白井聡のレビュー一覧

  • 武器としての「資本論」

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    ー 新自由主義が変えたのは、社会の仕組みだけではなかった。新自由主義は人間の魂を、あるいは感性、センスを変えてしまったのであり、ひょっとするとこのことの方が社会的制度の変化よりも重要なことだったのではないか、と私は感じています。制度のネオリベ化が人間ネオリベ化し、ネオリベ化した人間が制度のネオリベ化をますます推進し、受け入れるようになる、という循環です。

    ですから、新自由主義とはいまや、特定の傾向を持った政治経済的政策であるというより、トータルな世界観を与えるもの、すなわち一つの文明になりつつある。新自由主義、ネオリベラリズムの価値観とは、「人は資本にとって役に立つスキルや力を身につけて、はじめて価値が出てくる」という考え方です。人間のベーシックな価値、存在しているだけで持っている価値や必ずしもカネにならない価値というものをまったく認めない。だから、人間を資本に奉仕する道具としか見ていない。

    資本の側は新自由主義の価値観に立って、「何もスキルがなくて、他の人と違いがないんじゃ、賃金を引き下げられて当たり前でしょ。もっと頑張らなきゃ」と言ってきます。それを聞いて「そうか。そうだよな」と納得してしまう人は、ネオリベラリズムの価値観に支配されています。人間は資本に奉仕する存在ではない。それは話が逆なはずだ。けれども多くの人がその倒錯した価値観に納得してしまう。それはすなわち資本による労働者の魂の「包摂」が広がっているということです。 ー

    僕たち自由な労働者は、身分制から解放されて、自由に職業選択を行い、自由に幸せを追求することができる。とは言え、僕たちは、生産手段を持たないので、生産手段を手に入れられない限りは、資本家の雇用化に入らなければならない。僕たちはそれで一定の幸福を感じられる世界にいると信じているし、努力すればより幸福になれる世界にいると信じている。階級闘争なんて、おどろおどろしい時代錯誤なものだと、どういうわけか感じてしまう。「危ない奴」と警戒してしまうのは何故だろう?それは、僕たちが階級闘争に慣れていないから。資本家たちが必死にひた隠しにしてきた、階級闘争なんてあたかも無いかのような世界で育ってきたから。学校にも会社にもテレビにも広告にも階級闘争は見当たらない。階級闘争まがいはあるが、それが僕たちの世界の話であるようには描かれていない。資本家たちは、階級闘争を続けてきた。搾取を資本家たちの手に取り戻すために、彼らは彼らの階級闘争をずっと続けてきたんだ。僕たち労働者がのんびりしている間にも、資本家たちは、より効率的により多くの搾取が可能となるように階級闘争を続けてきたんだ。ネオリベというのがそうだったとしても、僕たちは政治を語らないし、階級闘争からも疎外されてしまっている。闘う手段を奪われた僕たちは、このまま微睡んで搾取され続けなければならないのだろうか。それでいいはずがない!

    と、いうのがよく分かる作品。

    分かるからといって、この暖かく居心地のいい緩やかな世界から、階級闘争の革命闘士になれるわけでもない。なぜなら、僕たちは生産手段を持たず、階級闘争からは疎外されているのだから。

    とは言え、まずは“知”という“武器”を手にする必要がある。これが、この作品のメッセージである。

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    2022年09月11日
  • 長期腐敗体制

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    あの悲劇的な事件があった今こそ、情緒を排して安倍政権とは何だったのかを冷静に問わなければならない。今までずっと政治に関して薄々感じてきた違和感が鮮やかかつ冷静に描かれており、日本国民必読の書である。が、しかしこれを読んで「そうだそうだ、確かに安倍政権は何の成果もなかったし、寧ろ世の中は劣化した」と共感できる知性を持っている人は残念ながら少数派だろう。これも長年に亘る愚民化政策の成果であり、自民党の思い描いた通りの結果になっている。もう後戻りできないところまで行ってしまっているようにも感じる。非常に残念だ。

