted by ブクログ
猫リリーと庄造と品子(前妻)と福子(後妻)。それに庄造の母おりんが絡むのだが、猫の動きの描写が実に素晴らしい。隷属を好まずしかし愛玩される猫の振る舞いの数々、愛猫家にはたまらない一冊であろう。甲斐性なしの庄造の愛情が人間の妻よりもはるかに猫にばっかり向いていることを、2人のおんなそれぞれが嫉妬したため、前婚も後婚もうまくいっていないのだが、それでもなお猫に振り回される庄造と、そして嫌っていたはずなのにいつの間にか猫を大好きになってしまった前妻と、相変わらず癇癪もちで夫に厳しくあたる後妻の、それぞれが織りなす関西弁がユーモラス。
登場人物に谷崎特有の色気は全くなく、専ら猫に色気が集中しているこの筆力。なおタイトルは登場人物の序列をあらわしているとのことだが、それなら猫>福子>品子>庄造かな。これから1時間ドラマつくるならこういう傑作をとりあげなくちゃ。なお未完のドリスも収録されてたがこれは駄作でした。
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