川上弘美のレビュー一覧
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「スナックふたり」という名前のスナック
司と逸子、ふたりがママをしている
司と逸子、年齢不詳、性別不明、ふたりの関係も不明。
自然と役割分担は決まっていて、息の合った二人である。
たいていは商店街の人たちの常連客がやってくる。
それぞれにあだ名をつけて、こっそりキノコにも例えてノートに記録してある。
たまに一見さんもやってくる。
常連客にしても一見さんにしても、ふたりの客あしらいは見事である。
絶妙な掛け合いで一瞬にしてお客の居場所をつくる感じ。
そんなさりげない会話の中から、それぞれのその人の人生、来し方が垣間見えるのである。
なんてことのない時間を過ごし客は満足して帰っていく。
スナックふたりにはいつも穏やかな時間が流れていく。
こんなスナック、私も行ってみたい・・・ -
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作品紹介・あらすじ
谷川俊太郎、江國香織、川上弘美、角田光代らによる、佐野洋子『100万回生きたねこ』への、13人の作家によるトリビュート短篇集
江國香織「生きる気まんまんだった女の子の話」
岩瀬成子「竹」
くどうなおこ「インタビューあんたねこ」
井上荒野「ある古本屋の妻の話」
角田光代「おかあさんのところにやってきた猫」
町田康「百万円もらった男」
今江祥智「三月十三日の夜」
唯野未歩子「あにいもうと」
山田詠美「100万回殺したいハニー、スウィート ダーリン」
綿矢りさ「黒ねこ」
川上弘美「幕間」
広瀬弦「博士とねこ」
谷川俊太郎「虎白カップル譚」
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佐野洋子「100万回生きたねこ」を読んだ作家・詩人たちによるトリビュート集。
惹かれる作品(江國香織、井上荒野、町田康、今江祥智、川上弘美など)もあれば、そう感じない作品もある。一体どうやってあの「100万回生きたねこ」からこのような作品が生まれたのか、一読ではわからないものもある。「ねこ」がまったく登場しない作品もある。「100万回生きたねこ」というテーマがありながら、内容に一貫性はなく、トリビュート集らしい幅広さがある。
「ねこ」が登場しないので、これは「100万回生きたねこ」とは関係ない作品だ、というレビューもあったけれど、僕はそうは思わない。「100万回生きたねこ」はけっして「ねこ」だけの話ではない、と思っているから。また「100万回生きたねこ」を読んだ人は本書を読まないほうがいい、というレビューもあった。確かに「100万回生きたねこ」の読後感の感動からほど遠い作品も収まっているので、そのレビューにもある意味では賛成できる。ただ「100万回生きたねこ」を読んだことによって、こんなにも幅広いリアクションが誕生した、ということも事実なので、僕は「100万回生きたねこ」を読んだ人にこそ本書を読んでほしい、と思ったりもしている。「ああ、読んで失敗した」と思われても責任は取れないけれど。 -
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ネタバレ小学生の仄田りらと鳴海絵。
りらは図鑑を読んだり生き物が好きで、自分が納得するまで考えられることができるけど、たまに周りが見えなくなるときがある。
絵は友達が何人もいて、離婚した父とたまに会ったり、児童文学作家の母の作品を読むのは躊躇しているけど、母や祖母の礼子さん家族と日々過ごしている。
りらが学校で3人組からいじめられてつらい思いをしていること、それを知っていながらも見て見ぬふりをしていた絵は、りらの力になりたいと強く思って、2人は夜の高校に集まっていた。
りらのお父さんの仄田鷹彦、絵のお母さんの鳴海さよもそこにはいて、大ねずみのグリクレルの温かい料理、2人が大切だと思う探し物をしたこと。
大人になって、大切なものはりら、絵のお互いだったと知ったこと。
七夜物語の続編。仄田くんと鳴海さんの子供たちのりらと絵。えもい。大切なことをが詰まってる気がする。 -
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レイヤーもつくらない足跡も残さない独立したものとしての感情が言葉にもイメージにもならない形でふわふわと浮遊する母たちが無機質で変わらぬものとして安心する
志向性、偏向をもたず全てのマス目を均質に埋めていく必然的な存在と、一定の志向性によって偶発的な模様を描く存在とで母と人間が対比されてたけど
母の方がいいなあと思う
偶発があるからこそ比較できてしまい、同質異質の区別が生じ、愛着嫌悪につながる
実直にランダムに全てを埋める作業を営めればと思うが、ランダムにうめたように見えたマス目のさらに背景が顕になると、そのマスが何かしらの輪郭をもってしまう
見えないけど確実に背景が存在して自分が偏向していることが不安になる
偏りながら必死に生きている人間に愛らしさを感じさせる終わり方がすごい
最後3章くらいが急に面白くなる