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    2022年08月25日
  • 武器としての「資本論」

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    「資本論」の解説本の中では一番わかりやすいと感じた。資本主義は、ひたすらに生産性を向上させることを追求するものであり、その結果として労働の価値が低下するとの指摘が一番の学んだ点。

    共同体の中では、富や労働の貸し借りが頻繁に行われ、人間的な付き合いもする。商品は共同体の間の交換によって発生していた(p.54-55)。近代資本主義が始まると、生産的労働が商品交換を介して行われるようになり、労働力が売り買いされるようになって、共同体の外の原理が共同体を飲み込んでいった(包摂)(p.60)。

    マルクスは、生産の目的が商品を売ることによる貨幣の獲得になること(形式的包摂)と、生産過程の全体が資本によって組織化されること(実質的包摂)を論じた。さらに著者は、人間の思考や感性までもが資本によって包摂されると論じる(p.89-90)。

    マルクスは、労働力と土地が商品化されたときに、その社会は資本制社会になったとみなした。生産手段を持たないため労働力を売るしか生活手段がなく、身分的束縛がない自由な労働者が存在し、土地の売買が自由化されることで資本主義が成り立つ(p.95-96)。

    労働によって形成される価値が労働力の価値よりも大きいときに、剰余価値が生産される。デヴィッド・リカードは、労働者の賃金が労働者が生きて再生産されるのに必要な費用に落ち着くと考えた(賃金の生存費説)(p.120-122)。労働時間を長くすることによって剰余価値(絶対的剰余価値)は増えるが、社会全体で労働者を確保するために、法による労働者の救済措置がとられるため、限界がある。同じ生産をより短時間で行い、生産性を上げることによって剰余価値(相対的剰余価値)を増やすことができ、これが資本主義以降に追及されてきた(p.133-138)。

    フォードは20世紀後半、労働者を絞り上げるだけの対象ではなく、比較的高い賃金を払うことによって消費者に変えようとした(フォーディズム)。この動きの背景には、資本主義vs.社会主義のイデオロギー対立の時代の中で、平等と福祉を喧伝する社会主義を前にして、資本主義体制も階級格差を緩和しなければならない動機があった。また、戦前の帝国主義政策の背景に、国内の労働大衆の購買力が小さく、市場を国外に求めていたことがあったため、労働者階級を富裕化して中流階級化することが課題だった(p.146-149)。

    生産性の向上とは、労働の価値低下を意味する。資本はひたすらに増えていく運動であり、そのために生産力の向上が要請される。人々の物質的に豊かになったのは、その副次的効果に過ぎない(p.168)。

    イギリスにおける囲い込みは、15世紀末から16世紀にかけて毛織物産業が発展して羊毛の需要が高まった第一次と、18世紀後半から19世紀初頭にかけて農業の資本主義化が進行した第二次がある。このプロセスは、大土地所有者やブルジョワジー、資本家が政治に圧力をかけて囲い込みを可能にする法律を作らせることによって行われた(p.183-184)。

    日本では、明治政府の廃藩置県によって領主が廃止され、土地売買が解禁された。1873年の地租改正によって、地価に応じて税金が決められたため、地租を納められず土地を譲り渡す農民が続出した。1876(明治9)年の秩禄廃止によって特権階級を失った武士が反乱を起こし、その最大の西南戦争では明治政府が不換紙幣を乱発したため、インフレーションが起きた。大蔵卿の松方正義は、増税と歳出抑制を組み合わせた緊縮財政を行ったためにデフレが進行した。生糸や米などの農産物の価格も下落したため、農民は土地を売って自作農から小作農へ転落し、土地は地主に集中して資本家となった。これが日本における本源的蓄積の時代となった(p.189-194)。1929年の世界大恐慌によって、農村における現金収入を支えていた養蚕業が崩壊したため、農村の過剰人口を解消するために起こしたのが満州事変だった(p.196)。現代においても、脱正規化やアウトソーシング、外国人労働者の受け入れ拡大の形で労働価値のダンピングが行われている(p.207)。

