東畑開人のレビュー一覧
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私たちが人の話を聞けなくなってしまうのは、その人自身が孤立してしまっている時。
部下の文句を受け止めるには、上司自身が他に善きつながりを持っている必要があるし、お母さんが子どもの話を聞こうと思ったら、お母さんの話を誰かが聞いていないといけない。
話を聞いてもらうには、「聞いてもらう技術」がいる。だけど、たいした技術じゃなくて、小手先の技術である。話を聞いて欲しい人と隣の席に座ってみたり、一緒に帰ったり。あとは会議後のzoomで最後まで残ってみたり。焚き火を一緒に見るとか、歯磨きに一緒に行くとか。不安や愚痴を話しやすくなる場を共有してもらうという感じ。
だけど緊急事態であれば、ワケありげな顔を -
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山崎怜奈さんが「コロナ禍に読んですごく救われた」と絶賛されていて気になった本。
臨床心理士の著者の元には、さまざまな悩みを持った人々がカウセリングを受けに訪れる。
アメリカでは美容院に行くような感覚でカウンセラーの元を訪れる人が多いと聞いたことがある。ちょっと前髪伸びてきたから、みたいな気軽な感じで、ちょっと心が疲れてきたからカウセリングに行く。
鬱などの明確な諸症状がないと受けられないと思っていた私は、それを聞いてカウセリングに興味を持ったのだが、本書で初めて、カウセリングは長い時間をかけるものと知った。
著者は時に何ヶ月もかけてクライエントの話を聞き続け、思いを吐き出させる。そこには説 -
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ネタバレ「雨の日の心理学」が良かったので気になっていた本。こちらは論文の形態で「雨の日の心理学」より難しかったけど興味深かった。
世間知と学派知と現場知。いずれも賢いのだろうが、ときにバカになる。専門知は世間知らずになりやすく、世間知は傲慢になりやすい。学派知は暴走しやすく、現場知は閉塞しやすい。(p149)
この部分ほんとにその通り。
たとえば自分の仕事で言えば、「ふつうに考えてその状況はつらいよね」と相談者に共感する心や、「その行動は疾患が大きな原因になっていそう」と分析する知識、「こういう時はちょっと距離を取って様子を見た方が良い方向に転びそう」と経験に基づいた勘。
どれも日々の相談業務にお -
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ストーリーズには少し読みながら考えたことなんかを書いたりもしたけれど、結論を端的にいうならめちゃくちゃ面白くて最高な一冊だった。
答えと「癒し」を求めて奔走する取材と迷走する妄想に笑って、その後の思索を読めば色々考えて知的探求のスリリングさも感じたり、セミナーやスクールの描写に驚いたり呆れたりもしながら、辿り着く「発見」と真摯な結論には納得して感動もして、その後の人生と選択にも共感もしていた。スピリチュアルではなく現実が繰り出してくる「ミラクル」なオチも素敵だった。そして、最後の最後には微笑みながら少し泣ぐんで本を閉じていた。ともすれば軽薄に感じて冷めてしまいそうな部分もある文体を、文庫版のま -
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「ふつうの相談」には、p62〈外的ケアの整備〉と〈問題の知的整理〉の機能がある。この二つの機能が果たされた時にはじめて、情緒的サポート(ラポール)が成立する。この順序が重要。
ラポールを形成してから心理的作業へ、と教科書にはあるが、まだ何の役にも立っていない専門家をどうやって信用できるというのか。p65
ふつうの相談に決定的に重要なのは、ソーシャルワーク的な想像力p63
問題の所在がどこにあり、どう変化するとよくて、それは何によって可能になるのかが知的に整理され、言語的に納得できることの価値は極めて大きい。客観的状況は同じでも、主観的な風景が変化するからだ。進むべき方角を実感できると、〜苦 -
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この仕事は向いていない、私はいつか徹底的に相手を傷つけてしまうことがあるだろう、この分野に身を置くにはあまりに不勉強すぎる(でも何だか向き合えない)、今の仕事は本流ではない…と何度も何度も思いながら、この分野に身を置いてしまっている中で、この本は自分に向けられたものでは?と勘違いしたくなるくらい、お守りになることが書かれていた気がする。
自分の守備範囲がわかっていて、限界がわかっているなら、それはそれで専門性だと思うし、その守備範囲ならではのできることもあるよな、と思った。研鑽していくのはこの守備範囲を広げていくことだったり、自分の守備範囲ってどこだろう(対象しかり、技法しかり、自分自身の力量 -
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ネタバレ未解決事件の遺族である入江杏さんが主宰する集まりの場「ミシュカの森」。
そこへ招かれた方々が「悲しみとともにどう生きるか」をテーマに様々に語ったことをまとめた一冊。
六人の方それぞれの悲しみに対する向き合い方に考えさせられたり理解が深まったように感じたり。
第4章東畑開人さんの「アジールとアサイラムとパノプティコン」という話が興味深かった。避難所と収容所。シェルターと管理所。
そしてその後の対談の中で「自分の物語を物語ることによる癒し」という話がなされます。河合隼雄先生が物語によって生きる力や癒しを得られるというようなことをいくつかの著作の中で語られていたことを思い出しました。
読みながら -
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東畑さんといえば、先ごろ『聞く技術 聞いてもらう技術』がすごく売れた。
気取らない語り口が印象的だった。
本書は、その東畑さんが若かりし日の話。
沖縄で職を失い、自分の拠って立つはずの臨床心理学との関係を捉えなおすために、沖縄のスピリチュアル世界に飛び込み、フィールドワークを敢行した、その記録である。
たしかに、心という見えないものを癒すとは一体どういうことなんだろう。
誰が癒されたと判定するのか。
どうなったら治ったと判断できるのか。
心理学にもなじみがない自分には、そこから謎だらけ。
それをこの著者は、精神医学、臨床心理学といったアカデミズムの権威をもったものから、宗教、街中のスピリチ -
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東畑氏はこれまで、「日本のありふれた心理臨床」などを通じ、純粋な学問的実践からは程遠い、日本のリアルな心理臨床の肯定的な理解と評価を目指してきました。
今回の一冊では、さらにそこから一歩踏み出して、私たちが一庶民として、また一社会人(援助職)として何気なく行なっている「ふつうの相談」にまで触れ、専門職としての実践との接点や差異について触れています。
補遺の「中断十ヶ条」もいい味を出していて、これまでの東畑氏の著作と結びつけながら理解をすると、心理専門職のやることから、一庶民としてやっている「ふつうの相談」まで、「相談する」「話す」ということそのものへの理解へ繋がっていくように思えます。