川上弘美のレビュー一覧
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森見登美彦訳『竹取物語』
川上弘美訳『伊勢物語』
中島京子訳『堤中納言物語』
堀江敏幸訳『土左日記』
江國香織訳『更級日記』
こんな、宝石の詰め合わせがあって良いのか⁈
発刊を待ちわびていたし、読むのもドキドキ。
それぞれに訳者の持ち味があって、とにかくすごい。
きちんと全文収録されているのも、嬉しい。
中でも、川上弘美の『伊勢物語』は鳥肌モノ。
歌物語の真骨頂というか、とにかく、和歌の訳し方が素敵すぎる。
言葉の数を少なくしながらも、今の感覚を添えてくれて、色っぽいし切なくなりました。
お気に入りは二段。
起きもせず寝もせで夜を明かしては春のものとてながめ暮らしつ
起きるでもなく
ねむるでもなく
夜は明けてゆく
春の長雨がふっている
わたくしはただ見ている
そして三十段。
逢ふことは玉の緒ばかり思ほえてつらき心の長く見ゆらむ
逢うのは
一瞬
恨みは
永遠
更に月報の小川洋子が、この川上弘美訳を上手く伝えてくれているので必見。
そうそう!ですよね!ってなりました。
あとは堀江敏幸の『土左日記』も、すごく考えられていて、参考文献を見ても納得のラインナップで、仕事の仕方に尊敬を覚える。
江國香織の『更級日記』は、とにかく可愛い。そうして、姉や父の描写を通した家族としての作者がよく描かれていて楽しかった。
紀貫之ではないけれど、言葉について、とても考えさせられる一冊だった。
私たちは、その息吹に今尚こんなに鮮やかに触れられる。 -
Posted by ブクログ
川上弘美版「はてしない物語」とでもいうべき、オーソドックスなファンタジーでした。オーソドックスではあるけれど、行間に潜む妙な艶っぽさはやっぱり川上弘美らしくて、「ファンタジー」よりも「幻想」や「異世界」という言葉の方が似つかわしいようだ。川上弘美が冒険ファンタジーを書くとこうなる、という感じだろうか。
エンデの描く冒険者は勇ましく、勇気を求めて戦う者だった。
対して川上弘美の描く冒険の主人公は優しくて、彼らがいちばんに求めていたのは「愛」だったのではないだろうか。これが最大の違いだろう。
その違いがはたして時代性なのか、作者の個人的な感性なのか、何に由来するのかはわからない。
なんにせよ、エンデと並んで児童ファンタジーの定番として読み継がれていってほしいなあ。と、個人的には思ったのでした。
あとはやっぱり、酒井駒子さんの挿画が素敵すぎる。世界観に合いすぎる。これだけで画集にしてほしいくらいだ。
それから、この開放的な終わり方も川上弘美らしい(というか日本文学らしい)ところだと思った。
2人はその後、どうなったのだろう。あのまま離れていってしまったのだろうか。それは哀しすぎるなあ。
できればもう一度2人には巡り会ってほしいのだけれど。
けれどもこれは別の物語、いつかまた、別のときに。 -
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2014年の締め括りに改めて読む。
かの震災から早3年、喉元過ぎれば熱さ忘れると言うがだがそれは被災地復興の労働力を奪うことも知らずにオリンピックだなんだと浮かれている部外者に限ったことであり原発事故が起こった福島の人たちにとっては未だ烈火の塊が喉に詰まったままなのである。
20世紀の終わりにのほほんと現れてわたしとピクニックをしお土産に干物を残し抱擁をして去って行ったくまが何故また21世紀に現れなければならなかったか?
