東畑開人のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
臨床心理士の東畑開人さん、
この本で初めて知ったのですが
…一気にファンになりました。というか虜です。
ユーモアたっぷりで、どの回もニヤニヤ、クスクスしながら読みましたが、カウンセラーとして来談者とのやり取り場面やそこからのお話はどれも深くて…
フィクションとは思えない、、
もう私にとってはどのエピソードも
感情移入してしまい
自分のことのように自分だったら?
こんなことが起きたら…心は壊れるよね…と
とにかく夢中になって読みました
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私たちの心は誰かの心の中で発生する
そういう体験が積み重なって初めて
ようやく自分を振り返られるようになる
自分の心で自分の心の苦しみや喜びに気づけるようになる
===p252
そうなんですよね…
今日も、3歳の次女に「痛かったよね」、「びっくりしたんだよね」と涙を言葉にして抱きしめて
彼女がコクコク頷きながら落ち着くのを待ちましたけれど
そういう子供たちにしてあげることを
大人にも。まずは自分自身にしてあげないと。
この本を読みながら、自分の心に寄り添い続ける時間を頂きました。
最後にふと思って
バジーさんを検索したら…イケメンでびっくり。
本の中にあったスーパービジョンでクライアントに恋されてしまった女性心理士さんのように
私ももしバジーさんの前に座ったら、きっとドキドキして雑念が生まれてしまうだろうから、バジーさんにカウンセリングを申し込んではいけないだろうなぁ(´-`).。oOダンディですッ -
Posted by ブクログ
『カウンセリングとは何か』を読ませていただいてから、専門書なのにかなり読みやすく、面白いとも感じたので、こちらも読ませていただきました。
こちらは、心が落ち込んでいる状態を”雨の日”と例えて、そんな雨の日のケアはどの様にすればいいのかを素人でもわかりやすく解説してくれていて、『カウンセリングとは何か』と同様、やはり読みやすく、またこちらはさらに優しい文体で描かれている印象で、時折冗談を挟んでクスッと笑えるところがあったりして東畑さんのお茶目な部分なども感じ取ることができて一見暗くなりそうな内容にもかかわらず、楽しく読み進められました。
今回、『カウンセリングとは何か』で2026年の新書大賞を受賞されたとのことで
やっぱりすごい方だなあと改めて感じました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ会社を退職するたびに抑うつを繰り返し、休職期間や無職のときにようやく読書時間を設ける体力と意識が働き、文化的に生きて、内省を経て心を取り戻す癖があり、この本を読んでp127.「心にはまだ形になっていない言葉が蓄積され、カチコチに固められている。朝が来ると日常音にかき消されてしまう。」。助けて欲しいと発する事で、整えられるとのことで、1人で勝手に退職を決めて静かに立ち去り、私なんかと自暴自棄になる前に一言、「助けて」と言えるようになれたら、それで仕事を続けられたらと良いなぁと思った。
p38.「いったん止まって様子を見る。」これも大切でメンタルヘルスの最終奥義のようですが、本当に大切。コロナ禍の茫然自失で軽い躁に転換される表現のとおり、私はすぐに躁になってしまう。以前は、躁=元気な自分に元通りで安心しきっていて、自己肯定感も高く、笑顔を心掛けて、明るく振る舞い、優秀か友人を見よう見まねに真似して生きて、気づいたら頭がぼーっとして静止、気がそれ続けて、SNSを見て、比較して落ち込んで、自暴自棄に激辛むちゃ喰いアルコールを飲んで、とめどなく自分を叩き打ちのめしてしまう。
こんな私と友人であることに気が滅入るだろうと友人のSNSに自分がいることがストレスになり初期化したりブロックして削除して、あえて嫌いになったよというフリをしてみたり、どんどんエスカレートして孤独の淵に追いやる癖も、抑うつ期間にしていたと自認していたけどきっと躁状態の時。
もう、本当に立ち止まる。
脆さや孤独を感じた時に、耐える手段を選んだ過去の私は、いろいろ間違っていて、以前は素直な気持ちで笑顔を作れたが、今はどうやって笑えば良いかわからない時もある。
