谷崎潤一郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレきっと私が初めて読んだ谷崎作品は「刺青」だったのだと思います。
教科書に載っていたような記憶があるので。
その時は何と言う作家の作品か知らなかったのですが、なかなかすごい話だなあと印象に残っていました。
手元に用意するのが面倒でちょっとわからないのですが、マゾヒズム小説集の「麒麟」も末喜の話ではなかったかな。
自身の嗜好を体現している女性、のような思いでお気に入りだったのでしょうか。
わたしも封神演技ではだっきちゃんが一番お気に入りだったこともあり、刺青がいちばん気に入っています。
次が青い花、そして冨美子の足かな。
青い花は読んでる最中は、何だこの話・・・早く着せ替え人形して遊んでくれよ -
Posted by ブクログ
マゾヒストに執って―或いはサディストに於いても―、相手は道具でしか無く、自分の内で描いたシナリオに愉悦、美を求めている。それが叶わないのなら、その相手は不要となる。
"マゾヒストは精神的の要素を含まない"と云う谷崎の価値観には、大いに賛同せざるを得ない。それを履き違える者が、此の世に多過ぎる事も。
マゾヒズムもサディズムも、表裏一体であり、何れも各々の価値観を識らなければ、其処に官能的美学は産まれない。それがSMと称されるものの本質であると、以前から私も感じていた。
此の一冊は短編集で構成されているが、中でも「魔術師」と「少年」は私の中では途轍も無く官能美を備えている様に -
Posted by ブクログ
日本を代表する変態作家、谷崎潤一郎の二篇を編んだ一冊。
『鍵』は長年を共にした夫婦が、相手が盗み読んでいるに違いない!と思いながら書く日記が交互に語られるお話し。
『瘋癲老人日記』は教養ある金持ちのジジイが若い嫁への執着と日々の出来事を綴るお話しです。
私は谷崎は二三冊読んだ程度だし、すでに各方面から専門家の詳細な評が出ている(wikiをみてその評価の高さにびっくりだよ)ため簡単に。
まず美文。
やっぱり読みやすいし物凄くわかりやすい。
章の連なり、その中の文の連なり、その中の言葉の連なりに無理や無駄が無いので本当に読みやすいなぁと思います。
時代を超えても読みやすいもんは読みやすいんだ -
Posted by ブクログ
鍵も瘋癲老人日記も、描写より話で読ませる作品です。
一般人が書いた日記の体裁をとっているので、そりゃあいつもみたいに匂い立つような艶めかしい描写されちゃあびっくりですもんね。
もう断然、瘋癲老人日記の方が面白いです。
タイトルからしてイカれじじいの日記ですよ!?
金持ちでドMで足フェチのおじいちゃんが息子の嫁に欲情して、足をしゃぶらせてもらったり、泣きながらペッティングさせてと強請ったり、実の娘には2万を出すのも渋るくせに300万もする指輪(当時の価値では2~3000万位じゃないですか!?)を買ってやったり、ひっぱたかれて逆に興奮しちゃって血圧200オーバーしたり…
なんなの、このイカれじ -
Posted by ブクログ
「鍵」は夫婦の日記をお互いが盗み見るという形で物語が進んでいきます。お互いに見られているかも知れないと薄々感じつつも、顔をあわせるとそ知らぬ顔をしています。とてもよく練られた構成で、最後まで読み終わったときに思わず唸ってしまいます。一方「瘋癲老人日記」は一人の老人の日記です。構成としては一件「鍵」よりも単純ですが、最後に看護婦や医師の診察記録が掲げられ、本人の目線と、周りがそれをどう捉えていたかということが浮かび上がるようになっています。
どちらも、ある種異様な世界を描いてはいますが、不快感を感じることはなく、興味深く読むことが出来ます。 -
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Posted by ブクログ
長く読まれ続けている文章に触れてみたくて手に取りました。
子供の様に若い女性を、どの場所に伴わせても遜色のない妻にする様、大人の男が教育という名目で自分の生活に引き入れるお話。その粗筋の歪さが気になり読み始めました。
いざ隣り合うと、手玉に取りきれず、男側が魔性の女の底深さに少しずつ呑み込まれてゆく様は、ある場所においての普遍的なリアリティを感じました。
女に勝てない男という構図に終始した小さな世界の物語で、そこに至るまでのお互いのやり取りが、客観的に読み進めると、人間の陳腐さの枠からはみ出しておらず、それ故の生々しさも感じます。滑稽でくだらないです。 -
Posted by ブクログ
平中の恋に始まり、国経の妻を権力によって奪う時平、時平に妻を与え苦しむ国経、そして母を乞う滋幹へ。
平中と時平の造形は古典に現れる記事をことごとく渉猟して書かれているが、単なる焼き直しではなく、多数の記事から総合的に見えてくる人物として作者の想像を交えながら再構築されている。
心理や性格までしっかりと再構築されており、古典に材をとりつつれっきとした近代文学として練り上げられている。
滋幹の物語もある日記に取材していると明言されているがこれはフィクションで、典拠を捏造して作者が母恋いのテーマを創造する形。
変幻自在に古典を操っている。
滋幹が最後に母の顔に自分の顔を近づける描写は、国経がか
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