ジェーン・スーのレビュー一覧

  • 過去の握力 未来の浮力 あしたを生きる手引書

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    ポッドキャストの会話を文章で書き直したり、それぞれの話し手が自分の「世の中の見え方」をわかりやすく書き直したもの。

    正直、このポッドキャストを聴いていてピンと来る回は3割くらいなのだが、文章にしてもあまり理解できない内容が多かった…プール理論は何度か聞き直して文章でもサクちゃんの言葉で読み直してやっと理解できた!これは本の問題ではなく、すーさんでもさくちゃんでもない派(土じゃなければ、なんだろう)の私の問題。しかしあーちん(くまおの作者)ファンとしては時々あーちんの話が聞けるのも嬉しいし、ほんと隣の会話を聞いてる気軽さで聞けるので番組自体は大好き。

    それにしてもすーさんの別のポッドキャストは「わかるー」「あんた今いいこと言った」というコメントが多くて、多分そこが気持ちいいのだが、「隣の雑談」は必ず会話を「でも」から始める友人との会話を思い出す。私はマウント取られやすい人間なので、そんな会話に疲れるが、違うけど話し続けられる二人はすごいなあ。

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    2025年10月03日
  • ひとまず上出来

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    2025/09/03予約1
    頑張れないなら「頑張らない」と言い直す。できるできない、ではなくやるやらないに置き換える。
    筋トレはムキムキ、ダイエットのためでなく明日の自分を生きるため。
    いいなあ〜ラジオもポッドキャストも聴いていますが、さすがスーさん。この本は単行本で読んでるけどおまけエッセイがあり嬉しかった。

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    2025年09月30日
  • へこたれてなんかいられない

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    コロナ禍あたりのエッセイまとめ集。どこかで聞いた話…?読んだことあったっけと思ったが、スーさんのラジオとポッドキャストの話と重なっているのだと気づいた。やはりスーさんの文章では「生きるとか死ぬとか」が秀逸。その後に、妙位即答のおしゃべりが来て、私的にはエッセイは最後かなあ。テーマは面白いし事実関係も整理されているのだが、いい意味での強さ、言いっきりのかっこよさが、文章にすると一人歩きして恐くなってしまっているのが残念で。私もメールが怖い、と言われたことがあるので、なんとなくそういうことなんだろうなあと。いやでも面白いです。できれば、生きるとか死ぬとか的なシリーズをもう一度書いてほしい!

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    2025年09月15日
  • これでもいいのだ

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    2016〜2019年に書かれたエッセイ、まだコロナ禍前で、私の大好きなジェーン・スー節満載の一冊。「読者に優しく」をテーマにした『おつかれ、今日の私。』よりも好きだった。

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    2025年09月15日
  • 過去の握力 未来の浮力 あしたを生きる手引書

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    すごくよかった~。
    カウンセリングの先生から聞いたり、自己啓発的な本とかでも読んだことのある内容も多くあるけれど、普段ポッドキャストで声を聞いている人の本はまた頭へのしみこみ方が違う。
    自分はサクちゃん側の人間なので、サクちゃんが生きやすさを手に入れるために駆使してきたコツや技を取り入れたい。スーさんの「自分が世界の主人公」的考えも好き。自分を二の次三の次にしてしまうので、「私もそう生きていいんだ~」と思わされた。

    自分のこの本からのテイクアウェイ↓
    ・好き嫌いを意識する。
    ・やりたくないことをはっきりする。
    ・夢は縛りにもなる。いったん追っていた夢を追うのをやめてもいい。方向展開は調整であって負けではない。
    ・(他人の)行動と感情は切り離して考える。
    ・変えられることと変えられないことを区別する。

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    2025年08月31日
  • 貴様いつまで女子でいるつもりだ問題

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    女子って結婚にタイムリミットがある上で、仕事や人生で選択肢も多くて男性より出世も難しいし辛いし大変すぎると思っていたけど、男性は逆に「働き続けて家族を養う」という選択肢が当たり前なことが多く、それはそれで、辛くても辞められなかったり続けるしか無いという辛さ大変さがあるのだと目から鱗だった。いろんなモヤモヤや難しい感情を、なんでそう感じるのかすごく客観的に分析して伝えてくれてめちゃくちゃ楽になる本。

