谷崎潤一郎のレビュー一覧
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いつ読んでも…
いつ読んでも飽きない。和紙を眺めるときのように心が和むし、示唆に富んでいて、読みながら様々なことに思いを馳せらせてしまう。私ごときが言うまでもないことですが、名著です。
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猫が家族な人、家族にしたいけどできない人…もうとにかく猫が好きな人!みんな読むべし!猫の描写がたまらん!猫とのやり取りがたまらん!これは猫が大好きで猫をよーく観察している、そして猫を愛でている人にしか書けない本だ。心当たりがあり過ぎるセリフにクスクスどころか、大笑い。いつの時代もどこの家も同じことしてるんだなぁ。個人的に飼い猫の名前がリリーなのが我が家のリリーと重ねて読めて更に面白かった。元は打算があったにせよ、最後に品子がリリーに傾倒していくのが、これぞ猫の持つ魔力のような魅力なんだよな…と。意外と知られてない作品のようで残念。書店にて「猫」に関する本の特集をしていた中から見つけた。こういっ
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美しい。
フェティシズムって誰のなかにでもあるんじゃないだろうか?そして、フェティシズムにうっすらと隣接しているのはサディズムでありマゾヒズムである。
堂々と美しく人間の変態性を書く谷崎先生に好感をもつ。きっと妄想が好きなんだろうな。小説家故当たり前なんだろうけど、妄想と変態性が谷崎先生に活力を与えている気がする。わかる!とちょっと叫びたくなる箇所がいくつか。
読んでいて、現在恋をしている相手の姿が脳裏をかすめる。髪とか身体とか、気の強さとか。
私は足への執着は特にないし、あんなにも怪しい経験をしたことはおそらくないのだけれど、共感するところが多々あって、我ながら危険だと思う。
強いて言えば『 -
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薄い本です。後半に入っている、他愛もない掌篇のいくつかが、僕は一番好きでした。
軽くてふわふわ、何のムツカシサも無く、のどごしまろやか爽やかで。薄味で腹に貯まらぬ胃にやさしい。
肩の力も腰くだけな脱力感の中に、ほのめいた品位。群れない孤高と、「へ~なるほど」と。何ともくだらなおかしいユーモアだなあ、と思っていたら読み終わる。
読むたびに心地いい谷崎潤一郎さん。そしてこの本を作った編集者さんに、パチパチ。
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谷崎潤一郎さんの、まあ、エッセイ集です。
無論の事、最近になっていろいろな掌編を集めて作った本ですから、編集具合は谷崎さん本人はあずかり知らぬことでし -
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日本が欧化したからこそ、谷崎は陰翳の愛すべき性質に気付いたのではないかと思う。
肌の色と光の関係にまで及んだことは、成る程と思わされた。陰翳の中にある色香、であったり、見えざるものの持つ怪しさ、であったり。
谷崎は、その陰翳を文学としてみようとする。
日本文化肯定論というよりも、私たちが本能的に愛してきた闇の淡いに踏み込んでいて、読んでいて頷ける読者は多いのではないか。
夏の夜に、蝋燭の灯りだけで過ごすイベントは、エコロジーの観点だけで好まれるのではないように思う。
もう一題。
「現代口語文の欠点について」も、非常に面白かった。
「のである」体の気持ち悪さ、主格不在の文法の欧化による -
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ネタバレ文学と現代小説の境界線にある本を読んだような気分。
「鍵」
お互いに本当の気持ちを隠した夫婦の日記が交互に綴られてて、下世話だけどドキドキして引き込まれた。
懐疑や嫉妬という負の感情は昔から人の心のエネルギーだったんだな、と思い知らされました。
淡々とした日記の文章の裏に潜む妻の陰湿で獰猛な本性が艶かしくて怖ろしい。
「瘋癲老人日記」
「痴人の愛」の主人公がナオミを思い通りにしようとして敵わず最後は軍門に降ったのに対して、この作品の主人公の老人は最初から息子の嫁・颯子に振り回されるのを喜びと感じちゃってるので、哀れむというよりは「どうしようもないなー」と呆れるような気持ちで楽しく読めた。
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ネタバレ私、やっぱり谷崎氏が好き。タイトル見て、全然惹かれなかったのに(表紙には惹かれて買ったけど)、むしろ何回見ても笑えるすごいタイトルやなあ・・・と思ってしまうけど、やっぱりどれも谷崎潤一郎の文章だ。レトロチックで、艶めかしい。
少年・・・子供の視点ってこんなんだったな、と懐かしく思う一方で、なんでこの子たちはこんな痛々しい遊びに嵌っちゃってるんだろう、とストーリーにちょっと不満。
幇間・・・川と花見船の組み合わせが好き。昼の宴会とか。
麒麟・・・中国、歴史、王、麒麟、私がとても好きな言葉、シチュエーション。最後まで退屈しなかった。
魔術師・・・「麒麟」よりもっと好きな世界観。夜のお祭りって -
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全ての作品が、本当のことのように感じました。
フィクションであるとは、感じません。
その原因は、行動・心理の、近さ、と言いますか、そこで起こること起こること、考えること考えることに違和感を感じないのです。
あの『一と房の髪』での露西亜人に対する描写のなんと麗らかなことでしょう。私にはその露西亜人の体の全てが、手に取るようにわかります。
三人の男の心理も同様に、私には理解ができます。
それと、『一の房の髪』の◯◯の部分はなんですか!超気になります。読めないんですかね。
『魔術師』について、ちょっと思うところを書いておこうと思います。
あの魔術師は、手品師であると同時に催眠術師である。つまり、 -
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三島由紀夫は見上げて「大谷崎」と呼んだ。私にとっても神に等しい作家だからレビューを書くのも畏れ多い。かつて法然院の墓に参った時、思わず柏手を打った。すぐに仏と気づいて、恥ずかしかった。
谷崎の作品には、建前の裏に隠れた生々しい情欲と、幼い頃に失った母の美しすぎる記憶への憧憬とが、良く出てくるものだ。
その二つが盛り込まれているだけでなく、とにかく盛りだくさんだ。よくぞ、このページ数に収まるものだ。超絶技巧を持つ作家の推敲の賜だろう。
一人の女を、妻として執着する老人と、母として慕う滋幹は、いずれも谷崎の思いの反映であろう。
そして、ただただ美しいラスト。思わず涙が溢れた。 -
Posted by ブクログ
僕の初めての谷崎が「鍵」だったンだけども、駅のホームで読み始めていきなりウワチャーとなった。冒頭から夫の日記で、「最近性生活が充実してない」「妻は類稀なる名器で絶倫なのに自分は満足させることができなくてくやしい」とかそういうのが頻出する。
「鍵」は夫と妻の日記が交互に提示され、地の文が存在しない日記体の作品。夫は自分の日記で自分の衰え始めた性能力がどうやったら盛り上がって妻を満足させることができるかを書いていて、その日記を妻に読ませようとあれこれ仕掛ける。でも妻もそんな夫の浅い作戦なんてとうに見破っていて、そんな日記読むもんか、ということを自分の日記に書く。お互いの日記の内容が呼応して、その