谷崎潤一郎のレビュー一覧
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ネタバレ⚫︎受け取ったメッセージ
表面に見えるものが全てではないどころか、
真逆とも言える場合もある。
⚫︎あらすじ
夫婦の日記が交互に描かれている。
お互いが日記を書いていることに気づいて、読んでいるのか、読んでいないのか…
⚫︎感想(※ネタバレ)
夫婦という、どこにでもいる形態、それも場面は家の中だけという形でミステリアスに描かれた作品。夫の、妻に対する欲望と性癖が中心に話が進んでいく。最初はその描写などに気を持っていかれる。妻の方は、夫を嫌う気持ちと愛する気持ちを日記に書きながら、夫の欲望に上手く付き合っている…ように見えて、後半は衝撃。じつはずっと前から妻は夫の日記を読んでいたことがわかる。妻はずっと夫を欺いており、夫を計画的に不健康にしていったのであった。娘の動きが不可解なのは、描写が過激すぎて書き直したところがあり、それも影響しているかもしれないとのこと。 -
Posted by ブクログ
刺青
話自体は展開の予想がついたが、いろんな後世の作品がオマージュにしているんだろう。そういうところではなく、言葉の美しさ(なんて言えるほど学はないが)を浴びるよさ。短さもあって音楽を聞いてるよう
少年
幼さからくる残酷さ、無邪気さ。普通そうはならんやろと思うが、閉鎖的で、階級が存在する社会ならあり得るか。和製、甘口蝿の王。
幇間
座の中心になる人っているけど、こういう下に見られるようなタイプは現代あまりいない、いたとしても終始とはいれないなぁ。やっぱりおもちゃにして遊んでるんだな。
秘密
探偵小説や、犯罪小説の読書を終始喜ばせる「秘密」「疑惑」の気分に彷彿とした心持ちで、私は次第に人通りの多い、公園の6区の方へ歩みを運んだ。そうして、殺人とか、強盗とか、何か非常な残忍な悪事を働いた人間のように、自分を思い込むことができた。
前半と後半で「秘密」のもつ美しさと危うさが変わっていった。前半部の秘密は、経験はないがなぜかすごく共感できる。その自分だけが知り得るという優越感。
後半部の秘密は、解き明かす側だからこそ焦がれる思いと、蓋を開けて失望する感覚。設定に現実味はないのに共感できるってすごい。
異端者の悲しみ
自伝なん?
なんだかんだと理由をつけて、周りに迷惑かけてまで酒と遊びに溺れるシリーズ。本人はもちろんクソだけど、結局有耶無耶にしちゃう友だちもよくない。友だちづきあいには、価値観も金銭感覚も大事。
二人の稚児
信仰によって救われた…のかは解釈。とにかく信仰は本人がよければいいの。お金とか無理なことを強いなければ。
現世ストイックで来世に備えるというのは本末転倒じゃないか。生まれ変わりでなく、無限地獄とか言われたらそりゃ嫌やけど。
母を恋うる記
キサラギ駅?こわーと思ってたら、まさかの夢オチ。母を恋うると、どうしてああいう描写になるのか。舐めたい足の裏?完璧な鼻?濡れたような髪束?
