谷崎潤一郎のレビュー一覧
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谷崎潤一郎の、耽美的な短編2作。
どちらも大正6年(1917年)の作品。
発表当時の水島爾保布の挿画を完全収載。これが時代色もあり、妖艶な魅力で雰囲気を増しています。
「人魚の嘆き」
若くして莫大な財産を相続した主人公の若者は、眉目秀麗で優秀と、何ひとつ不足がなかった。
その貴公子、当初は仲間と遊蕩にふけったが、数年で飽きてしまった。
贅沢な屋敷に選り抜きの美女を集めて側室とし、日々その特技を披露させ、それでも退屈してしまう。
最高に美しいもの、世にも珍しいものを求め続けるのだったが‥
中国は清朝の時代、最盛期だった乾隆帝の次の皇帝の御世というあたりも、爛熟頽廃の気配を漂わせる設定ですね。
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「むかしは良かった」みたいな話かなぁ?と思って読み始めたら、まさにその通りだったので笑った。電灯の普及により明るすぎる座敷、無粋な家電のコード、白く無機質な西洋トイレ…。清潔で効率よく便利なのは確かだが、そのために失われていく暮らしの中の風雅や花鳥風月を、谷崎は縷々嘆くのである。
しかし、それだけで終わらないのは、さすが文豪である。京都の料亭「わらんじや」が登場するあたりからグッと文章がノッてきて、暗い座敷における吸い物椀について語る時などはこうである。
──まずその蓋を取って、口に持っていくまでの間、暗い奥深い底の方に、容器の色とほとんど違わない液体が音もなく澱んでいるのを眺めた瞬間の -
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佐助。男。家は貧しく、9歳のときから裕福な商家で奉公人(使用人)。奉公先の商家の娘・春琴(しゅんきん)。盲目の美少女。「端麗にして高雅」。佐助は春琴の世話係になる。春琴は気位が高く、神経質、他人に弱みを見せない。春琴は佐助が些細な失敗をすると激しく叱責、暴力を振るう。美貌・未婚・資産家の娘。盲目の美少女から”ムチ”うたれる不思議な快感。佐助は春琴を崇拝するように。しかし、ある日、春琴は寝込みを襲われ、顔に熱湯を浴びせられて重い火傷を負う。春琴の顔の皮膚は焼爛(ただ)れ、醜悪な姿に。春琴「見てはならぬ」。佐助は春琴の変わり果てた姿を見る前に、自分の両眼を縫い針で刺し、自ら盲目となる。これで春琴は
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生まれたときからピッカピカに照らされた家で育ったため(父が蛍光灯好き)、光にも影にも鈍感なようで、谷崎さんが語る陰翳は私の生活からはかなり遠い存在。
古い建物を訪ねるのは好きで、この部屋でどのように暮らしていたのだろうかと想像してみる。雨の日に、窓を閉めてしまうと家の中は真っ暗なのだろうか。夜にお手洗いに行く途中、廊下に人が立っていたらさぞかし恐ろしいだろう、なんて思うのだが、上手に思い描くことができない。暗い家で暮らしたことがないからかしら。
当たり前に思っている私の感覚はひと昔前の日本人のそれとはおそらく全く違うのだろう。
谷崎潤一郎=文豪
かなり前に生きた人と思っていたのに、戦前、戦中 -
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ネタバレ前提条件としてこの物語は、美しい者=強い者という世界である。
彫り師が最初は、美を作り、支配していた。
しかし理想的な美女に、刺青を施した瞬間に、変貌を遂げて、こちら側が彫り師を支配するという主従逆転が発生。
美とは、いわば刺青のことであり、鎧でもあり、力でもあり、同時に人を変質されるものである。
また、刺青は彼女の中に眠っていた、支配性や妖艶さを目覚めさせただけである。
刺青をしたら異性から好かれるとかそういった話ではない。自分の中に眠っている気質(本質)は何かに気付き、引き出せるかが、美しくあるために大切なことではないかと感じた。 -
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ネタバレ美しい。
谷崎ならではの色彩豊かな美しい文章表現や魅力的な女性キャラは健在で、そのうえで狂気的ではありつつも恋の真理が描かれていた。
相手の見ている世界を知りたいと願うのが恋で、同じ世界を見ることができたのであれば、盲目になったことなど災いどころか幸福であるという佐助の考え方は真理ではないか。
文中の「佐助は今こそげかいの眼を失った代りに内界の目が開けたのを知り嗚呼此れが本当にお師匠様の住んでいらっしゃる世界なのだ此れで漸うお師匠様と同じ世界に住むことが出来たと思った」「誰しも眼が潰れることは不仕合せだと思うであろうが自分は盲目になってからそう云う感情を味わったことがない 寧ろ反対に此の世
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