谷崎潤一郎のレビュー一覧
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猫リリーと庄造と品子(前妻)と福子(後妻)。それに庄造の母おりんが絡むのだが、猫の動きの描写が実に素晴らしい。隷属を好まずしかし愛玩される猫の振る舞いの数々、愛猫家にはたまらない一冊であろう。甲斐性なしの庄造の愛情が人間の妻よりもはるかに猫にばっかり向いていることを、2人のおんなそれぞれが嫉妬したため、前婚も後婚もうまくいっていないのだが、それでもなお猫に振り回される庄造と、そして嫌っていたはずなのにいつの間にか猫を大好きになってしまった前妻と、相変わらず癇癪もちで夫に厳しくあたる後妻の、それぞれが織りなす関西弁がユーモラス。
登場人物に谷崎特有の色気は全くなく、専ら猫に色気が集中しているこの筆力。なおタイトルは登場人物の序列をあらわしているとのことだが、それなら猫>福子>品子>庄造かな。これから1時間ドラマつくるならこういう傑作をとりあげなくちゃ。なお未完のドリスも収録されてたがこれは駄作でした。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ昼ドラのように人間関係がめちゃくちゃドロドロしていて抜群におもしろい。唯一マトモそうに見えた柿内幸太郎すら、なんと最終的には徳光光子と関係をもつに至る。とにかく、登場人物の誰ひとりとしてマトモな者はおらず、全員が異常者である。しかし、本作の真に恐ろしい部分は、その登場人物が展開する愛憎劇それ自体ではなく、果たしていったいなにが真相であるのかよくわからないところである。ラスト・シーンで園子の独白によって明かされるところによれば、園子と幸太郎と光子は3人で心中を試み、園子だけが生き延びたという。しかし、そこに至るまでの過程において、まるでオセロのように、セクションごとに展開が一転また一転とすぐに変わってしまう。ある人物がなにかを主張すれば、そのすぐあとにいやアレはウソだと言われる。頭の中がこんがらがってしまうが、とにかくそのような状況なので、どうして最後だけ書いてあることをそのまま鵜吞みにすることができようか。「たまたま」ひとりになったから物語が終わるのであって、もし3人とも生き延びていたら、やはりつぎのセクションでまたどんでん返しがあるのではないだろうか。そうなるとコレはもう終わりのない迷路のようなもので、じつは谷崎が伝えたかったことは、このような関係こそが男女の本質だということなのではないか。
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購入済み
いつ読んでも…
いつ読んでも飽きない。和紙を眺めるときのように心が和むし、示唆に富んでいて、読みながら様々なことに思いを馳せらせてしまう。私ごときが言うまでもないことですが、名著です。
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猫が家族な人、家族にしたいけどできない人…もうとにかく猫が好きな人!みんな読むべし!猫の描写がたまらん!猫とのやり取りがたまらん!これは猫が大好きで猫をよーく観察している、そして猫を愛でている人にしか書けない本だ。心当たりがあり過ぎるセリフにクスクスどころか、大笑い。いつの時代もどこの家も同じことしてるんだなぁ。個人的に飼い猫の名前がリリーなのが我が家のリリーと重ねて読めて更に面白かった。元は打算があったにせよ、最後に品子がリリーに傾倒していくのが、これぞ猫の持つ魔力のような魅力なんだよな…と。意外と知られてない作品のようで残念。書店にて「猫」に関する本の特集をしていた中から見つけた。こういった本屋さんの企画には大いに賛成!今までもそんな中で良作に出会えたことしばしば…。
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美しい。
フェティシズムって誰のなかにでもあるんじゃないだろうか?そして、フェティシズムにうっすらと隣接しているのはサディズムでありマゾヒズムである。
堂々と美しく人間の変態性を書く谷崎先生に好感をもつ。きっと妄想が好きなんだろうな。小説家故当たり前なんだろうけど、妄想と変態性が谷崎先生に活力を与えている気がする。わかる!とちょっと叫びたくなる箇所がいくつか。
読んでいて、現在恋をしている相手の姿が脳裏をかすめる。髪とか身体とか、気の強さとか。
私は足への執着は特にないし、あんなにも怪しい経験をしたことはおそらくないのだけれど、共感するところが多々あって、我ながら危険だと思う。
強いて言えば『刺青』、『悪魔』、『憎念』、『羅洞先生』が好き。 -
Posted by ブクログ
薄い本です。後半に入っている、他愛もない掌篇のいくつかが、僕は一番好きでした。
軽くてふわふわ、何のムツカシサも無く、のどごしまろやか爽やかで。薄味で腹に貯まらぬ胃にやさしい。
