川上弘美のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレめっちゃ見てくる人がいるからスタートするのも面白い。
その見てくる人が元カレ土井優のお母さんっていうのも絶妙!そしてその土井母に誘われて入る
"これでよろしくて?"同好会!!
なんじゃそりゃ!!と思いながら読んでたら
この同好会がすごく良い。
議題にするテーマや義例も面白い。
明確な答えなんか出さなくても
とにかく話して話がそれれば次がその議題になったり。わぁいいなぁ〜〜
この同好会がおもかと思ったけど
菜月の普段の生活が結構主だった。
その何気ない日常も分かるものが多かった。
家族、夫婦
相手の何気ない一言に、納得できなかったり
傷ついたり、自分だけ輪の中にいないと思えたり
家族なのに家族になりきれてないと感じたり
読んでいて、あぁあの時の感情って菜月のこれと一緒だと腑に落ちてなんとなくスッキリした。
すごく好きだった -
Posted by ブクログ
言葉は少ないのに、自然と情景が流れていくような、ずっと読んでいたくなる文章。フラットで等身大で、まるで友人の日記を読ませてもらっているかのような感覚になる。(こんな文章の上手な友人はそうそういないだろうけど。)
本の一節にこんなシーンがある。部屋の鴨居にTシャツをかけたハンガーを3つ吊るし、その下を通る。何気ない誰もが見たことのあるなんの変哲もない日常を、著者の目には、『3人が揺れて笑っている』ように見えている。誰もが見ている世界を、ほんの少しの語句と感性の差で薄くきらきらしたフィルターがかかったような世界に変えてしまう、そんな魅力がここには詰まっている。 -
Posted by ブクログ
一編一編が味わい深くて、余韻に浸りながら編ごとに何度も読み返した。タイトル通り、後味が「ざらざら」とした短編集。けれど不快感のざらざらではなくて、ふとした瞬間に訳もなく泣きたくなるような、後悔に似た気持ちが残る感じ。
この本を読んでいるあいだ、かつて愛したひとたちとの幸福の瞬間を思い出していた。洗濯機の使い方がわからないわたしに、洗剤と柔軟剤を入れる場所を教えてくれたこと。彼の実家で食べた、キンキンに冷やしたイチゴに白砂糖と練乳をかけたものが美味しくて、今でも春になると自分で作って食べること。当時はマイナーだった、彼の好きなアーティストがテレビに出ていると、つい教えてあげたくなること。愛だったものは消えてなくなったのではなく、ひっそりと習慣のなかで息づいているのだと気がついた。 -
Posted by ブクログ
「"ふつう"って何?」みたいな翠くんの中にうずまいている居心地の悪さに我々が向き合うにはとうに歳をとりすぎていて、だからそのことを語ろうとしても口から出るのは自分というものを世界から切り離して俯瞰のつもりで語る空想にすぎなくなるのだから、それを自覚できているだけいくぶんかましだとおしだまるのが吉。
川上弘美という作家は私を含めた川上弘美ファン全員にとって自分の生活/思考様式の中で大きな位置を占めてしまう、いうなれば病のようなところがある、だろう。あるだろう。私の周りには何人か、好きな作家を尋ねたときに「川上弘美」と答える人たちがおり、そしてその人たちの書く文章というのは川上弘美のレプリカントであることが、本当に多い。川上弘美の書く文章というのは、かくも読者の中に侵入し、居座り、お茶なんか飲みつつ寝転がり、釜の飯を食い、そうやって、気づけば帰らなくなってしまう。影響下の文章というのはむしろ川上弘美の類稀なる独自性を強めるだけの効果しかなく、平易な言葉を(気づかずに)自分たちにも書けるぞと嬉しくなるそのヤバさ。私だって多分そう。
一人だけ川上弘美風の文章を書きながらにしてムカつかないというか、同時にその人自身の個性もあるから天才やんけと思う人がいるが、それは稀有な例であって、だから、川上弘美を熱中して読むのは、あやうい。←この「、」打つ感じが罹患のあらわれである。
以上のように、川上弘美の作品を最高!と思いながら読むのは、最高!と思えば思うほど感想書くに危険な予感が孕むけれども、最高!と思ってしまっている自分を止められない。抵抗の余地をさがすとすれば、小説が描き出している「青春」だとか「ティーンネイジャーの不安定さ」を避けた、あんまり内容に関係ない、読書時間の中での私の心の躍動を書きつけることにしかないか。翠くんと花田くんのモヤモヤというのは対比されていて〜〜みたいなことを書きたくないのだ。書いてあるのも読みたくない。