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    2025年08月26日
  • 映画じゃないんだから、うまくいかなくても大丈夫。

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    観た映画でも観ていない映画についてでも
    『わかる〜』が溢れており、思いの外、濃く深く様々な角度で切り込まれていた、サスガです。

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    2025年08月14日
  • 過去の握力 未来の浮力 あしたを生きる手引書

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    ネタバレ

    視点を変えれば世界が変わる、ということを具体例と実体験を持って言語化してくれる本。
    人との境界線(プール理論的)、不幸比べ(世界一嫌な相撲)、先回りへの警鐘、など、共感の嵐だった。

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    2025年08月09日
  • 闘いの庭 咲く女 彼女がそこにいる理由

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    インディペンデントとは?
    自立した人間というものは?
    "自分が納得した自分でいること"
    これが一つの答えかもしれない。

    仕事に育児にままならない日常だけど、「自分は何を大切にしたいのか?」自問自答を繰り返すことで、インディペンデントな自分に近付けるかもしれないな。

    印象に残ったのは山瀬まみさんと辻希美さんのインタビュー。自分らしさと求められる役割を割り切って考えることで楽になったり。自分らしく自分が正しいと思うことを続けたことで楽になったり。

    そして、この本に出てくる女性たちは本当にタフ。考えてみると、私自身のまわりにいる尊敬できる人たち、総じてタフ。"タフさ"も曖昧な概念だけど、結局はインディペンデントであることが根底にあるんだろうな。明日からも頑張ろうと思える本。

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    2025年07月01日
  • 過去の握力 未来の浮力 あしたを生きる手引書

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    ーーーーこんな本ですーーーー
    TBS Podcast 「となりの雑談」の配信を本の形で構成しなおしたもの。

    「スーさん」ことジェーン・スーさん。
    ▶︎エネルギー値が高い
    ▶︎世界を捉えるカメラはつねに自分についている

    「サクちゃん」こと桜林直子さん。
    ▶︎エネルギー値が低い
    ▶︎世界を捉えるカメラは上から。俯瞰で撮っているイメージ
    ーーーーーーーーーーー

    ふたりの性格はまったく逆、と言っていい。ふつうだったら友だちにもなれないし、会話だって成り立たないんじゃないか。それでもスーさんとサクちゃんの会話は、心地良くぐんぐん進む。それは、ふたりがお互いの違いを「おもしろい」「しりたい」と思っているから。

    なによりスーさんもサクちゃんも、自分が見ている景色を唯一の「正解」としていない。だから相手を否定も非難もしない。ただただ、自分には見えない景色について知りたいと願う。

    *

    本書を開いて、「わたしはどっちタイプだろう?」と読み進めたけれど、ちょうど半々くらいでどっちもだった。本書には、あしたをしなやかに逞しく、軽やかに生きるヒントがいくつもある。スーさんタイプの人も、サクちゃんタイプの人も、わたしみたいなハイブリッドタイプの人にも。

    >>p.64(サクちゃん)
    ひとりひとつずつプールがあって、みんな各々自分のプールで泳いでいる。そのことをわたしは知らなかった。
     自分のプールで泳ぐとは、自分が何をやりたいか、どこに行きたいか、人に委ねることなく自分で決めて行動すること。(中略)
     ひとりひとつのプールとは、ここはわたしの領域、という枠とも言い換えられます。自分のプールで当たり前に泳げる人は、他人のプールに飛び込むなんて考えも及ばないはずです。プールにはしっかり枠が設けられています。
    (「プール理論」より)

    >>p.138(スーさん)
    講演会でよく言うのが「50過ぎたら女は舌打ち」です。ムカついたときにムカついた顔をするのは大事ですよという話をしてます。というのも中年女はえてしてみんなのサポートをしてくれる、ものわかりのよい妖精のような存在として扱われることが多い。不愉快なことをされたときには、それが不愉快だとちゃんと伝えた方がいいと思ってきます。結構大きい音の舌打ちをすると、みんなビビります。それで事態は変わっていく。家で舌打ちの練習してください。
     もちろん、力によって相手を抑圧しようとするのは良くないし、まずは話し合いや譲り合いが大切。だけど雰囲気やムード、あとは勝手に見下してくる相手に対しては舌打ちで十分。
    (「NO、それは可能性」より)

