川上弘美のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
最初の1行が秀逸だと思ってる。
本の表紙を見て本を手に取るのと一緒で、最初の1行を読んだだけで、心がときめいてしまう作家さんだ。
「鍵」
うしろ姿に胸がときめいたのは、生まれてはじめてのことだった。
「大聖堂」
リンゴン、リンゴン、と聞こえるのは、二号室の人の目覚ましの音だ
「ずっと雨が降っていたような気がしたけれど」
とろりとした繊細なブラウスだった。
「二人でお茶を」
今日のあたくしの服、ちょっと痛い、って言われたの。それってどういう意味?
「銀座午後2時 歌舞伎町あたり」
どうして私は今、こんなところにいるんだろう
「なくしたものは」
起きたらすぐおまじないを唱える
「儀式」
私の一日は、とても静かです。
「バタフライ・エフェクト」
二階堂梨紗
「二百十日」
風の強い日だった
「お金は大切」
はい、と差し出された金を、財布に入れた瞬間の自分の指先やそそけた財布のいつもの開き具合や、店にかかっていた音楽のリズムは、今もはっきり覚えている。
「ルル秋桜」
深緑色の缶の、ふたを開けると、幾人もの死体が入っている。
「憎い二人」
行きの新幹線の中から、私はその二人連れに注目していた。
「ぼくの死体をよろしくたのむ」
で、ほんとうに、死ぬの?
「いいラクダを得る」
土曜日の午後二時。
「土曜日には映画を見に」
日曜日は、いつもとても静かだ。
「スミレ」
引越しトラックは、午後にやってきた。
「無人島から」
とらおの部屋は、川のほとりにある。
「廊下」
日曜日の夕方というのは、どうしてこんなにいつも心ぼそいのだろう。
全部書き出してみてしまった。
書き出しが私はどれも好きだ。
強いて言えば、「ルル秋桜」、次に「廊下」かな。
短編の中で、時々繋がりの見えるお話がある。
短編と言いつつも、全て一つの世界で起こっていて、どこかで、小さく繋がっているのかもしれないと思い、繋がりを見つけようとしていた自分がいた。
詩のように、読めた。
圧力がなく、すーっと染み渡る。
ずーっとずーっと川上弘美さんの言葉を感じていたいと思った。
自己啓発本の様に、私達は何か正解というものに引っ張られていきそうになるけど、正解なんて無いんだ。
正解がほしい自分がいるだけ。
誰かに正解って言ってほしい自分がいるだけ。
そして、正解なんてない、という正解を持っている自分がいるだけ。
正解が無ければ、どんな自分でも良いと肯定できる様な気がする。
川上弘美さんの文章を読むとそう思える気がする。
きっとそう思えたら、誰かの事も受け入れる事ができる様になるのかな。
どれが1番好きだろうか…
選べないな。
強いて言えば、
「銀座午後2時 歌舞伎町あたり」だろうか。
ななおさん、に私もあってみたい。
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Posted by ブクログ
寝る前から読み始め、次の日のお昼頃には読み終えた。
真鶴、まなづる。
良い響き。
神奈川県に真鶴半島という場所がある事をGoogleに教えてもらった。
文章から真鶴の海の香りを感じ、瀬戸内海の海の香りも感じた。二つの海の香りは全く違く感じた。
ついてくるもの、とは何だったんだろう。
この物語からたくさん、"距離感"というものを感じた。
京と娘の百、礼、青茲。
皆、距離を感じた。
京と礼の、近づきたいのに近づかせてくれない押し問答は読んでて途中とても辛くなってしまった。
主人公京と1番距離が最終的に近かったのは多分、ついてくるもの、だっただろう。
友達、になったんだと思う。
京自身だったのか…私は多分違うと思った。
思春期である娘との距離感、親離れ子離れの瞬間を、共感出来る言葉で表していた。
母と娘、という密着していて一体化していたものから、人と人、になる。
寂しいのか、嬉しいのか、わからない感情。
京と京の母の関係を見ても、くっついたり離れたりするものなのかもしれない。
でも、手放さないと手に入れられないものがある。
最後、京は手放す事ができた。
真鶴に行って、心という入れ物を空っぽにする事ができた。
空っぽにしないと満たされない。
女でもあり、母であった京。
最後は光が満ちて終わるこの物語。
ずっと、長い詩を読んでいるような感覚だったが、最後まで読んで、物語だった事に気づく。
とても良かった。
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Posted by ブクログ
私はお能を嗜んでいるので、お能の曲の出典として伊勢物語には馴染んでいる。
あとがきに訳者の川上さんも書いているけれど、ひとつひとつの話はごく短く、けれど和歌によってお話の世界が広くなる。和歌には世界観を二重、三重にする仕掛けがある。
さらにそこから能の作者は想像を膨らませてたくさんの曲を作ってきた。物語そのまま取り入れているときもあるし、背景に手を加えてよりドラマチックにしているものもある。短いお話だけに、よりインスピレーションを刺激されたんだろうな。
たくさんある伊勢物語の翻訳本のなかでも、小説家ならではの和歌の翻訳が、とても効いている本だと思った。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ漫画「応天の門」にどハマりし、宝塚歌劇団「応天の門」「花の業平」も観に行ったのを期にちゃんと原典読もうと思いました。
ちょうど、川上弘美さんの現代訳出てることだし!と。積んでしまってましたが。。。
古文の授業で、六段「芥川」とかはやってたのですがまとめてしっかり読むのは初めてです。
面白かったです。たしかに、和歌以外の地の文?は状況描写のみ。
川上さんのすらりとした訳も良いなぁと思います。
愛だの恋だのいってる歌ばかりかと思いきや、紀有常との友情の歌もよかったです。
そんな中にあるからなのか、百一段の和歌にしびれました。こんなギリギリな和歌で描く話あったのか。
誰でも彼でもすんなり顔を見られなかったから、モテ要素のひとつが「和歌の巧さ」だった時代はすごい…けれど、現代の「SNS内のやり取りだけで恋に…」は平安時代と似てるのかも?と思いました。