    戦争は、土地を更地にして開発することで有効需要を生み出す特効薬になる。アメリカには、第二次世界大戦によって恐慌を脱し、世界経済を支配する大国になれたという成功体験がある。イラク戦争では、既存の権力を消滅させ、企業が自由に活動できる空間をつくり出そうとした(ナオミ・クライン「ショック・ドクトリン」)(p.217-218)。

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    2022年08月19日
  • 撤退論

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    「まえがき」の内田樹の文章の衝撃たるや。
    21世紀末には、総務省の中位推定で、日本の人口は4700万人に。7000万人も減るという。
    そして、この事実を国は知ってはいるが、「このシナリオを国民に対して開示する気がない」にっちもさっちもいかなくなってから、我々に、さて、「日本は沈みつつありますが、生き延びる手立てはもうこれしかありませんと手の内を明かす」だろうと。
    その時には「強者にすべての資源を集中し、弱者は見捨てる」というシナリオは出来上がっている…。

    そうだろうと思う。そうなのだ。たぶんもう出来上がっているのだ。我々庶民はうかうかしてこれからだまされるのだ。

    この「まえがき」と白井聡と平田オリザの論考が、特に優れている。この三箇所だけで、この本は⭐️5つだ。

    白井聡はあまりにもハッキリとこの本で、誰もがそうではないか?と薄々気づいていたことを明らかにした。「われわれは根本問題の所在をはっきりと認める必要がある。日本の政治が見るも無惨な状態にあるのは、官僚機構が、あるいは政界が劣化しているからだというよりも、そうした堕落を許すどころか、腐敗堕落した勢力をわざわざ選択し、それに権力を与えている有権者の無知と堕落のためだ、という事実が正面から認められなければならない」

    とうとう言ってしまった(笑)
    ここを読んだ時間が寝る前だったので、その日は寝付くことができなかった…。白井さん!

    平田オリザの指摘も示唆に富む。
    西洋のリアリズムを情緒、感傷的に読み変える日本文化。
    この甘美な情緒が産むものは何か。

    せめてソフトランディングできたら、と願う。

    兪炳匡の「プランB 」が少しでも実現できたらと思うが、この国はできないだろうな…。
    兪さんの指摘、「著者が懸念するのは、現在の日本で生まれ育った人が、欧米諸国に留学ないし就職する際に、『基本的人権の尊重は建前であり、本音では揶揄・否定しても構わない』との言動をとりかねない」こと、さらに、「個人を評価する時に、日本では、仕事をする能力と倫理観・価値観を『足し算』によって評価」するが、「欧米での評価方法は、『掛け算』ですので、差別発言がある限り、高い研究実績を乗じても0以下になり」、「特定の大学だけでなく欧米の大学・政府組織・企業から永久に追放されます」は重く受け止めた。
    つい最近、映画人をはじめとする文化人のセクハラに関して、その作品までも追放するのか、という発言が、なんと新聞にまで登場したことが思い出される。
    言論人でさえ、足し算に疑問すら持たず、掛け算の発想すらない、その程度の知性が新聞をつくる国なのだなと思う。

    今回の「撤退」に関するアンソロジーは、しみじみ読んでよかったと思うが、しみじみ悲しくもなる。

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    2022年06月01日
  • 撤退論

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    涙あり、衝撃あり。15通りのメガネをかけさせてくれる、とても有意義な一冊。
    一人ひとりの論考をじっくり味わいたい、でも面白すぎるし文章の量も程良いのでもう1人読みたい、もしくはこの人の別の著書を早く読みたい、そんな気持ちになった。
    新しい時代がそこまで来ている、そんな予感がしてくる。

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    2022年05月30日
  • 属国民主主義論―この支配からいつ卒業できるのか

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    対談というのは面白いもんだね。普通に著書を読むよりもどんな人間たちなのかがよく分かる。二人の考えることほとんど納得だ。

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    2022年04月10日
  • 未完のレーニン 〈力〉の思想を読む

