谷崎潤一郎のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
再読。
5、6年ぶりに読んだ。
前読んだ時はなんだこのクレイジーな話はっていうおもしろさを感じた気がするけど、自分自身色んな恋愛をして、色んな恋愛を見てきて感じ方が変わった。
愛情には色々な形があって色々な価値観がある。今でこそ「多様性」という言葉が多用されてる(この言葉についても色々と思うところはあるけど、いまはとりあえず置いておいて、、)けど、まさに世間に囚われない夫婦の在り方について書かれている。
何よりすごいのは谷崎がこの話を1920年代に書いてること。当時はかなり受け入れられなかったのでは?
ナオミは譲治というパトロンがいて初めて輝くのであり、譲治と住まう帰るべきアトリエがあって初めて病的に繰り返される不倫が行われる。そしてその不倫はナオミを輝かせ、また譲治を魅了する。
おもしろく、魅惑的で、恐ろしい。美しい女は図に乗ると手がつけられない。 -
Posted by ブクログ
真珠のような美しい人魚と、両親を亡くし全てを手に入れ人生の楽しみを見失った美しい貴公子の少し切ない大人のお伽噺。
由緒ある格式高い家門、若く美しい容姿、国中の美味い酒、彼に身を寄せる美しい女達。
目も眩むような報酬を求め、様々な人間が貢物を持って行くが彼が気に入ることはなかった。
貴公子は豊富な知識で口が達者な商人たちの贋作までも見抜いていくが、そんな中で珍しく一人の異質なオランダ人に大層釘付けになる。
人の目を惹きつけるオランダ人は、貴公子に大変珍しい美しい人魚を連れてきた。
たくさんの人がこの人魚を欲しがったが、対価がかなり高額なためもうあなたしか手に入れることはできないだろう。
信じられない位高価な対価を支払い、貴公子は人魚を手に入れるが。。。
-
Posted by ブクログ
題名は知っているが、読んだことがない名作の代表。
だが、読まないのは勿体無い。
谷崎潤一郎が、「源氏物語」全現代語訳という大作業を行わなければ、決して生まれなかった作品。
現代に「源氏物語」の「もののあはれ」を甦らせる試みだ。
この大作に取り組んでいた最中に、太平洋戦争が勃発、谷崎は発表の場を失う。
しかし、彼は、発表する可能性があるかどうかもわからない作品を、戦時中、描き続けたのだ。
本作には、戦争の影は全く無い。
そこに、谷崎の矜持がある。
読んだ、という人に、本当に読んだかどうか確認する方法がある。
結末はどうだったかを尋ねることだ。
女主人公の一人、雪子が、華族と見合いをするために東京に向かうところで終わる、というのが普通の回答だ。
だが、それだけでは、あらすじを読んだだけという可能性もある。
確認すべきなのは、見合いを行うために、東京に向かう雪子の汽車の中での様子だ。
この大作の最後の一文は何だったか、ということだ。
現代に蘇った「源氏物語」ともいうべき、絢爛たる絵巻の最後は次の一文で終わっている。
「下痢は、とうとうその日も止まらず、汽車に乗ってからも未だ続いていた」!
なんと、スカトロジー(糞尿譚)で終わっているのだ。
ここに、大谷崎の不敵な笑いと、揺るぎない自信を感じざるを得ない。
その笑みに稲垣足穂の面影を思ってしまうのは気のせいだろうか。
蛇足ながら、「源氏物語」と「細雪」に対抗意識を以て三島由紀夫が最後に書いたのが「春の雪」だ。
「細雪」では、雪子が華族と見合いを行うために、東海道線を大阪から東京へ「東下り」するが、「春の雪」では、宮家との結納の直前に、東京から大阪へ新幹線で「東上り」する。
聡子の場合は、堕胎と出家のための「西方」行だが、
東海道線のどこかで、雪子と聡子はすれ違っている。 -
Posted by ブクログ
「堕落させたくないもの程、益(ますます)堕落させたいのです。」
美しい顔をした悪魔はこう言って、涙を流した。
美しいものはそのままにして愛でたい、という思いはあるのに、それを汚してしまいたいと思う己の醜さに悪魔は涙した。悪魔は、人を堕落させるのが仕事なのだろうから、そう思い悩んでしまう辺りが悪魔に似つかわしくなく、哀れんであげたい気持ちになった。
大切にしたいけど、悲しませたい。
清くいてほしいと思うけれど、真っ黒にしたい。
この欲望はどこから来るのだろう。
占有したい感覚、所有して支配したい気持ちは、どうして生まれてくるのだろう。
どうして、美しいものほど、汚したくなるのだろう。
多分、それは、自分を汚れたものだと心のどこかで思っているから。美しいものを妬ましく思っているから。
プライドが高くて自己肯定感低めの私と、この悪魔はシンクロするところがある。
自分より優れているものは、そのまま清く気高くいてもらいたい。だけれど、引きずり下ろして、結局自分と同じ場所の人だったと思って安心感を得たい思いも持ち合わせている。
そして、自分が引きずり下ろしたという、自分の影響力に優越感を感じたくもある。
毒された相手が回復しようものなら、嬉しい反面、より多くの苦しみを与えて堕落させたいと思ったりもする。
自分に満足していれば、そんな酷いことはしない。
でも、誰かに愛されたくて、かまってほしくて、仕方なくそうしてしまうこともあるのも、分かる気がする。
勿論讃えることはできないけれど、こういう矛盾や葛藤が人間らしさなのだと思う。だから真っ向から否定はしたくない。
悪魔も人間も、自分は醜いと思って涙できるのなら、醜くなんかなく、寧ろ美しい部類に入れるという考え方もありそうだ。
湧き上がる気持ちを無理に矯正しようとするのではなくて、自分を含めた悩める人に対し、手を差しのべて、理解しようとする人になりたいなと思った。 -
Posted by ブクログ
耽美だ…
基本的に谷崎ってあんまり共感できる情動や美的感覚ではないけど、「或る調書の一節」はなんか良かった。語り手の男はクズだけど、誰かが自分のために泣いてくれることで自分が救われる気がすることってのはあるかもしれない。でもその為に相手を殴るっていうクズっぷりがすごい。凡庸じゃない、ひとかどのクズで良い。
「白昼鬼語」の終わり方も良かったし、「青塚氏の話」も狂乱爺がホラーすぎて良かった。
後書きの解説にもあったけど、美女に限らず登場人物は大体2面性を持ってるから、それが剥がれたり変化したりするのは面白い。
◯あらすじ
「善に対して真剣になれず、美しき悪業に対してのみ真剣になれるような、奇態な性癖を己に生みつけたのは誰なのだ」―対象の善悪を問わず美しいものへの惑溺に情熱を燃やし尽くした谷崎。大正期の谷崎文学に注目してきた編者種村氏が、表題作ほか7篇で再構成した珠玉のアンソロジー。いま新しく、谷崎文学の再発見。
病蓐の幻想
ハッサン・カンの妖術
小さな王国
白昼鬼語
美食倶楽部
或る調書の一節―対話
友田と松永の話
青塚氏の話
(筑摩書房HPより引用)
表示されていない作品があります
セーフサーチが「中・強」になっているため、一部の作品が表示されていません。お探しの作品がない場合は、セーフサーチをOFFに変更してください。