徳川 恒孝
(とくがわ つねなり[1]、旧字体:德川 恆孝、1940年〈昭和15年〉2月26日 - )は、日本の実業家。徳川宗家第18代当主[1]。学習院大学政経学部政治学科卒業[2](学位:政治学士)。元日本郵船副社長。公益財団法人德川記念財団初代理事長(現在は名誉理事長)。WWFジャパン名誉会長。公益財団法人斯文会名誉会長。公益社団法人東京慈恵会元会長。一般社団法人横浜港振興協会元会長。早稲田大学エクステンションセンター八丁堀校特別講演講師。公益財団法人日本美術刀剣保存協会名誉顧問。一般財団法人軽井沢会理事(2010年時点)。
「歴史的に見ると、われわれの社会はだいぶ変わった成り立ちをしています。それがプラスに働く点も多い。ところが、日本の独特さを世界に説明しようとすると、はたと言葉に詰まってしまう。日本というものを世界に理解させる言語や方法がはたしてあるのだろうか、という疑問があります。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「そこで問題になるのは言葉の使い方です。日本の社会や文化を語るうえで、「権力」や「経済」「主義」など、明治以降に輸入された言葉ばかりを使って話すと、どうしても議論の焦点が外れがちです。でも、たとえば「家」や「天下」というのは江戸時代からある言葉だから、直感的に理解できる。「権力機構」などといわれるともうお手上げで、わかったような、わからないような話になってしまう。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「技術でも思想でも、とにかく新しければよい、というのは迷信です。ビジネスの世界で最初にコンピュータが導入されはじめたころは、皆が「知っている情報を、わざわざ機械に入力する必要がどこにあるのか」といっていました。それが健全な感覚というものです。たしかにデータが十年も蓄積されると、便利なこともあるとわかるのですが、私自身、コンピュータを扱いながら、心の中で「これは愚かな機械だ」と思っていました。しかしおかしなもので、いまやコンピュータなしでは誰も仕事や生活ができなくなっている。携帯電話もそうで、これは便利だと思う機械に依存しているうちに、考えることをやめてしまう。手でものを書くことも忘れる。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「ところが世界には、多様な意見を認めない人たちがいる。それはものの見方に原因があります。 たとえば日本産とアメリカ産のリンゴ、梨がそれぞれ二個ずつあるとします。産地と品種の違いで見ればリンゴと梨は計四つ、リンゴは計二つです。しかし、それらの違いを捨てて、果物という概念だけで括れば、それらは「一つ」になる。リンゴや梨という具体名を「果物」という言葉でまとめると、リンゴも梨も違いがなくなってしまう。このように、世界中を言葉によって概念化すると、行き着くところは、この世に存在する一切を一つの「神」と呼んで崇めること、つまり一神教の信仰につながります。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「一方、リンゴや梨一つひとつの違いを見つめれば、一〇〇個なら一〇〇通りの存在を考えることにつながる。これが八百万の神を信じる「多神教」の考え方です。八百万の神へ向かうのはどちらかといえば感覚的な国民で、一神教へ向かうのは観念的な国民です。その違いが、日本という国が理解されない理由ではないでしょうか。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「 美というのは、観念よりも感覚と結びつきやすい。数学者の藤原正彦さんは「数学では美的感覚が重要」とおっしゃっています。数学のように抽象を突き詰めていくと、やがて観念を超えて感覚の世界に近づく。一見、矛盾するようで、じつは何の不思議もありません。数学者が「エレガントな解答」を求めるのは、そこに美があるからで、「数学は無味乾燥でつまらない」という人は、下手な論理にとどまっているということです。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「だんだん観念的になってきている。僕は以前からそれを「脳化社会」と呼んでいます。身体で感じることよりも、脳で考えることが世界だと思うのが現代人で、脳化というのは都市化にともなう現象です。 しかし、それは本来の日本人の姿ではありません。先ほどお話ししたように、感覚はいくら脳で考えても数値にできません。国民の幸福度や将来の希望について、国が細かく統計を取ってそれをどうするのか。たとえば、 GDP(国内総生産)で測ればラオスやブータンはアジアの最貧国ですが、これらの国へ行って感じる豊かさはアジアでも随一のものです。仮にアンケートを取ったとしても、彼らは自分の国が貧しいとは答えないでしょう。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「江戸時代には、「金持ちが偉いんじゃねえや。