孤独に耐えることは、本当に毒なので、辛くてしんどいときは、黙って、平気なフリをするのでなく、寂しい〜!!!!むりむり、ドラマ見て死んだふりしよう………お風呂に入って温かいお布団の中に潜り込み、好きな素材の毛布でぬくぬくして気持ちいいと感じて、いままで頑張った筋トレの成果を横になった時に感じて、自分を讃えてみたり、布団の中で立ち止まることは割と、やっぱ生きるのが楽しいのかもと、思える瞬間だったりする。
脆くて、孤独が嫌いなので、今すぐ誰かと結婚したいっていう欲望がある。確かに、すぐ結婚はもはや離婚が待ち構えてる。なんだけど!!その、今すぐ結婚はしなくていいから、1.2年以内にしようって言葉だけが欲しかった。なのに、何もその素振りや言葉がないとやっぱり、付き合ってても意味ないと感じてしまって、元彼と別れて、超絶孤独で、大学時代ちょろちょろ付き合ってたから、過去の自分に戻ってしまってまたネガティ。
いや、もう、もはや、結婚してくれなくて良かったとすら感じる。被害者ムーブかますの嫌いだけど、お互いの性格や好みがわかっていて、27歳で復縁するとか、復縁の次は結婚だって誰も予想できないか?と、いや、できない。だって、友人も家族も、あんまり良い恋愛だと言ってこなかったし、逆に復縁を繰り返して、失敗を学びにしないと言うか、呆れられてすらない、興味を持たれていないことに違和感もあったし。
でも、私も私で確かに悪いこと言ったし、傷つけたし。傷つけてしまったことと、結婚してもらえなかったことを御あいこにして、次に進もう。
よーし、とりあえず仕事探して、貯金して、ひとり時間を楽しんで、ダイエットして、独身という身分も体重もお気楽にして、timeleszのオタクして楽しもう。聡ちゃんと風磨を応援して気力を戻そうー!!ばじーせんせい、ありがとうございました!!メンクリ行った気持ちになりました!! -
Posted by ブクログ
僕は占いのみで生計を立てています。
つまり、本書でいうところの “野の医者” です。
これまでいくつかの東畑先生の著書を読んできましたが、本作も最高に笑わせていただきました。
無職時代の東畑先生が、トヨタ財団研究助成プログラムの支援を勝ち取り、沖縄を舞台にスピリチュアル界隈を縦横無尽に駆け巡る、ワクワクするフィールドワーク冒険譚です。
スピリチュアルのエネルギーは良くも悪くも強力です。
臨床心理士として確固たる信念を持っているはずの先生でさえ、大量の謎のスピリチュアルエネルギーに染め上げられ、ミイラ取りがミイラになってしまいます。
しかし、その包帯の隙間から覗く心理士としての眼を光らせ、“人を癒すとは何か” を追究する姿に、ページをめくる手が止まりません。
僕にとって “人が癒される” とは、心がもともと持っていた温かさを取り戻すことです。
それは「心はもともと温かいものだ」という仮定のもと、そこから熱を奪う原因を取り除く営みだと考えています。
そもそも、「癒し」という漢字は、病で寝台にもたれる人の象形と、木をくり抜く工具、そして心で構成されています。
そこには、体や心から悪いものを “くり抜き取り除く” という意味が込められています。
そこで僕は、体や心に悪いもの、つまり悲しみの原因を取り除き、それから、その人に合った方法で温めていく。
これが癒しだと思っていました。
しかし本書を読み、“癒し” は一つではないことに気づかされます。
悲しみに対して人は、取り除くだけでなく、受け入れ、消化し、より強い存在になっていく という選択肢も持っているからです。
東畑先生は言います。
治癒とは、ある “生き方” のことであり、治療者とは信頼のもとにクライエントへ新しい生き方を提示する存在である、と。
生き方も、もちろん一つではありません。
僕は今後も “野の医者”、占い師として、占いを疑い、
「占いとは何か?」を問い続けながら、心理学・社会学・人文知など、ジャンルを問わずたくさんの本を読んでいきます。
そして、そこで得たさまざまなものを、レヴィ=ストロースの言うブリコラージュ ― 身の回りの材料をつぎはぎして新しい意味を作る営み ― のように組み合わせて、無数の生き方を見出していきたい。
その未開の地を切り拓いていく冒険のような人生を思うだけで、僕は今、にんまりしています。
そう。
“野の医者” は笑うのです。 -
Posted by ブクログ
野の医者とは何者か?
