東畑開人のレビュー一覧
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臨床心理士の東畑開人さんによる連載エッセイなのだが、各回の冒頭と前半部分がコミカルに書かれていて、とても面白く、クスッとしてしまう。かと思えば、後半のカウンセリングルーム内でのやり取りはシリアスそのもので、前後半のコントラストは鮮やかな程である。私は、この対比の中に東畑さんのもつ複数の心があらわれていると思う。肩肘張らず読める著書だし、著者もこの作品を最初に読んで欲しいようなので、まだ彼の著書を読まれていない方には導入に最適と考える。オススメは、部活動の「補欠」の話で、何を隠そう私も運動部の万年補欠だったので、ここまで鮮やかに控え選手の心情を代弁してくれた著書に出逢えたことはなかった。
文句なしの星⭐︎5つ!
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ネタバレ東畑さんの著書を初めて読んだ時から完全にファンになり、これが4冊目です
読書が苦手な私でも、東畑さんの文章が面白すぎてどんどん読めます…気づいたら4時間一気読みしていて夜中3時と気づいて中断しました(笑)
こちらの著書では、ご自身の臨床心理士が行う治癒と、「野の医者」と東畑さんが名付けた、沖縄でスピリチュアルな治療、ヒーリングを行う方々の行為を対比されながら
そもそも目指している「治癒」の状態が違うこと
どちらが優れているとか比べるものではないことを導き出されていて、心にスッと入ってきました。
本を読む前は、スピリチュアルに対してやや不信感があった私ですが、読み終わった今、ヒーラー達が傷ついた過去から自身もヒーラーを目指したくなるその過程も知り、、
色んな人がいて、癒され方もそれぞれよね、と距離感を保ちつつ微笑ましく捉えられる様になりました。
東畑さんの笑いに溢れた講義が聞けるなんて…十文字学園女子大学の学生さん達が羨ましいですーーー! -
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東畑さんの著作は2作目。
「カウンセリングとは何か」よりも、読者ひとりひとりに寄り添うように温かく語りかけてくれる。
心を単純化してしまいそうな時には補助線を引く。
2章 馬とジョッキー
p79.馬の声を聞け
馬とは僕らの心の傷ついている部分でした。心にはなかなかふさがらない傷口があって、そこには痛みがあります。馬は痛みに突き動かされています。その痛みを誰かになんとかしてもらおうとする。
3章 働くことと愛すること
p105.他者が安全であると信じられること。そういう他者が現実にせよ、心の中にせよ、「いる」こと。それが「愛すること」の正体です。
6章 スッキリとモヤモヤ
p228.恩師から言われた耳の痛いアドバイスを、スッキリしてしまうのはもったいない。その言葉は、あなたを傷つけるかもしれないけど、きちんとモヤモヤできたならば、あなたを成長させてくれるかもしれない。
7章 ポジティブとネガティブ、そして純粋と不純
p292.現実は本当のところ、灰色です。白と黒が入り混じった曖昧な色彩こそが世界の本格的なありようだと思うのです。
だから、悲しむことができたとき、僕らの心は以前よりも少しだけ、広く、深くなる。心に複雑なものを置いておけるだけのスペースができる。
これを僕は「ネガティブな幸せ」と呼びたい。 -
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以前も東畑さんの本を読んだことがあるが、毎度新しい発見と「なるほど〜」
と思う視点がある。心理学の方
「PSのときはメールをすぐ送らず、下書きに書いて一晩おくといい」はものすごく納得。そしてわたしも思い当たるので反省
今、ケアする立場にある人(感情労働が多い人、育児・介護中の人など)には特におすすめ。
「ケアの辛さをわかってくれる…!」
でも、それは口先だけの言葉ではなく、
しかし、ケアのよさもそうだよね、あるよね、
とも思える本。
◯こころのケアとはなんだろうか
・心のケアの担い手は素人
・ケアとは傷つけないこと、
ニーズを満たすこと(相手が必要としていること、相手の負担になっていることを肩代わりすること)
依存を引き受けること、お世話すること
・セラピーとは傷つきと向き合うこと、ニーズを変更すること、自立を促すこと
・ケアが先でセラピーが後。
例)仮病の対応
子どもが仮病を使う→休ませる(ケア)
次の日も仮病→休ませる(ケア)