    舌打ちはね、ちょっとアレだけど。ムカつき顔は、時と場合によっては封印を解こうとおもう。

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    2025年06月07日
  • これでもいいのだ

    QM

    購入済み

    『へこたれてなんいられない』を読んですっかりハマってしまい、今度はこちらを。

    スーさんのエッセイで、自分の生活や感じたこと、考えていることなどが等身大のまま、絶妙な言葉のチョイスで書かれている。

    どんな自分もほわっと包み込んでくれるような気持ちになる。中でも『生きる糧の更新』が一番好き。

    その時その時の状況に応じてスー父のように人生という言う荒波をたくましく乗り越えていけるような、時には流れに身を任せていくような、そんな生き方をしたい。

    大人っていいなあと思わせる本。

    あと1つ1つの話が短くてパっと読めるのも良き。

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    2025年05月15日
  • 過去の握力 未来の浮力 あしたを生きる手引書

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    「自分を幸せにできるのは自分だけであり、自分物語の設定を決めて、どこにライトを当てるか決めるのも自分自身である」

    アドラー心理学でも「不幸いることを自分で選んでいる」という考えがあるけれど、それに近いことを2人が話していて驚いた。

    不快な場所にいることを選び続けるか、抜け出すか、そもそも不快だと気づけるか、NOと言えるか。

    アクションを取るために「自分は幸せでいていい」を指針とすることが大切だと学んだ。

    私は私のままで幸せになっていいのだ。

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    2025年05月04日
  • 私がオバさんになったよ

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    ネタバレ

    島崎和歌子さんが出てませんが、明日早朝から予定あるから寝なきゃいけないのに読むのを止められない面白さで、次こういう本を出すときは島崎和歌子さんとも対談してほしいです。

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    2025年04月28日
  • 貴様いつまで女子でいるつもりだ問題

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    バチバチにEdgeとユーモアを効かせた、読む行為自体が楽しくなる最高のエッセイ。自分にも周りにも毒と揶揄を吐きながらどんどん内省を深めていく構成。この著者は中年女性という属性であり、私とは全く異なる属性だったので、主張に対する感想は勉強になる。つまり「あーわかるわかる!ホントそう。こんなマインド持てばいいんだね」を呼ぶ共感ではなかった。しかし、一つ一つの表現や例えの個性がぶっ飛んでいる。1度読んだら忘れられなくなるのに、読みにくくない強い個性を持っている。真似したくなるような魅力に詰まっており、面白いと思った表現を片っ端からコレクションしてしまった。ほぼ一気読みしてしまったが、小分けにして読んでいけばよかった。

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    2025年04月25日
  • 貴様いつまで女子でいるつもりだ問題

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    面白くてびっくりした笑
    30代前半の独身女の私には7割くらい自分が今まで感じてきたことだった。
    一つの女性のパターンなんだと思う。
    ただ例えや言い回しが素晴らしすぎる。
    エピソードや内容はもちろんだか、私は表現力に唯一無二を感じた。

    こんな感じの男性バージョンないかな笑
    男性側の考えもしりたい。

    個人的に共感した、響いたところ

    ピンクと和解せよ
    エエ女発見や
    隙がないこと岩の如し

    プリンセスほっこり目指すか、どうか迷うなあ

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    2025年04月25日
  • へこたれてなんかいられない

    QM

    購入済み

    とっても読みやすい文体であっという間に最後まで読めた。途中の挿絵が可愛い。ジェーンさんの本は初めましてだけど、言葉の端々から正義感とまっすぐな生き様を感じる。

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    2025年04月23日
  • 生きるとか死ぬとか父親とか(新潮文庫)

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    スーさんのお母様へ
     そちらはどうですか?
    きっと天国でハラハラしながらお2人を見守っていらっしゃることでしょうね。

    どんなに振り回されても毒を吐いても、破天荒以外の父親なんて考えられない。
    だって、元気な父親の姿はそれしか知らないんだもの。
    お母様だってそうでしょう?
    そりゃ、穏やかに暮らせることが何よりもの望みではあるけれども。

    でも大丈夫。
    スーさんはちゃんと破天荒なお父様を愛してます。
    お父様もお母様を誰よりも愛してます。
    だからもう少し、父と娘の時間を過ごさせてください。
    お父様がそちらに行くときのスーさん話、たっくさん準備していきますから。