お天道様に顔向けできるように働いている奴が一番偉いんだ」というようなモラルが広く浸透していました。一方、お武家様のほうは、「食わねど高楊枝」です。商人たちもあくどい商いをすると仲間はずれになる。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「先ほど触れた海外と日本の関係についてお話ししたいのですが、明治以降、「日本人が日本語を使っていること」によってわれわれが享受したメリットは、計り知れないものがあると思う。世界の国にとって日本語は基本的に「暗号」です。われわれが話している内容は、そのつど解読しなければならない。情報が外に洩れないという点で、われわれはかなりの恩恵を受けています。いまでも日本人同士で海外に行くと、その国に対していいづらいことを日本語で話すでしょう。 一国のなかで、日本ほど均質に、そして特殊な言語を使っている社会はありません。さらに日本語がもつ特性は、われわれのものの見方に決定的な影響を与えます。言葉が思考をつくることについては、文科系の学問ではきちんと分析していないのではないでしょうか。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「沈黙することは「多数派に従うこと」ですから、あとになって、じつは日本は、またはわが社は違う意見だったのである、と意見文書を送っても、何の効果もありません。いうべきことを、いうべきときに話さなければ、会議に出ても何の意味もないというのが、偽らざる気持ちです。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「僕も昔は、英語と日本語で論文を書いていました。しかしある時点から、英語でものを考えることの怖さに気がついた。言葉の流通というのは国同士の力関係で、ある言語は残り、ある言語は潰されていく。われわれにどこかで「言葉を守る」という意識がないと、取り返しのつかないことになりかねません。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「外国語を使うというのは、母国語にない発想でものを考えることです。これは思想の問題といってよい。八百万の神の日本語の世界と一神教の英語の世界は、大きな違いがある。それはキリスト教の聖書をご覧になればわかるでしょう。『新約聖書』の「ヨハネ福音書」は、「初めに言葉ありき」という一節から始まります。また『旧約聖書』の「創世記」の最初に、神が「光あれ」というと世界に光が満ちた、という記述があります。これは電気の灯りが世界を照らすようなもので、都市文明の思考そのものです。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「母国語で科学を教えられる国はアジアで日本だけ」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「最近、海外の大学の先生方のお話を聞くと、日本の学生の学力低下が著しく、ほとんど一流大学で一流の先生のゼミナールには入れないし、入ろうとする学生もあまりいないといいます。中国、台湾、インド、韓国などの学生が目をギラギラさせながら突っ込んでくるエネルギーと、いまの日本の若い衆のエネルギーの量があまりに違いすぎることに愕然とするというのです。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「 誤解を恐れずにいえば、いくら格差社会といっても、インドやパキスタン、バングラデシュとは次元が違う。日本はいまだにヨーロッパ諸国やアメリカより失業率が低いのですから。ヨーロッパの多くの国では若年層の失業率が二〇~二五パーセントに達し、職を失った若者が街に溢れています。不景気に加えて、トルコ人やアルジェリア人、アラビア人などの移民労働者が低賃金で働くためです。いまの日本は幸い、まだそこまで追い詰められていません。しかし今後、アジアから賃金の安い外国人が流入してくるとしたら、若者も安穏とはしていられないでしょう。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「僕は、いわゆる文法型の英語教育も受けましたが、別のスタイルの教育も経験しているんです。子供のころイエズス会の学校に通っていて、その学校に、ベルギー人神父がつくった英語のスピーチクラブがありました。リンカーンの有名な「ゲティスバーグの演説」やジョージ・ワシントンの大統領就任演説を暗記したおかげで、だいぶ意思疎通ができるようになった。それでも、母国語と違って英語はやはり不便です。どれほど正確に文章を書いたつもりでも、文法が合っているか、相手が内容を理解しているかは、きわめて心許ない。さらに相手に伝わるニュアンスまでは、絶対にわかりません。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「うちの女房はお茶をやっていますが、海外でお茶会を開くと、けっこう人が集まるそうです。