肩の力も腰くだけな脱力感の中に、ほのめいた品位。群れない孤高と、「へ~なるほど」と。何ともくだらなおかしいユーモアだなあ、と思っていたら読み終わる。
読むたびに心地いい谷崎潤一郎さん。そしてこの本を作った編集者さんに、パチパチ。
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谷崎潤一郎さんの、まあ、エッセイ集です。
無論の事、最近になっていろいろな掌編を集めて作った本ですから、編集具合は谷崎さん本人はあずかり知らぬことでしょう。
表題作になっている、「陰翳礼讃」。
「日本的な美っていうのは、陰翳を愉しむ感じの、暗さを愛おしむ感じ。なんでもかんでも明るいっていうのも無粋だよね」
と、いうような内容です。(雑ですが)。
で、このエッセイは、一般の読書好き、谷崎好きという愛好家の枠を超えて、建築の世界でとっても大きな「考え方のよりどころ」というか「考え方の古典」みたいな人気?があるようですね。
この文章は、そういう建築的な提言というよりも、趣味の発表みたいなものとして愉しめました。
あまりはっきり見えないことの喜びというか。悦びというか。ヨロコビ。
現実的な暮らしの実際よりも、「俺はこういう世界観が好きだ」みたいな。
ちょっとこう、暗くって。じめっとして。合理的とか明快さとかで割り切れないぐにょっとした営みというか。谷崎さんですからねえ。
こういう風に言葉で要約されると、ただの変態なんですけど(笑)、それを谷崎さんが文章で小説にしていくと、そこにユーモアもあれば人肌な温もりもあって何だか実にこう、美味しい。
変態さんではありますが、ただの変態ではありません。
この本には「陰翳礼讃」の他に、「現代口語文の欠点について」「懶惰の説」「客ぎらい」「ねこ」「半袖ものがたり」「厠のいろいろ」「旅のいろいろ」の7篇が入っています。
「陰翳礼讃」と「現代口語文の欠点について」の2篇は、エッセイというよりは「説」みたいな文章ですが、ほかはエッセイ、雑文、という類のものです。これがどれも素晴らしい。
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●「現代口語文の欠点について」
明治以降の文章日本語の改革を、一定の評価をもちろん下しながらも。
専門家、人文科学系の学者の晦渋すぎる言葉使いや、文末の言葉遣いの味わいにいたるまで、もう目が眩むくらい素敵に具体的な検証を行います。
それでいて無論の事、谷崎さん。この文章自体が毛ほどの難解さもなくまろやかに軽やかに読み易く進みます。
無駄に難解な言葉使いへの批判など、そのまま2015年の日本語状況にも目が覚めるくらいに当てはまります。
本、文章を読む、書く、などが好きな人には大いにおすすめな一篇。
僕は「陰翳礼讃」よりこっちが面白かった。
●「懶惰の説」「客ぎらい」
なまけたいなあ、ごろごろするのがいいなあ、他人と会うのもシンドイなあ。
というような、それだけのことが素敵な短文。
●「ねこ」
猫好きにはたまらないでしょうねえ。「庄三と猫」の作者ですから。
●「半袖ものがたり」「厠のいろいろ」「旅のいろいろ」
谷崎さんは、東京生まれのお坊ちゃん。都会でモダンで洒落て西洋かぶれで金持ちな育ちです。
そんな谷崎さんが、関東大震災のあとに関西に移住します。
そして、大変に関西が気に入ります。
関西人の着る半袖の着物がいいんだよなあ。色んな厠があるなあ。旅の面白み、こういうの好きなんですよ。
そんな他愛も無い話のそこかしこに、関西礼賛もありつつ、たまに冷静に「こういうのは関西はアカン」というのもありつつ。
このあたりの肩の力の抜けた文章、関西生活がとにかく愉しかった僕としては、にやにやふむふむが止まらない、極上な味わいでした。
これを翻訳ではなく、原文で味わえる。
日本人で良かったなあ、と、僕としてはココに偽らざる愛国心があります。
(できれば谷崎さんが書いた通りの旧仮名で読みたい!というのが趣味としてはありますが…) -
Posted by ブクログ
日本が欧化したからこそ、谷崎は陰翳の愛すべき性質に気付いたのではないかと思う。
肌の色と光の関係にまで及んだことは、成る程と思わされた。陰翳の中にある色香、であったり、見えざるものの持つ怪しさ、であったり。
谷崎は、その陰翳を文学としてみようとする。
日本文化肯定論というよりも、私たちが本能的に愛してきた闇の淡いに踏み込んでいて、読んでいて頷ける読者は多いのではないか。
夏の夜に、蝋燭の灯りだけで過ごすイベントは、エコロジーの観点だけで好まれるのではないように思う。
もう一題。
「現代口語文の欠点について」も、非常に面白かった。
「のである」体の気持ち悪さ、主格不在の文法の欧化による、煩わしさ。
短く、端的に述べることと文学性の相違。
なるほど、現代国語で指摘される欠点は、それが美になり得るものらしい。
分かりやすさと、利便性は科学である。
けれど、文学の持つ魅力はむしろ、そうではないように思う。谷崎の目から見る日本は、なかなか鋭い。
面白かった。再読前提。