また休みたがる→「どうしたの?」(セラピー)
※最初から
「どうしたの?」では打ち明けられない
・見守る(セラピー)の方がよっぽどパワーがいるときも多い。
★仮病を使う時点で、こころの具合が悪い
◯こころをわかるとはどういうことだろうか
…傷つけないためにはわかる必要がある
・一緒にいる時も、LINEでも「わっ」と思うことがある
…心を自然に受け取っている
・晴れの日とは、どうしたら相手を傷つけないのか、よくわかっている日
・雨の日とは、どうしたら相手を傷つけないのか、わか、なくなっている日
→雨の日は個別的な対応が必要になる
・「死にたい」と相手がいう時
死にたい気持ちと死にたくない気持ちの両方があることを「わかる」必要がある
傷ついているのは希望で、無傷なのは絶望
・いい人と悪い人、味方と敵に世界が真っ二つに分かれているのがPSポジション
(一瞬一瞬に命を賭けている)…異常心理学
いいところも悪いところも両方ある人たちで世界ができているのがDポジション
(過去と未来の全体を見ることができる)…正常心理学
★PSのときはメールをすぐ送らず、下書きに書いて一晩おくといい
・引きこもるって実は非常に攻撃的
◯こころはどうしたらきけるのか
・転移や逆転移が起きないようにするのではなく、修復、やり直すこと
・きく(相手の心を預かる)
→考える(相手の気持ちを考える)
→わかる(自分の心を相手の心に重ねる)
◎また話そう
・相手の気持ちに踏み込むのが怖くて、なかなか深い話を聞けないと思ったら
…多くの場合、相手も無力ではない。
勇気を出してノックしてみて、ドアを開けたくない時は開けないでいい、という姿勢を見せるのが大事。
自分も相手ももう少し信じられるといい
◯こころはなにをすれば助かるのか
・社会が個人主義になり、自由になるのはいいが、孤独になりやすい。
おせっかいのハードルが高くなっている。
・目の前のニーズに応えることが助けるおせっかいであり、
(例:震災で水がなければ運ぶ、トイレが汚れているなら掃除する、仮設住宅への引越しを手伝う)
ニーズ以外のものを押し付ける(きく)のが余計なお世話
(例:被災された方に
「感じ方を変えましょう」というのは暴力」)
・環境を変えるのが助かるおせっかい、本人を変えようとするのは余計なお世話になり
・ケアがうまく行っているときには、人はケアされていることに気がつかない
★環境はうまくいっている時は忘れられて、失敗した時にだけ思い出される
・ニーズが満たされてボエーっとしているときの自分が「本当の自己」
…「本当の自己」になりたいなら、自分探しにインドに行くより近隣の温泉に行く方がおすすめ
(ケアされている時は、ケアされていることを忘れている)
★ニーズを満たしてもらえない局面(環境の失敗)が続き、偽りの自己しかなくなると、こころが死んでしまう
→完璧な環境よりもときどき失敗する環境のほうがよい
(× perfect ◎good enough mother)
・人は孤独になると能力を発揮できなくなる
学校でも、「自分のことは自分でやろう」と言われ
手伝ってもらうことに罪悪感を抱きやすい
◎「一緒にやろう」
・SOSが出せない子には
→先回りしてSOSを汲み取る
◯ケアする人をケアするもの
・孤独にならないことが大切
・ケアはつらい。同時に楽しいこともある
・ケアがつらくなる理由
原因をひとつに絞ると危険。
ケアがつらくなるのは、
こころと社会、
つまり個人の問題と環境の問題の両方があるから
・こころは移動し、つらさは感染する
感染系逆転移で重要なこと
①「どうしようもない親」と自分を深く責めてしまう時、それが子どもの自己否定感の感染だと気づけることは役立つ
②感染しているということは、ちゃんと接触しているということ
・ケアは成果がわかりにくいし、
どの段階で成果と言っていいかもわからない。
・ケアする人をケアするもの
【社会編】
・お金で解決できるものは、お金で
・人手を増やす
(回復などを一緒に喜べると◎)
・権力、承認、仲間も大事
【個人編】
・贅沢とは自分を人間扱いにすること
・勉強◎
知識が孤独を救う
・休養
1人になること
・仲間
・ときどき虹が出ること「も」ある
・ケアする人がケアされていないとき、ケアはつらくなる
ケアする人がケアされているとき、ケアには楽しいところもある
・40を超えると1日のほとんどがケア。
つながりの中で生きているということ
・授業とはただ知識を伝えるだけではなく、こころがこころに働きかける場所である
・どうしたら人を信じられるか?