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    2025年04月20日
  • 闘いの庭 咲く女 彼女がそこにいる理由

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    老いる現実をつぶさに
    見せてくれるのも愛。

    とは十和子さんが義母
    を語った言葉。

    十和子さんは私の人生
    の指南役です。

    そして、吉田羊さんの
    自分のないない探しを
    してしまう話に共感。

    私も毎日のようにして
    しまいます。

    自分はこんなものじゃ
    なかったはずだと、

    自分のなかの欠けてる
    何かを探し続ける日々
    ・・・

    これを言うと嫌われる
    かもしれませんが、

    若い頃は自分の容姿に
    絶対的な自信があり、

    出逢う異性のふたりに
    ひとりは、

    すべからく私に好意を
    寄せるものと勘違いを
    していました(汗

    二十代後半くらいから
    その自信が揺らぎ始め、

    出産を境に鏡のなかの
    自分に酔うこともなく
    なりましたが、

    いまだに過去の輝きを
    振り返って幻の自分を
    追い求めてしまいます。

    でも、もうそんな私を
    卒業したいと思います。

    あのアイドル然として
    可愛かった辻ちゃんが、

    スーパーで特売の鮭の
    切り身を買って、

    子育てに奮闘している
    様子に涙が出ました。

    そうだ、皆頑張ってる
    んだなあって胸の内で
    拳を握りしめました。

    男性にもお薦めしたい
    良書です。

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    2025年04月05日
  • 貴様いつまで女子でいるつもりだ問題

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    ネタバレ

    ◾️record memo

    ・その五、保険と貯金を見直すべし。
    二十代初めから支払い続けている生命保険、掛け捨てでないのは把握していましたが、がん保険がついていない商品だったことを、私は三十五歳まで知りませんでした。時世も変わりますから、以来、保険の見直しを数年に一度するようにしています。

    格安ツアー以外の海外旅行も、免税店以外で買うハイブランドのバッグも、三十代前半で経験しました。同じ景色、同じ鞄でも支払う額が異なると、受けるサービスが異なることを、身を以て知ることができました。無駄遣いの良いところは、自分に不必要な贅沢がハッキリ見えるようになること。体験しないうちは、どれもが素晴らしいものに見えたままです。

    私は二十代で稼いだお金を、三十代で全額使い果たしました。人はそれを馬鹿と呼ぶのでしょうが、清水の舞台から飛び降りて、その後しばらく骨折してるのちょう楽しい!四十代になったら、怖くてそんなことはできません。無駄遣いのあとの極端な節制も、体力や精神力のあるうちなら我慢ができますし。投資ならまだしも、浪費は老後の背中が見える前にぜひ一度ご経験を。

    そして、ことあるごとに正論を吐く。正しい。正しいが可愛くない。可愛ければいいというものではないが、愛嬌や愛想が身を助けるということを、私が学ぶのは遅過ぎました。アラサー女のみなさんにおかれましては、同じ轍を踏まないで上手に生きることを、強くオススメしたいところです。

    男と女の可愛いは同義ではないので、相変わらずチヤホヤされるか弱そうな可愛い女を見て腹が立つことはあるけれど、私には私のかわいいがあるぜ!と開き直る。

    ひときわ異性関係において、隙がないことは致命傷のように言われます。隙がない女にとって、隙とはなんだか漠然とした空気のようなもの。得体の知れないそれを模倣しようとしたところで、「隙」と「媚び」と「馬鹿」の違いさえわからず、オロオロするのが関の山でした。ちなみに、オロオロは隙とは見なされません。そうなるとこちらも、「そもそも隙のある女が良いなんて、隙につけ込もうとしている人間の志が低いだけの話なのではないか?」と仏頂面になり、ますます隙がなくなる始末です。

    その心の奥底の、やわらかくてみっともない湿った場所。ここに誰かが入り込んでこようものならば、バーンと内側からドアを閉める。そこまでしてようやく、隙がないのは、自分の弱さが起因している場合もあるのだと気付きます。

    隙があろうがなかろうが、これからの毎日で傷つくことを完全に回避したり、絶対に傷つかない心を育てたりするのはとても難しい。けれども、いままでの毎日でアホみたいに傷ついてきた私は、とりあえず今日もご飯を食べて健やかに生きている。

