すべての高評価レビュー
-
Posted by ブクログ
直木賞にしては、個人的に読みやすいと感じた。闇を書けば書くほど生を感じる1冊 というあとがきに納得。
あとは、女性の複雑な感情(父性と憧れ、 愛情とライバル心の狭間みたいな)の描写が上手いのかも。女性としてのキャリア面でのやりきれなさ、その一方で家庭を持てる満足感 とか。400年も前を舞台にしてるはずなのに、なぜか親近感がわく。
そして、女性体と銀山洞窟を一緒と見立てたのがすごいな。。。改めて考えると共通点が多くて考えるほどエロさを感じる。どうやってこんな発想に至ったのか。。。
・掘り進めて探し当てる、でも掘り進める側が死ぬ
・respectが無いと悪い結果(死/無)となる
・冷たさと温かさ
・離れられない
とかとか。。。 -
Posted by ブクログ
やれないのではない、
◤やり方を知らなかっただけ◢
すぐやれない時の感情に気づき、
すぐやれる状態に持っていく方法がココにある!
◇◇◇
【タイトル】感情のブレーキを外してすぐやる人に生まれ変わるレッスン
【 著者 】大芝義信
【 出版社 】秀和システム新社
◇◇◇
今まですぐやるための方法ばかりに目がいっていた私には目から鱗でした。
すぐにやれない『感情』がそこにあった。
気がつけなくて、本当にごめん。
あなたはそこにいたんだね。
◇◇◇
感情のブレーキには4つある。
自分はどのブレーキが強いのか、ただ読み進めていると全部なんじゃ⋯?と不安になる。
けれど、この診断を行うことで自分はどの傾向が強いのかがわかってくる。
どの要素もきっと持っているけれど、
傾向の強さが見えてくるだけで不安が軽減する。
私はBとDの傾向が強めで、Dに至っては最高得点を叩き出した。
さてそのBとDとは。
『B⇨完璧主義タイプ』
『D⇨心身疲労タイプ』
なのであった。
さぁ、それでは最高得点を叩き出した、
『心身疲労タイプ』について見てみましょう!
◇◇◇
『土日に泥のように眠り、月曜日の朝も布団から出るのが苦痛だ』
おお!!なんと。
ココ2ヶ月くらいの私の姿ではありませんか。
「仕事があるのに」
「読みたい本があるのに」
「起きなくちゃ⋯zzZ」
と3度寝。活動するのは夕方から。
このブレーキは心身疲労だったのか…全然意識していなかった。
本書を読むことで初めて自分を理解することにつながりました。
そしてこのブレーキを外すレッスンを読み始めると、
レッスン1、『10分間何もしない』からもうできない!!
10分あれば本が読める、日誌が書ける、手帳が開けるetc.
時間がもったいなさすぎる。
何もしないなんてそんなこと!
と、如何に詰め込んでいるかを感じました。
ほかのレッスンも全部つまづく。
こんなこと今までになかったのでもうびっくりです。
わー、私、すごいブレーキかけながらアクセル踏んでいたんだね。。。
これは本格的に腰を据えて取り組まなくちゃ。と真剣に決意表明です。
◇◇◇
本書の48のワークレッスン。
感情のブレーキを外すために、
さぁ、今日から始めます! -
Posted by ブクログ
【読もうと思った理由】
「禅」に興味があり、その中でも曹洞宗の禅について知って学びたいと考えて、道元の「正法眼蔵」を読みたいと思いました。ただ、原本はかなり難解だと聞いていたため、まずは解説本をと思い、この本を手に取りました。
【感想】
解説本から読んで良かったと思いました。いきなり原本を読んだら、やはり難解で難しく、正法眼蔵の魅力自体を感じとれなかったようが気がします。とても分かりやすく、且つ要点を抑えた解説がされている印象でした。
【以下、本文で気になった箇所をメモしてAIで要約したもの】
----------------------------------------------------------------------------------
▼『正法眼蔵』とは
◯曇りのない「智慧の眼」で仏の教えを正しく理解するための書。
◯単なる坐禅のマニュアル本ではなく、仏教を理解する智慧を言語化した道元の「哲学的思索の跡」である。
▼悟りの本質:「身心脱落」と「現成」
◯身心脱落(自我を捨てる): あらゆる自我意識を捨て、全存在を悟りの世界に投げ込み、角砂糖が湯に溶け込むように悟りの世界へ溶け込むこと。
◯現成(あるがままの世界): 自我意識を消滅させると、そこには迷いも悟りもなく、目の前にはただあるがままの世界(現成)が現れる。
◯求めてはいけない悟り: 自分の側から悟りを追い求めるのが「迷い」。悟りの側からの働きかけがあってはじめて身心脱落できる。
◯今ある現実を生きる: 「薪は薪、灰は灰」「若者は若者、老人は老人」。過去や未来にとらわれず、目の前にある現実(病気や老い、花や月)に別の思いを重ねず、ただあるがままに生きることが悟りである。
▼修行観:「修証一如」と「只管打坐」
◯修証一如(修行と悟りは一つ): 大悟するために修行するのではない。「悟りのなかにいる(仏である)からこそ修行できる」。
◯日常生活すべてが坐禅: 仏性を活性化させるには修行が必要。「行住坐臥(歩き・止まり・坐り・臥す)」の日常すべてが修行であり、全身全心でひたすら坐り抜き、眠り抜き、生き抜く「只管打坐」こそが仏の姿である。