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    レーニンという人物が何故、資本主義、国家をこの世から暴力革命という非民主的な方法で破壊して、ソビエトという民主体制を作る矛盾した事をしたのか?、コレ全てがレーニンによる完全な論理によって行動されていた事を示してくれる驚愕の名著。
    レーニンの革命はまだ終わるどころか始まってもいなかった事を購読後我々に教えてくれるだろう。

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    2022年03月25日
  • 武器としての「資本論」

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    ネタバレ

    ー資本主義とは。
    富は資本主義以外の社会でも存在するが、その富が商品という形で発生するのが資本主義の特徴。商品は共同体間の交換。後腐れのない等価交換。
    労働に関しても商品として扱われるようになっているのが近代。もともと労働ってのは共同体的な作業(富の生産作業)だったが、それが共同体外の活動(=商品の生産であり、労働自体も商品)になった。
    労働の過程すらも資本に取り込まれた状態のことを実質的包摂と言ってる。(農業やってるときに買い取りをしてもらうとかは別に農業のアウトプットの仕方は固定されてない。労働者にやり方は任せてるときは包摂は低いということか。生産性を高めるということは自動化であって、機械化。機械化は生産の過程に対しての意味なので、実質的包摂度の上昇につながる。資本家からのアウトプットの仕方を固定されていない状態(形式的な包摂)から生産性向上をするにつれて、包摂度を上げていくほかなくなる。そうすると最終的に感性すらも包摂された人が生まれてくる。それがネオリベ。資本のために働く人であって商品の性質を全肯定する存在。筆者はネオリベを資本家の階級からの階級闘争と言っている。資本家にとってうまみのある感性なのだろうし、なんとなくそういう感性の持ち主は現代においても結構いるような気がする。
    ただ、その論理だけでは成り立たなくなっているのが現状だと思う。
    この論理だけではエッセンシャルワーカーや教育者など社会にとって重要だが、稼げないところにお金が落ちなくなるため。それを政府が支えるということだろうけど。
    難しいのは確かに包摂度は上がっていくが機械化や自動化を実現できると世界が変わって見えるし、成し遂げた喜びというのももちろんある。また生産性向上によって商品の総量は間違いなく増えてる。なので労働者にとっても包摂度が上がっていくことが全否定されるべきでもないとも思う。

    ー労働はなくならない。
    そういう包摂度が上がっていく資本の運動をマルクスはM-C-M'という式で表した。つまり「お金(money)で商品(Commodity)を買う。その商品をM'で売ることで資本が増える」とした。M'はもともとのMから幾分か利益がある状態(M'=M+ΔM)としている。そのΔMは剰余価値と呼ばれ、例えばそれは空間的な差異を理由に価値が発生している場合、グローバル経済に紐づくし、時間的差異をもとに金融は成り立つ。またマルクスはイノベーションにおいても時間的差異による価値だとしている。画期的な発明があったとして結局真似されてコモディティ化すると発明当初の価値はなくなる。それは値段が下がるという意味で買い手からするといいことだが、売り手からすればさらなる発明を行う必要が生まれるからだ。
    ΔMのために労働が発生する。労働の価値がΔMとの源泉となっている。ΔMのために契約を回したり、各種調整を行って、チームビルディングして、毎日仕事をしている。イノベーションによって仕事が楽になればとか、もっと効率的に仕事をしてほしいとか考えていたが、この論理である限り、いつまでたってもそこに終わりはなくて、価値の総量は確かに増えるかもだが、労働はなくならない。