    もちろん、自分をブスだなぁと思うことも、デブだな!と感じることも、ババアになったなぁ〜と思うこともあります。しかし、それを見知らぬ他人に断罪される覚えはない。

    ブスデブババアの悪態吐きは、若さと容姿美でしか女の価値を認められない、感受性の乏しい人たち。そこに気付いてからは、さほど腹も立たなくなりました。俗に言う上から目線で「この人は、自分が世間から正当な評価を受けていないと感じているのだなぁ」とニヤニヤして終わりにします。だからこそ、ブスデブババア起因ではない苦言には、自らを省みることもできる。ブスでデブなババアは、自尊心が高く、結構しぶといのです。

    人の心はコントロールできません。だから、ブスデブババア起因の不当な扱いを、真に受けず受け流す強い心を育てる。これはなかなか根気の要る作業ですが、いまのところ私には功を奏しています。

    何の実績もない、どこの馬の骨ともわからない私のような中年女が、本を書いたりラジオで喋ったりしている事実。容姿や若さ以外の要素でも好意的な評価を受けられることがあると、厚かましくも信じようではありませんか。と言うか、容姿や若さ以外に好意的な評価をくれる人と、濃い付き合いをするように努める。それぐらいの自分勝手は、許されて然るべきです。

    私は四六時中綺麗な心ではいられません。しかし、ドス黒い気持ちの内訳がわかっていれば、自分で自分の足を引っかけるようなことはしないで済みます。

    最初の結婚ラッシュを見送った女には、なぜか見送り特典がついてきます。それは自由。二十代に比べて金銭的にも行動力的にも馬力がかかるようになった三十代女の独身生活は、未婚の自分を過度に責める気持ちさえなければ、あまりにも自由過ぎて楽し過ぎる。

    やりたい放題を、誰にも怒られないのです。なんて素晴らしい日々でしょう!パーティーに明け暮れるような派手さはなくとも、自己責任のもと好きな時に好きなものが買え、飲みたい時に飲め、ちょっと無理をすれば望む旅行に行ける。この心地好さは、なにものにも代えがたいぬるま湯です。

    ぬるま湯に浸かっていると、結婚行きの列車に乗った女友達から、早々に厳しい情報がアップデートされてきます。子供の教育費や姑問題や旦那や住宅ローン。自分の時間が減ってヘトヘトになった彼女たちを見ていると、子供の頃は普通に生きていればそのうちできると思っていた結婚は、どうやらこの気ままな自由と引き換えの産物なのだと気が付きます。

    二カ月に一度ぐらいは、日曜の午後布団に入ったまま「あー、けっこん……とか……こども……とか……かんがえないといけ……ないの?かな?」という思いがよぎらないわけではありません。しかし、誰にも邪魔されず惰眠をむさぼれる自由を旦那のために使うなんて、どう考えても勿体ない。「旦那の親」なんて知らない人のために、笑顔を作る義理もない。

    一生懸命働けば働くほど、お金を稼ぐことがどれだけ大変か身に沁みてわかる。すると、人の稼いだ金で生活するなんて肩身が狭くてやってられん!と、専業主婦願望が限りなくゼロに低下します。

    シャンパンを「泡」と呼び、どこからか手に入れたブランドのファミリーセールで清水ジャンプ買いをする女は、もちろん一部。でも、定時で退社できる仕事に就き、休日には近所の猫の写真をインスタグラムにアップして「❤︎いいね!」を待つ女にだって、周りから「まだやってるの?」と言われる演劇や音楽を、バイトをしながら追求し続ける女にだって、たまに襲う侘しさを優に超えた気楽さがそこにあるのでしょう。自分中心の人生は、どんな形であれ手放しにくいものです。

    それはあまりにも突拍子なく湧き上がった感情。いまさら取り返しのつかない現実。私の心が乱れる写真には、すべて父親が介在したのです。私はもうここで観念しました。私は、この父親の愛情に嫉妬している。

    Facebookの子供の写真を見て私の感情が揺らぐのは、私が結婚していないからとか、私に子供がいないからとか、そんな理由ではなかったのです。私の持っていない「婚姻関係」や「親子関係」を持つ同年代の友人知人に、嫉妬していたのではなかった。むしろ立ち位置は逆でした。私は、父親に世話をされている女児(つまり数十年前の私と同じ存在)に嫉妬していました。なぜなら、子供時代にそんな風に父親に可愛がられた覚えが、私にはなかったから。