痴人の愛、春琴抄も読んで「マゾヒズムは文化」と括ったら浅学か。 -
Posted by ブクログ
大正7年(※)、新進作家の谷崎潤一郎は麻生市兵衛町に新築されたばかりの永井荷風亭を訪ねた。小さな庭に設えた巴里のカフェに模した丸卓で相向き乍ら、祝いに持参した葡萄酒を注ぎ合った。昨年「中央公論」に発表した『異端者の悲しみ』に現れた妹と父母との遣り取りはどこまで真実なんだい、などと荷風は問い、全部真実です、などと潤一郎は答えた。
「勿論、世之介のように、遊び人の心情に即して描いた小説がなかったわけじゃない。でも君は今にも死にそうな肺病病みの妹を心で罵り、友人の借金を踏み倒し、家にも帰らない穀潰しの貧乏長屋の学生を嬉々として描いた。また新しい文学を描いたね」
「そう先生に褒めて頂けると、耻を忍んで書いた甲斐がありました。思えば8年前に先生の三田文学の批評を頂いたからこそ、今の自分があるようなものです。全く感謝しております」
「いや、『刺青』にしても、『少年』にしても、『秘密』にしても、みんなこの世界的な大都会でこそ生まれるべき、デカダンスな小説を、生ませるべくして産んだ君の成果だよ」
「いえ。そう評価してくださる方は未だ少数で‥‥」
「その上君は、昨今益々消滅しかけている江戸の町の風景のみならず、風俗や、穢(きたな)い所含めての人情を、小説として書き留めてくれている。僕も僕なりにやろうとしているけれども、1人じゃ限界がある。却って感謝しているよ」
「そんな‥‥」
「まぁでも、君のMasochist趣味には付いていけないんだけどね」
アハハハと潤一郎は笑った。其の声には荷風先生とは違う、自分なりの世界を築きつつあるという自負も含んだものだと荷風には聞こえた。
「でも、先生、本当に感謝しているんです。万が一、この偏奇館が地震などで潰れた時には、必ず私が何をものにもかえてお世話させて頂きます」
うふふと、荷風は曖昧に応えた。
このあと27年後に、地震ではなく空襲によってこの館が灰塵に帰し、荷風は遥か岡山真庭の地で、潤一郎の歓待を受けることなど、想像もしていない2人ではあった。
※今気が付きましたが、永井荷風偏奇館入居は大正9年でした。まぁ、もともといい加減なレビューなので、許してください。(23.10.05記入) -
Posted by ブクログ
乙女の本棚シリーズ♪
谷崎潤一郎さん×マツオヒロミさん
読んでみたかった谷崎潤一郎さん。
こういう感じの文章を書かれる方だったんですね〜!
うわ〜読みにク、、、( ̄b ̄)シーッ!
難しい漢字がたくさん出てきたりして、なかなか勉強になりました笑笑
読みにくさはあったけど、なんとも色気を感じる様な美しさのある文章と、マツオさんの妖艶で美しい装画がほんと絶妙にマッチしてて、めちゃくちゃ良かった〜!!
でも正直、この装画がなかったら初谷崎さん、ここまで楽しめなかったと思う。
日常に飽きてしまい刺激を求める男。
そんな男が見つけた「秘密」。
「秘密」というのは、秘密であるからこそ想像を掻き立てさせられ、心騒ぐもの。
暴かれてしまうと、途端に夢から醒めてしまう。
でも秘密と言われると絶対探りたくなるよな〜笑
欲に底なし。それが人間の性かな。
この男はこれからも夢から醒めるたびにずっと、次の刺激を探すんだろう。
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Posted by ブクログ
谷崎潤一郎文学忌 1886.7.24.〜1995.7.30
谷崎忌 潤一郎忌
「刺青」しせい
1910.10 デビュー作のようです。
人々が「愚か」という貴い徳をもっていて 世の中が今のように激しくきしみ合わない時分でした。
この一文から始まる刺青は、小説の時代背景を希薄にして、美しい事が全てという世界観を容認させてしまいます。そして、美しい事、強さがある事は、これからの作品に継承されていきます。
元浮世絵職人の彫師。自分の望む美女に魂を込めて、掘りたい画題がある。彼は、偶然見知った、足の美しい女に「肥料」と題したその絵を掘り上げる。多くの男達の死骸を見つめる桜の木の下に佇む女の絵。女は、彫物によって、より美しく自信を持った。自分の彫った絵と女の美しさに、彼自信も肥料となる。
「少年」
1911.6
裕福な家の同級生の少年。彼は、学校と家でその表情を変える。普段大人しい少年は、家では姉や使用人の子らに遊びの延長として、支配し時には暴力的になる。子供心にその支配に心地よさを感じる。ある日、姉は巧みにその支配を逆転させる。子供達の遊びの中のギリギリの暴力と支配。恐怖と快楽の危うい境界。というような、快楽の目覚め的な情景を詩的に書いてくる。
