東畑開人のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
面白かった。
アメリカではADHDと診断されてリタリンを処方され治療プログラムを組まれる子が、沖縄ではマブイを落としたと言われマブイグミと呼ばれる魂を込め直す作業をするかもしれないし、アフリカの狩猟民の世界では勇敢な狩人とされるかもしれない。
健康って何だろう。治療って何だろう。そんなことを考えさせられる本だった。
この本の結論としては、
・なにをもって「治癒した」といえるのかは、治療法によって異なる。
・「治癒」とは、ある生き方のことで、特に「心の治療」とは生き方を与えること。
・治療とはある文化の価値観を取り入れて、その人が生き方を再構成すること。
・治癒も生き方もひとつではない。臨床心 -
Posted by ブクログ
とても良かった。
1年くらい前にに山崎さんの「精神分析の歩き方」を読んで分からなかった「力動的心理療法と精神分析的心理療法の変遷」についてや、「精神分析的心理療法を行うにしても、自我心理学の知識も大事だよね」と言ってくれている感じが、そうだよねと。いろいろとすっきりした。
本の内容としては、
「ユーザーが現実適応できるように、精神分析理論に基づいて、(心の奥の幽霊の声についてはとくに触れずに、でも治療者が心に留め置いて)ユーザーの自我を支持すべく対話をしてくれる心理療法」の本。
そういう心理療法の実際の流れを2つのケースで書き記してくれて、その時治療者は何を心に留め置き、どう考え、持ちこた -
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『居るのはつらいよ』で「ケア」と「セラピー」の違いに目を開かれたのだけど、本書で本格的に「どこかにいる理想のセラピスト(わたしの場合、河合隼雄)」は、一種のファンタジーみたいなものなんだなと断ち切れた気がする。
専門家ではないので、きれいに説明はできないけど、純粋に学派的な臨床心理学を追究している人から見たら、現場に即して形を変えたり、「無意識」や「深層心理」に触れることなく、日常的なやりとりや現実的なアドバイスで困り事を解決に導こうとするやり方は、邪道だと思われがちだ。
でも、そうではない、というのが本書の主張。
真ん中にあるのはあくまでも「ふつうの相談」で、そこには専門家だけでなく、友人 -
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問題点も含めて、新しい視点をくれる本だった。
自分自身、精神的な病を抱える母が、スピリチュアルに傾倒していく姿を間近で見ており、当事者としてではないが、本の内容に身に覚えがあることも多かった。
そして、なおかつ、ここは問題点でもあるかもしれないのだが、そうした当事者の姿を、あえて軽く、明るく書いてくれていたので、最後まで読み進められた。
私の母も、野の医者になりかけたのだが、私も含めた周囲がそれを受け入れることはなく(できず)、結局その後、病がより大きな波となった時期に、数ヶ月の入院生活と、薬物療法によって、病を調整することとなった。
入院直後は、薬物の影響か、病の転調か、抜け殻のように話さな -
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良書。
精神分析を専門に勉強してきたわけではないため、臨床的な介入の中で精神分析を行うことはまずないが、それでも事例の見立てに精神分析的な観点を取り入れることがしばしばあり、そのやり方を洗練させるためのヒントが本書にはあったように思う。これまで真似事でやっていた見立てを、どの部分に着目して精緻化していく必要があるのか勉強になった。
たしかに精神分析的アプローチとは異なる部分も多く、実践のしやすさが一つのポイントになっているが、今後、精神分析的アプローチへと切り替える場合のことを考えると、自己開示の扱い方や中立性についての問題をどれくらい意識して実践できるかがその後の展開の鍵となるだろうし、そ -
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ありふれた心理療法について、臨床心理学および心理臨床学の歴史と医療人類学と筆者の事例を軸にしながら語られたもの。日々の臨床を真摯に成していくことは大前提だけれど、臨床の知のありふれた一粒を抽出すべく、ありふれた事例研究を書こうと思わせてくれる。妥協と交渉により合金の心理療法しか提供できないけれど、そこには個別性の極みが確かにあり、そこから『心理学すること』と『関係すること』を丁寧に紡ぐことで普遍的な物語となる。その時の自分に可能な範囲で精度の高いものをまとめる。できればどこかでおずおずと発表する。そう決意をさせてくれる一冊。私の師匠も、年に一度は事例をまとめて発表すると、それをご自身に課し今も
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本書は、コミュニケーションのための本ではなく、心の言葉を聞くためのカウセリングのための本です。
聞く技術ではなく、聞いてもらう技術とは、人に聞いてもらえないから。
ちゃんと聞いてという訴えを「聞く」のは難しい。
心の奥底にふれるよりも、懸命に訴えられていることをそのまま受け取るほうがずっと難しい
「聞く」が不全に陥るとき、聞かなければならないとおもっている。それなのに、心がせばまり、耳が塞がれて、聞くことができなくなる。
それは、「聞いてもらう」からはじめよう。
気になったものは、以下です。
■聞くための前提とは
・どこで話そうか、どれくら時間があるといいのか。まずは時間と場所を決めて -
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Posted by ブクログ
身近な人の心のケアについて、授業形式で教えてくれる。深く知りたい人のために、他の書籍の紹介が巻末にある。
こちらに語りかけてくれるような口調で書かれていて、読みやすい。
同僚から愚痴を聞かされ続けて辛かった経験を思い出しながら、読んだ。読んでいて、自分の心の傷も癒やされていく感覚があった。
特に転移・逆転移の話。あの時は職場の人たちが敵に見えていたが、相手の話を聞きすぎたから転移が起こっていたのかも…と思えて、少し楽になった。同時に、自分も誰かに寄りかかりすぎて傷付けていただろうな、と申し訳なく思う。
お守りとして、辛くなったときにまた読み返したい。
【印象に残った言葉】
・普通の会