目先の利益だけを追い求めるご都合主義の政治家や経済人など放っておいて先ずは私たち一人ひとりがこの国の未来を考えなければならないんじゃないか。
そんなことも怠り次にまたくまが現れなければならなくなった時、間違いなくこの国は滅びる -
Posted by ブクログ
心の隙間にするりと忍び込んで来て、決して泣かせる場面でも泣ける場面でもない箇所で涙腺が刺激されてしまいました。何故だろう。
「ふつう」を自認する江戸翠16歳の夏。少し変わった母親と祖母との三人暮らし。遺伝子上の父親はたまにふらりと家にやって来る。小学生の頃からの友人は何故か急に思い立って女装するし、恋人は何故か急に冷却期間をおいてみようと言い出す。ふつうなんだけど、ふつうでない。のらりくらりとしているようで、何もかも受け止めて考えている。自由でありながら不自由。そんな青春の日々。
各章ごとに詩の一節が挿入されるのも面白いです。詩の持つ凝縮性と開放性が作品世界に合うのでしょうかね。 -
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一瞬気持ちが落ち着いたので、日曜の夜、眠る前に少しだけ読もうと開いたら、朝の6時までノンストップで読み切ってしまった。それくらい文章が好きで面白かったです。
ユリエとマリエという姉妹の愛の物語なのですが、幼い頃、姉妹で昼寝して長い髪がからみつく…という冒頭が朝吹真理子さんの『きことわ』と同じだったから驚いた。まあ、ある表現と言えばある表現かも。長い髪が絡み付くメタファーは中世ヨーロッパからありますし。(最近自分自身の仕事でのパクリ問題で病んでいるので、似ている表現に気が飛びがち。)
というのは置いといて、姉妹が幼い頃から空想話を楽しんでいるのですが、その様子や物語が楽しいのです。
で、その母は最初の旦那を亡くし、春画の絵師と結婚します。姉妹はその父の仕事の影響を受けて、セックスに対してフラットで特異な価値観を持っています。この年にして、セックスって何だろう……と改めて考えてしまった。笑
絵師の父親も亡くし、母には弟子のイラストレーター・チダさんという恋人らしき人ができます。チダさんにほのかな恋心を抱くユリエは「人魚みたい」と表現。このあたりから、姉妹それぞれの具体的な恋愛模様の物語に。どちらも変わった物語になっているのだけど、それは極端なメタファー(と言っていいのか。おくるみのようなもの。)で、核だけ取ると誰もが身に覚えがあるような、よくある恋愛物語の2サンプルという感じです。
マリエは流れるように自然なお付き合いを始め、いつの間にかそれはぴったりの人で、だけど結ばれない。
盲目型・束縛型・愛の強要型のユリエの彼オトヒコくんは、ユリエの愛から目をつぶりたかったのか、変な膜をかぶって休眠して新しいオトヒコに。。
ミドリ子は何だろう。。魔性の女のメタファーなんでしょうか。
オトヒコくんの自分話は気持ち悪いし面倒臭くて読み飛ばしそうになりましたが、登場人物がみんな魅力的なので、ふったふられた・とったとられた的な恋愛沙汰があっても誰かが嫌だということもなく。久しぶりに川上さんの文章の美しさを堪能できて幸せな読書でした〜。 -
Posted by ブクログ
裏表紙に「恋をしたとき、女の準備は千差万別。」「女たちが足をとられた恋の深みの居心地を描く22の情景。」と書いてあるけれど、これは恋の本なんだろうか?
恋愛の話もある、あるというか読み終わったらほとんどそうだった気もした、前の「ざらざら」から続いているアン子の恋の話もあるし、表題の「パスタマシーンの幽霊」だってそれは恋人の部屋で見つけたパスタマシーンに問い詰めた所から話は始まるし、他にもいっぱい恋も出て来るんだけれど
最初の一編が「海石」と書いて「いくり」と読む圧倒的でどこか神話的な話から始まるのもあって、まるで色々な立場、年齢、環境にいる様々な女たちをどこかから見ている神様か何かがいて、少しずつそれを私にも見せてくれているような気がして、恋もそういう女達に起こる出来事の一つのように思ったのかもしれない。
描かれている恋愛も、こんな感情を持つというのはなんと可愛らしいことかと涙ぐみたくなるような恋もあれば、いらないのならそれはいらないでいいんだなと思う話もあり
クウネルで連載していた短編というとクウネル的なという風に思うかもしれないけれど、表題作である「パスタマシーンの幽霊」は
蕎麦も打ったし、餃子の皮も手作りしたし、パンも焼いた
という ”料理上手なばあちゃん”が念願のパスタマシーンを孫達からプレゼントされてじきに亡くなって、幽霊になってまでパスタを作りに出てくるのだけれど、その孫の一人の恋人で料理が下手だと自分で言い「パエリアなんか、土鍋で作っちゃうような」女をまるで仮想敵のように思っているのに、恋の終わった反動で料理に没頭し「今にパエリア女になってやる」と叫ぶ唯子の所にあらわれて
料理上手な女なんて、ロクなもんじゃないよ。
と非難する。
イメージを持ったりそれで整理をつけると便利なこともいっぱいあるなと思うけれど、そんな風にだけでは収まりきらないこともあるからおもしろい人や物事に会えたり、おもしろい本が読めたりすることもあるんじゃないかなーと思ったり。
普通に幸福だと言われていることがそうだとは限らないし、逆もまたそう、ということもとても思った本でもありました。