「幇間」 太鼓持ちのこと
1911.9
生まれ持って、幇間の気質の男。本職は、借金で駄目になり、とうとう柳橋の太鼓持ちに弟子入りする。芸はできるし、お座敷は盛り上がる。芸者に騙されたふりをしたり、妻を寝取られたり、何をされようと怒りの感情を持ち合わせない。人に笑われることに喜びを感じる。結局、そんな男を周囲も可愛がる。
ラストの一行「プロフェッショナルな笑い方をしました。」とあり、本物の幇間としての賛美なのか、プロに徹した生き方への賞賛なのか、わからない。
「秘密」
1911.11
都会の喧騒から逃れ、現実から離れた生活を求めて寺に住み始めた男。酒、読書、女装、に浸る。
自分の女装の美しさに外出をするようになる。
ある夜、昔付き合いのあった女と再会。その女を手に入れる為、男に戻る。女にも秘密が有り、それを隠して男を誘い込んでいた。男は、その秘密を知った時から、女に興味を失う。
「異端者の悲しみ」
1917
東京下町貧民街で暮らす大学生。家、家族全てに不満を持つ。自分には、才能があるのに金がない。金にだらしなく、親戚、友人から借り返すことをしない。何をするでもなく僻み、面倒事から逃げる。とにかくこの男に嫌悪感を持つ。
が、これは谷崎の自伝的小説らしい。デビュー前、自分の環境に苦悶して、精神状態も危ういようですね。
妹が死んで2ヶ月の後、小説を書いた。として終わります。
「母を恋うる日記」
1919
谷崎の美しかった母親を幻想的な夢の中で追い続けるファンタジー。
「二人の稚児」
1918.4
比叡山の上人の元、二人の稚児が修行していた。二人とも、もの心つく前に入山している。二人は女を知らない。15歳となった一人が、俗世間の真実を自分の目で見ようと下山する。そして、山に帰らず、俗世間の素晴らしさを手紙に書いて、残した稚児に届けさせる。しかし、誘惑に負けず信仰を深める決心をする。
煩悩と信仰の間で揺れる。残された稚児も15歳になった時、再び煩悩に苦しむ。再びの苦悶からみすごりという修行に入り、満願の日、前世から繋がりのある女性の事を知る。そして、来世での再会を祈る。
この小説は、すごく面白いと思う。
「女ごのように可愛い」と先人達にほめられるが、女人は悪魔と教えられている稚児達は、混乱する。「菩薩のように美しい」と言い換えられても、女人禁制なのになぜ女人の菩薩なのか考える。
煩悩に苦しむのは、心も身体も大人になりつつある15歳。下山した稚児も、山に残った稚児もそれぞれに自分の気持ちに忠実だったりする。そして、それぞれの道に生きていく。唯識論などを知っていれば、もっとわかるんだろうなあと思いました。 -
Posted by ブクログ
知人と「パートナーがその同性と浮気したらどうする」という話になった。「なんか、敵わないよね」という結論に至った気がする。本書はそんな昔話を思い起こさせる。
ただ、設定としての同性愛や中村光夫が解説で使う「変態性欲」というキツめの言葉、触れ込みの「淫靡で濃密な愛憎」を真に受けると谷崎は誤読すると思う。
見えてくるのは周囲を誤魔化してでも崇拝される者たろうとするエゴに満ちた悪魔的人間と、跪かざるを得ない凡夫たちだ。悪魔はそのまま谷崎的な女性崇拝につながるのだろう。
物語はその関係性を構築するため緻密に稼働する。まるで悪魔に奉仕するかのように。 -
Posted by ブクログ
戦争の足音が忍び寄り、時代の流れには抗えない様相になる中でも、日本の文化的行事や生活様式を変わらぬ価値観で貫いて生きる四姉妹とその家族。我々が生きる現代の日本を思うと、歴史的に見ればほんの数年の第二次世界大戦を経て日本の文化や価値観が劇的に変わったのだと実感する。敗戦とはこう言う事なのかと。。
結婚一つ決めるのも本家の許可が必要とか、戦後仕事も結婚も自由に選べる今を思えば生きづらい世の中だったとも思いますが、引き換えにならない程の今はなき良き日本もたくさんある。
神戸の大水害が実際にあった事とは初めて知りましたが、家のしきたりに逆らい奔放に生きる四女妙子がこの大水害にも巻き込まれて九死に一生を得るなど益々波瀾万丈な人生となる一方、相変わらず結婚が決まらず前に進まない三女雪子の人生がより対照的となってくる様から目が離せない。
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