    ーじゃあどうするか。
    最近では、従来の単純労働からの解放されてイノベーション創出のために柔軟な発想や自走ができる人が好まれるようになった。それは時間的な差異(イノベーション)による剰余獲得のため。従業員のためというより資本の論理がそこにあるだけ。単純労働で作れるもので売れるものが少なくなったから。
    ライシュ・ロバートなどはそういった状態を擁護しているようだが、筆者はこの状態も処方箋にはなりえなかったとしている。まあ実際今むしろ格差は拡大してるように見えるし、そうなんだろう。
    またもともとは土地が奪われたことによる労働力の発生を見たことを踏まえ土地(生産手段)の国有化を目指した社会主義も結局は上手くいかなかった。
    そういった種々の主義の立ち退き後、まだ打開策がないという状態。
    そこでパシュカーニスというロシアのマルクス主義者の言葉を引用し、等価交換の破棄こそが解決策となりえるのではないかとしている。労働力の価値は労働力の再生産に必要な生活手段と等価とされるが、その必要の度合いを増やす、つまりいいものを食うということだと。それはスキルがないからこの給料しかでない、もっといい暮らしをするにはスキルを上げる必要があるという論理ではなくて、人間の本来の価値を信じること。そこから階級闘争が始まるという結論。

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    2022年03月19日
  • ポストコロナ期を生きるきみたちへ

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     内田樹さんんが呼びかけて「中高生向き」に書いてもらった,オムニバス本。わたしが知っていた人は6~7人だが,それぞれの呼びかけが面白かった。
     本書のメッセージは,30代~70代の年代別に分かれていて,70代なんて,中高生が大人になった頃はほとんど現役ではないわけで,だからこそ,なにを呼びかけているのかが,気になる。
     新型コロナによって暴き出された現代社会の矛盾は,コロナ禍が過ぎ去ったとしても,なんらかの修正を迫られるはずだ。会社に行かなくても仕事ができる…と分かったからには,満員電車に乗って会社へ行くこと自体が,すでに「必要なこと」ではなくなってしまった。密を避けることは,過疎地域では当たり前であり,過疎であるわたしの地域で影響を受けたのは「年に一番密になる地元のお祭」ぐらいだ。
     指導者たちは,巨大な経済システムの中で,無駄を省くことを第一条件として進めてきたことのツケが,あまりにも大きかったことにやっと気づいたのだろうか。もっとも,10年前の東日本大震災の津波による原発事故のときにも気づいたはずだったのだが…それが,いつのまにか,どっかへいってしまっていた。今回,また,違う形で自然が教えてくれたんだが。
     内田さんがいうように,今後の社会は決して楽観的に過ごせるわけではないだろう。高齢化率や出生率などを見ても,その大変さがよく分かる。
     じゃあ,今後はだれがどんな社会を作ってくれるのか…いや,君が作っていくんだよ,それは君がやりたいことを選んでやっていくんだよ…というメッセージが,少しだけ勇気を与えてくれる。
     60代のお爺ちゃんは,孫たちの世代に何を残せるのだろう。まだわたしにできることはたくさんありそうだ。

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    2022年01月10日
  • 未完のレーニン 〈力〉の思想を読む

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    めちゃめちゃおもしろい!
    白井聡の初めての著書の文庫化だが、今文庫化してくれた講談社ありがとう!の気持ちが溢れる。

    レーニンの著書に明るいわけではないので、この読解が新しいのかどうか、判断はできない。
    でもはじめてレーニンのやりたかったこと、やろうとしたこと、やったことの意味がわかり、めちゃくちゃスッキリした。
    「何をなすべきか」をめぐる、フロイトを用いながらの「外部注入論」の意味
    「国家と革命」が解き明かす革命の必然性とその力の所在
    新自由主義の矛盾があらゆる意味で発露している今日読む意味が、レーニンには間違いなくある

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    2021年12月29日
  • 主権者のいない国

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    コロナで騒ぐ国民に、本書でその前提を考えてほしい。

    「コロナが落ち着いてから」とかでなく、どうなったら騒がなくて良いと自分が判断するか、軸の無い、考えない、怠惰な国民性をよく表している。

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    2021年12月22日
  • 転換期を生きるきみたちへ

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    数年前に1度読んだが、内容を忘れてしまったので再読。
    様々な立場の方々が、先の見えない転換期にあたり、中高生に向けて「根元的に物事を考える」ために書かれた本。

    刺さるメッセージはたくさんあったが、特に刺さったのは「13歳のハードワーク」だった。
    たしかに「夢=職業」にしてる人が圧倒的だなー、と思った。

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    2021年12月11日
  • 武器としての「資本論」