→練習してみよう -
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筆者の一人である東畑開人(とうはた・かいと)さんは、以前購入し読ませていただいた『カウンセリングとは何か』の筆者さん。特に著者名で探していたわけではないこの本に書店で出会えた時、読みたいというよりは読むべきという衝動が沸いた。そして、それはおそらく間違いではなかった、と思う。
鏡リュウジさんは、占いの界隈で有名なのは知っていたが、著書を手に取ったことはついぞない。だが占星術が専門と聞いて、興味があるにも関わらず著書を手に取らなかったのはなぜだろうかと思う。隣に並んでいたはずなのに、私は別の方の本を手に取った。いや手に取りはしたが、買わなかった。きっと、有名であるゆえの逆張りというか、世間の流行を手に取りたくないというちょっとした反抗期だ。
閑話休題、そういったかたや手に取った著者、かたや手に取らなかった著者同士の対談本。ところで、このお二人が知り合いであったことに驚く。
心理学者と占星術師という組み合わせの対談ではあるが、その話題は多岐に及ぶ。軸足はその二つから動かさないものの、オカルトや神智学、催眠療法や哲学時には統計学に文学と、とにかくいろいろな話題が飛び交う。その中でも共通しているのは、どれもが人々の生活の中で謎にぶつかり混迷した時に、その謎を解体し、統合し、腑分けし、とにかく人々が認識できる形に落とし込むために使われた分野ということ。書中で「神を人間の形に下ろす」と表現されることだが、曖昧模糊とした概念にとかく形を与えながら、その形を解釈するために様々な方法が取られてきたと。占いはその中でも最古のものであり、心理学は占いが及ばなくなった分野を分類するために発展してきた。ゆえに、その過渡期では心理学と占いは関係し合い、分かたれ、再び近寄ることも多かった。東畑さんが前著でも述べているが、カウンセリングとカウンセラーというものが怪しいものと捉えられがちなのも、この流れを汲み続ける比較的新しい分野であるがゆえなのだろう。
そう言われると、臨床心理というのはある意味で(一般的なイメージにおいての)占い的な部分はある。クライアントの話を聞き、悩みはこうですねと当てるのは、覗くものが心か水晶玉かくらいの違いしかないのだろう。そして、こういった断言は心理学でも占いでもあまり好まれないというのも少し面白い。人と関わる職というのは、大なり小なり似たようなところに収束するのだろうか。
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"居るのはつらいよ"を読んだ後に読んだ。自分も沖縄で数年過ごしたこともあり、東畑先生がどのような空気感の元で過ごしていたのか、情景を表現する文章力もあいまって、あまりにもイメージがついた。沖縄は良くも悪くも独特な街で、いわゆる内地の者からすると、拒否反応を起こしてしまうような文化の要素も多数ある。本書では、その要素のひとつでもある、"野の医者"達の活動について深く追求している。表面だけで判断すると拒絶してしまいそうになるものは世の中にはたくさんあるが、深く知ることで見方が変わることもあると、改めて思わされる内容だった。また、沖縄に行ってみたいと思う。
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本書では、まず、「聞く」と「聴く」との違いから入ります。
聞く:声が耳に入ってくること
聴く:声に耳を傾けること
いま、余裕がない社会になっていて、耳に言葉が入ってくることを塞いでしまって「聞く」が機能不全に陥っている状態になっていることを言っていることには、納得します。嫌なことには耳に入れたくない、そんな状態なのかもしれません。声が耳に入ってきても健全な状態でいられるように、心身ともに良好な状態に保っておける術を自分自身で身につけておかなければならないと思いました。