    父親に愛情を注がれている他人の娘の写真は、「私もこうやって可愛がって欲しかった」と、私に埋めようのない欠損を認識させる。

    心のざわつきの構造がわかったので、最後に嫉妬の処理方法を考えました。しかし、いまから三十年以上前に戻って父親に育児し直して貰うのは物理的に不可能です。年老いた父親をいまさら責め立てるのも不条理です。子供の頃の私と父親がふたりで写っている写真でも探そうかとも思いましたが、そんな儀式めいたことをしなくても、父親が私に愛情を持っていたことはわかっています。なので、私はあきらめることにしました。

    やがて、心をざわつかせていた類の写真を見ても、私の気持ちは前ほど揺れなくなりました。自分の欠損と、友人の子供とは何の関係もないと腑に落ちたのでしょう。

    さて、先ほど「勤労意欲の有無は、女の方がわかりやすい」と大雑把なことを書きました。では、私がサラリーマン時代に「勤労意欲が低い」と感じていた職場の女たちは、その後どうなったでしょうか?
    新卒で入った会社に七年勤めている間に、その女たちは次々に辞めていきました。結婚して専業主婦になったり、経営者としての事業継承ではなく家業を手伝ったり、キャリアを追求する転職とは異なる、自分のペースで働ける仕事に移っていました。だいたい、三十代前半までに、みんな居なくなっていた。
    彼女たちは、お仕事ゲームの第一線から身を引いたのです。キャリアとか、自分で稼ぐことに囚われない生き方を選んだのでしょう。

    一度働きだしたら中座しづらいのが男の現実だとしたら、彼らのプレッシャーは相当です。働き続けることに、女としての自分の価値を見出す感覚は、私にはない。結果的に働き続けるとしても、「なにがあっても働き続けなければ、社会的に認められない」というプレッシャーを感じることもない。その圧を感じているか否かで、仕事に対する意識はかなり変わってくるでしょう。

    ゲームから降りても失格と見なされない(他の道があるとされている)女と、ゲームから降りたらアウトと見なされる男。自己実現のひとつとして仕事に向き合う女と、とにかく働き続け、そこでボスになるというゴールを据える男。働くことに対して背負っている感情は、男女で異なる。

    三十代半ばに「仕事=男の人生の価値だと男自身が思っている」と仮定してから、私は彼らとの接し方を少し変えました。ゲームの中座が社会的にヨシとされていないならば、のらりくらりと働く男がいても不思議ではない。誰もが血気盛んに働きたいわけではありませんし、ゲームを降りたくても降りられないのであれば、その態度も許容はしがたいが理解はできる。彼らが責任を追及し合わず、仲間意識を尊ぶのも合点がいきました。正しさを追求してお互い刺し違えるなんて、辞めないことを最優先にしたゲーマーにとっては最悪の選択でしょうから。

    やがて、理解しがたい男ゲーマーに対する私の接し方は体系化されました。いつまで経ってもやる気が見られない男ゲーマーには、失礼ながら「この人、余裕のある女だったら三年でゲーム降りてるタイプ……」と思うことにしました。彼らには、三年でゲームを降りて婿に行き専業主夫になるという選択も、企業に就職しても転勤のない一般職で補助的な仕事をするという選択も、最初からほとんどない。どんなに働くことが苦手でも、ゲームを降りようと思うことが人生の負けにつながるのですから、自主的に会社を辞めて、アルバイトで気ままに暮らす選択は難しいでしょう。自分の仕事能力に自信はないが働き続けなくてはいけない人ほど、会社を辞められないでしょうし。

    強い女にも五分の小さな女の子と言いますか、私にもパブリックイメージ(しかも自分で作り上げたもの)とは反する、小さな女の子=さみしさや傷ついた気持ちをダイレクトに感じる存在がいます。見た目には不釣り合いな、砂糖菓子の世界に憧れるフワフワした気持ちだって、ちょっとは持っているのです。

