村上春樹のレビュー一覧
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村上春樹と安西水丸による、工場見学記。見学は1986年に行われている。見学先の工場は7つ。
①人体標本工場②結婚式場③消しゴム工場④小岩井農場⑤洋服(コム・デ・ギャルソン)工場⑥CD工場⑦アデランス
残念ながら、工場見学をして、それを村上春樹が文章を書き、安西水丸がイラストを書くという企画は、成功していない。この本を読んで、「面白いな」と感じるには、訪問した工場自体が興味深いものであることが必須だと思うが、7つの工場の選択が、あまり良い選択だったとは思えないのだ。
私個人の感想で言えば、「人体標本工場」「アデランス」は興味深かった。「へぇ~っ」と思うこともたくさんあった。「小岩井農場」は、農場・農園に興味のない人には退屈な話だし、「コム・デ・ギャルソン」も、洋服に興味のない人には退屈であり、私は両方に興味がない。「消しゴム工場」は普通の化学工場であり、何が面白いのか?「CD」は、当時は物珍しかったものだろうが、今となっては、若い人は「それ何?」という人も多いのではないか。工場自体も、普通の工場であり、興味をひくものは何もなかった。「結婚式場」は、結婚式を挙げたり、あるいは、友人・知人の結婚式・披露宴に参加したことのある人にとっては、別に珍しくも何ともない話だった。
というわけで、工場見学記を読んで面白く感じるかどうかは、その工場自体が面白いか、興味深いか次第であろうと思うが、そういう意味で、工場の選択に失敗し、企画としても成立しなかったという感じ。 -
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ネタバレ▼あらすじ
老婦人からの暗殺依頼を受け、”さきがけ”のリーダーとの面会に成功した青豆。しかし、リーダーは既に青豆が自分を暗殺しようとしている事に気づいており、2つの運命を唱えるー「青豆が生き残り、天吾が死ぬ運命」「天吾が生き残り、青豆が死ぬ運命」。彼女は、どちらを選択したのかー。
一方の”さきがけ”から狙われている天吾は、ふかえりと”オハライ”をする。その中で何故か青豆との体験を思い出す。そして、過去の清算をするために認知症の父親に久々の再会を果たすー。
迷い込んだ1Q84の世界の中で、青豆と天吾はそれぞれの事を想い、巡り会う事を渇望する。果たして彼らは望み通り巡り合えるのか、物語は続いていくー
▼感想
著者の思考の根柢はニヒリズム思考である。この世界に価値はなく何かしても意味がないと考えているため欲もない。しかし、そんな中でこの世界に価値を感じられるものが「愛」である。青豆と天吾は、お互いがお互いを想い愛する事で、世界に生きる意味を見出している。人が人を想い繋がりを実感している事こそが幸福だと考えている点において、この考えは共感できた。 -
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ネタバレ5~6年ぶりに再読。「螢」では自宅近くの情景(和敬塾、椿山荘等)が記されており、特に親近感を持って読むことができた。また、「納屋を焼く」や「踊る小人」は率直にどのようにそのような世界観を着想する/提示することができるのか...と感じさせられた。久々に著者の初期作品の文体に触れ、なんとも言えない読後感を体験。以下の通り、印象に残ったフレーズはありつつも、やはり自分は著者の長編作品を好むのだと再認識した。
特に印象に残った箇所は以下
・しかし僕の友だちが死んでしまったあの夜を境として、僕にはもうそのように単純に死を捉えることはできなくなった。死は生の対極存在ではない。死は既に僕の中にあるのだ。そして僕にはそれを忘れ去ることなんてできないのだ。何故ならあの十七歳の五月の夜に僕の友人を捉えた死は、その夜僕をもまた捉えていたのだ(p.31)
・失った経験のない人間に向って、失われたものの説明をすることは不可能だ(p.129)
・「つまり誰の目にも見えることは、本当はそれほどたいしたことじゃないってことなのかな」と僕は言った(p.175) -
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2部構成のエッセイ。パートⅠは、J・プレスの、パートⅡはパーカー万年筆の雑誌広告のために書かれたもの、ということだ。本書の「あとがき」の日付は、1995年の4月のこととなっているので、今から30年前に最初に発行された本であることが分かる。
J・プレスは、アイビースタイルの洋服屋さん。ブルックス・ブラザーズとともに、アイビーを代表するブランドだった(私はファッションに知見があるわけではないので、私のファッションに関する乏しい知識によれば、という前提)。ファッションにさほど興味のなかった私ですら、J・プレスとブルックス・ブラザーズのスーツやブレザーを(数は少ないけれども)持っていた。
というようなことを書いていると、時代は変ったな、と思う。
まず、世の中全体で見ると、スーツを着る人が少なくなったような気がする。ホワイトカラーのサラリーマンの数は減った訳でもないだろうけれども、もう少しカジュアルなブレザー・ジャケットを着ている人が多い気がする。また、スーツの安いお店が沢山できているし、ユニクロやGU等でも、ビジネスカジュアルというか、それでも、通勤・勤務に使えるビジネス服が求めやすい価格で求められるようになっている。ということは、J・プレスやブルックス・ブラザーズでビジネス服を求める人は相当に減っているのではないかと思う。実際、ブルックス・ブラザーズの本家のアメリカでは経営破綻をしているし、日本でも、青山のお店は閉じてしまっている(だよね)。