そういう事業には国からまったくお金が出ません。 僕は「事業仕分け」のとき、「お金があれば仕事ができると考えるのが最もつまらない」と感じました。たしかに研究費の額を見れば、どのぐらい大きな仕事をしたかがわかる。でもそれは、自分がやった仕事なのか、お金がやった仕事なのかわからない。僕のやっている解剖学にもともと研究費がつかなかったせいもありますが(笑)、研究者は自分自身の手で成し遂げた、納得のいく仕事をするという夢をもたなければいけないと思う。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「私の直感ですが、かつて王室があり、それを廃止してしまった多くの国が、いまになってやはり国の中心に王室があったほうがよかったと感じているように思います。選挙の勝ち負けや、権力の奪い合いとはまったく関係のない王室が、その国の文化の維持や、国民の幸福を心から願う姿を見ているからでしょう。これは単なるノスタルジアではないように思います。 観光資源のお話ですが、最近、あちこちの城下町で城を復元しようという計画が進んでいます。それがきっかけになって人が集まるようになるのは、とても良いことです。江戸城は明暦の大火(一六五七年)で本丸から天守閣までが消失したのですが、江戸の街の都市計画を優先するということで、天守閣は再建されませんでした。それ以来、天守閣がないことが平和のシンボルとなり、江戸城がずっと存続しているわけです。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「そもそも文化や伝統とは、お金や経済性の問題とは相容れないものであり、もっと長い目で見て守り伝えていくべきものです。その意味で、日本で皇室を潰せと主張している人はあまりいないのであって、僕は「最悪でも観光資源として皇室を残すべきだ」と主張しています。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「僕は基本的に、日本人はこのままでいいと思います。メディアがいくら悲観論を煽っても、それほど響かないでしょう。明日、東京に大地震でも起これば別ですが。 二百五十年間続いた徳川幕府の治世のなかで、日本人は長いあいだ平和を謳歌していました。ところが明治維新のころには、あれだけ数多くの人材が出てきたわけですから、現在の日本にも、草 に有為の人材がいるはずです。 昔から、「英雄時を得ず」といいますが、いまはまだその時ではないのかもしれません。しかし、外見は怠けているように見える若者のなかに、それこそ坂本龍馬になるような逸材がいるのかもしれない。極端な話、そういう若者たちが無聊を慰めつつフリーターやニートに身をやつしているとすれば、むしろそのほうを警戒しなければなりません。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「明治維新のときがそうだったように、日本という国は歴史上、何か事が起これば、これまでと違う人が必ず出てきます。僕はその点について、なかば確信に近いものをもっている。多神教の日本は多様な文化的遺伝子を受け継いでいて、そのなかから必ず「変わった人」が出てくるはずです。 近年でも小泉純一郎氏のように、それまで権力の傍流で、党内で誰からも相手にされなかった人がいきなり政治の表舞台に立ち、歴史に残るような長期政権の時代を築きました。ここ数年、日本の総理大臣が毎年のように代わっているのは、政治家自身の問題もありますが、それ以上にわれわれの社会が一神教的になってしまい、多様な考えを認めず硬直化していることのほうに原因があるのではないでしょうか。変人を許容できない社会から英雄は絶対に生まれませんし、またそうした社会は早晩、弾力性を失って衰えるしかない。 その意味では、最近の日本が老いも若きも非常に堅苦しくなってきて、社会が多様化していないことが心配です。世の中、少し外れている人がいてもいい。その点、昔はよくできていました。礼儀作法がきちんとしていたので、それぞれの個人的事情は礼儀のなかに隠すことができた。人間社会が成り立つ程度の礼儀作法さえきちんとしていれば、あとはいろいろで構わない、ということになります。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「日本人は縄文以来の「森の民」だといわれます。キリスト教やユダヤ教、イスラム教などの宗教は、広大な乾燥地帯で生まれたもので、日本の宗教とは発想が大きく違います。たとえば日本には、人が森と一緒に生きていくという考え方がある。また、山や川は豊かな恵みをもたらす一方で、噴火や洪水などの災害を及ぼす怖い面もあります。だから、「どうか人間に災害や災厄を及ぼさないように平らけく安らけくお鎮まり下さい」と祈り、自然のもつ良い部分だけをいただこうとして、神道が育ってきた。その意味で、日本人の人間の生き方自体が、自然と密着しているわけです。 四季折々の季語を盛り込んだ俳句を詠み、折々の季節にちなんだ和菓子がお菓子屋さんの店頭に並ぶという、自然に対する鋭敏な感覚。