谷崎潤一郎のレビュー一覧
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白州正子の『かくれ里』に谷崎の『吉野葛』の話が出てきたので吉野葛目当てに買ってみた。
奈良には行ったことがあるが、吉野には行ったことがない。行ってみたい土地だ。谷崎の美しい文章で吉野の地が広がる。とはいえ行ったことのない土地は想像が付きづらいので、Googleマップやネットを駆使して実際の情景を見ながら読むのもまた一興。
『盲目物語』は浅井長政の奥さんであるお市の方に仕える座頭による語り。ひらがなが多くて正直読みづらいため、若干うっとなってしまうが、読み始めるとこれが滅法面白い。時は戦国時代。織田信長、浅井長政、豊臣秀吉、明智光秀など錚々たる面々が登場するが、座頭はただ1人お市の方の身を案じる。一昨年、麒麟がくるでちょうどこの時代をやっていたこともあり登場人物が大河メンバーで想像できてしまった笑 戦国時代は裏切りで出来ている。死を覚悟する浅井長政や柴田勝家が本当に切ない。
盲目物語を読んで、谷崎の書く歴史小説の面白さを知った。吉野葛では材料負けで書けなかったとあるが、南朝時代の自天王の話も読んでみたかったなあ。 -
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あらすじ
1936年(昭和11年)秋から1941年(昭和16年)
春までの大阪の旧家を舞台に、4姉妹の日常生活の悲喜こもごもを綴った作品。阪神間モダニズム時代の阪神間の生活文化を描いた作品としても知られ、全編の会話が船場言葉で書かれている。上流の大阪人の生活を描き絢爛でありながら、それゆえに第二次世界大戦前の崩壊寸前の滅びの美を内包し、挽歌的な切なさをも醸し出している。作品の主な舞台は職住分離が進んだため住居のある阪神間(職場は船場)であるが、大阪(船場)文化の崩壊過程を描いている。
感想
没落商家の四姉妹、ある人からフランス語で発行された本をよんで描写が良かったと言われ日本語版を読んでみた。時代背景が違いすぎるが今も昔も
姉妹は変わらないかなって思う。 -
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前から本書が中公文庫に入っていたのは知っていたのだが、今般の改版の機会に購入、読んでみた。
晩年に近い作品だし、日常雑記的な題材を、ユーモアを混じえた平易な文章で書いているので、とても読みやすい。
昭和11年夏に千倉家に雇われた「初」から始まり、昭和37年の千倉磊吉(本書では谷崎のこと)、数えで喜寿の祝いをするまでの間の、同家で働いた女中たちの中から、忘れることのできない人物の姿、性格、働き方などが、様々なエピソードと共に紹介されていく。
日本がまだまだ貧しくて、特に田舎の学歴もない女性には女中奉公のような仕事しかなかった時代ではあるが、磊吉が忘れることのできない人たちと言うだけに、個性豊かな女中さんたちの仕事振りやいろいろな奮闘振りが印象的だ。
結婚して初めて一人前とされていた時代だけに、終盤は各人の見合いや恋愛の末の結婚から家族へという姿が描かれ、喜寿の祝いでの久方振りの再会という形で大団円を迎える。
あくまで磊吉たち使う側からの視点で描かれているので、使われる側がどのような気持ちで働いていたかは見えないし、時代的背景が今とはだいぶん違うから、笑ってばかりでは読めないかもしれない。でも、彼女たちのたくましさには、読んでいて気持ち良くなる。
今回、山口画伯の挿絵が相当な数挿入されている。谷崎により描かれた人物像と、画伯の絵を見比べながら読むことができるのも、贅沢な楽しみである。 -
購入済み
深いんだろうな
原作を読んでみたくなりました。
あの時代にこの内容だと、そら世間は騒いだんだろうな、とか思っちゃいました。
ちゃんと読むと深い内容なんだろうけど、BL慣れしてないせいか、いまいち入り込めなかったです。 -
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芥川龍之介に、「好色」という有名な短編がある
今昔物語を原作にしたもので
とある平安貴族が、惚れた女につきまとったあげく
精神を疲弊して死んでしまうという
考えてみれば、なんだか変な話であるが
対話ではわかりあえない男女関係の絶望を
女性上位でユーモラスに描いたものと言えるだろう
「好色」の主人公は平中(へいちゅう)という男で
どうも実在の人物だったらしい
漁色にばかり熱心な、ぐうたら役人であったが
それゆえ、女好きな一部の上司とは非常にウマが合った
谷崎潤一郎は、この平中を軸にして
平安における色男たちの小さな年代記を作り上げた
それがこの「少将滋幹の母」である
平中を軸にとは言ったものの、タイトルを見ればわかるように
必ずしも平中が中心の話ではない
彼は序盤の、どちらかといえば狂言回しにすぎず
本題はむしろ少将・藤原滋幹、すなわち
平中の上司の妻が前の夫とのあいだにもうけた子供、にある
滋幹(しげもと)の、生き別れた母親に対する思慕が
最終的に語られていくのだが
おそらくは谷崎自身、母親との関係が
自分の女好きな人格形成に大きな影響を与えていると
認識していたのではないか
その点、母親の狂気を恐れていた芥川とは明確に世界観が異なる
女の糞を見れば、彼女への愛も冷めるはず
そんな発想を逆手にとられ
フェティシズムの罠にかけられた平中は
卑屈のあまり糞すら愛そうとしている自分に気付いて絶望した
そして死んだ
しかしそういう理屈を理解したとしても
フェティシズムを快楽と捉える人には
平中の死を実感できないだろう
そこんとこの断絶を埋めるために
会えない母への恋しさを持ち出したのだと思う
つまり、人は総て母の体内から出た不浄のようなものであるから
むしろ不浄は懐かしむべきものだという考え方である
それに焦点を当てて明らかになる芥川と谷崎の差異が
ここでは平中と滋幹の差異に擬せられているわけだ
生は不浄であり、死は浄化である
この作品を書くことで
ある意味谷崎は、芥川の死を浄化しようとしたのではないか
僕はそう思う
だとすれば、逆に谷崎も本音のところで
死は不浄だと認めていることになるけれど
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