万年筆についても時代の波を受けているはずだ。私が子供の頃は、高校に入学する時に、お祝いに親戚から万年筆をもらったり、あるいは、雑誌(高1時代とか)の付録に万年筆がついていたような記憶がある(付録の方の記憶は曖昧だけれども)。私が会社に入った40年以上前だと、管理職の人たちは、まだ万年筆を持っていたし、時に使っていたような記憶もある。ところが今では、万年筆というよりも、PCの普及のおかげで、万年筆ばかりではなく、筆記用具を使うこと自体が少なくなってしまっている。
だからどうした、と言われると困るし、当たり前の話なのだけれども、30年間で物事は変り得るということ。 -
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ネタバレ本作は、作家でありながら、翻訳にも精力的に取り組む村上春樹氏と、東大で長年教鞭をとり現在は名誉教授教授の柴田元幸氏の対談集。
対談は、一つは東大の生徒を前にしたもの。もう一つは翻訳会社のフォーラムにて。
更に、同じ文章を村上氏と柴田氏が翻訳したもの2篇、その原文、またこれらを踏まえて他の(当時の)若手翻訳家たちとの座談会を行った様子も、併せて収録されています。
なお本作は2000年の出版。もう25年も前の話なのですね。
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翻訳の世界。憧れがあります。カッコいいなあって。
でもgoogleで「翻訳 デビュー どうやって」とか「翻訳 英語 収入」とかで見てみると、余りいい話は出てきません。
翻訳学校に行って、卒業後はそこ経由でちいさいお仕事を貰いつつ、出版社らの依頼にきちんと従う、なのに仕事はあまり回ってこない、など。
新参者には厳しい世界であることを感じました(まあ、いい話・おいしい話などの情報の非対称性は、ネットが生き渡る現在はすぐに消散してしまうのでしょうが)。
そこにあってこのタイトル。夜話、ですよ。
昼は平気でうそをつく、というわけではありませんが、夜に話すというのは、やはり本音や打ち明け話ではないでしょうか。ましては宴会ではなく、少人数で語り合う。
きっと、忖度なし、隠し事なしの話が聞けるのだろうと期待が膨らみます。
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で、読んでみると、村上氏がえらく飛ばしているなあ、という印象笑
その翻訳のattitudeですが、これ本当に感覚的に申し上げると、フィーリングの村上氏と、基本メソッド+臨機応変の柴田氏、という印象を受けました。
翻訳をするにあたり、作家への思い入れや、感じるものがあるものを訳したいという村上氏。実際それを行ってお金を稼げているので素晴らしいことです。
他方、職業翻訳家はそうはいかないでしょうし、ある意味依頼が来ても断らない(断れない?)ことは多い気がします。
故にか、場を仕切る柴田氏は、そつなく村上氏をいなし、否定はせずにうまく対話や座談会を回していた気がします。
そういえば、村上作品を英語に訳す米国人翻訳者についても書いてありました。一人はハーバードの先生でかっちり訳す。もう一人は正体不明?の人で味のある訳し方をするとか。で、村上氏はどちらもそれでよい。作品の雰囲気を保ってくれれば細かいことには困らない、という話をしていらっしゃいました。
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さて二大巨頭の訳の競演ですが、”Collectors”(Raymond Carver)と”Auggie Wren’s Christmas Story(Paul Auster)”が選ばれています。
これがなかなか面白い。
スタイルとか味、という観点で行くと、私は断然村上氏の訳が好みです。
なんというか、まとまりというか、すごく型があるように感じて、味わい深い。
他方柴田氏の訳は、正しい翻訳だったり、適切な意訳だったり、二篇とも理解度は村上氏を上回ると感じました。ただ、良くも悪くもクセがない印象でありました。
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因みにAuggie Wren’s~ の翻訳で、ワインを二本ばかり、という訳がありました(偶然にも二人とも全く同じ訳)。
訳を読んだとき、二本ばかりの原語ってなんだろう?って思っていました。原文を見ると a couple of bottles of wineでありました。学校英語だと、a couple of で可算名詞を2つ、というのは習いましたが、訳すときは「ばかり」と付加しているんですね。こうするとぐっとこなれた感じが出ますよね。へー。
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ということで村上氏、柴田氏の対談集+α、でした。
翻訳を行う方々の本音が垣間見えて、面白い本でした。また二人の翻訳の違いがはっきり出てくるこうした訳文公開企画もなかなか面白いと感じました。
やや古いのですが、翻訳の現場がのぞける貴重な作品であると感じました。