とにかく平山水絵!平山水絵!平山水絵!なのである。平山水絵が出てくるたびに、キターーーと思うのである。
私はここ最近、「デート」っていう営みそのものについてかなり真剣に考えていて、たとえば友人と酒を呑みながら「デートっていいよね」「してみたいよね」「どこへいけばたのしいかな?」「なにをするのかな?」というようなことをダベっているのが楽しい。なんの予定もなくても、相手がいようといまいと、やはり何かについて真剣に考えてみることは楽しい。それがウキウキしたニュアンスのことであるなら尚更。そんな最近の私、いや俺、俺だから、平山水絵が出てくるたびに心のずっと奥の方が躍動をはじめ、ひらたくいえばキュンキュンし、頭の中のデートに唯一ぽっかり空いた空白である"相手"の欄に、その名を代入して愉快な気分なのだ。
とはいえ、平山水絵は高校一年であるわけで、私が平山水絵とデートしたらそれは限りなく犯罪で、ていうか私は女子高生とデートしたいとは思わなくて、そういう嗜好にも嫌悪感があって、ていうか平山水絵は架空のキャラクターであるので、むしろだからこそこうやって楽しい気分に後ろめたさもなく、夢想のデートに男としての責任感も伴わずにいられるのだ。
いいな、いいな、私、いや俺、俺も放課後にコンビニで「アイス買ってきたよ、君の苦手なやつ」って言われたい。だけどちゃんと俺の好きなやつ手渡されて「そんな意地悪しないよ」って言われたいよ。
ずっと忘れないだろうな。相手が忘れちゃっても、俺は絶対忘れないよ。ステンドグラスの部屋で泣くとき、隣にいるよ。一人になりたかったら隣の部屋にいるし。たくさん手紙書くよ。たくさん手紙書いてよ。全部捨てないでとっておくに決まってるだろ。喫茶店で、俺はコーヒーでいい、俺に構わずホットサンドを食べてくれよ。好きな短編小説教えてよ。返す時に「すっごくよかったでしょ」なんて言われたら、屋上で、おれ、泣くよ。
好きな詩を朗読してくれたら、周りに誰がいても、一緒に暮らそうってその場で言っちゃうかもしれないよ。どうしたらいいんだ。俺たちも朝に見つけた透明な蜘蛛の巣なんだぜ。 -
Posted by ブクログ
久しぶりに川上弘美の作品を読んだ。
川上弘美作品に出てくるちょっと行儀が悪かったり、性格に難アリというような主人公をチャーミングに描いているところが好きだ。作品内の他キャラクターには「チャーミングですね」とは認識されていなくとも読者にはどこか可愛く思えるし、そういう少しの「難」を抱えた読者をちょっと救う話ばかりだ。
物語そのものは大きく変化していなくて、問題に対する心持ちだけがギュンと変わりましたよというお話が大好きなのでかなり良い作品集だったなあと感じた。
特に表題作の「パスタマシーンの幽霊」で主人公が披露するケチャップごはん(ほかほかごはんにバターと醤油、ケチャップを回しかけて適当にぐちゃぐちゃ混ぜるもの。混ざりきってない方がケチャップだけが濃い部分とかがあって美味しい。)がめちゃくちゃわかりすぎてニヤニヤしながら読んだ。あれだよね、このごはん好きな人絶対ピザポテトとかコンソメパンチ好きだよね。
本当にこのレシピを見て欲しいがばかりにこの本を人に薦めたい気持ちがある。私たぶんこの雑なケチャップごはんの良さをわかる人としか友達になれない。 -
Posted by ブクログ
不倫関係のつながり
① 妻
② 夫
③ 妻の親友(独身)/ 夫の不倫相手
④ 妻の不倫相手 / ⑤の弟
④ 夫の友人(独身)/ ③の男友達
⑤ ③の男友達(独身)/ ④の兄
⑥ ③の男友達(独身)
最終的に皆自分たちの居場所を見つけ出し始めて、これらのつながりは解消されていくところで物語は終了。
登場人物の気持ちのうつろいや感情の揺れ動きを、作者はゆったりとした文体で丁寧に描写しているところが良かったです。
物語はスリリングな展開はなく、波が打ち寄せてはかえるといった情景が浮かんでくるような、穏やかで平和な流れで構成されていました。
文章の細やかな描写に惹かれ二度読みましたが、一度読んだだけでは登場人物たちの相関を理解できなかったのも事実です。