僕が女房に「あの着物を着たらいいじゃないか」と話すと、「花(の季節)が違うから駄目」といわれて、何のことかがよくわからない。こっちは厚い背広と薄い背広を季節に合わせて着るだけですから。季節を感じるセンスというか、日本独自の美学がある。その点、中国やその他のアジア諸国とも大きく異なります。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「ヨーロッパでは中世以来、田舎に住む人を馬鹿にするところがあるでしょう。最も典型的なのが、いわゆる「森の人」です。いまでもイギリスにそういう感覚が残っていて、村の人々に嫌われている男が薄暗い森の中をさまよい歩き、それを判事が保護するという話が、テレビドラマなどに出てきます。グリム童話の『赤ずきん』に出てくるオオカミが、人の言葉を喋る。あれも「森の人」の象徴で、『ヘンゼルとグレーテル』に登場する魔女も森の住人です。ヨーロッパ人の抱く一つの象徴的な生き方なのかもしれません。 ヨーロッパにおける森は、悪魔の住む薄暗い場所でした。比較的明るい日本の森と違って、ヨーロッパの森は本当に暗くなりますから、悪魔が住んでいたと思われていたのです。世界的にヒットした映画『ハリー・ポッター』シリーズでも、森は不吉で恐ろしい場所として描かれています。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「興味深いのは、中国文明を取り囲む日本やモンゴル、チベット、ベトナム、ラオス、タイ、カンボジアはいずれも仏教国であることです。また、インド文明の周辺国であるブータンやミャンマー、スリランカも仏教国です。つまり都市文明の中国が真ん中にあり、その周りに数々の仏教国が位置している。 その理由はおそらく、仏教というものが自然に根差した宗教で、自然が豊かな地域でなければ生き残らないからです。そして日本は、地理的に自然の影響を受けやすい。ご存じのように、日本列島は北米プレートとユーラシアプレート、太平洋プレート、フィリピンプレートの四つの境目に位置しています。地震が頻発し、多湿で雨がよく降ります。これは大陸の乾燥した安定した気候とは、まったく比べ物にならない。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「 隣国はさておき、日本のことを考えるならば、日本人はもう少し自分の特徴や置かれた立場について認識したほうがよい。少なくともいまの時点では、中国とはもう少し距離を置いて付き合ったほうがよいということです。より距離を近づけるとすれば、先ほど申し上げたモンゴルやベトナム、ラオスのような中国文明の周辺諸国です。そのほうが日本にとって具合がよいということに、かなりの確信をもっています。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「 「一神教文明」と「それ以外の文明」という対比で見ると、多神教は一神教より、いろいろな面で柔軟だと思います。とくに一神教が怖いと思うのは、妥協のない点です。互いに半分ずつ分けようとか、無駄な戦いを終わらせて両者とも浅傷で引き下がろう、というふうな折り合いがつけにくい。オール・オア・ナッシングの世界です。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「宗教の問題を解決しなければ、社会がうまく回らない。この宗教問題を世界に先駆けて解決した国は日本です。しかし、それは日本という他の宗教文明と離れた島国という地理的条件と、宗教のもつ危険な一面に気がついた織田信長や徳川家康のような指導者がいたことによるもので、とても例外的なものだと思います。では日本人は無宗教かといえば、「日本教」とでもいうような自然崇拝的な宗教心がある。とても特殊なあり方ですから、世界中の国々が日本流に従うのも難しい。にもかかわらず、宗教問題の解決なくしては、世界の紛争はおさまらない。宗教を基にした対立は、むしろますます激しくなっていますね。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「一神教を信じる人々にとっては、たとえば病を得て「神様、仏様」と祈る日本人の振る舞いは驚天動地でしょう。「頭痛にはこの神様、腹痛にはあの仏様にお祈りすれば効能がある」といっても、外国人はなかなか理解しません。だから僕も、あまり力説したところで、わからないものはわからないので、仕方ないと諦めています。でも僕は、逆に外国人から「君たちには信仰心がないのか」と聞かれたら、「信仰心がある」と答えている。「ミスター・トクガワは何を信じているのか」という質問に、「それは山であり、空気であり、神であり、先祖であり、この世に満ち溢れているすべてのものだ」というと、彼らは目を丸くするのですが(笑)。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「 日本は鎖国体制のなかで、資源と人口のバランスということを世界で一番早く理解して、対策を考えた国です。