▼実践の心構え:「菩提薩埵四摂法」
◯布施: 貪らないこと。「坐りたい」という自分の欲望を少し抑えて席を譲るような行い。
◯愛語: 単なる優しい言葉ではなく、相手をそっくりそのまま肯定する(「あなたはあなたであっていい」という)言葉。
◯利行: 「自他不二(自分もよりも他人もない)」の立場に立ち、衆生に利益を与えること。他を利することは自分を利することになる。
◯同事: 相手と自分は同じ人間であり、置かれた立場が違うだけだと理解すること。
▼仏弟子が学ぶべき「八大人覚」
◯少欲: 物足りないものを、物足りないままにしておく。
◯知足: 与えられたものを独占せず、一部を他人のために回す。
◯楽寂静: 喧騒を離れ、静けさを楽しむ。
◯勤精進: おのれ一人の利益のためではなく、精進に勤める。
◯不忘念: 常に仏法を思っていること。
◯修禅定: 心静かに真理を観察すること。
◯修智慧: 智慧を修得すること。
◯不戯論: 物事を複雑にせず、あるがまま、単純そのままに受け取ること。 -
Posted by ブクログ
哲学入門
著:戸田山 和久
出版社:筑摩書房
ちくま新書 1060
カバーの折り返しに、ニーチェの「神は死んだ」という言葉がかかげられている
北欧神話の神々は、「ニーベルングの指輪」の中で力を失い、キリスト世界の中枢であった、キリストは、ニーチェによって、死の宣告を受けた。神学的な哲学へのアプローチは近代、力を失っていく。
では、これからの世界はどうなるのか、という問いに、筆者は、科学哲学という新しい指標を提示している
科学哲学の根幹は3つです。
①唯物論
②発生的
③自然主義
ガリレオ・ガリレイ、デカルト、パスカル、ライプニッツらが、考察した、科学哲学的観念は、20世紀になって、大きく発展する。スチュアート・ミル、ポアンカレ、ヒルベルトらによって、これまで、自然科学の手法がもちいられてこなかった、社会科学にも及んでいます。
コンピュータ、ロボット、AI
筆者の選定した概念群 7つのテーマをどう選定したのか、ここはいまいちよくわかりませんでした。
システムが複雑化 ⇒ 機能、目的、意味 の考察
発生的観点から ⇒ 自由、表象、情報 の考察
科学哲学では取り扱えなさそうなもの ⇒ 目的、自由、道徳 の考察
結論はなく、科学哲学の入門書ということで拝見したのですが、よかったでしょうか。
気になったのは以下です。
・問いの始め方
小さくわけて、具体化する
それを徹底的に考える
そこで得た洞察を、一般化、抽象化する
・認知
どんなメカニズムに支えられて、どんな風にすすんでいくのかを研究する 認知科学
・目的論的意味論
①「本来の機能」という概念に注目し、表象間違いを分析する
②「本来の機能」を因果関係に還元(自然化)する
③本来の機能の自然化を意味の自然化に当てはめる
・通信システムの定義
①情報源
②送信機
③通信路
④雑音源
⑤受信機
⑥受信者
・自分にできるさまざまな行為の選択肢の帰結を考えて、いちばん目的に適ったものを選択する
こうした推論を、目的手段推論という
・自由意志はありえないという議論
①神学的決定論
②ニュートン力学⇒物理学的な決定論
③アルゴリズム⇒メカニズム決定論
決定論は、自己コントロールとしての自由と両立可能である
・他のようにもすることができた能力としての自由
⇒過去の間違いから学び、未来の行動を修正する能力
もつに値する自由と、もつに値しない自由がある
・いろんなものの進化がからみあって自由が進化した
協力の進化
表象の進化
自己の進化
自由の進化
・自分が自由だ と信じることが、自由であることの必要条件だ
・罰はどう正当化されるのか
①応報主義
②道徳教育論
③帰結主義的抑止論
④正当防衛論
・自由意志の概念があるかないかと、ディストピアになるかどうかは、無関係だ。
【目次】
序 これがホントの哲学だ
第1章 意味
第2章 機能
第3章 情報
第4章 表象
第5章 目的
第6章 自由
第7章 道徳
人生の意味―むすびにかえて
参照文献と読書案内
あとがきまたは謝辞または挑戦状
ISBN:9784480067685
出版社:筑摩書房
判型:新書
ページ数:448ページ
定価:1000円(本体)
2014年03月10日 第1刷発行
2014年05月20日 第4刷発行 -
Posted by ブクログ
ラスコーリニコフが老婆を殺したことについてはなにひとつ共感できない。お金が欲しかったのか、正義感?(老婆が死んでも誰も咎めないという井戸端話が後押しした?)からなのか、はたまた好奇心か、いずれにしてもこの点は一切の共感は不可能。
その後の罪の意識に苛まれる姿は、程度の差こそあれどこか共感できる。誰しも後ろめたい気持ちで、なにも手につかず常に誰かに怯えて過ごした経験はあるだろう。(私の場合は小学生のとき、台風で授業がなくなった日に友達と遊び、後日先生が怒って「遊んだものは正直に言いなさい」と言って、私だけ自己申告しなかった。今思えば本当にくだらないことだが笑、当時はラスコーリニコフの気分だった)
表示されていない作品があります
セーフサーチが「中・強」になっているため、一部の作品が表示されていません。お探しの作品がない場合は、セーフサーチをOFFに変更してください。