村上春樹のレビュー一覧
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2部構成のエッセイ。パートⅠは、J・プレスの、パートⅡはパーカー万年筆の雑誌広告のために書かれたもの、ということだ。本書の「あとがき」の日付は、1995年の4月のこととなっているので、今から30年前に最初に発行された本であることが分かる。
J・プレスは、アイビースタイルの洋服屋さん。ブルックス・ブラザーズとともに、アイビーを代表するブランドだった(私はファッションに知見があるわけではないので、私のファッションに関する乏しい知識によれば、という前提)。ファッションにさほど興味のなかった私ですら、J・プレスとブルックス・ブラザーズのスーツやブレザーを(数は少ないけれども)持っていた。
というような -
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ネタバレ本作は、作家でありながら、翻訳にも精力的に取り組む村上春樹氏と、東大で長年教鞭をとり現在は名誉教授教授の柴田元幸氏の対談集。
対談は、一つは東大の生徒を前にしたもの。もう一つは翻訳会社のフォーラムにて。
更に、同じ文章を村上氏と柴田氏が翻訳したもの2篇、その原文、またこれらを踏まえて他の(当時の)若手翻訳家たちとの座談会を行った様子も、併せて収録されています。
なお本作は2000年の出版。もう25年も前の話なのですね。
・・・
翻訳の世界。憧れがあります。カッコいいなあって。
でもgoogleで「翻訳 デビュー どうやって」とか「翻訳 英語 収入」とかで見てみると、余りいい話は出てきま -
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「ちょっと変なところに行って、ちょっと変なものを見てまわろうじゃないか」というコンセプトで書かれた、(一応)旅行記。「ちょっと変なところ」として選ばれたのは、名古屋・熱海・ハワイ・江の島・サハリン・清里というラインアップ。なかなかの顔ぶれであり、かつ、書き手が村上春樹を含んでいるということで期待したが(実際、村上春樹がいくつか書いている旅行記は面白いと思う)、思っていたほど、面白くはなかった。
それは、「ちょっと変なところ」の面白さを伝えることが、かなり難しいことによると思う。例えば清里は、かつては、若い女性が大挙して押しかけた高原の観光地、ペンションなど、オシャレな場所として人気を博していた -
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安西水丸のイラストは好きだけれども、本書の中で好きな村上春樹の文章は少なかった。好きだったのは、「ジョン・アプダイクを読むための最良の場所」「マイ・ネーム・イズ・アーチャー」の2つくらい。
前者は、村上春樹が(とは限らないけれども)郷里から大学入学のために東京に出て来た際、郷里から東京のアパート宛に送った荷物がまだ届いておらず、何もない部屋で、煙草を吸いながらジョン・アプダイクを読み、それは悪い経験ではなかった、と回想する話。悪い経験ではなかったと感じた理由を説明することは難しいだろうけれども、確かにそれは悪くないよね、と思わせるのは作家としての力量なのかな。
後者は、ミステリー作家のロス・マ -
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いや〜良かったぞ〜。久々に良かったじゃないか。
いつも彼の作品は少しだけしつこいポイントがあるのだけど、ショートストーリーだからこそそこが薄くなり面白さが際立ってる。
都会的なオシャレでスタイリッシュな文章って嫌われがちだけど、私は好きです。例えば、スタバでカプチーノ飲みながら窓際の席でこれを読んでいたら、ん?とはなるけどね、古本屋の近くの個人経営店の喫茶店で味薄いアイスコーヒー飲みながら窓際でこれ読んでたら、おぉとなると思う。あるいはそれがおじさんではなく、綺麗な女の子だったら。はたまたその人が他人ではなく、知り合いだったら。
なんてふうに、つまりは大衆性の問題なんだと思う。実直な作家こそ、 -
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ネタバレ自分の生き別れの娘を眺めるために家を買った免色。僕は自分が失った妻に対して同じことをするなら、と想像して拷問のようだと考える。免色は井戸に入った時は主人公が自分を助けないことを考えて死に隣り合う生を実感した。一連の事件を見るに表面的には免色がマゾヒストなのではと見えるが、「白いスバル・フォレスターの男」に主人公が触れることで物語が少しずつ前に進む。主人公にとってこの男は自分の中に眠る「暴力性」の象徴であり、免色自身にその意図があるかは別として、彼との関わりが主人公にとって自分の本性を知るための基盤になっている部分が物語を奥深くしていると感じた。
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ネタバレ村上春樹の父親のことをまとめた自叙伝ならぬ父叙伝?で、戦争の時代を生きた父親のことを、その息子である村上春樹が、あやふやな記憶とたくさんの文献から整理したもの、、という(どちらかというと)村上春樹にしては味気ない印象を受けた。
個人的には、村上春樹の本に対して自分は、彼の考えたこととか感性に触れる、ということを求めているのだな、と再確認できた。
ちょっと毛色の違うものを、、と思って手に取ってみたが、いささかばかり事実の整理という側面が強く、途中からは流し読みになってしまった。
(そのために書いた、と著者自身が言っている本なのだから、それを承知で読み始めた自分が悪いのだけれど)
いちばん印象