華やかな元禄文化から厳しい享保の改革に移行したのは、まさにこの問題に直面したからで、そこから生まれた江戸の文化は、あまり金のかからない市民生活のなかでいかに多くの娯楽を育て、人々が楽しく暮らしてゆけるか、を真剣に追求したものでした。質素倹約と、のびのびとした市民生活の両立です。お花見も、朝顔や菊づくりも、俳句や川柳をひねるのも、落語を楽しむのも、気楽で金のかからない楽しみです。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「日本人の国際会議下手や外交下手は有名ですが、一つは真面目すぎるというところがあります。総理の靖国神社参拝をめぐって揉めたころに、『文藝春秋』が別冊(二〇〇六年八月臨時増刊号特別版「私が愛する日本」)を出して、日本に住む外国人に「日本人の良いところ」を語らせたことがありました。面白かったのは、「日本人はいったとおりの時間に来るし、約束どおりのことをする」点で、大方の意見が一致したこと。それを読んで、僕は「いったとおりに来ない、やらない」が世界標準だとわかりました。 つまり日本人は世界の標準から外れていて、日本の常識で世界を測ってはいけないというのが教訓です。しかし、多くの日本人はそうは思っていない。外国人と付き合うときには、普段どおりきちんとやろうと思うでしょう。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「日光にも素晴らしい木がたくさんありますが、種類が違うのかもしれませんね。日本の古い神社・仏閣はそれぞれ深い森を守っています。先ほどの信仰の話に戻りますが、森を守るのも神社・仏閣の大切な役割だと思います。 WWF(世界自然保護基金)は FS C( Forest Stewardship Council =森林管理協議会)の設立を支援して、森林認証制度の推進に取り組んでいます。再生される森林資源から作り出された紙や製品に、 FS Cマークを入れています。ちょっと宣伝ですが。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「日本人はもともと遵法性が高い人々です。やるべきことをきちんとやろうとする気持ちがある。それはやはり、「いったとおりに来る、いったとおりにやる」という江戸以来の文化の伝統で、われわれは、そういう良い部分を残しながら生きていくことができるのではないかと思っています。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「その結果、いま何が起きているか。貧乏でも暮らせる社会から、貧乏で暮らせない社会に日本が変わりつつあります。これも、日本の伝統として好ましくないと思う。 そもそも、貧乏でも明るく楽しく暮らせる社会が江戸だったわけで、僕は江戸の小咄のなかでも貧乏咄が一番好きですね。あれは本当に貧乏を笑い飛ばしているんですよ。 たとえば、尾羽打ち枯らした浪人が二人で日向ぼっこをしていた。一人の浪人が「金はかたきじゃ」と切り出すと、もう一人がしみじみと、「本当に」といって、そのあとに「久しくかたきに巡り合わない」という、仕舞いのセリフをいうわけです(笑)。 もう一つは、暮れの大掃除がやっと終わり、「これで来年は良い年になる」と思って戻ると、座敷の真ん中に不精髭を生やした中年の男がいる。「お前は何者だ」と尋ねると、「貧乏神です」という。そこで、その男を追い出して「今度こそ、来年は良い年になる」とホッとしていたら、上のほうで「そんなに押すな、また落ちる」という声がした、という話(笑)。 かと思うと、落語に「お金をいくら捨てても儲かって、金ばかりがやってきてしかたがない」という話があって、江戸時代の人たちは、お金の世界を笑い飛ばしていた。いまの人たちは、笑えますかね。本気になってホリエモンを批判していますけど。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「私は、日本は古いアメリカだと主張しています。ご承知のとおり、数万年のスパンで見ると、かつて日本にはユーラシア大陸のあちこちから、さまざまな人々が渡ってきました。つまり長い歴史で見れば、日本人はある意味で「外来者」であり、僕自身もミトコンドリア DNAを調べてもらったところ、母方のルーツは中国南部でした。いまでは、そういうことがわかるわけです。 遺伝子を調べていくと、人類はアフリカ大陸から少なくとも三回、移動を繰り返しているといいます。その三回の移動で伝えられた遺伝子をすべて受け継いでいる地域は、世界で日本だけ。だとすれば、数万年のスパンで見れば、日本は結局、移民で成り立っている国であり、古いアメリカ合衆国だともいえるわけです。逆に、アメリカがうんと古くなって、そこから何千年か経って国が成熟すると、日本になるといえなくもない。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「聖徳太子が西暦六〇四年に「十七条憲法」を定め、「和を以て尊しとなす」といったのはなぜか。おそらく生い立ちの違う人々が集まり、喧嘩ばかりしていたからです。