谷崎潤一郎のレビュー一覧
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これから語られる二組の男女の複雑な愛憎劇の当事者の女性が、大阪弁で告白する形式で書かれています。一人の語りだけで、これだけの物語を読ませ、引き込むという流れが高度だなぁと。
園子(語部)は絵画教室で知り合った美貌の光子の小悪魔的な振舞いに夢中になっていく。そこに光子の元婚約者のイケメン男性が入り込む。彼は三人の関係を均衡を持たせようとする。そして、弁護士である園子の良人までも巻き込んでいく。夫は、理性的な人間だったが、光子の奔放な妖艶さに妻と共に支配され始める。光子が思いのまま振る舞い策略していく様子は、恋愛サイコかな。真面目な夫が、どこか真面目な感じに狂っていく様子が救えない。最後は、なかなか。 -
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ネタバレ谷崎潤一郎のイメージというと、耽美、エログロナンセンスあたりが思い浮かびます。
私も若いころ「痴人の愛」「卍」「細雪」らを読んで、驚嘆した覚えがあります。いわゆるフェティシズムのはしりといえるかもしれませんが、明治生まれの人があそこまで極端な性癖を文章として露出できることに感激したものです。といっても内容は概ね忘れてしまいましたが。
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さて、本作「美食倶楽部」は、表題作を含め7作品を収録しています。
個人的に面白いと感じたのは「白昼鬼語」「美食倶楽部」「友田と松永の話」あたりです。
「白昼鬼語」は語り手の私が、神経症的な友人園村の「これから、殺人が起こる。一緒に見に行こう」という誘いから展開するツイスト満載のエンタメ小説。美しき殺人者と恋仲になりそして彼女に殺されたいという、これまた常軌を逸した園村の発言は谷崎作品ならでは。
「美食倶楽部」は、いわゆるグルマンの集まりである美食倶楽部のリーダーの、とある一日の一シーンを切り取ったもの。主人公、全国の美食を食い尽くし飽き飽きしているさなかに漂う芳香に気づきます。香しい匂いに誘われて辿り着いたのは「浙江会館」。メンバー限定のクラブの中からです。どうしてもそこで供される料理が食べたい、きっと本場の本物の中華なのだろう。主人公があの手この手でなだめすかしておすそ分けを勝ち取ろうとする苦心のありようといったら涙がでます笑。これもまたやっと時代が谷崎に追いついたかのような描写でした。ほら、ガチ中華っていうんですかね、人気らしいじゃないですか。
「友田と松永の話」、こちらは、奈良の旧家の奥さんから主人失踪につき相談がある話。主人公は心当たりがあり探りを入れる後に、大変な事実を最後に告白されます。
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それから少し感じたのは、もう大正時代の言葉は古語になりつつあるのかな、ということです。
普通の現代文だとすらすら頭の中に入ってくるのですが、候文だったり時代がかった言葉遣いが多く、口の中でぶつぶつ読みを確認しながら読んでいて、読書スピードが全然出ませんでした。挙句寝落ちも多発。
内容は面白いのですが、うちの子供たちなんかは素で楽しむことは出来なさそうです。きっと「読めない」とか言い出しますね。かといって谷崎を現代語訳する!?それもなあって思います。
10年後、20年後、そのころの若者たちにも谷崎をそのままで味わって欲しいなあと思いました。
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ということで久方ぶりの谷崎作品でした。
内容は実に現代的、言葉遣いが現代人にはやや難あり、といったところ。
日本の近代文学が好きな方、ぶっ飛んだキャラが好きな方、やや古風な言葉遣いに拒否反応がおきない方にはお勧めです。
移りゆく言葉遣いと時代に、一抹の寂しさを感じた初春の休日でありました。 -
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1950(昭和25)年に刊行された『月と狂言師』に、「越冬記」「都わすれの記」「A夫人の手紙」および永井荷風、吉井勇との戦時の往復書簡を加えたもの。最後の資料を除いてどれも日記か随筆であり、小説とされている「A夫人の手紙」は他人の手紙をほとんどそのまま写したようなもので、創作の部分はほぼ存在しないらしい。
実は中公文庫版『月と狂言師』を私はずっと前に買って持っており、これが同書のリメイク版だということを知らずに買ってしまったのである。タイトルとなっている、戦時の日記である「疎開日記」も、同書に入っていたことを、私は完全に忘れていた。なので、大半のものが再読になる。
「疎開日記」「越冬記」は文語体の日記。この時代の作家たちの日記はみんな文語体のような気がするが、そういうものだったのだろうか。谷崎文学の魅力の一つであるあの流麗ですこぶる読みやすい、平易な文体が、ここにはない。
「疎開日記」を読むと、ずいぶんと知人・親戚が入れ替わり立ち替わり登場する。同じ時代の日記を読んだ永井荷風や内田百閒よりも遥かに社交的な生活に見える。もっとも随筆「客ぎらい」を読むと、来客に会うのが面倒で「紹介状のない方には会いません」と断っていたらしいが、それでも日記を読む限り、孤独を極めた永井荷風とは全然異なる生活だ。谷崎は既に結婚して子どもらもいるので、親族関係が豊かなのは必然か。
日記としては、事実を並べてあるのが主で、荷風の「日乗」ほどの文学性は無い。
一体に、本書を読む限り、谷崎の随筆は小説ほどには面白くないように思った。しかし随筆の世評が高い荷風であっても、随筆にはさほど心を惹かれないので、私はあまり随筆に向いていないのかもしれない。
本書の中では、文楽を扱った評論的エッセイ「所謂痴呆の藝術について」が興味深かった。 -
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ネタバレ新潮文庫には未収録の「悪魔」「続悪魔」「神童」を読む。
「悪魔」は陰鬱とした作品。
神経衰弱の佐伯は汽車や地震を極度に恐れ、そのために死ぬのではないかと怯えている。上京して叔母の家で下宿を始めるが、そこには鈴木という陰気な書生がいて、佐伯の従姉妹の照子と婚約をしていると主張する。しかし照子と佐伯は次第に親しくなっていき、鈴木に恨まれるようになる。最後は照子の鼻水がついたハンカチを佐伯がこっそり舐めるシーンで終わる。
「続悪魔」は、佐伯と照子の関係がさらに進み、最後は鈴木に刺されてしまう。
谷崎は「続悪魔」を執筆するにあたって、「悪魔」の結末部分(ハンカチの場面)をないものと思って読んでもらいたいとしている。
「神童」は、驚異的に勉強のできる瀬川春之助が純粋さを失って驕り高ぶり、自分の堕落を悔い芸術を志すまでを描く。最後に芸術に目覚めるというのは「異端者の悲しみ」と同じ。
「人間の歓楽世界の裏側に、こんな秘密な、奇妙な楽園が潜んでいるんだ。 (中略) 一種掻き挘(むし)られるような快楽が、煙草の酔の如く脳味噌の浸潤して、ハッと気狂いの谷底へ、突き落とされるような恐怖に追い立てられつつ、夢中になって、ただ一生懸命ぺろぺろと舐める。」
(「悪魔」p.148)
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