その1つが個人的には「朝ラン」だと思っていますが、本書を読んで、朝ランは「孤独」の環境下に自分を置いていることがよいのかなと思いました。
「孤独」と「孤立」。
外から見れば「一人でいること」になりますが、心の世界では違っていることを本書では言っています。
孤独:鍵のかかる個室にいて外からの侵入者におびえなくていい状態
孤立:相部屋にいて、嫌な人や嫌いな人などが出やり入ったりしている状態
なるほど。心の世界では大きく違うし、自分にとって、朝ランは「孤独」の世界で、自分の世界に入っているときなんだなぁと思いました。
心身共によい状態に保っておけば、他人の状況も見て取れるようになる。
「大丈夫?」「なにかあった?」
職場でも家庭でもちょっとした声掛けが大事だと言われている
その心の背景を理解することができました。
「聞いてもらう」も私にとっては大事なことです。
一番は、いま、病気からの回復期にあること。
見た目は変わらないのかもしれませんが、内面はやっぱり異なります。
病後の日常をnoteというメディアで残していますが
「大丈夫?」と声をかけてもらえるよう「聞いてもらう技術」も
磨いておく必要があるなぁと思いました。 -
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カウンセリングが目指すことや実際の流れを知ることができた。カウンセリングマインドは、自分の生活でも役立ちそうで、一気に読み進んだ。
カウンセリングは、破局にいる人に生き延びるための手を差し伸べる作業だ。カウンセリングのゴールは、究極的には生存(生き延びること)と実存(よく生きる)にある。前者のためには、環境や身体の面から現状を変えることになり、後者では心の動きを変えることになる。会社や学校でのカウンセリングは前者が中心だろうが、心を変えるカウンセリングは人生の深い悩みから逃れるために重要だ。ここを扱った4章がとても興味深かった。終わりの方にあった、カウンセリングは人生のある時期を終わらせる、というところに、そのポジティブな意味を感じた。
本文中にはたくさんの図書が示されていた。興味があるものをピックアップすると、20冊近くになった。しばらく、この分野の本を読んでみよう。 -
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三宅書店の朝井リョウさんがゲストの回で三宅さん朝井さん両者とも名著とおっしゃっていたので購入。
適応障害でお休みしている時に読みました。
作中に出てくるミキさんの仕事への姿勢は私と同じだと思ったし、何もかも私のことか?と思うぐらい思い当たる節しかなかった。
数年前に当時の上司から、組織や仕事にはファジーな部分はあったほうがいいと言われ、尊敬していた方だったから飲み込もうとしたがなんだか意味がよくわからなかった。
今回この本を読んで、理解の入り口に立てたと思った。
朝井さんがTBS CROSS DIGのFUTURE CARDで、本は複雑なものを複雑なまま届けることができる唯一の媒体と言っていた。
心も起こりうる事象も社会も人間も何もかも複雑なのに、白か黒かで片付けたくなる。そのほうが楽というより、いいところもあるけど悪いとこもあるよなぁとどっちつかずな感情を保ち続けることが私にはできないなと思った。
新しく出会った感情や事象の中でも、特に緊急性が高いこと、感情を大きく揺さぶること、いわゆる大切なことほどそうだと思った。
でも、グレーなもののまま心の中に置いておけるようになるには時間というものが活躍してくれることも分かった。
なかなかうまく自分の心と付き合えていないけど、297ページ目の言葉で、まぁ生きてみるかと思った。