記録には残っていませんが、その反省をもとに、和を尊ぶ日本社会をつくってきたことが、われわれの血脈になっているのだと思います。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「先の通常国会への提出は見送られましたが、民主党は選択的夫婦別姓制度の導入に前向きです。夫婦別姓は、社会の構成単位を「家」でなく「個人」に置くという意味で、家制度の問題と大きく関わってきます。「家」を考えるうえで大事なことは、一代で終わらないということです。代々、子供を産んでは育てるということを繰り返していくわけですから、どうしたって継続性を考えます。なおかつ毎世代、子供には白紙からものごとを教えていかなければいけない。空っぽの脳に何を入れていくかがつねに問題になるので、おのずと継続性が出てくるのでしょう。日本の社会は、それを比較的上手にやってきたと思う。 そもそも、なぜいまあらためて夫婦別姓を決める必要があるのか。血統という意味からいうと、夫婦を別姓にすると、今度は「子供は父親と母親のどちらの姓を名乗るのか」という問題も出てきます。 女性が夫婦同姓であることによって、どれだけ不自由を被っているのか。戸籍上は同姓でも、いまほとんどの企業は女性が仕事をする際に旧姓を認めています。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「ある一面だけから見て「不平等を平等に」というのは、短絡的です。僕の場合は昔、母子家庭で、母が医者として働いていました。その母が晩年、「私は女で得をした」としょっちゅう話していました。実際、女性でよかったという面はかなりあるはずで、いまの男女平等主義や均等主義はかなり偏っているのではないでしょうか。少なくとも、よく考えられたやり方とは思えません。 何事においても特殊なケースが起こり得ることを考えれば、どんなシステムを採用しても問題が起こることは明らか。ですから、システムの自由度の大きいほうがいい。変えるべきはシステムそのものよりも、むしろ、それを運用する私たちの考え方のほうです。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「極端な家庭の場合、若い母親がぽつんと狭い部屋にいて、子供とサシで向き合いながら二十四時間暮らしている。旦那さんは家におらず、両親を頼ることもできない。そのような環境で母親は次第にノイローゼ気味になり、母親も子供も切羽詰まった状態に追い込まれてしまう。一方、あるケースでは、母親の過度の教育と厳しすぎるしつけで子供を押し潰してしまう。それが、事件を起こした若者の家庭に共通するバックグラウンドです。 昔はお嫁さんとお姑さんが同居していたから、子供は母に叱られればお婆さんのところへ行き、お婆さんに叱られれば母のところへ行くと、優しく迎えられたものです。子供にもその程度の智恵はあった。母親と対立しても、逃げ場がありました。だから宿題をサボったり、テストの点数が悪かったりして母親にこっぴどく叱られても、お婆ちゃんのところに行けば「お前はいい子だよ」で済んでしまう。そうしたバランス感覚を、日本の社会が失いつつあります。家庭は子供にとっては最初の世間ですから、これがなくなっては一番最初の社会訓練ができない。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「さらに、多くの日本人は自分の血統や家系に興味をもちます。日本文明は長い年月のなかで、じつに多くの変化を断絶なしに、平和のうちに積み重ねてきました。縄文時代に弥生人が入ってきたことはあっても、ユーラシア大陸の民族移動の歴史のように、先住民とその文明を全滅させたり、徹底的に破壊したりしたのとはまったく違います。比較的文明が発達した大国のなかで、そうした幸運な歴史をもつ国は、日本がほとんど唯一です。宗教観なのか自然観なのかわかりませんが、日本では自然との一体感も、今日に至るまで維持されてきた。それを「日本教」とか「大和教」と名づける人もいます。 もともと「仏教とは何ぞや」「神道とは何ぞや」という感覚ではなかったのでしょう。そもそも神道は村の鎮守を祀り、穢れを祓うものでした。ある意味で神道とは便利なもので、一度お祓いを受けると、身についた穢れがすべて落ちるという。こんなありがたいことはないと、いつも思っているのですが(笑)。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著
「神が人間を支配している社会では、「ラマダン(断食をともなうイスラム教ヒジュラ暦第九月の名称)のあいだは日の出から日没まで食べ物を口にしてはならない、水も飲めない、たばこも吸えない」などのオーダー(命令)が人間に優先します。日本人の行動を支配しているのは宗教よりも「世間」なので、目に見えるような戒律はまずありません。 それでいて、わが国には抜きがたい宗教観あるいは自然観、文化観がある。そこが不思議な、世界的にも異質な文化ではないかと思います。」
—『江戸の智恵 「三方良し」で日本は復活する』養老 孟司, 徳川 恒孝著