ポアロシリーズ18作め。1940年の作品。
ちなみに『そして誰もいなくなった』は前年1939年の作品。
原題は『Sad Cypress』。直訳すると「悲しいイトスギ」。
杉も柩も出てこなかったよな?と思いましたが、冒頭に掲げられているシェークスピアの『十二夜』からの引用だそうです。
私はクリスティー作品によく出てくる男女の三角関係が大好物なんですが、ここでは何角関係? エリノアをめぐる男性2人、ロディーをめぐる女性2人、メアリイをめぐる男性2人と三角関係が交差していて、さらにウエルマン夫人の過去のロマンスなんかもあったり。
もちろん、三角関係にハーレクイン的なロマンチックなものを期待しているわけではなく、人間模様の中で描かれる心の機微だとか、醜さ、美しさ、悲しみだったりに惹かれるわけです。
その点で『杉の柩』は、ミステリーというより、エリノアの悲しい恋を描いた恋愛小説のようで、私としては殺人事件など起こらず、このままこの複雑な三角関係を見ていたいと思えるおもしろさでした。
エリノアが好きになるロディーがまたなんか憎めない男なんですよね。軽薄そうではあるけれど、エリノアからお金を受け取らない高潔さもある。ロディーが「騎士の精神を持っている」という証明に「出身校はどこですか」「イートンです」という尋問があるのが笑えます。イートン卒業生は紳士であるべきなんですね。
エリノアは無罪か有罪かというのがストーリーの骨格で、ミステリーとしては大雑把で謎解きもやや強引。そのせいなのか、クリスティー作品の中ではあまり名前を聞かないのですが、クリスティーファンの間では人気も高いようです。
(34ページ)
「ね、ローラ叔母さま、本当のことを仰言って。恋って、いったい幸福なものでしょうか?」
「エリノア、そうではない、多分、そうではないよ。ほかの人間を、激しく恋い慕うってことは、常に喜びよりも悲しみを意味するんだから。でも、それはともかく、そういう経験なしでは、人間、一人前じゃあない。本当に人を恋したことのない人間は、本当に人生を生きたとは言えないからね」
以下、引用。
14下
恋愛とは、歓びの感情ではなかったのだろうか──こんな押しひしぐような苦痛である筈がない。
29上
「一番いいことをするつもりはあっても、さて、何が一番いいかってことは、これでなかなか判らないからね──何が一番正当なことかってことは。」
33上
「愛しすぎるってことは、賢いことではないからね。」
34下
「ね、ローラ叔母さま、本当のことを仰言って。恋って、いったい幸福なものでしょうか?」
「エリノア、そうではない、多分、そうではないよ。ほかの人間を、激しく恋い慕うってことは、常に喜びよりも悲しみを意味するんだから。でも、それはともかく、そういう経験なしでは、人間、一人前じゃあない。本当に人を恋したことのない人間は、本当に人生を生きたとは言えないからね」
36下
「人間は、生きるという本能を持っているっていうことですよ。人は、理性が、生きろと命ずるから生きるのではないんです。よく『死んだ方がましだ』って言われてる連中は死にたがらず、あきらかに生きなければならない人達が、唯、闘い抜く気力がないために、好んでこの世から消えて行ってしまうんです」
「たとえ、どう仰言ろうと、あなたは、本当は生きて行くことを望んでいる人の一人ですよ。そして、あなたの体が生きたがっているのに、あなたの頭がほかの部分を放り出そうとするのは良くありませんな」
40上
メアリイは美しい走りかたをする。優雅な動きをみせて。
「アタランタみたいだ(ギリシャ神話の快足の美女)!」ロディーの声は甘くやさしい。
42上
「ね、先週、オールドアで、面白い映画を見たぜ。クラーク・ゲーブルのだ。百万長者の男が、細君をちっともかまってやらないっていう話でね。ところが、その細君が、不義をしでかしたようなふりをしてみせるんだ。そこにもう一人……」
61上
オブライエンのアイルランド人特有の作り話をする想像力がはたらき始めた。
64下
彼はモーニング・ルーム(朝の居間)にいた。
74上
マーナ・ロイの、新しい映画ごらんになった?
76下
先週、「大地」(パール・バックの作品の映画化されたもの)をみました。とても面白かったですわ。シナの女って、何もかも辛抱しなけりゃならないらしいようですよ。
96下
「ムッシュー・ポアロ、あなただけが頼みの綱です。スティリングフリートからあなたのことをうかがってました。ベネディクト・ファーレイ事件の件を。誰もかれもが自殺でかたづけていたのを、あなたが他殺だと証明したという話ですが」
120下
たちまち彼女とポアロ氏は、まことに面白い問題──ほかならぬ、エリザベス姫の未来の良人選びを話題に、たのしく話をつづけた。
134上
「きみ、いま、墓所(おくつき)にねむる、わがここは永久にかき暮れ、日の色もむなし」
「ワーズワースです(一七七〇─一八五〇、英ロマン復興期の詩人。「ルーシィ」より)。よく読みますんでね。」
191上
「あなたはアイルランド人でしたね?」
「さようです」
「アイルランド人というのは、なかなか想像力がたくましいということになっているようですが」
201下
「あなたは騎士(ナイト)の精神をお持ちのようですな、ウエルマンさん」
「どういうことですか、それは」
「もし、レディがあなたに熱烈なる恋情を抱いており、あなたは愛情を感じないという場合、あなたはその事実を隠さないではおられないとい気持ちになられるのですか?」
「そんなことはありません」
「学校はどちらで、ウエルマンさん?」
「イートンです」