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    『資本論』とは何かというより、なぜ現代社会で『資本論』に触れるべきなのか、ということを考えさせてくれる一冊。内容も『資本論』そのものについて触れている部分よりも、現代社会を『資本論』の視点から捉えてリフレーミングして解説している部分が多い。
    特に本書の「包摂」に関する記述には頷かされたし、しかもそれが殆ど不可逆的なものだという絶望感のようなものも感じた。一方で、以前テレビで見た「ポツンと一軒家」や「人生の楽園」に出てくる人達を思い出した。日本の少なくない場所にああして自分なりの感性を持ち、自分なりの生き方をしている人達がいるということは、社会がまだ完全には資本主義に包摂されていないことの証だとも思う。資本主義に代わる新しい何かを見つけ出すことは難しくても、資本主義の負の側面に呑まれないように個人レベルで努力し、資本主義と上手く付き合っていきたい。

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    2022年01月02日
  • 武器としての「資本論」

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    生き延びたかったら読んだ方がいい。マルクスといえば共産主義でとんでもないことになると考えてるそこの若いあなた!本当のコミュニズムを知らないんだよ。金に取り憑かれたジジイたち、いや資本主義に、そう教育されただけなんだ。まだ可能性があるから…

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    2021年05月23日
  • 主権者のいない国

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    ネタバレ

     VUCAの環境と長い閉塞感の日本の政治と経済。本書に記された戦後の歴史的背景は根深く、これからも道は険しいとものがあると感じた。
    •戦後の国体とは、戦前の天皇制国家体制の構造が配線を機にその頂点を天皇から米国へと入れ替えながら生き延びてきたことを捉えるための概念。
    •朝鮮戦争こそ戦後日本のかたちを決めた出来事であり、戦後の国体の歴史的起源。
    •内外政ともに数々の困難が立ちはだかる今、私たちにかけているのはそれらを乗り越える知恵ではなく、それを自らに引き受けようとする精神態度である。人間が自己の運命を自らの掌中に握ろうとする決意と努力のみ。

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    2021年04月29日
  • ポストコロナ期を生きるきみたちへ

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    高校3年生の私でも分かりやすい文章が多かった。新型コロナによって振り回される私たちの未来を前向きに考えていこうと思った。まずは正しい知識を得ること。そしてタテ、ヨコ、算数(本書より)の多角的視点から問題をみつめる。これから大学に進学する上で役立ちそうな知恵を得ることができた。

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    2021年02月19日
  • ポストコロナ期を生きるきみたちへ

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    色んな立場における識者の手による、今の時代ならではのアンソロジー。内田樹編ってところで、それなりのバイアスがかかっていることは間違いないけど、氏の慧眼に心酔している身としては、その選択には疑念の余地なし。通読した後も、その気持ちに変わりはなかった。いくら博覧強記でも、単著では、その言論にそれなりの限界があるものだと思うけど、その点本作は、根っこの部分でのブレをほとんど感じさせることなく、だけどそれぞれに違った見地からの論旨が展開されていて、感じ入ることしきりだった。

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    2020年12月14日
  • 「日米基軸」幻想

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    出版されたときと現在では政治状況が1回転進んでしまっているが長期的な見通しは今なお妥当だと思う。米国の没落、ユーラシアの台頭。東アジア諸国の連携。

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    2020年08月26日
  • 日本戦後史論

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    強烈な本であった。知的に刺激を受ける。
    特にアメリカで、木材産業の自立に向けた話をした後では。
    補助金のことをたくさん言われたけれど、その歴史性などを明らかにする必要があるなぁ。
    林業が自立できない背景には、日本社会の構造的な課題があるように思えて仕方がない。

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    2020年04月03日
  • 街場の平成論

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    いろいろな観点から「平成」を振り返る論集。30年間の変化の大きさに愕然とする。もっとも改元が時代の変化を表さないことは言うまでもないが。

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    2019年04月14日