    自分の悲しみを放ったまま、いくつになっても可愛いものを「カワイイ!」と言える女を見てケッと思っていると、私の中の小さな女の子はいつまで経っても満足しないことに気付きました。また、自己防衛のつもりでネガティブな感情を無視していると、結局は自分の中の小さな女の子が、全部黙ってその感情を引き受けなきゃいけなくなってしまう。見栄と意地と自己批判と自己憐憫と過剰な俯瞰が、自分を不幸にしていたのです。恐ろしいですねぇ。

    小さな女の子をなだめすかすには、少し時間がかかりました。怒りを感じる度に背中の女児に「これは?ああ、傷ついてるのね。悲しいのね。ハイハイ」と確認して、悲しさやさみしさを認める。場合によっては、人にそれを伝える。こっ恥ずかしい感動の映像に思わず心が揺さぶられた時には「これは?ああ、感情が昂って泣きそうなのね。ハイハイ、泣きましょう」と涙を流す。どうにもつらい状況が続いて苦しい時には我慢せず「これは?嫌なんだ。ハイハイ、助けを呼びましょう」と人に助けを求める。自分には不似合いに感じる可愛らしいものを見た時には「これ可愛い?似合わないと思うよ〜あっそう、じゃあとりあえず愛でるか」と手にとってみる。

    小さな女の子の感情に付き合うのは超絶面倒でしたが、彼女の存在を認めたら、私はこの女の子を救済できた。巨大な女の子は少しずつ小さくなって、私はそこそこ気楽になりました。「理想の自分になるために努力すること」と、「理想の自分なら感じないと勝手に想定した感情を無視すること」は、別の話なんだと思いました。みっともない感情にある程度開き直れるのが、大人なのかもなとも思いました。

    未練がましさや傷つきやすさ、そして子供っぽさは、いまだ私の中に存在します。でも、「そんなに上等な人間じゃないなぁ、アッハッハ」と、無様な自分に動揺しない厚かましさを身に付けた。自認はするけど、自責はしない。そういう風にすることに決めました。

    当時私が生きづらかった理由を考えると、それは主に己と決着が付いていなかったから。いまも「完全に自分を受け容れた!」とは言いがたいのですが、それほどの落胆を伴わずに「まぁこんなもんか」と自分を認識できるようにはなりました。何事もソフトランディングできる点で、加齢は敵ではありませんでした。

    理想という名の正論と目前の現実が大幅に乖離している時、理想以外をNGとすれば、必ず自分の首が絞まる。なぜって、夜が明ければ気に入らない現実は必ずやってくるから。ならば、理想と現実の間に今日の落としどころのようなものを見つけよう。

    「女たるもの、こうあるべきだ」なんて考えて、そこからはずれた自分をくよくよしなくていい。好きなように生きる。傷ついた仲間がピットインしてきたら、総力を結集してメンテナンスし、また見送る。それが自由だ。それこそが自由だ。

    というわけで私は今日も、一人でだらだら暮らしています。私の部屋を見た友だちが、あまりの飾り気のなさに、「おじいちゃんの部屋みたい」と言いました。観葉植物ばかりが元気に繁茂しちゃって、葉っぱの陰になってテレビ画面が見えにくいです。しょうがないからテレビを見るのは諦め、猛然と友だちに萌えを叩きつけるメールを打っています。絵文字皆無な、語尾に「!」が多用されたものを。まえに「ハートマーク」のつもりで文末に「v」をつけたら、「あの『v』ってなに?」と、おずおずと聞かれました。「♡」と「v」って似てるだろ!似てないか。尼さんよりも清らかな生活を送ってる気がするのだが、当然ながらだれも褒めてくれません。

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    2025年04月02日
  • 貴様いつまで女子でいるつもりだ問題

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    お風呂本2冊目。

    ジェーン・スーさんはポッドキャストをたまに聞いていたので、話が面白いことは存じていました。
    今回著書を見つけ、「ジェーン・スーさんって本も書いているのか、この人の本なら面白いに違いない」と思い購入しました。
    私の予想は的中!これは面白い!読みながら彼女の声で脳内再生されるこちらは、所謂中年、アラフォー前後の女性なら誰もがぶち当たるような、バリバリと働いていればいるだけ長年心の中にしまい込んでいた「女子心」について的確に言語化してくれている内容でした。
    読みながら、わかるわ〜と頷いてしまうお話が多くて楽しく読めました。

    ポッドキャストでも本でも、やっぱり面白いな、ジェーン・スー。

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    2025年03月30日