“癒しに関わり正規の科学から外れている人で、自身が病み、癒されたい人”
大方、このように臨床心理士の著者は定義しています。
“野の医者”を見ることで、臨床心理学はどういう学問か再考してみるというのが、本書のテーマです。
何だかこのように書くと小難しい感じですが、いやいやどうして著者の語りは、めちゃめちゃ面白い。著者の東畑さんは、ご自分のことを“野の学者”と称しています。東畑節さくれつで、「ちょっと真面目にやってください!」とツッコミを入れたくなるぐらい面白い。
場所は沖縄で、著者自らがヒーリング(怪しい治療?!)を受け、実況中継してくれるので説得力があります。なんと著者の就職活動の様子まで入っている。心理学の理論と、おバカ話?がいい塩梅に混ざり合って、飽きることがありません。
著者と“野の医者”との間に溝があることも、正直に記されています。臨床心理学の考えと“野の医者”の考え、どちらが良いか決めつけることはできず、“人それぞれ”という結論に至るまでの過程が面白く読めます。
“心の治療は時代を映す鏡”という言葉に納得。タイトルにある“笑う”これ、キーワードだなと思いました。この本は面白すぎるところが、一風変わった究極の癒しでした。
著者のあとがきを読んで、東畑さんハートのある人だと感じました。クライアントさんが心を開きやすい方だなぁと。直接言ったら東畑さん、照れちゃうかも知れませんが。
本書は、ouiさんに教えていただきました。仕事柄、認知行動療法、ソーシャルスキルトレーニング、コーチング、エンカウンターなどの本を読んできましたが、新たな視点を得られアップデートできました。ありがとうございました。 -
Posted by ブクログ
いい意味で期待を裏切られた一冊。
「どうやったら日常のなかで相談できるか(もしくは、のれるか)」を知りたくて読み始めたが、そういう実践知みたいなものは、あまり書かれていなかった。
この本で書かれているのは「社会のなかでの、ふつうの相談の位置づけ」専門性が重宝されがちな社会において、専門的でない「ふつうの相談」は軽んじられがちだが、実はそうではない……ということが書いてあるのかなと感じた。
「システムのなかで、どこに相談の受け手がいるのか?」「それぞれの受け手は、何にその行動を規定され、どのような限界があるのか」など、「システムの中における相談」を俯瞰して考えることができ、面白かった。
この本を読み「ふつうの相談が気兼ねなくできる社会になればいいな」と思えるようになった。
本書に出てくるふつうの相談0・A・B・Cは、きっとどれも大切なものなんだと思う。それらのケアが発動される社会であってほしいし、私もそんな社会の実現の一助となりたい。 -
Posted by ブクログ
なかなか読み込むのはハードだったけれど、読めてよかった。とてもよかった。
認知行動療法が、近代の科学的アプローチとして
突如出てきたのではないということ。
「仄暗い夜明け前の古代からの前史があったというイマジネーションに勇気をもらった。」という東畑さんのあとがき、本当にその通りだなと思った。
力動的なものと認知行動療法、非理性と理性、
より糸のように組み合わさり、すべてのアプローチに二重性があるということ。
これが絡まり合いながら、時期によって濃度を変え営まれる両眼視の視点。
認知行動療法の見方がだいぶ変わった。
聞くことで心を支援する
この営みの途方のなさに疲れたとき、古代から人間ってのは同じように悩み続けていたのかと、そんなことを想像してなぜか勇気をもらう。
理性とは何か。
「個」としての輪郭、他人との境界がくっきりしてようやく理性と理性のやりとりができる
境界に薄膜を作ること
果てしないなあ
でも、とても良い本だった。
最後の付録「ストア派セラピーのツールキット―日々の自己改善に向けた養生法」も哲学的でよかった。
果てしない営み -
Posted by ブクログ
東畑さんのエッセイは面白いっ!こんなに面白く書けるなんてズルいと思うくらいに面白い。
文春への連載記事をまとめた一冊である。
本の内容とは離れるが、この本のあらすじには、1年間の連載のなかで東畑さんが何を考えていたかという「舞台の裏側」が書かれている。
いつか本を書きたいと思う私にとって、この舞台裏は大変学びになるものが多かった。
大きすぎる物語のまえで、脅かされる小さすぎる物語たち。心はどこへ消えたか?それは大きすぎる物語に吹き飛ばされたのである。心はどこで見つかるのか?それはエピソードの中にある。
私もエピソードを書いてみたい。そして迷ったら、この本をまた読み返したいと思った。